Crown
# another side
ハイゼン武国での悪魔の襲撃
そして【魔女の檻】を巡るハイトエイド一味の襲撃から二日が経った
ハイゼン武国 王都バンヘイレンは
街々や王城にその傷跡を残しながらも早くも復興のために甲斐甲斐しく皆が動いていた
傷ついた者もあろう
大切なものを失くした者もあるだろう
それでも前を向いて、また明日へと歩を進み始める
きっとそれが
『人の強さね…』
王城の一室
客間もして用意されたその部屋でベッドに身体を預けたままミザリーがポツリ呟いた
片腕片脚がそれぞれ機能せず
歩くこともままならない様子は死闘の末、を体現している様
一度解いてしまったのでいつものように髪を編むこともできず
右側の長い髪は珍しく自由に流れ揺れていた
「そうだね。でもその人の強さも、君が守ったんだよ」
傍でベイカーが応えた
『別にそんなんじゃない…気に入らなかっただけよ』
ツンと、開け放った窓の外に視線をやるミザリー
風は心地よくミザリーの髪を揺らし
そこから見える青空はとても清々しい
〈ガチャリ〉
とそこに駆け込んできたのは、ルベリオだ
旅の途中で傷んだ服からは打って代わり
小綺麗な衣装に身を包んだ姿は成長を感じさせる
「ミザリー、体調はどうですか?」
ハイトエイドとの戦いが終わったとは言え、ルベリオにとってはまだこれから
スタート地点にやっと立っただけなのだ
慌ただしくハイゼン武国の王との対話や、今後の方針の話し合いに時間は惜しめない
『現状維持よ、ビーの怪我が治んないと直すに直せないもんでね』
ちらりとベイカーを見る
その右腕には仰々しく包帯が巻かれ、勿論その骨折の回復にはまるで時間が足りない
「まぁまぁ…今でもコツコツとできることはやってるんだけどやっぱり利き腕が使えないとね」
ルベリオは二人を交互に見ると
スっと一歩引き、深々と頭を下げた
「ミザリー、ベイカー…2人には本当にお世話になりました。そんな大怪我までさせてしまって……」
神妙な面持ちのルベリオの肩にそっと手を添えるベイカー
「よせよ、僕らだって自分で決めたことをやっただけさ。な、ミザ」
『そーよ、結果論ってやつかも知んないけど…私には必要なことだった、それにラビはまだまだこっからが大変でしょ?』
「はい、ルグリッド公国に戻ったら王都の復興と内部の見直し、そしてこれからの指針を…国民を守れる国を創る、それが僕の成すべきこと、そして成したいことです」
真っ直ぐな目に揺らぎはない
純な願いが宿った瞳は、ミザリーとベイカーに未来を期待させずにはいられないほどに眩い
『期待してるわ、自然豊かな…綺麗な花が見れる国とかにしてちょうだい』
「分かりました!必ず、ミザリーに「狼の庭」を贈れるようにします!」
『そんなとこまで御伽噺を再現しなくていいのよ、まったく…』
「でも知る人は知ってます。公国の、武国の危機に駆け抜けた【金色の狼】の姿を」
『ふん…』
照れくさいのかミザリーは再び窓の外に視線を投げた
「そうだ、ベイカー。ダラム王がミザリーの修復に使えるものがあれば保管庫から好きに持っていってくれ、と言付かってます。なんでもウルベイル鋼も多少あるそうですよ」
「ほんとに?案内してくれるかいラビ、早速見に行かなきゃ」
言伝ににわかにソワソワしだしたベイカーはルベリオを促す
「良いですよ、それじゃぁミザリー。また顔を出しますね」
慌ただしく室内に飛び出ていった二人を
『…ぁあ、平和だわ』
と見送ると、ミザリーはベッドに身体を預け、目を閉じた。
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# baker's side
「いやぁ、渡りに船だなぁ。まさかウルベイル鋼まで貰えるってんだから」
「それだけの功績を皆さんには挙げて頂いたんですよ…むしろ足りないぐらいに。でも、ミザリーの身体って直るんですか?ウルベイル鋼の加工方法ってまだ分からないんじゃ…」
「いや、ヒントは…というより多分答えは出てるんだ」
「答えを?っていうと…?」
