第102話:農業研究者デフィ
シュッド国、シャン地方。
のどかな農村地帯で、様々な作物を植えた畑が広がっている。
ところどころにポツンと建つ民家は、茅葺き屋根と石壁の平屋建て。
星の精霊に開いてもらった異空間トンネルを抜けた先は、麦畑のド真ん中だった。
月明かりに照らされて、麦の穂がサワサワと風に揺れている。
美しい風景に感嘆した直後、足元に人が倒れていることに気付いた。
『この人が領主のデフィです』
案内してくれた精霊が、念話で告げる。
茶色いボサボサの髪、継ぎ接ぎだらけの白衣。
傍らに、ヒビの入った丸眼鏡が落ちている。
研究に没頭する博士みたいな容姿。
俺よりもかなり小柄な人物が、地面にうつ伏せに倒れていた。
『餓死しかけてるって言ったよね?』
『はい。飲まず食わずで畑仕事をしていて、倒れてしまいました』
デフィはうつ伏せのままピクリとも動かない。
そっと抱き起こして仰向けにしてみると、まだ成人前の少年に見えた。
まるで難民の子供みたいに痩せこけて、脱水症状が酷いのか唇はカサカサに乾いてひび割れている。
俺は左腕で少年の上半身を支えつつ、異空間倉庫から完全復活薬を入れたポーション容器を取り出した。
この状態では固形物を食べるのは無理だから、とりあえず液状の物を飲ませよう。
(頼む、飲んでくれ……)
そう願いつつ、ポーション容器の栓をはずして、少年の口元に近付ける。
乾燥した唇を湿らせる程度に完全復活薬を2~3滴ほど垂らすと、微かに唇が開いて飲み込んでくれた。
誤嚥に気を付けて少量ずつ飲ませていると、血の気が無くカサカサだった唇が艶々した薔薇色に変わる。
意識が戻り始めて、少年は残りの薬をゴクゴクと一気に飲み切った。
「……あ…ありがとう……ございます……。貴重な薬……すみません……」
完全に意識が戻ると、少年は何を飲ませてもらったのか理解したらしい。
生き延びた安堵と共に、国宝級のポーションを飲んだことに恐縮し始める。
「俺は平民なので敬語は不要ですよ」
「……でも……多分……あなたは年上で……勇者様か……聖者様……ですから……」
俺は相手が貴族で領主だと知っているので、年齢に構わず敬語を使う。
途切れがちに言って微笑むデフィ少年は、ちょっと勘違いしている。
「年上なのは多分合ってますが、俺は勇者でも聖者でもない、ただの渡し屋です」
俺は右手に持ったままのポーション容器を異空間倉庫に戻し、上着の内ポケットから懐中時計型の魔導通信機を取り出して見せた。
商業ギルドが提供する通信用魔道具は、店舗を持つ商人なら家庭用電話サイズ、あちこち旅する行商人や渡し屋は携帯しやすい懐中時計型になっている。
「……渡し屋……さん……?」
「クルスと呼んで下さい」
キョトンとする少年に名乗りつつ、俺は懐中時計を内ポケットに戻す。
続けて、異空間倉庫から雑穀ごはんのおにぎりを取り出してデフィに手渡した。
「そろそろ固形物も食べられますよね? これ食べて下さい」
「えっ、そんな……悪いです……」
遠慮する少年の腹は正直だ。
グゥ~ッという空腹アラームみたいなのが鳴り、慌てたデフィの顔が真っ赤になった。
「いいから食べて下さい。餓死するまで飲まず食わずなんてダメですよ」
「は、はい……」
ちょっと圧をかけたら、少年はようやくおにぎりにかぶりつく。
あとは食欲のままに、ガツガツと食べ尽くしていった。
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