58話 想いを託して
今回の話は冬馬が意識を失う前に遡る。
冬馬が社殿に向けて歩きだした頃、守護師たちもこの状況に対応すべく動きを見せていた……
◇◆◇◆
舞美子は小さくなっていく冬馬の後姿に、とある人物の面影を重ね合わせていた。その人物とは、舞美子が幼かった頃の記憶の中にあるものだ。忙しかった父や母の代わりによく遊んでくれた人なのだが、五気のいろはを教えてくれた第二の師匠でもあった。その教えはとても面白く、とにかく楽しかった。ただ、時には熱くなりすぎて厳しい指導もあった。たが、その人物は舞美子にとっては何より優しく、暖かい人という印象しか残っていない。本当に大好きな師匠だった。
「無茶だけはせんようになぁ」
舞美子は誰にも聞こえないような、か細い声で呟いた。だが、この男には聞こえたようだ。
「まるで母親が我が子を見守るような光景ですね」
言葉の内容からすると皮肉を言っているように聞こえるが、月也の顔は至って真顔だ。これに舞美子は会釈で返した。母親とは心外だったが、妹たちと比べてもまた少し違った感情があったのも事実だからだ。
「それにしても、なかなか良いお芝居でしたよ」
月也が舞美子へ今度はニヤリと笑みを向けた。この男は侮れない人物だと改めて舞美子は感じた。
「何のことで御座いましょうか」
舞美子は素知らぬふりを貫こうとしたが、月也は珍しく細かく突っ込んで来た。
「とぼけても無駄ですよ。つい先ほど思い付いたような振りをしましたが、実は最初からわかっていたのでしょう?」
月也は社殿の方へ視線を変えた。その視線の先には冬馬がいる。
「あなたなら狭間直輝が術を放った瞬間、二之丸家の力を使えばすぐに対処出来るとわかっていたはずですから」
「…………」
「使わなかった理由は……迷いですね?」
「仰せの通りで御座います」
やはりこの男には見透かされている、舞美子はそう感じて諦めた。
月也の言う通りだった。狭間直輝が破壊の術を放った時、すぐに水気による術で相殺出来ると思い付いた。だが、それを冬馬へ指示することが出来なかった。あの状況で任せるには、あまりにも酷だったからだ。
「あなたがあれほど迷うなんて、珍しいこともあるもんですね」
「あの場面では成功する確率は低いと判断しました」
「それだけではないでしょう。二之丸家の力の秘密が関係しているのでは?」
「…………」
「舞美姉さん……」
恐らく、月也も二之丸家の事については知っているはずだ。当然、犬走家当主である美姫も知っている。だからこそ、美姫も冬馬に任せることを躊躇したに違いない。
水気使いの特徴として、『生の根源』を利用するという利点がある。だが、同時にそこには重大な欠点も存在するのである。当の本人である冬馬はまだ気付いていないようだが、月也はそのことを言っているのだろうと舞美子は思った。
「まあ、いいでしょう。それより、彼を信用してもよろしいのですか?」
「それってどういう意味?」
舞美子の代わりに美姫が答えた。その美姫は月也の言葉に少し苛立っているようだ。睨み返すように鋭い眼光を月也に向けている。だが、月也はそれには意に介さず言葉を続ける。
「いえ、二之丸家の先代は問題児のようでしたからね。そんなところまで受け継がれてしまっては、こちらとしても困るということです」
やや口角を上げてにやける月也は、それでも端麗な顔つきは崩れない。
「フンッ。あなたは昔のことをまだ根に持ってるだけじゃないの?」
「それはどういう意味ですか?」
今度は月也が怪訝そうな表情で聞き返した。
「相当いじめられたって、おじいちゃんから聞いたことがあるだけよ」
「フフッ、重兵衛殿はかなり誇張していますね。私はただ、二之丸家先代の異常な行動に振り回されていただけですよ」
「別にどっちでもいいわ。二之丸冬馬君については、これからの彼を見ていればわかることじゃない?」
「それもそうですね」
さすがにこれには舞美子も苦笑するしかない。もちろん表情には出してはいないが、こんな場面でも皮肉を言い合う美姫と月也は、筋金入りの『犬猿の仲』である。こればかりは舞美子でも止めようがない。頃合いを見て話を逸らすしか術はないのだ。
「美姫様」
「わかってるわ」
美姫は少し不機嫌そうに舞美子を一瞥して、また月也を見た。
月也の方はというと少し残念そうに美姫から視線を外し、真顔に戻って社殿を歩いて行く冬馬の背中を目で追っている。
「ねえ、直輝君がどうしてあの術を使えるのか心当たりは無いの?」
「さあ……? それより今は緊急事態です。我々もやるべきことがあるのでは?」
月也は後ろで控えている舞美子に視線を移した。
「そうね」
