第二百六十三話「紹介、失敗する」
――状況が、まったく理解できない。
「お前、いい加減にしろよ?」
最初に口を開いたのはニトだった。
いつもの軽口混じりの声じゃない。眉をひそめ、明らかに本気で俺を睨んでいる。
「マジか……?」
思わず口癖が出た。
「本当に、ニトの言う通りだわ」
次にミルカ。
眼鏡越しに、きっちりとした冷たい視線。これは説教前の顔だ。
「限度ってものがあると思います」
ヘルヴィウスまで参戦してきた。
柔らかい言い方だが、内容はばっさりだ。
「流石に擁護できねえだよ」
トルトはため息交じり。
こいつがこういう言い方をする時は、本気で呆れている証拠だ。
「……」
そして、最後にティマ。
無言だが、半目。
無言が一番刺さるって、誰か教えてくれ。
――おかしい。
誰も味方がいない。
俺はゆっくり周囲を見渡した。
全員、俺から微妙に距離を取っている。
ざっと見て、五メートル。
体育の授業で言うところの、余裕でソーシャルディスタンスを守れる距離だ。
「……いや、ちょっと待て」
俺は両手を上げて言った。
「落ち着け。ちゃんと説明するから」
「説明の前にだな」
ニトが指を突きつける。
「なんで、あんなもん呼んだ」
あんなもん、とは失礼な。
俺の横では、巨大な影がゆっくりと首を動かしていた。
『ケイスケ、ドウシタ?』
ただの猛獣の唸り声にしか聞こえないが、そこにはちゃんと意味がある。
飛竜――レガスだ。
灰色がかっていた鱗は、今では少し緑を帯び、陽に当たると鈍く光っている。
翼を畳んでいるだけで、存在感がありすぎる。
「いや、だから……紹介しようと思って」
「紹介の仕方ってもんがあるでしょう!」
ミルカが即座にツッコんだ。
「急に空から降りてきて、地面揺らして、風圧で砂巻き上げて!」
「マジか、そこまで……?」
「そこまでよ!」
俺は小さく咳払いをする。
「えー……改めて紹介します。こいつはレガス。俺の――まあ、仲間だ」
『レガス、ダ』
レガスは律儀に首を下げた。
その動きだけで、風が起きる。
全員、一歩下がった。
「ほら、怖くないだろ?」
俺が言うと、
「説得力ゼロだ」
ニトが即答した。
ちなみに、全員俺から五メートル圏外を死守している。
完全包囲されているのは俺だけだ。
「……で、何で増えてるんですか?」
ヘルヴィウスが、レガスの背後を見て言った。
俺もそちらを見る。
レガスの後ろ。
一回り小さい飛竜が、三匹。
きっちり整列している。
「いや、仲間を呼んでくれって言ったら……」
『ツレテキタ』
レガスが胸を張る。
確かに、四匹の飛竜が揃うと迫力が段違いだ。
森の主どころじゃない。完全にボスラッシュ前だ。
「……大丈夫なのかよ?」
ニトが疑いの目を向ける。
「大丈夫だって。ほら、何もしないだろ?」
そう言った瞬間。
一匹が羽をばさっと広げた。
「ひっ!」
ミルカが声を上げる。
「ちょ、待て待て!」
「今のは不可抗力です!」
ヘルヴィウスがフォローしてくれるが、状況は好転しない。
「……」
ティマが、じっとレガスを見ていた。
その小さな手が、胸元でぎゅっと握られている。
「ティマ?」
俺が声をかけると、彼女は一歩、前に出た。
「……大丈夫、なの?」
「ああ。優しいやつだ」
『オレ、ヤサシイ!』
即座に肯定するレガス。
ティマは少し迷った後、そっと近づいた。
そして、震える指先で――レガスの鱗に触れた。
「……あ」
ティマの表情が、少し緩む。
「……あったかい」
レガスが、ゆっくりと首を下げる。
それを見て、ニトが舌打ちした。
「……ちっ。しょうがねえな」
次に近づいたのはニトだった。
「触るだけだぞ」
「はいはい」
ごつい手で、鱗をぽん。
「……硬ぇな。でも、悪くねえ」
続いてミルカ。
「学術的に興味がありますから」
理屈を盾に、ゆっくりと一歩前へ。
「……確かに、魔力の流れが……」
「触る理由になってないぞ」
ヘルヴィウスも続いた。
「僕も……将来の勉強に」
完全に便乗である。
最後に残ったのはトルト。
「……俺、でかいの苦手だべ」
そう言いつつ、意を決して前に出る。
「……おお」
触れた瞬間、目を丸くした。
「……熊より、でかいだな」
――こうして。
全員、無事にレガスに触れた。
俺はその様子を見て、ほっと息を吐く。
「な?」
同意を促すも皆は冷ややかだった。
「……次からは、事前に言え」
「マジで」
全員からの一斉ツッコミが、俺に突き刺さった。
――次があれば、気をつけよう。
たぶん。
それからしばらくして、皆と飛竜たちとの距離感はだいぶ縮まっていた。
最初こそ五メートル以上あった安全距離は、いつの間にか完全に消えている。
今では全員、それぞれの飛竜のそばに立ち、恐る恐るではあるが、鱗に触れたり、首筋を撫でたりしていた。
「……思ったより、おとなしいですね」
ミルカが、学術的な観察をするような目で言う。
『オトナシイ』
レガスが、胸を張るように鳴いた。
「いや、今それ俺が通訳しないと分からないからな?」
俺が言うと、レガスは首を傾げた。
ちなみに俺は言語習得チート持ちなので、飛竜の言葉が分かる。
だが当然、みんなは分からない。
つまり――俺がいないと会話は成立しない。
「……ケイスケ」
ニトが、じっと飛竜を見上げながら言った。
「ひとつ、聞いていいか?」
「ん?」
「こいつら……飛ぶよな?」
何を今さら。
「飛竜だぞ?」
俺が言うと、全員が一斉にこちらを見た。
嫌な予感がした。
「……乗れるのか?」
ニトの一言で、空気が変わった。
俺は一拍置いてから、にやりと笑う。
「乗れるぞ」
その瞬間。
「え?」
「は?」
「……今、何と?」
全員の反応が見事に揃った。
「だから、乗れる。せっかくだし、ひとまず乗ってみようぜ」
「ひとまずって何ですか!?」
ミルカが即座にツッコむ。
「大丈夫だって。俺はもう何度も乗ってるし」
「それはケイスケだからでしょう!」
その通りだった。……というか、なんだかその言葉通りの意味に聞こえないのは何故だ?
