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領主・ドロテア

 執務室の窓から、柔らかな光が室内に差し込んでいる。


 ドロテアは、机に頬杖をついて、書類に目を落としていた。



 それは、叙任状だ。ドロテアがウォルバーの統治貴族へと任ぜられたことが書かれている。


 これでようやく、父の後を継ぎ、本当の意味でウォルバーに帰ってくることができたのだ。


 本当に、皆のおかげだ。感謝してもしきれない。



 思えば、ずっと忙しく過ごしてきた。


 今のように、ぼーっと椅子に座ることができたのは、いつぶりだろうか?



 微かな風に揺れるカーテンを見つめながら、昨日の出来事を思い返す。




 ……昨日の夜、中央都市からウォルバーに戻ってきた。


 馬車の中で眠ってしまっていたドロテアは、カトリーヌに起こされて馬車を下りた。


 ”ダンジョン村”事務所は焼失してしまったので、その近くの広場にある、仮設事務所へ行く。



 到着は多少遅くなってしまったのだが、留守番役のギルドメンバーが出迎えてくれる。


 今日、ウォルバーに戻ると連絡をしてあったのだ。


 副ギルドマスター・ザラヴィスやミハウと、笑顔で握手を交わす。



 ギルドの方から連絡してくれたのか、その場にはエドワードとマーガレットも居た。


 エドワードは、よくやった、と頭を撫でてくれた。


 マーガレットは、無事でよかった、と抱きしめてくれた。



 二人の体の温かさと、やり遂げたんだという達成感、開放感で、涙があふれそうになる。


 ドロテアのその様子に気が付くと、マーガレットは、黙って抱きしめ続けてくれた。


 その胸の中で、ドロテアは静かに涙を流すと、マーガレットを抱きしめ返す。



 落ち着くと、腕の中からそっと抜け出す。


 ほのかに赤くなった目の周りを恥ずかしげに擦る。


「……ただいま。私ね。ついに、認められたんだ。


 お父さんの娘だって。ウォルバーを継ぐべき、クラナハ伯爵の、令嬢だって」



「……良かった。お嬢様の努力は、報われたのですね。それが、なにより一番です」


 マーガレットは、しみじみと言う。




 ミハウが、唐突に大声を上げた。


「いや、しかし、これはめでたい!!


 我がウォルバー商人ギルドは、中央都市にいる上級貴族とのパイプを得て、不正三昧の悪しき貴族を倒した。


 さらに、お嬢様が……、お嬢様どころか、領主になっちまった!


 こうなれば、向こう100年は安泰だ!我らが商人ギルドは、永遠に発展し続けるだろう!万歳!」



 その言葉に呼応し、広場に集まっていたギルドメンバーが喜びの声を上げる。


 ミハウが、満面の笑みでカトリーヌに提案する。


「ボス、こうなったら、ぱーっと祝宴を開きましょう!


 ”ダンジョン村”にいる冒険者の奴らも驚くような祝宴をひらいて、俺らの、新生商人ギルドの力を見せつけてやりましょう!」



 興奮して腕を振り上げるミハウに、カトリーヌは苦笑交じりに答える。


「はいはい。それもいいかもね……。ただ、今日は私もドロテアも疲れてるから、また後日ね。


 せっかくだから、貴方が音頭を取ってセッティングしてくれるかしら?


 ”ダンジョン村”にいる冒険者も誘うってのはいい考えかもね。あいつらにも、私たちの景気が良い所を見せておくに越したことはないでしょう。



 ……じゃあ、私は宿屋に行くわ。疲れたから家に帰るのも面倒だし。


 ドロテアもニーナも、よかったら宿屋で泊まっていきなさい」



 実際疲れていた二人は、その提案に乗らせてもらうことにした。


 エドワードとマーガレットも、わざわざあばら家に帰ってもらうのも申し訳ないので、一緒に来てもらうことにした。



 まだ広場で騒いでいるギルドメンバーを残し、ドロテアたちは宿屋までの道を歩み始める。


 広場から宿屋までの間に、”ダンジョン村”の一部を通り抜けることになる。



 ”ダンジョン村”は、立ち上げられてから2年程度が経過しようとしているが、その経営は順調そのものだ。


 父が遺してくれた迷宮は、まだ底が見えず、制覇されたという話は聞かない。


 その割に、冒険者は魔物や、遺物などの財宝と、ちょくちょく遭遇しているようだ。



 初めて見た時は、ただの不気味な迷宮だと思ったが……。


 これほど価値のある物だったとは。



 この迷宮無くして、ドロテアの成功は有り得なかっただろう。



 もちろん、成功へと至った理由は、迷宮だけではない。


 エドワードについてきてもらわなければ、迷宮を深く見ることもできなかっただろう。


 マーガレットが支えてくれなければ、途中で諦めていただろう。


 ミハウがいなければ、商人ギルドへ辿り着くことも無かっただろう。


 カトリーヌと出会うことがなければ、そもそも”ダンジョン村”は存在しなかっただろう。


 ニーナの明るさには、何度となく心を救われた。



 だから―――、私は、一人ではここまで成長することは出来なかった。



 宿屋までの道中、見晴らしのいい道に出る。


 ドロテアは、”ダンジョン村”の中心部を見つめた。


 松明やランプの灯が煌めき、賑やかな声が伝わってくる。



 しばらくそれを眺めていたドロテアは、宿屋へと歩みを向けた。



 ニーナやエドワードたちを待たせてしまっていたようだ。


 軽く頭を下げて、道を進む。


 会話こそなかったが―――、満ち足りた時間だった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 翌朝。



 ウォルバー城の執務室に入ったドロテアは、改めて周囲を見渡してみる。


 落ち着いて眺めてみると、色々と思い出が蘇ってくる。



 これからは、ここが私の仕事場となるのだ。


 執務机の天板を撫でる。年季の入ったそれは、父が座っていた時そのままのように思えた。



 机の引き出しに仕舞った、叙任状を取り出す。


 頬杖をついて、それを眺める。



 机の上の本棚には、父の日記が置いてある。


 それを手に取り、開いてみる。


 そうすると、今は亡き父と、もう一度触れ合えるような気がするのだ。



 そうだ、とドロテアは思いつく。


 これからは、私も日記を書いてみよう。



 手始めに、近くにあった手帳に、今の気持ちを書いてみることにする。


 羽ペンをインクに浸した時だった。



 執務室の扉が開き、ニーナが部屋に入ってくる。


「ドロテア、おはよ!


 ミハウさんが呼んでたよ。”ダンジョン村”で祝宴を開くけど、なんか主役として手順を確認してほしい、とか何とか……。


 カトリーヌさんもいたから、とりあえずおいでよ!」



「ん、わかった!呼びに来てくれてありがとね」



 礼を言うと、書きかけだった手帳を、本棚に仕舞う。


 ―――父の日記の隣に置いた。




 執務室の扉へと走る。



 ニーナと並び、外へ出る。





 今日は快晴だ。




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