にんぎょ姫殺人事件
やってきたのはセイレーンだ。
海を渡って数百年ぶりに福岡に来たらしい。
「前に来た時はですね……。出島に行く船の端っこにこう、紐を引っ掛けて海を渡って関門海峡まで来て、その後観光して帰ったんですよ。大友宗麟に捕獲されそうになったり、島津に種子島の性能について意見をもらいたいなんて言われたり、秀吉が私をみてルパンダイブしてきたり、色々大変だったんですよ」
金髪ロングヘアのセイレーンは、インナーを着ないままグレーのパンツスーツに身を包んでいる。
青くてギラギラのハイヒールを履いているように見えるけれど、これは尾鰭だ。
福岡天神ではギラギラのハイヒールを履いている人を見かけることはあるが、人魚の可能性があるのでなるべく気づかないふりをするのが、福岡では基本のマナーだ。
人魚系女子は人魚だとバレるのを、ひどく恐れるためだ。
ちなみに人魚系男子は顔が魚のやつが多いので、それはそのままうろついている。
ハウステンボスの海のファンタジアに行くと、見られることもあるという。
……美しい人魚系男子はどこに消えた。
閑話休題。
それはともかく、セイレーンのキャサリーンさんはさめざめと泣いている。
「昔お世話になった人魚が……いないんです……」
「それは、福岡ですか?」
「博多です。というか福岡という地名は何ですか? ここは博多か福崎ですよね?」
「「あー」」
探偵と助手は、顔を見合わせる。
「ええとですね。『ここ福崎っていうの!?んじゃせっかくやし俺の地元と同じ名前に変えちゃおっか!』と岡山県瀬戸内市長船町福岡からお越しの殿様が福岡と名付けたんですよ」と、探偵。
「秀吉とお会いしたことがあるんだとすれば、ニアミスでお会いしなかった感じですね」と、助手。
セイレーンのキャサリーンさんは肩をすくめた。
「時代は流れているのね……でも人魚は永遠の命だわ。でもあの子はいない。つまりあの子は殺されたの。調べてちょうだい」
「殺人事件は恐れ入りますが福岡県警にご連絡いただけますか」
「あらやだ、シャーロックホームズだって殺人事件扱ってるでしょ?」
「シャーロックホームズだって一旦警察通してますよ」
「そうなの?」
「そもそも架空の人物です」
「でも本当にはいたわよ」
「架空の人物ってことになってます」
「でしょう? 私が心配しているのは、そういうことよ」
キャサリーンは「それよそれ」とばかりに指を立てる。
「警察の方、人魚の話もすぐに通じるかしら。今の人間って、類似個体以外の存在を認めたがらないでしょ? シャーロックホームズが存在しないとか、妖精はいないとか、おいでおいでする幽霊もいないとか、言うじゃない」
「大丈夫ですよ、福岡は類似個体以外のあやかしについても見慣れてますよ。ほら私も」
探偵はジャケットを脱ぐ。ぴろっと可愛らしい羽が飛び出す。
「まあたしかに……そうよね、あなた妖精さんだものね。やっぱり警察に直接行くのがいいのかしら」
「あの、よろしいでしょうか」
ここで助手が片手をあげる。
「先生。キャサリーン様。……まあ確かに、交番とか窓口だと、うっかりあやかしについて知らない人もいるかもしれません。福岡県外から就職したおまわりさんで、まだ新人とか」
「ああ、確かにそうだな。京都生まれとか青森生まれなら知っとんしゃあかもしらんけどな」
「ですです。だからですね、ここで一旦その殺人されたかもしれない人魚さんの情報をまとめて、そして我々探偵事務所であの人を通じて、県警に連絡入れるのはどうでしょう? それなら完璧です」
「そうしようそうしよ」
福岡のあやかし関係では「とりあえずあの人に話を通せば何とかなる」という人物が存在する。
助手はすぐにその人の名刺を探す。
別に隠すほどでもない人物だが、いろんな土地からごちゃごちゃに人やあやかしが集まる土地には、当然、大体そういうのの仲介役が存在するものだ。人間がこの土地に福岡とか福崎とか、色々名前をつけるずっと前からその辺で暇している神様だ。名前は人によって呼び方が違うので、探偵は『あの人』と言っている。大体それで通じるから。
さて、と探偵は座り直した。
「さ、では話を聞かせてくださいキャサリーンさん。その人の」
「わかったわ」
キャサリーンさんは話し始めた。
「彼女はとても素敵な人だったの。優しくて、おおらかで、大きくて、身長はちょうどそうね……尾びれまで入れて164ヤードくらいかしら」
「ふむふむ、164センチ」
「違うわ、164ヤードよ」
「……ヤード?」
探偵と助手は、顔を見合わせた。