「フェンリルによる電力の供給、それにミザの羽みたいな炎を見ただろ?あれにヒントがあったんだ。」
「…うーん?電気と火が?」
「フェンリルの力は、電気でも炎でもない。【変質する魔力】、そして【変質させる魔力】がその能力なんだ。」
「魔力を電力に変えた、魔力を炎に変えたってことですか?」
「そう、そして恐らくその変質をもってウルベイル鋼を変形させたんだ」
「なるほど…加工する側じゃなくて、される側に要因があったんですね」
「うん、だからミザがそうだって認識すればきっと加工できる」
「ハンドベルで…修理を?」
ほんの僅か声が曇った
それは、きっと離別を惜しんだほんの微かな曇り
だが
「ああ、でもきっとまた王都に行くよ。僕にとっての弟分、ミザにとっては本当の弟に会いにね。…立派な姿を期待してるよ、ラビ」
グッと、ルベリオは拳を握った
「はいっ!…約束しましたから」
そう言って笑ったルベリオの目はとても眩しく、輝いて見えた
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そしてその1週間後
ミザリーとベイカーは故郷ハンドベルへと向かって発つところをルベリオ達に見送られていた
馬車や汽車を乗り継ぎ、帰る予定だ
相変わらず動けないことに不満を感じながら今回は車椅子に背を預けベイカーに付き添われていた
ルベリオやイグダーツ、そしてダラム王や数多の兵士達が仰々しく並び
国を救った英雄を見送ろうとしていた
『じゃぁラビ、先に公国に戻ってるわ。』
軽い口調でミザリーがルベリオに声をかける
スっと息を吸い背筋を伸ばすルベリオ
深深と頭を下げた
「はい!お気を付けて…ホントに…ホントに感謝してます」
「固い固い、僕らそんなかしこまる仲じゃないだろ?ラビ。」
ベイカーが笑うとルベリオもつられて微笑み、そしてミザリーも、周りの皆も微笑んだ
「そ、そうでした。でも…皆が本当に2人に感謝しています」
「その通りだ。ミザリー・リードウェイ、ベイカー・アドマイル…ハイゼン武国の代表として私からも礼を言う。ありがとう…」
ダラム王もルベリオ同様に深深と頭を下げる
『いえ…それより、弟なんです。ラビを宜しくお願いします。イグダーツさんも、お願いします』
「そうそう、僕にとっても弟分なんです。宜しくお願いします」
2人はやはり前者と同じようにダラム王、イグダーツに向けて頭を下げた
ミザリーとベイカーの思わぬ言葉に目を丸くしたダラム王
そして、つい涙ぐむルベリオ
「はっはっはっ、それは良い…良い姉弟だ。任せてくれ、両国同士の結束は益々強くなることだろう」
和やかなムードが周りを包む
だがそれでもその時は訪れる
『…そろそろ行くわ。ビー』
「うん、そうだね。それじゃぁ…またねラビ、イグダーツさんも」
『またね』
プラプラと手を振ると、ベイカーに車椅子を押されながらダラム王が手配してくれた馬車に乗り込む
「また、また!会いましょう、王都で!リーダと待っています!」
いまだ傷が癒えず深い眠りに、病床に着いているリーダ・バーンスタイン
だがミザリーはそれが
これが永遠の別れなどではないと知っている
だから『またね』と言ったのだ
名残惜しむ空気をそこに残しつつも
ミザリーとベイカーを乗せた馬車は足取り軽く走り出した
# misery,s side
ミザリーとベイカーはルベリオらに今しばらくの別れを告げ
はや二週間ほど
2人はハンドベルへと辿り着いた
もとい帰ってきた所だった
「さすがに汽車を使えば早いねぇ、文明の進歩も大したもんだ。な、ミザ」
とは言え、汽車が停るのは港町まで
そこからも公国の馬車でハンドベルへと送り届けて貰った
ルベリオやイグダーツがつつなく手配してくれておいたおかげだ
『はいはい、早く家まで押して貰える?』
すでにハンドベルの人が少ないながらも賑やかな喧騒が聞こえてきている
『…』
少しミザリーの顔が曇った
ハンドベルを出た日
ミザリーは襲撃してきた悪魔から村の人達を守るために戦った
だがその姿は村人達に恐怖を感じさせてしまった
それを思い出したのだ
