第95話:回復薬の寄贈と貴族メシ
「そうだ、せっかく来てくれたんだから、食事を一緒にどうだい? シェフも喜んで作ってくれるよ」
「えっ? いいんですか?」
「勿論さ。屋敷の皆も君に感謝しているからね」
ようやく抱擁から開放されたと思ったら、食事のお誘いを頂いてしまった。
お屋敷の人々が俺を「様」付けで呼ぶようになったのは、出入りの業者(渡し屋)ではなく、主人を助けた人って認識に変わったからだろうか?
「その前にレティ様、辺境騎士団に寄贈したい物があるのですが、ここでお渡ししてもよいですか?」
「うん? 何かな?」
「こちらのポーションです」
「?!」
俺は抱擁やらスリスリやらで渡すタイミングが無かった品を、異空間倉庫から取り出した。
透き通るルビー色の液体が詰まったポーション容器。
1本1本が枠で仕切られた木箱を差し出す。
仕事柄ポーションは見慣れているレティ様は、その液体の色を見た途端にハッとした。
恐る恐る1本を木箱から出して手に取り、コルク栓っぽい蓋をはずして匂いを嗅ぐ。
綺麗な金茶色の尻尾が、キツネみたいにブワッと膨らんだ。
「こ、これは……まさか……」
「先日の魔獣との戦闘を見て、何かお役に立てる物はないかと思い、知り合いの薬師に作ってもらいました」
多分、レティ様はこれが何か察したんだろう。
俺は敢えてアイテム名は告げず、役立ててほしい旨を伝えた。
「……こ、国宝級の品を、こんなに? クルス、君は一体何者だ? 治癒魔法のレベルもかなり高いだろう? もしや聖者か?!」
「いえ、普通の渡し屋です」
驚愕しながら問いかけるレティ様に、俺はニッコリ笑って答える。
腰を抜かしてはいないけど、めちゃくちゃ驚いてるなぁ。
でも、正体を怪しまれてもいいから、レティ様には寄贈しておきたい。
「あと、これもお渡ししておきます。意識があって固形物が食べられるなら、こちらで充分かと思います」
「!!!」
更に籠盛りの果実を差し出したら、レティ様の尻尾がまたブワッと膨らむ。
果実は勿論、寄贈用に採集しておいた世界樹の実だ。
「そ、それ……確か昨日、兵士と軍馬にも与えてくれたそうだね?」
「はい、手軽に入手できますので、遠慮なく使って下さい」
「たとえ勇者でも、世界樹の実はそんなにお手軽に手に入らない筈だけど……」
「いえいえ、神様が許可してくれれば、ただの渡し屋でも手軽に手に入れられますよ」
どうやら昨日の騎士さんが、世界樹の実のことは報告していたらしい。
俺は聖者でも勇者でもないし、世界樹の実は自由に採集できるし、嘘は言っていない。
「私はもう、渡し屋の定義が分からなくなってきたよ……」
レティ様はもう驚くことに疲れたのか、フニャリと両耳を倒して苦笑した。
◇◆◇◆◇
国宝級といわれた回復薬でレティ様が存分に驚いた後は、辺境伯邸の料理に俺が驚かされた。
食前酒はフレッシュな果実の香りとキメ細かいクリーミーな泡が口の中に広がり、心地よい刺激と清涼感を与えてくれる。
前菜のサラダに使われているドレッシングは、ハーブの味わいと酸味が食欲をそそる。
スープはエビで出汁をとったのかな? 香ばしさと甘みと旨味が感じられた。
続いて出てきた魚料理が素晴らしい。
人生初の貴族メシ、なんでこんなに美味いの?!
「どうしたクルス? そんなに耳を立てて尻尾を膨らませたりして」
「……こ、これ何ていう魚ですか?! 口の中で身がとろけていく魚なんて初めて食べましたよ……」
綺麗に飾り切りした野菜を添えられた、洋風焼き魚。
表面にかけられたソースの香草の香りが食欲をそそる。
トラウトサーモンに似た色合いの艷やかな身は脂が乗っていて、口に入れるとトロリととろけて、まろやかで濃厚な旨味が広がった。
「それはこの辺りの海で捕れるケイシーという魚です。ソースには岩塩と海岸で採れる香草を使っております」
壁際に控えていた侍女が教えてくれた。
ケイシー、焼きも素晴らしいけど、これはきっと刺身も美味いやつ!
って思った直後、なんと刺身っぽい物が出てきたよ。
「ケイシーは生でも美味しく食べられるんですよ。こちらもお召し上がり下さいませ」
一口サイズにカットされた生魚、その形は刺身に似ている。
生といってもタレに漬け込んでいるから、刺身というより【ヅケ】に近いかな。
醤油に似たソースに混ざる鼻にツンとくる辛味は、日本人には馴染みのワサビに似ている。
食べてみるとピリッとした辛さの後、脂が口の中でとろけて旨味が広がった。
ケイシー最高!
セベルの街で買えるかな?
あとで商業ギルドの受付嬢に聞いてみよう。
そんなことを思っていた俺は、更に出てきた料理にぶったまげた。
「こ、これは……?!」
それは、小鉢に盛られた酢飯っぽい物に小さな蒸しエビっぽい物が放射状に並べられ、イクラっぽい魚卵、細く刻まれた卵焼き、緑の豆を散らした料理。
酢飯は白米ではなく雑穀米だけど、日本人が見たら間違いなく「ちらし寿司」だと思うだろう。
「セベルの郷土料理で、エクラタンと呼ばれています。こちらのスプーンを使ってお召し上がり下さい」
侍女にすすめられるままにスプーンを手に取り、ちらし寿司っぽい物を口に運ぶ。
ほんのり甘酸っぱい酢飯の味は、日本で作られるものに似ている。
その後に出てきたのは、高級黒毛和牛の霜降り肉……に、ソックリなミノタウロスのステーキ。
ナイフでスッと切れる柔らかいお肉は、日本のブランド牛に負けないくらい美味しかった。
ミノタウロス、神の島にはいないなぁ。
街でお肉を買って、ユガフ様やルカたちにも食べさせたいな。
「クルスは本当に美味しそうに食べるねぇ」
パクパク夢中で食べる俺を、レティ様が楽しそうに笑って見ていた。