美姫も月也に倣うように舞美子へ顔を向けた。美姫のその表情に一切の感情は無い。強いて挙げるならば、冷淡な落ち着きだけだろうか。この若さでのこの貫禄を醸し出せるのは、すでに上に立つ者の風格は十分に備わっているということが窺える。美姫が幼少の頃から、舞美子がしっかりと教育を施してきた成果と言ってもいいだろう。
「従家及び八下家の者に告ぐ」
この美姫の言葉に、守護師たちは一斉に跪いて頭を下げた。主家としての号令が発令されるからである。美姫は視線を月也へ移すと、月也は軽く頷いた。こういった意思疎通に抜かりが無いのは、さすが主家当主といったところである。
「これより、結界崩壊による対処策戦を執り行います。結界が破れた今、魔霊や悪霊が何時何処で現れるかわかりません。これは最悪の状況と言ってもいいでしょう。よって各々は守護師の名において、必ずや守り抜くことを念頭に行動してください」
「承知!」
守護師たちは一斉に声を揃えた。美姫と月也の並々ならぬ気迫に、皆の顔に緊張が走る。
「策戦指示は全て、根石家当主に一任します」
「承知致しました」
舞美子はそう言って頭を下げて一礼すると、おもむろに立ち上がった。誰が何をどうするべきかは、すでに舞美子の頭の中でまとまっている。後は刻々と変わる状況をも加味して、柔軟に且つ的確に対応するだけである。
「ではまず、本丸家当主様と三之丸家当主様にはそれぞれ東と南の守護をお任せます」
「承知っ‼」
名を呼ばれた二人は即座に身体強化でそれぞれ青と赤の霊気を纏い、東と南の方向へと飛んでいった。
守護之御魂神社の東西南北には、それぞれの属性による守護が任じられている。なぜならそこが守護師にとって、そして陰陽師にとっても重要な起点になっているからである。東は木気、西は金気、南は火気、そして北は水気だ。舞美子の指示は木気と火気の始祖家である二人を、その重要な場所に配置したということになる。
「天端石家当主には在野守護師の二名を西の別邸まで運び、その後は西の守護に徹するように」
「承知‼」
今度は雪が光太と勇一を両脇に抱え、こちらも身体強化をして西の方角へと飛んでいった。本来、西は舞美子自身の持ち場と言っていい。だが、今はここを離れるわけにはいかない。どんなイレギュラーが発生するかはわからないのだ。雪ならば舞美子の代理として何ら問題はない。彼女は従家に匹敵するほどの霊力の持ち主だからである。それに西には他にも心強い者もいるので、何かあったとしても心配は不要だ。
「根石明日美と根石美音の両名は、各方面を守護している八下家の者たちへの連絡を命ずる。八下家にはそれぞれ山を下り、周辺の異常に対処するように伝達すること。その後、両名は消えた狭間直輝の捜索を命ずる」
「承知やっ‼」
明日美はニヤリと笑みを浮かべた。美音の方は少し緊張気味の表情を浮かべている。二人は身体強化をして飛び出そうとした。
「あっ、ちょい待ちっ!」
「…………?」
舞美子は思わず普段の言葉遣いになった自分を悔いた。足を蹴り上げる寸前で止められた二人も、やや不思議そうな顔をして舞美子を見つめ返している。だが、今はそんな悔いよりも自分の想いを伝える方が優先だ。
「霊気が思うように使えへん今、こっからはギリギリの戦いになる。くれぐれも独断での行動は慎むようになあ? 危なくなったらすぐに退避する。わかった?」
「わかってる‼」
二人はこれが一人の姉としての忠告なのだとわかったようだ。満面の笑みで頷いてから、西と東へとそれぞれ分かれて飛んでいった。
本来ならば少々離れていても思念術で伝えることも可能である。だが、今は霊気を上手く使えない状況だ。念には念を押しただけの話である。
「身内とは言え、少し甘いのでは?」
月也は少し皮肉めいた口調で舞美子を問いただした。これはもっともな発言だろう。だが、舞美子は凛とした表情で月也を見つめ返してこう言った。
「申し訳御座いません。ただ、あの子たちも貴重な戦力になります。もちろん、身を挺して守ることの重要性は承知しております。ですが、この先の事を鑑みても今は戦力を失うことの方が危険で御座います」
一瞬驚いた表情をした月也だったが、すぐにニコリと笑みを浮かべた。
「それもそうですね」
舞美子は少し安堵した。いくら主家がいがみ合っているとはいえ、今はそんな事を言っている場合ではないからだ。この先どんな危機が迫っているのか想像は容易につく。戦国武将の魂がこの山の外へと出て行っている状況なのだ。魔霊として出現する可能性は高いと見ていい。そして一番厄介なのは、その魔霊たちが悪霊を使役するということである。数多の悪霊が世に蔓延れば、被害がどれだけ甚大になるのかは計り知れない。恐らく、猫の手も借りたいほどの人手不足になる事は間違いないだろう。
「泰典はん」
