before Nightmare いつかのクリスマス
【これは災厄が訪れる前、ほんのひとときの出来事を示したお話。】
ルグリッド公国
緑豊かなこの国の端の端
ハンドベルというのどかな村
技術的な発展が遅れてはいるものの
そこは人の温もりも緑の薫りが絶えない
優しい村
そんな一角
家々が立ち並ぶ村の中心から逸れた
少し坂道を登った先にある一軒の家
そこにはある母娘が住んでいた
「ミザ、今日は出かけないの?」
声を発したのは金色の長い髪を後ろで軽くまとめた
美しい女性
家の奥、地下に通ずる階段から
居間に登ってきたところ
窓際に座っている同じく金色の髪をした娘に宛てた言葉だった
『んー別に出かける用事なんてないけど…お使い?』
本を読んでいた少女は顔をあげ
声をかけてきた母親に視線を向けた
その瞳は翠色に輝き、陽の元で見ると
静かに燃えているようにも見える
「そういう訳じゃないけど、ほら。今日はクリスマスじゃない?」
ミザリーのそばにあるもう一脚の椅子に
座りながらアリスは言った
そう、その日はクリスマス
この村にも冬の真ん中
恋人たちが胸踊る季節がやってきていた
とは言ったものの
『寒いだけじゃない、こんな日に外に出てどうのこうのなんて自殺行為よ』
と吐き捨てる娘に
アリスはふーんと邪推しているかのような笑みを浮かべている
ミザリーは暑がりで寒がりである。
好奇心旺盛な本能はあるものの
休む時は休むと言った感じに何事にもはっきりとした性格をしていた
先程から昼間にも関わらず本を読んでいる所を見ると
今日は動かない日、ということなのだろう
「まぁ、それもそうね。珈琲でも飲もうかしら、ミザは?」
立ち上がり部屋の片隅にある台所に向かいながら問いかける
『ちょうだい。……ねぇ、今日はあの機械オタク来てないのね』
おもむろにミザリーが尋ねた
「ベイカーは今日は来てないわね。…なぁに?気になるの?」
お湯を沸かしながらアリスはにやにやしている
『なんの話よ…最近毎日来てたから気になっただけ』
ミザリーは目を細めてアリスを一瞥すると
視線を本に戻した
「なんでも準備があるんですって」
『準備って…なんの?』
「それはお母さんにはわかんないなぁ」
とぼけた口調でミザリーの元へ近づくと傍のテーブルに珈琲の入ったカップを置いた
『ありがと、お母さんの研究室に入り浸ってんのに分かんないなんてことあるの?』
「ええ、時として理解することが野暮ということもあるのよミザ」
『訳わかんないわね…』
思わしげな母の言葉の理解を放棄し
カップを取り珈琲を口にした
それから数刻後
空は暗くなり、昼間は陽光に
気持ちばかり暖められていた村も
すっかり冷めきり冬の夜らしい気温になっていた
母娘の家にも灯りが灯り
部屋の中心のテーブルに揃い夕食を取り始めていた
テーブルにはらしげに用意された鶏肉料理やスープなど、少しばかり普段より豪華な食事となっていた
『クリスマスと言えばチキンってこと?』
「そりゃもちろんそうよ、1羽丸ごとなんて初めて調理したわ」
その言葉どおりなのだろう
テーブルに置かれた鶏料理の皿には
紛うことなく1羽分の鶏肉が使われた量と見て間違いなさそうだった
フォークで鶏肉を口に運びながら
『美味しいからいいんだけど、これ食べ切れる量じゃないんじゃない?』
ある程度食事が進み、二人でやっと半分ほどお皿の料理を食べたころ
ミザリーが苦言した
母娘揃って口に運ぶペースが落ち着いてきており
それは二人のお腹が満たされてきたことを暗に示していた
「やっぱり?でもそろそろだと思うのよねえ」
『そろそろって?』
ミザリーがアリスに問いかけたその時
外から砂利を踏む音が聞こえてきた
『ん?』
ミザリーが視線を家の扉に向けた
その時
コンコンッ
と扉がノックされながら開いた
せっかちなのかなんなのか
返事を待たず家の扉を開けたのは
短い赤毛、右側の顎から頬にかけて大きな傷跡。
だが厳しい傷跡にそぐわないミザリーと同じ年の頃の童顔の男の子だった
「こんばんはー」
『ビー、どうしたのよ?あんた』
思いがけない来客に向けてミザリーが問う
「ご飯食べにおいでって先生が言ってたから来たんだよ」
料理が並んだテーブルのもう一脚の椅子に腰掛けながらベイカーが答えた
「そうそう、ベイカーのお婆さん今日は村の宴会の手伝いに呼ばれてるって聞いてね。それなら家でご飯食べなさいってお誘いしたの」
『ふーん…まぁ丁度いいわ、残すの勿体無いから張り切って食べて』
「召し上がれ、私もミザももうダメなの」
