第六十九話「灰色の魔石」
「……切り替えよう!」
『よー!』
俺の意気込みに、リラが明るく合いの手を入れる。
そうだ、いつまでもくよくよしていても仕方がない。今は前に進むことが重要だ。気持ちを切り替えて、これから火の魔法の詠唱を試してみよう。
冒険者の証があれば、領都の外へ出ることも問題ないはず。魔法の練習には、広い場所が必要だし、なにより人目がないほうが都合がいい。
門を抜け、俺は開けた平原へと足を踏み出した。
周囲には誰もいない。念のため確認しておこう。
「リラ、周りに誰もいないよな?」
『大丈夫だよー。今のところ、獣とかの気配もなしだよー!』
リラが自信満々に答えるのを聞いて、俺は小さく息を吐く。
「よし……やってみるか!」
ぐっと気合を入れ、手のひらを前へ突き出す。
思い出すのは、ロビンの火の魔法の詠唱。
魔法の練習の際には、いつも付き合っていたから、すっかり覚えてしまった。
『紅き精霊たちよ。小さき小さく顕現し給え……ビュンテ!』
すると、掌の先の中空に、小指の先ほどの小さな炎がふわりと現れた。
「やった! 成功だ!」
『良かったねー』
炎はしばらく宙に浮かび、ゆらめいていたが、やがて空気に溶けるように消えていった。
それでも、間違いなく俺は魔法を使えた。火を生み出すことができたのだ。
今後、火起こしが必要になっても、この魔法があれば簡単に火をつけられる。こちらの世界へ来たばかりのころ、あんなに苦労して木を擦り合わせていたのが嘘のようだ。これはまさに革命と言ってもいいだろう。
「いやあ、本当に魔法が使えるんだな……!」
興奮しながらスマホを開く。
魔素との同期:8%
風素との同期:3%
火素との同期:11%(自動スワップ設定中)
水素との同期:2%
土素との同期:3%
光素との同期:25%(自動スワップ設定中)
火素の同期率はいつの間にか11になっている。やはり魔法を使うためには、同期率が10%以上必要らしい。
「なら、次は別の属性をスワップしてみるか」
どうせなら、すべての属性の魔法を試してみたい。でも、五属性全部に適性のある人間なんて普通いないかもしれない。
下手したら目立ってしまうかもな……。
でもまあ――。
「バレなきゃいいだろ!」
魔法の成功でテンションが上がった俺は、スマホのスワップ設定を水素に変更する。
これでリラが俺のそばにいる限り、水素の同期率が上がっていくはずだ。
「さて、次はこいつだな」
俺は懐から、魔石屋で買った灰色の魔石を取り出した。つるっとした見た目はビー玉そのものだ。
内産と呼ばれている、ダンジョン内で採れる魔石。
魔石を眺めながらミネラ村の自警団員、モンドさんの言葉を思い出す。
「……魔石を飲んだら死ぬ、か」
確かに、普通の人間が飲めば危険なのかもしれない。でも、俺は今まで二回飲んで問題なかった。なら、大丈夫なはずだ。
……多分。
陽に透かして見ると、魔石は丸く滑らかで、以前飲んだものよりも飲み込みやすそうだった。
『ねえ、本当に飲むのー? やめといたほうがいいと思うよー』
リラがやめるように言ってくるが、死にはしないと思うし、この魔石を飲んだらどうなるのかが知りたいのだ。
「一個くらい、大丈夫だよ。……よし!」
『うー……!』
意を決して、魔石を口に含み、ごくりと飲み込む。
魔石は当然ながら無味無臭だ。
魔石が喉を通り、腹の奥へ落ちていく。そして――。
腹にホワッとする感覚が広がる。いつもの感覚だ。しかし、今回は……少し違った。
「んんっ?」
『ケイスケ、大丈夫ー!?』
「……うん、なんだかちょっと違和感というか、胸やけがしたというか……」
『えーっ!? 駄目だよー! ケイスケ、早く吐いたほうがいいよー! ペッして! ぺっしてー!』
心配そうに喚きたてるリラ。
「……リラ、大丈夫だよ」
慌てるリラを落ち着かせるため、俺は片手を上げて合図する。
気持ち悪いわけではない。強いて言うなら、食べ過ぎたときのような、少し重たい感じがする程度。それも僅かな時間で消えた。
「……うーん、体調は大丈夫そうだけど」
『ほんとに? ほんとに大丈夫なのー?』
リラが何度も念を押してくるが、本当にもう問題ない。俺はもう一度スマホを開く。
魔素との同期:9%
風素との同期:3%
火素との同期:11%
水素との同期:2%(自動スワップ設定中)
土素との同期:3%
光素との同期:25%(自動スワップ設定中)
「……魔素の値が上がってるな」
なるほど、灰色の魔石を飲むと、魔素の同期率が上がるのか。
でも――魔素の同期率が上がると、どうなるんだ?
俺の疑問に答えてくれる存在は、今のところいない。
手元には、まだあと四つの魔石がある。四つなら、同期率は4%上がって、13%になる?
魔法は多分、同期率が10%を超えると使えるようになる、はず。
魔素が上がって何の魔法が使えるのだろう?
「試してみる価値はあるか……? だけどまずは、魔法の威力が上昇するみたいなこと言ってたから、その検証が先かな」
平原のただ中で、風に吹かれながら俺は考えた。
そしてもう一度、今度は魔石を持ちながら魔法を使ってみる。
しかし結果は非常に微妙なものだった。
「……魔石屋の言ってた通り、これは微妙だ」
使った魔法が基礎魔法だったからなのかもしれないが、火魔法は出現した火が本当に僅かに大きくなった程度。光魔法に至っては正直なところ、違いがわからなかった。
灰色の魔石は炭のように真っ黒くなり、やがてボロボロと崩れていく。手に残ったのは、真っ黒の砂のような物。だけどそれも自然に空気に溶けていくように、やがて消え去っていった。
「魔石って、使うとこんなふうになるのか」
ゴミが出ないのはいいことだと思うが、なんだか不思議な現象だった。
残る灰色の魔石は二つ。
一個目魔石を飲み込んでから三十分ほど経過したが、特に体調の変化はない。
俺はじっと魔石を見つめて呟く。
「……あと二個、いってみるか!」
『えー!?』
驚くリラを横目に、魔石を手に取った。
この実験がどんな結果をもたらすのか――それはまだ、俺にも分からない。
ただ、二つ一気に飲み込んだ後はやはりなんだか吐き気のような不快感を感じて、少しの間へたり込んでしまった。
リラの心配そうな声を聴きながら、俺はもう二度とこんなことはやらないと心に誓ったのだった。
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