第93話:世界樹の花蜜
神の島・世界樹の根元。
傘のように広がる枝葉には、5枚の花弁をもつ薄紅色の花が咲いている。
小妖精たちが1Lサイズの広口瓶にポイポイ投げ込む蜜玉を眺めながら、俺はボーッと考え事をしていた。
毎朝ヨーグルトにかけて食べてたコレが、蘇生薬?
まあでもよく考えたら、実には超回復&持続回復効果があって、葉には状態異常全解除と状態異常無効の効果があるし、花蜜にも何か凄い効果があってもおかしくないか。
「聖夜、ボーッとしてどうしたの~?」
「ん? あぁ、これって蘇生薬だったのか~って思って見てたんだよ」
瓶は蜜で満たされ、投げ込み作業を終えた小妖精たちがキョトンとしてこちらを見る。
俺はボーッとしていた理由を話した。
「蘇生薬?」
小妖精たちが、揃って首を傾げる。
彼等も日常的に食している物だから、咄嗟にピンとこないのかもしれない。
でもすぐ思い出したように話し出す。
「あ、そっか。死体に飲ませると生き返るんだったね」
「魂が死者の国へ行ってしまったら、生き返せないけど」
妖精たちもその効果は知っているらしい。
魂が死者の国へ行くっていうのは、成仏したってことかな?
俺はニシの神が死者の霊魂を海の向こうの楽園へ送り出していた光景を思い出した。
蛍のような緑の光になって、夜空へと舞い上がり、海の彼方へ飛び去っていった魂たち。
死者の魂は楽園で眠り、いつか新たな生命に宿るという。
もしもあのとき、俺がこの蜜の効果を知っていたら、死者を蘇らせることができたろうか?
でも、あの村の人々は、熊に食われてしまったから遺体は無かった。
蘇生薬があっても、死者の身体がそこになかったら使えないか。
「俺、死んでもいないのに蘇生薬を飲むなんて勿体ないことしてたんだなぁ……」
「そんなことないよ、生きてるうちに口にしていれば、1日だけ不死になるから」
「……へ?」
普通の蜂蜜みたいに使ってたことを惜しんでいたら、小妖精がトンデモ効果を教えてくれた。
なにそのチート効果!
毎日美味しく頂いていた蜜が、蘇生効果と不死効果をもっているとか……。
「聖夜はイリの神なんだから、うっかり死なないように毎日飲んでね」
「イリの神がいなくなったら、世界中の人々が悲しむよ」
「ボクたちも聖夜が死ぬのは嫌だからね」
「う……うん」
妖精たちに言われて、俺は苦笑しつつ応える。
まさか、ユガフ様が世界樹の実や葉や蜜を食べるようにオススメしたのは、俺をイリの神代理にするつもりだったのでは? とか思ったりもした。
◇◆◇◆◇
王都サントル・サヤの調剤薬局。
追加の蜜を届けに行くと、サヤさんはまた尻尾を膨らませて驚いた。
「はいこれ、追加分です」
「ままま待ってクルスさん、まさか神の島まで行ってきたの?」
「はい。空間移動でヒョイッと行ってきました」
「あのねクルスさん、渡し屋だとしても、そんなお手軽に行ける場所じゃない筈よ?」
驚きながらも、サヤさんは作業の手は止めない。
炎の魔石を嵌め込んだコンロの前に立ち、大鍋の中身が焦げ付かないように木ベラで混ぜ続ける。
大鍋の中身は、綺麗なルビー色のフルーツソースみたいになっている。
室内には、サクランボに似た甘酸っぱい香りが漂っていた。
「神の島は、創造神様から招かれなければ入れないわ。空間移動で入ろうとしても結界にはじかれちゃうのよ」
「あ、初めて行ったときは創造神様に連れて行かれたよ。その後は自由に出入りしてるけど」
「もしかしてクルスさん、勇者か聖者なの?」
「いやいやいや、ただの渡し屋だよ」
大鍋の中身を混ぜながら、サヤさんは俺が何者なのかと困惑している。
神の島には自由に出入りできる(というか住んでる)けど、俺は勇者でも聖者でもない。
たまたまユガフ様に声をかけられて、神の島に移住した異世界人だ。
異世界人で勇者や聖者なら「世界を救え」とか命じられるだろうけど、ユガフ様が俺に命じたのは「猫を飼え」だからね。
サヤさんはしばらく混ぜ続けた後、コンロのボタンを押して加熱を止めた。
赤く輝いていたコンロの下部の魔石が、スーッと光を消す。
「花蜜は、この容器の半分くらいあればいいわ」
サヤさんは木ベラを大鍋の横の壺に立てて、棚から目盛りが付いた大きな円筒形のガラス容器みたいな物を取り出す。
容器には化学実験に使うビーカーみたいに、注ぎ口がついていた。
サヤさんはテーブルに並べて置いてある花蜜の瓶を手に取ると、中身をビーカーもどきに注ぎ入れていく。
先に渡していた小瓶2つと、後から持ってきた大瓶から3分の1ほど注いだところで、必要量に達した。
甘酸っぱい香りが漂う大鍋の中身に、薔薇に似た香りがする蜜が注がれる。
部屋の中に、サクランボの甘酸っぱさと薔薇の上品な甘さがブレンドしたような香りが漂った。
「あとは冷まして小分けしてポーション容器に詰めるだけね」
「素人がやってもいいなら、容器に詰めるの手伝いますよ」
「ありがとう。冷めるまでお茶でも飲んでゆっくりしていてね」
鍋の中身が冷めるまで、来客用のテーブルでティータイム。
サヤさんが淹れてくれたお茶は、ベルガモットのような柑橘系の良い香りがした。
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