第97話:エスト国の感謝祭
猫たちに嗅がれまくり、ルカに念入りに匂いの上書きをされた後。
俺はみんなに茹でたての異世界産甲殻類を御馳走した。
日本の通販サイトでは、足だけ販売が多いタラバガニ。
セベル鮮魚店がくれた大型の蟹っぽい生き物は、丸ごと1匹を茹でた見栄えのする品だ。
総重量5~6キロは軽く超えてそう。
(道具を使わずにバラせるって便利だなぁ)
湯気が立つ大きな蟹をキッチンで解体しつつ、俺はしみじみと思う。
鳥でも獣でも魚でも甲殻類でも、【解体】の魔法1つで可食部を取り出せる。
大きな蟹の硬い甲羅も、解体スキルには何の妨げにもならなかった。
驚いたのは甲羅が丸ごとスルッと取り外されて、甲羅も中身も蟹の形のままだったこと。
包丁などを使った解体ではこうはならない。
まるで蟹が脱皮したような仕上がりだ。
(猫たちの分は塩分を取り除いておこう)
塩茹でされた物から塩分を除去するのも、【分離】の魔法で楽々だ。
殻と塩分を取り除いた身を小皿に取り分けて、居間へ持って行ったらルカも子供たちも大騒ぎになった。
「みっ、みみっ」
「み~」
「み~」
「みぃっ!」
「みぃ~っ!」
猫たちの大合唱の中、素早く小皿を床に並べる。
ルカも子供たちもズラリと横一列に並び、大きく口を開けてハグハグと食べ始めた。
「ほぅ、セベルクリュスタか。うむうむ、噛みしめるほどに旨味が滲み出てくるのぅ」
ユガフ様も大満足の様子。
俺はレティ様のところで御馳走をたっぷり食べた後なのに、足1本分ペロリと平らげてしまった。
異世界の甲殻類は、見た目も味もタラバガニそっくりだ。
きっとこれは焼いても香ばしくて美味い筈!
(屋台ではどんな風に調理するのかな~、もしかして炭火焼きとか?!)
祭りの屋台に期待が膨らむ。
どんな食べ物が売られるのか、楽しみでしょうがない。
セベル鮮魚店の指名依頼は開店前と昼過ぎの搬送だけだから、合間に屋台巡りができそうだ。
◇◆◇◆◇
9月、第一水曜日。
今年の収穫を神に感謝するお祭りが、エスト国の王都サントルで開催されている。
街のあちこちに紅葉した葉と綺麗な色の木の実がついた枝が飾られ、店舗にも民家にも穀物の穂で作られたリースが扉に取り付けられている。
屋台の常設場所になっている噴水広場。
噴水を囲むように並ぶのは、いつもと違う屋台。
祭りの間、常設屋台はお休みで、王都外から来た業者たちの屋台が並ぶ。
「ここに置けばいい?」
「はい、ありがとうございます」
セベル港から獲れたて新鮮なタラバガニ……もとい、セベルクリュスタが入った木箱を運んできた俺は、異空間倉庫から取り出したそれを屋台の後方に置いた。
売り子を務める若い夫婦が、笑顔で応える。
夫婦は、セベル鮮魚店の店主の息子さんとその奥さんだ。
「火加減、良さそうよ」
「じゃあ、焼き始めるか」
バーベQコンロに似た調理器具の中で、炭火が赤々と燃えている。
息子さん夫婦はコンロに乗せた焼き網に、殻を半分切り落とした甲殻類の足を並べていく。
炙られる殻が、香ばしい匂いを漂わせ始めると、匂いに釣られた人々が集まってきた。
「漁港から直送、獲れたて新鮮なセベルクリュスタのグリルだよ!」
「渡し屋さんが運んでくれたから鮮度抜群! さあ買った買った!」
威勢のいい夫婦の呼び込みボイスが響く。
あっという間に屋台の前に30人ほどの行列ができた。
行列はどんどん長くなる。
(ヤバイ売り切れるかも!)
思った以上の繁盛ぶりに、俺も慌てて列に並ぶ。
ちゃっかり並んでる俺を見て、息子さん夫婦がクスッと笑った。
「7本下さい!」
「はいどうぞ~」
やっと買えた焼き足を、アツアツのまま異空間倉庫に入れる。
食べるのは後で。祭りが終わってからのお楽しみだ。
「次の搬入まで屋台巡りしてきます」
「はーい」
「いってらっしゃい」
俺は夫婦に声をかけて、他の屋台を見に行った。
キノコと雑穀米の炊き込みゴハンは、日本の「おこわ」に似ている。
魚と野菜と味噌に似た調味料を葉っぱで包んで焼いた物が隣の屋台で売られていて、多くのお客がその2つを一緒に買っていた。
スイーツ屋台もいくつかある。
黒糖を混ぜ込んだ具の無いクレープみたいなスイーツは、モッチリしていてほどよく甘くて美味しかった。
サツマイモみたいな甘い芋に、天婦羅みたいな衣をつけて揚げたやつも好みの味だ。
お祭り限定の屋台は、どれも行列ができている。
中でも行列が一番長いのが、セベル鮮魚店の屋台だった。
「セベルクリュスタ、追加分です」
「ありがとう」
「午後はスープを売るよ」
昼過ぎの搬送に来た俺は、屋台後方に追加分の甲殻類を置く。
息子さん夫婦は大鍋を用意していて、セベルクリュスタを殻ごと茹でて出汁をとる。
野菜もたっぷり、具だくさんのスープが作られた。
またもや良い香りが辺りに漂い始め、客寄せ効果抜群だ。
「クルスさん、試食どうぞ」
「いいんですか? いただきます~」
また並んで買おうかと思ったら、奥さんが俺の分をお椀によそってくれた。
屋台の後ろの飲食スペースで、蟹っぽい出汁が最高の具だくさんのスープを味わう。
今日の仕事はこれで終わり、あとは祭りを満喫しよう。
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