第94話:レティシア
完成した完全復活薬の小分け作業は、セーヤも早目に帰宅して手伝ってくれたので、予定よりも早く完了した。
「ポーションの大量注文は時々あるけど、こんな伝説級の薬を大量に作ったのは初めてよ」
「料金はおいくらですか?」
「素材は全部用意してもらったし、クルスさんだから料金はとらないわ」
「ありがとうサヤさん、余った花蜜は差し上げますので何かに使って下さい」
「何か……って蘇生薬一択だと思うけど」
サヤさんは制作費用をとらないと言う。
俺は報酬代わりに世界樹の花蜜を置いていくことにした。
薬師のサヤさんにとっては蘇生薬として使う以外に考えられないらしい。
というか世界樹の花蜜を甘味料代わりにするのは、俺くらいかもしれない。
「ところで、こんな大量にどうするの?」
「半分は辺境伯様に渡して、半分は冒険者ギルドに渡そうかな」
「どちらも腰抜かして驚きそうだね」
大鍋を洗いながら、セーヤが聞く。
贈与することを話したら、セーヤもサヤさんも苦笑した。
◇◆◇◆◇
セベルの街・領主邸。
正門前に空間移動した俺は、今回もすんなり通された。
「クルス様、お待ちしておりました」
「どうぞこちらへ」
玄関の大扉をノックすると、侍女たちが待ち望んでいたみたいに迎えてくれる。
何故か名前が「様」付けになってるけど……。
「クルス様がいらっしゃいました」
「入ってくれ」
侍女に案内されてついて行くと、初めて入る部屋の前に来た。
開かれた扉から中に入ると、そこは壁がほとんど全て本棚で埋め尽くされた部屋。
ドッシリした机と椅子があり、本の山を前にするロティエル様がいた。
侍女は俺を案内し終えると、静かに退室していく。
「よく来てくれたね、ちょうど呼ぼうと思っていたんだよ」
「ロティエル様、お身体はもう大丈夫なのですか?」
「あぁ何ともない」
仕事用の赤い軍服姿で分厚い本に目を通していた金茶色の髪の猫耳美女は、顔を上げて笑顔を向けてくる。
身体の調子を聞いてみると、満面の笑みで椅子から立ち上がり、こちらへ歩み寄って来る。
「助けてくれてありがとう。君がいなかったら、私は死んでいるところだった」
「ロ、ロティエル様……?!」
ロティエル様に抱きつかれて、俺は首の後ろをつままれた猫みたいに固まった。
厚底ブーツを履いている彼女は、俺より少し背が低いくらいで、抱きつくと頬と頬が触れ合う。
触れ合うどころかスリスリと猫みたいに顔を摺り寄せてくる。
この行為は確か、この世界の人々の親愛の証だったっけ。
お肌柔らかくてスベスベだな~とか、ミントみたいな爽やかで良い香りがするな~とか、動揺しつつもそんなことに気付いてしまった。
「レティシアと呼んでくれ」
「……え?」
「私のファーストネームだよ。特に親しい者だけが呼ぶ名前さ。愛称はレティだ、そう呼んでくれてもいい」
耳元で囁かれて、俺はまた固まる。
ロティエル様のフルネームは、昨日バイタルチェックを使った際に見た。
レティシア・ロティエル・ドゥ・セベル。
この世界の貴族はファーストネームとセカンドネームがあって、一般的にはセカンドネームで呼ばれる。
ファーストネームは家族や親友、恋人や婚約者が呼ぶ名前だ。
「い、いいんですか? 俺は今日で会うのが4回目くらいで、平民ですよ?」
「その3回目で私の命を救ってくれたろう?」
馬車を運んだ際に会ったのが2回、昨日の緊急依頼で会うのが3回目だった。
俺は爵位の無い平民なのに、貴族女性をファーストネームで呼んだりしていいんだろうか?
相変わらず俺を抱き締めて頬を摺り寄せながら、ロティエル様は耳元で囁く。
「身分は気にしなくていい。今日から私のことはレティと呼んでくれ」
「いきなり愛称呼びは……難易度が高いです……せめてレティシア様で……」
女性を愛称呼びなんて、生きた年数=彼女いない歴の俺には全く経験が無い。
女兄弟もいないし、女の子の幼馴染もいなかったし。
愛称で呼んでいいなんて言ってくる人は、ロティエル様が初めてだ。
「むぅ、様付けか? レティシアと呼べないか?」
「よ、呼び捨ては……更に難易度が高いです……」
女性でしかも立場が上の人を呼び捨てとか、無理過ぎる……。
というかこの抱擁とスリスリ、いつ終わるの?
「ならば譲歩して、愛称に様付けならどうだ?」
「わ、分かりました……レティ様……」
「うむ。とりあえずそれでいい」
レティ様と呼んだら、ようやく納得してもらえた。
両頬がほんのり熱いのは、多分俺が赤面してるからだろう。
「それと、1つ聞きたいのだが、クルスは治癒魔法が使えるのかい?」
「えっ?」
ふと思い出したように、レティ様がまた囁く。
その内容は想定外で、すぐには答えられない。
「私は気を失う前に、自分の肋骨が砕けたことも、それが内臓に刺さったことも気付いていた」
「……」
「でも、寝室で意識を取り戻したときには、私の身体には傷ひとつ無かった。医師も騎士たちも、私は無傷で救出されたと言っていた」
耳元で囁く声を、俺は黙って聞き続ける。
レティ様、助けに行ったときには気絶してたけど、怪我をした瞬間の記憶はあったのか。
「あの激痛で無傷はありえない。君が私を屋敷まで運ぶ前に、治癒魔法を使ってくれたのではないか?」
「……はい。でもこのことは、内緒にしてもらえますか?」
観念して、俺はレティ様の言葉に頷いた。
治癒魔法じゃなくて神力による治療なんだけど、さすがにそれは言えない。
あと、あまり人に知られたくないから、内緒にしてもらえるよう頼んでみた。
「治癒魔法が使えるなら高い地位を得られるが、それは望まないのかい?」
「俺は普通の渡し屋でいいんです」
不思議そうに問いかけるレティ様に、俺は苦笑しつつ答える。
俺はこの世界でスローライフを楽しみたいだけで、地位や名誉には興味が無い。
「君が望むなら治癒魔法のことは黙っておこう。渡し屋として普通かは疑問だけどね」
レティ様はクスッと笑いつつ、俺のお願いを承諾してくれた。
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