「ミザ、大丈夫だよ。帰ろう」
もちろんベイカーもそれは知っている
だがそれでも、ここがミザリーの故郷
『…ん』
気を使うように人気のない道を選びながら車椅子を押す
懐かしい故郷の道を踏みしめながら
会話もそこそこに
ほどなくミザリー宅まで辿り着いた
『…なんだか不思議な気分』
「確かにね、家を空けたのは一年足らずだったけど。なんだかここにいんのが夢みたいだ」
外観はさほど変わらないが少し埃を被っているように見える
わずかな月日とはいえ、手付かずだったのだ
無理もないだろう
「よっと」
入り口への低い階段へとミザリーを車椅子ごと押し上げる
いまだベイカーの骨折も完治してはいないが痛みはだいぶ引いているらしい
長旅のおかげか
少し逞しくなったようにも見える
〈ガチャ〉
扉を開くと、やはりどこか埃っぽい匂いが室内から漂ってくる
それでも、いやそれ以上に懐かしい匂い
ギシ、とかすか床板を鳴らしながら中に少し入り込むと
ミザリーがいつも座っていた椅子の横に車椅子を着け
「ちょっと待ってて、換気してくるよ。や、掃除道具も探さなきゃな」
と慌ただしくベイカーが動き始めた
ポツンと1人になった部屋の中
ゆっくり室内を見回す
ふと、その室内の至る所に母の面影が見える気がしてミザリーは思わず静かに手を伸ばした
目を閉じる
『…なにやってんのかしら』
と手を引き伸ばそうとした時
〈ぐっ〉
何かがその手を握った感触がした
一瞬びくっとしたが
一呼吸おいてミザリーは目を開いた
そして息を飲んだ
そこにはミザリーの手を握る
アリス・リードウェイの、母の姿があった
淡く光る幻のような夢のような
朧気な幻影
だがそれは確かに母だった
言葉が出せない
気持ちが押し寄せ詰まる
「辛い思いさせて…ごめんね、ミザ…」
そんなミザリーに幻影は声をかけた
その声は懐かしく優しい
『…いいの…私が母さんを信じれなかったから』
「違う、私がもっとちゃんと伝えておければ…」
『それでも、ずっと守っててくれた、フェンリルとして』
「…それも説明しなきゃね。」
淡く揺れながらアリスの幻影は語った
一つ一つを
「私はバリオール奏国で生まれた、そして語り手と呼ばれる「ある悪魔」を代々受け継ぎ継承する存在として選ばれたの。
正確に言えば選ばれたと言うよりは継承する存在として生を受けたってことだけど。
その悪魔がフェンリル
でも受け継いだからってその力を自由に使える訳じゃないの
ただ、その魔力を持っているだけの入れ物ね。」
『…なんで使えないの?』
「ベイカーの作ったマリーゴールドと同じよ。フェンリルの魔力を行使するには人間の身体は脆すぎるの、耐えられない
続きね…バリオール奏国では悪魔の入れ物でしかなかった私は、自分の存在が嫌になったの。皆が私を畏れ、腫れ物を扱うように接する…国もフェンリルという悪魔を持て余しているのは目に見えて分かったわ。だから私はバリオール奏国を抜け出した、それまでずっと従順にしてた事もあって難しいことじゃなかった」
『それで…ルグリッド公国に?』
「そう、王都にまで逃れそこであなたのお父さん ハーディンに、その後リーダとも出会った」
『…ほんとに私の父親は王様だったのね』
「ええ、隠していたのは…やむを得なかったの、」
『良いって、両親のラブストーリーなんて聞くにはむずがゆいわ』
不意にイタズラっぽく笑ったミザリー
それは自身にも、懐かしい素振りに思え
生身ではない
幻影であっても目の前にあるのは間違いなく母だと実感した
「…私は自身にとっての娘を、ハーディンにとっても娘、リディにとっての妹を失いたくなかった。だから…あなたに守って貰った命さえ投げ出してしまった。そして機械の身体としての生を、一方的に与えた」
〈ガチ…〉
重々しい鋼の腕を眺め、ミザリーは思い出した
『これは?ビーがそんなすぐに造れるようなものじゃないって言ってたけど』
その疑問はベイカーが感じていたもの
ミザリーが亡くなってから造り始めたのだとしたら時間が足りない
予め造っていたとしか考えられない、だとしたらなぜ造っていたのかと?