「わかっている。下の者と連絡がつき次第、結界構築に取り掛かる」
泰典は少し心配顔で冬馬の背中を見つめていた。心ここに有らずといったところだろうか。
陰陽師に任せるべきことは決まっている。守護師にとって、陰陽師は霊脈の管理と結界構築及び維持が大事な任務なのだ。だから冬馬の術が上手くいけば、すぐに結界の構築をすることが最重要事項なのである。
泰典は珍しくニコリと微笑んでから、また視線を冬馬へと戻した。どうやら冬馬の動向が気になって、気が気ではないようだ。
「それで、わたしたちはどうするの?」
美姫が舞美子へ流し目で促す。
「ここで守護霊と共に、想定外の事案に対処して頂きます」
「ある意味、それが一番難しいわね」
美姫が今度は守護霊に目をやる。その守護霊の織田信長と徳川家康は黙ったまま、社殿の方をずっと睨んでいた。何かに集中しているようで、我関せずといったところである。
「それはもう一つの危険因子が、この混乱に乗じて現れるということですね?」
「仰せの通りで御座います」
月也の言う危険因子とは、豊臣秀吉と並んで危険認定されている特等級の魔霊のことだ。色々と要因はあるのだが、当初の予測では現れる可能性は低いと睨んでいた。しかし、結界が破れた今のこの状況は想定外の事態だ。舞美子も月也と同様に、その危険因子が出現する可能性を感じていた。
「いざとなれば、御隠居されている方々にも御足労を願うかもしれません」
「それって、おじいちゃんのこと?」
「フフッ、根石家にも居ますよ?」
「ああ、美香さんのことね」
「あの人たちとは何かと因縁がありますから、そちらに出現する可能性が高いのでは?」
舞美子が考える隠居者の一人は犬走家の重鎮であり、美姫の祖父にあたる重兵衛である。現役の守護師たちと比べても、その実力はまだまだ衰えを見せていない。他にも、根石家の当主を舞美子に譲って隠居している舞美子の父親も健在だ。それに舞美子の母も強者の守護師だった。この者たちは隠居しているのは形だけであり、守護師界において未だにその影響力は大きい。その他にも隠居している守護師はいるのだが、この者たちが真っ先に名前が挙がるのがその証拠だろう。
舞美子も危険因子がそちらに現れると読んでいた。魔霊とは、悔恨や怨恨によって魂が突き動かされる。過去に何かと犬走家と対決してきた非常に厄介な魔霊なのだ。
ただ、舞美子はまだこの魔霊とは対峙したことが無かった。なぜなら最後に現れたのが十五年も前の出来事で、その当時はまだ守護師として活動していなかったからである。
「出番が無いことを願うだけね」
そう言って美姫は夜空に浮かぶ十四夜月を見上げた。月光を浴びて、心なしか美姫の表情に柔らかみが帯びたようにも見える。
この月光の力は霊気を活性化させる。そして、守護師の力をも活性化させる。だが、今は皮肉にも暴走した霊気に勢いをつけてしまっている。守護師たちはこの月の力を自分たちの力に変えなければいけない。その大事な役割を冬馬が担っているのだ。受け継がれし二之丸家の力で、この危機的状況を好転させることが出来るのだろうか。
「私はここで北の守護ということですか?」
「いえ、ここは心配無用で御座います。それよりも、危険因子に釣られて現れるかもしれない魔霊に対応すべきかと」
「なるほど……」
舞美子の言葉に納得はしたようだが、月也は何か思案顔になった。
「それで、あなたはどうするのですか?」
「私はこれから二之丸冬馬様のサポートに回ります」
舞美子は黒い鳥居あたりまで進んでいった冬馬の背中を見つめた。
「それじゃ、私は準を美香さんの所まで連れて行ってからまた戻って来るわ」
「わかりました。では、私は気に掛かることが出来たので失礼しますよ」
月也はそう言うと、舞美子ばりの不敵な笑みを浮かべてこの場を後にした。。月也の行動も気になるが、今は冬馬の方が大事だと舞美子は判断した。それに、いくら月也でも守護師にとって不利益なことはしないはずだ。彼も歴とした守護師の主家当主なのだ。
結局、舞美子は冬馬のサポートするため、冬馬の後を追うことにした。前を見れば、冬馬は小走りで走り出していた。
「舞美姉さん、大丈夫よね?」
「今はあの子に託すしか御座いません」
舞美子はそう言って、夜空に浮かぶ十四夜月を見上げた。
(大丈夫やあ、うちの予感は当たる。きっと、冬二はんも守ってくれるはずやわあ。なあ、お師匠はん)
舞美子は心の中で強く念じるように自分に言い聞かせた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
場面が戻って少し紛らわしくて申し訳ありません。
今後もご愛読の程、よろしくお願いします。