だが、俺は止まらない。
「レガス、みんな乗せられるか?」
『ノレル』
即答だった。
「……だ、そうだ」
「だからって、簡単に信じられるか!」
ニトが叫ぶ。
とはいえ。
最初に動いたのは、ニト自身だった。
「……まあ、俺から行く」
覚悟を決めたように、ニトは一匹の飛竜のそばへ歩いていく。
レガスより少し小さいが、筋肉質で、鱗の締まったメスの飛竜だ。
「お、おい……」
「やるしかねえだろ」
ニトは意外にも器用だった。
翼の付け根を足場にして、するすると背中へ登る。
「……お、おお?」
背中にまたがり、少しふらつくが、踏ん張る。
「意外と、いけるな」
「すごい……」
ティマが小さく声を漏らした。
次に動いたのは、ヘルヴィウスだった。
「僕は……こちらですね」
彼のそばには、細身のメスの飛竜。
「アイレ、お願いします」
『仕方ありませんわね』
風の精霊の名を呼ぶと、足元に柔らかな風が生まれる。
ふわり、と身体が浮き、そのまま優雅に背中へ。
「……あ、楽ですね」
貴族様、余裕である。
「次、俺だべ」
トルトは、レガスの次に大きいオスの飛竜の前に立った。
「……よいしょ」
体格差はあるが、力は十分。
問題なく背に乗る。
「ミルカ、引き上げるだ」
「ちょ、ちょっと……!」
言いながらも、ミルカは腕を掴まれ、そのまま引き上げられた。
「……す、座れました」
若干顔が赤い。
最後は――俺だ。
「行くぞ、ティマ」
「……うん」
俺はティマを先に抱き上げ、レガスの背に乗せる。
その後ろに、俺。
「準備はいいか?」
『イイ』
次の瞬間。
飛竜たちが、一斉に翼を広げて地を蹴った。
僅かな浮遊感。一瞬にして二メートルは浮き上がる。
――ほんの数秒。
それだけだった。
「うわっ!?」
「ちょっ!?」
「きゃっ!?」
一斉に悲鳴が上がる。
飛び上がった瞬間、全員がバランスを崩し、背中から転げ落ちそうになっていた。
「ダメだ!」
「無理です!」
「危険すぎる!」
そんな声を受けて即座に着地。
全員、青い顔で降りていった。
俺とティマだけは平然としている。
「……おかしいな」
俺が首を傾げる。
「俺は普通に平気なんだが」
「それが異常なんだよ!」
ニトが叫んだ。
「これは……」
ミルカが顎に手を当てる。
「鞍と鐙が必要ね……」
全員、納得の表情。
「確かに」
「ないと、踏ん張れねえ」
「安定しません」
鞍と鐙か。確かにあればもっと快適に乗れるかも? でもそれは人間の都合であって、レガスたちはどうなのか?
俺はレガスに確認する。
「レガス、お前の首から背中にかけて鞍と鐙、付けてもいいか?」
『カマワナイ』
するとあっさりと了承の返事が返ってきた。
他の飛竜たちも問題ないとのこと。
「よし、決まりだな」
ミルカが採寸を始める。
「街の馬具店に頼みましょう」
「……飛竜用、作ってくれるか?」
「相談次第ね」
その時。
「費用は、僕が出します」
ヘルヴィウスが、はっきり言った。
「いや、それは――」
「いえ」
彼は首を振る。
「僕のせいで、皆さんがデロンド組に狙われることになりました。これは、その……せめてもの」
「固辞するな」
「そうだぞ」
「気にすんな」
全員が口々に言う。
ヘルヴィウスは少し困ったように笑った。
「……ありがとうございます。でも、僕が出しますよ。出させてください」
「……金額次第だな」
あまりにも高かったら、みんなで折半だ。
「それにしても、飛竜に乗るとか、帝国の騎士かよ」
ニトがぼそっと言う。
確かに、授業で聞いたことがある。
竜騎士。
……。
「……かっこいいな?」
俺が言うと、
「調子に乗るな」
「自重してください」
「今はまだ無理だべ」
全員から、即座に否定された。
――マジか。
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