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8、恐れと優しい抱擁



ハンマーを指輪に戻したシュリエナはフェリクスたちの元へ戻る。念のために外套を被り、顔を見られないようにする。


「魔人は倒したから、もう大丈夫」

「シュリエナは? 怪我しなかった?」

「生憎とあの程度の魔人じゃ、私に傷は付けられないわよ。それと、ロイさま。この後のことはよろしくお願いします。フェリクスも上手く誤魔化しておいてね」


それだけを言うと、フェリクスたちに何かを言われる前にシュリエナは元いたダンジョンへと転移した。今からこのダンジョン攻略は隠しアイテムが手に入らないためできない。


外套の下でシュリエナは顔を歪めていた。


「……やり過ぎたかなぁ」


端っこに蹲り、シュリエナは少しだけ恐れていた。


「現状、魔人は人間単体で倒せる相手じゃない。私のレベルならどうってことないけど、普通に考えたら有り得ないこと」


しかも12歳の少女が魔人を単独討伐したのだ。そんな相手に怯えるなというほうが難しい。


人は、自分よりもはるかに強い相手を本能的に恐れてしまうのだから。


「フェリクスたちを助けたことに悔いはないけど、もうお茶会はないかな」


少しだけ、寂しいと感じる。しかしシュリエナは自分の取った行動だと喝を入れ、ダンジョンを去った。



* * *



あれから一週間が過ぎ、フェリクスはいつものようにお茶会としてシュリエナの屋敷に来ていた。


「……なんでここにいるの?」

「? 婚約者なんだから当たり前じゃないか」

「っ、そうじゃなくて! 私の力、見たでしょ。あれを見て……怖くないの?」


何事も無かったかのように紅茶を飲むフェリクスにシュリエナは思わず疑問を口にする。けれど、返ってきたのはシュリエナの予想とは違う答えだけ。


「普通、魔人をひとりで、しかも12歳の少女が討伐なんておかしいでしょ。同じ魔人なんじゃないかと怯えないの?」

「シュリエナは俺に怯えてほしいの?」

「っ、ちがう、けど……」

「ならいいじゃないか」


納得のいかないシュリエナの顔を見て、フェリクスは溜息をつき、カップを戻した。その仕草にらしくもなくシュリエナは肩をふるわせるが、フェリクスは口を開いた。


「……たしかに、ロイも俺もシュリエナの力を目の当たりにして驚きはしたよ。でも、助けてもらって、それで君に怯えることはなかったよ」

「…………」

「クラリス嬢もそうだよ。あのあと目を覚まして事の詳細を伝えたけど、彼女はシュリエナの力に怯えるどころか直接会って感謝したいと言っていた」


おかしいんじゃないかとフェリクスを見るが、嘘をついている感じはしなかった。その瞳からはシュリエナへの怯えはなかった。


「俺はシュリエナに初めて会ったときに聞いたよね。ほんとうに人間なのかって。そしてシュリエナは人間だと答えた。ならそれが答えだよ」


フェリクスは立ち上がると、俯くシュリエナの隣に座った。そしてわずかに震えるシュリエナの手を握る。


「シュリエナの言葉を信じるだけさ。それに君は俺たちの命の恩人だ。それが真実で、それ以外は些細なことだよ。だからね、シュリエナ」

「……っ」

「そんなに泣きそうな顔をしないでよ。君はいつもみたいに明るく笑っていて」


頬に手を添えられたシュリエナはフェリクスを見るために顔を上げる。シュリエナの瞳には今にも溢れそうな涙が溜まっていた。


「何が君をそんなに不安にさせたのか俺には分からないけど、シュリエナは強くて可愛い俺の大好きな婚約者だよ。ロイもクラリス嬢もシュリエナとまたお茶会がしたいと言っていたよ」

「っ、ほんとうに……?」

「ほうとう。それに婚約者が魔人を倒せるくらい強いなんて、俺は誇らしいよ。まあその代わり、俺は君に似合うくらいに強くならないといけないけど」


フェリクスの優しい声にシュリエナは涙がこぼれそうになる。


「大丈夫だよ、シュリエナ。何も怖がらなくていい。君は君なんだから」

「……うん」

「君がその力を俺たちに見せて、俺たちが離れていくのを恐れてしまったのなら、その度に俺たちはシュリエナに伝えるよ。ほら、甘いものでも食べて、いつもの笑顔を見せて。シュリエナの笑っている顔が俺は見たいよ」


その言葉にとうとうシュリエナは涙を零した。けれどフェリクスは零れた涙を優しく拭い、シュリエナが安心できるように何度も何度も声をかけ続けた。


「大丈夫、大丈夫だよ、シュリエナ。君は強くて可愛い俺の婚約者さ。なにも怖がるものなんてないよ」

「……っ」


シュリエナの恐れは杞憂だったのだ。シュリエナが思っている以上にフェリクスはシュリエナを大事に思っていたし、ロイやクラリスもシュリエナを大切な友人として見てくれていたのだ。


そのことに安心して、シュリエナは静かに涙を流す。シュリエナが泣き止むまで、フェリクスはずっとシュリエナのそばで声をかけ続けた。



* * *



あの日からシュリエナはロイとクラリスにも本当の自分の力を伝えた。けれどフェリクスが言っていた通り、二人はそれを知ってもシュリエナを大切な友人だと言ってくれた。



───そして今は



「ほらほら、フェリクス。早く来ないと先にボスを倒しちゃうわよ!」

「シュリエナが早いんだよ。まったく、どんな身体能力をしているんだか……」

「でもそんな私も好きでしょ?」

「困ったことにね」


シュリエナは後ろにいるフェリクスに笑いかけた。肩を竦めたフェリクスは剣を持ち、シュリエナを追いかける。


ふたりはこっそりとダンジョンに行き、レベル上げをしていた。たまにロイやクラリスも一緒にダンジョンに行くが、本当ならダメだとシュリエナは怒られてしまう。


けれど、生き生きとしているシュリエナを見て、フェリクスもロイもクラリスも仕方がないと笑って許してくれる。


だから今日も、シュリエナはダンジョンでレベル上げをしているのだ。



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