第96話:幻の魚ケイシー
「ケイシーはサモンという魚が突然変異した個体ですよ。魚肉に含まれる脂の割合は普通のサモンの3倍近く、その確率は1万尾に1尾出るか出ないかの希少な存在で、幻の魚と言われています」
セベルの街、商業ギルド。
受付嬢のエレナさんにケイシーという魚について聞いてみたら、とんでもなく希少な高級魚だと教えられた。
「レティ様、そんな凄い魚を御馳走してくれたのか……」
「領主様はクルスさんのことが余程気に入ったんですね。愛称呼びまで許されるなんて」
「えっ?! あ、そ、そうみたいですね」
口の中でとろけていった幻の魚の味を思い出しつつ呟いたら、エレナさんがニコニコしながら言う。
俺はレティ様に抱きつかれてスリスリされたことを思い出してしまい、ちょっと狼狽えてしまった。
恥ずかしいので話題を戻そう。
「1万尾に1尾なんて確率じゃ、魚屋に行っても売ってなさそうですね~」
「はい、魚屋に入荷することは無いです。ケイシーが水揚げされたら、港から直行で領主様に献上されますから。平民が買えるような額ではないので、領主様が買い取り、貴族様の間で取引されていますよ」
「なるほど」
「ケイシーは売ってませんが、セベル近海の魚はどれも美味しいですよ。港の魚屋へ行ってみて下さいね」
エレナさんにオススメされて、俺は港へ向かった。
◇◆◇◆◇
セベルの漁港近く、鮮魚店。
大きな木桶に敷き詰められた氷に、半ば埋もれた状態で並ぶのは、ツヤツヤピカピカの大小様々な魚たち。
日本人なら刺身が食べたくなるような光景だ。
「へぃらっしゃい、あれ? 兄ちゃんもしかして渡し屋の人かい?」
「あ、はい、そうです」
わくわくしながら魚を眺めていたら、魚屋のオヤジに声をかけられた。
赤レンガの倉庫街は港から近いので、多分俺が異空間トンネルを開閉しているところを見たんだろう。
「やっぱりそうか。実はな、兄ちゃんに渡し屋の仕事を依頼しようと思ってたんだよ」
「どちらからどちらまで、何を運びますか?」
買い物に来た筈が、商談が始まってしまった。
渡し屋は商人の間で大人気だ。
「この港からサントルの噴水広場まで、祭りの屋台に使うセベルクリュスタを運んでもらえるかい? これと同じ食材だ」
そう言ってオヤジが指差す深い木桶の中身は、左右に4本ずつ足がある大きな甲殻類。
左右の足に1つずつ立派なハサミをもつ、タラバガニそっくりな生き物だった。
「う、美味そう……!」
「あはは、兄ちゃんこいつを食べたことがあるのかい? 生きてるのを見て美味そうって言う人は珍しいぜ」
桶を覗き込んで思わず呟いたら、オヤジに笑われてしまった。
セベルクリュスタと呼ばれるタラバガニそっくりなやつは、桶に張った水の中でゆっくりと動き回っている。
「サントルでお祭りがあるんですか? これが屋台に出るなら買いに行きます!」
「ありがとよ。で、運んでもらえるかい?」
「はい喜んで!」
あっさり商談成立。
オヤジは店の奥に設置してある固定電話に似た形の魔導通信機を使い、商業ギルドに俺への依頼を伝える。
渡し屋料金設定は、商業ギルドにお任せだ。
商業ギルドを通して指名依頼が入り、俺が持つ懐中時計型の魔導通信機の蓋裏に、依頼内容が文字で表示される。
依頼者:セベル鮮魚店
依頼内容:セベル港に水揚げされたセベルクリュスタを、サントル噴水広場の祭り会場まで搬送する
依頼実行日:9月、第一水曜日
魔導通信機は多機能で、現在の日付と依頼実行日が分かるカレンダーを蓋裏に表示することもできる。
依頼内容とカレンダーの表示切替は、指先でスライドさせるだけ。
懐中時計型のスマホみたいな物だ。
「今日は8月の第三火曜日だから、約2週間後ですね」
「そうだ。頼んだぜ」
「はい」
この世界の暦は地球と似ているので、俺にも分かりやすい。
ユガフ様に言語理解のパッシブスキルを付与してもらってるから、月の名前や曜日も言える。
「兄ちゃん……じゃなかった、クルス、こいつを気に入ってるみたいだから茹でたのを1匹やるよ。持っていきな」
「ありがとうございます!」
鮮魚店のオヤジが、鮮やかな赤色に茹であがったセベルクリュスタを1匹分けてくれた。
まだ湯気が立つ茹でたてのそれを異空間倉庫に入れて、俺はゴキゲンで帰宅した。
◇◆◇◆◇
スンスン、フンフン……
帰宅して居間へ行った途端、猫たちに匂いを嗅がれる。
仔猫たちは多分、服に微かについたセベルクリュスタの匂いを嗅いでいる。
母猫ルカは、俺の頬を念入りに嗅いでいるから、レティ様の匂いに反応しているんだろう。
「みっ、みみっ?」
「そうだよ、昨日助けた人だよ」
「みっ」
「……って、何故同じとこにスリスリするの?」
何故かルカは思いついたように膝の上で伸び上がり、俺の頬に顔を擦り付け始める。
そこは、レティ様がスリスリしていた場所だ。
「ふほほっ、自分の匂いで上書きしておるのぅ」
ソファの上でお腹出して寝転がっているユガフ様が、笑いながら言う。
ルカは後足だけで立ち、前足は俺の胸に当てて伸び上がり、スリスリというよりグイッという勢いで頬を摺り寄せる。
「なんだろう? ライバル意識??」
念入りに匂いの上書きをするルカに、俺も苦笑した。
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