「私はそもそも普通の人間、言ったように持っているだけでフェンリルの力は使えないし、当たり前に歳をとり朽ちるの。
バリオール奏国の通例通り、代々受け継ぐことを私は躊躇った。娘に、あなたには余計な荷物を背負わせたくないと思ってた。
だからフェンリルの器として機械の身体を造っておいたの」
『必要だったの?』
「分からない…でも、器として共存している中でフェンリルが悪い悪魔ではないっていう確信はあったからその存在は残しておくべきだと思った。…希望として」
『悪魔が…希望?』
「おとぎ話もあった、狼が王に力を貸すおとぎ話…そしてフェンリルを受け継ぐ私が王族の血を引くハーディンに巡り合った。ちょっとロマンチックな感じがしない?だからフェンリル自体を失うことが私にとっての失望に思えて器を残してフェンリルの存在を残そうとしていたの」
『…まぁ、ロマンチックなとこは悪かないわね』
「でしょ?そしてハーディンと出会ったことにきっかけがあったのか、あなたを失ったときフェンリルの力を行使して魂を呼び戻すことができた…私自身をフェンリルと同一化させることで…」
『そう…なんだかその辺の話は難しい気がするから良いわ。私は…もう答えを見つけられたからそれでいい』
「ミザ…」
『ややこしいのは私よりビーが気になってるからアイツにしてあげて
私は大丈夫、まだ生きていられるよ、母さん』
ミザリーはそう告げた自らが
自分が笑っていることを感じた
理由がある
生きる理由と生きたい理由が重なったとき
人はきっと、ずっと笑っていられる
悪魔の魂でも、機械の身体でも
「そう…ミザ」
『ん?』
「よく、頑張ったね…頑張って生きていてくれたね。…ありがとう」
心が熱くなる
淡く優しく
ふわ、とアリスの姿が揺れぼやけ始まる
きっと…これが本当の別れだろうとミザリーは察した
『…もうサヨナラ?』
「もうアリスとしての形は保てない、その前にベイカーやリーダにも会いたいの。そうしたらまたフェンリルの魔力としてあなたの中に収まるわ、だから」
『わかってる、寂しかないわよ。もう、ね』
「ミザ…」
『リーダにも母さんからの言葉が必要だから行ってあげて、ビーにも挨拶ぐらいはね』
「そうね」
スっと淡く揺れる光がミザリーの頬に添う
「ミザ、あなたが永久を生きるなら私はあなたを…」
『私もよ』
アリスが言い切る前に
ミザリーは短く返事を告げた
「ありがとう…またね、ミザ。」
フワッと綿毛のように光が広がった
そして静かにミザリーの中へと溶け込んでいく
『…ありがとう、母さん…』
自身の鋼の掌を見つめる
じっと
そんなミザリーを扉の陰から掃除用具を捜しにいっていたベイカーが覗きこんでいた
「ミザ…」
そして気づいた
ミザリーの頬を伝うものに
外気温との差など科学的な根拠をもって突き詰めればそれではないと答えは出せるものだが
それは野暮だとベイカーは思った
思わずベイカーの瞳も潤み出す
無粋な言葉はいらない
悲劇に耐え、乗り越えようとするたびに
折れそうになりながらも
繋ぎとめ、這いながら辿り着いた
長い旅の終わりに
ずっと探していたその温もりを見つけ触れ
ミザリーは涙を流した