テーブルの上に残っている料理はゆうに2、3人前ぐらいはあるが
ベイカーはむしろ目を輝かせていた
「朝から何も食べてないからお腹空いてるんだ、いただきます!」
慌ただしく料理を口に運び始めた
その勢いにミザリーは唖然としている
『何も食べてないって、また機械に躍起になってたの?』
「んん、」
少し待ってという風に手をあげると
口の中の物を胃袋に収めて言った
「準備があってさ、やり始めると妙に凝っちゃって」
『は?…』
ミザリー訝しげな表情を浮かべたが
その横のアリスはうんうんとなにやら察しているように頷いていた
そしてそれからベイカーが皿の食事をあらかた片してしまった後
アリスは洗い物をしつつ
ベイカーは食べすぎたとお腹を抱え
ミザリーはそんなベイカーを呆れたように見ていた
「よし!」
おもむろにベイカーが立ち上がった
「あらあらまぁまぁ」
アリスは何かを予感しているのかニコニコとしている
『なによ…帰るの?』
「違うよ。ミザ、ちょっと散歩しようよ」
唐突な散歩の誘いに
首を傾げるミザリー
『なんでよ、寒いじゃない』
とミザリーが渋ると
その肩にアリスによって上着がかけられた
「まぁまぁ良いじゃない、腹ごなし腹ごなし」
さらにアリスは
強引にミザリーを立たせ扉のほうに追いやっていく
「そうそう、健康のため健康のため」
ベイカーも
一緒になりミザリーを扉のほうに追いやり
遂にはミザリーは寒空の下、ベイカーと散歩することになってしまった
「行ってらっしゃい、気をつけてね!」
家の中から、外へ歩き出した二人にアリスが手を振っている
その顔は終始にこにこしていた
『んで…どこ散歩するのよ?』
寒さに首をすぼめながら
ミザリーが歩き始めた
「まぁまぁ、僕についてきてよ」
そう言うとベイカーは村の中心ではなく、更に村から外れた方へと歩き出した
村の中心のほうは灯りが灯り
暖かそうな空気を醸し出していたが
二人が歩く先には森が広がる
暗闇しかないような外れも外れだった
それから少し
寒いと、ぼやくミザリーをたしなめながら歩を進め
いつしか森の中に行き当たっていた
背後には村の灯りがぼんやり見えているが目の前はほぼ黒であり、
妙な不気味ささえ感じる様子だった
「よし、到着!」
どうやらここが目的の場所らしい
眼前には森の隙間のように少し開いた空間、その真ん中に大きな木が微かに見える他にはなにもない
『……結局なんなの?真夜中に森林浴とか冗談じゃないわよ』
ついミザリーの口から悪態がつく
それはそうだろう
寒空の下、向かってきた先が只の森だったのだから
「まぁ、見ててよ」
そう言うとベイカーは目の前の木の裏に周り、屈んでなにやら作業し始めた
『見ててよって…そもそも何も見えないんだけ…』
ミザリーの言葉が途絶えた
その理由は、その視線の先
真っ暗闇にそびえ立っていただけの大木が
突然色とりどりの光に包まれたからだった
赤、青、緑、黄色、白など様々な色が
まばらな大きさで光りながら大木を包んでいる
その光は優しく灯り、黒一色の森を一瞬にして鮮やかな幻想的なものへと変えた
『綺麗…』
ミザリーは瞬きをするのも忘れ
ただ一言、素直な気持ちを零した
その言葉が耳に入ったのだろう
木の裏からミザリーの様子を伺っていた
ベイカーの顔も満足げに綻んでいた
その後、僅かな時間
その優しい彩りの光が消えるまでの
またたきを二人は見送った
その帰り道
『準備ってあれの事だったのね』
息も白くなるほどの寒さだが
ミザリーの表情はとても柔らかかった
先程の光の樹をまだ瞳が写しているかのような柔い光を瞳が灯していた
「まぁね、思ったより木が大きくてさ、配線巡らすのも結構な手間だったし、どうせなら色んな色の光灯したいなって思ったりして大変だったよ」
とは言いつつその苦労が報われた
ミザリーの光に見惚れる表情が見れただけでベイカーは満足していた
『機械オタクも案外洒落たことすんのね?』
目を細め、唇の端を上げながらミザリーが微笑みを浮かべてベイカーを見た
思わずベイカーは視線を逸らした
「む、むしろ機械オタクじゃないと電飾なんて出来ないからね。結構な体力使っちゃったからもう懲り懲りだよ」
『そうでしょうね、でも…』
「でも?」
珍しく歯切れの悪いミザリーに視線を向ける
『…来年もまた見たいわね』
「て、手間がかかるって言ってるのにさぁ。ミザは調子いいんだから」
口では言うものの
ベイカーは笑みが浮かぶのを止めれなかった
せめてミザリーににやついた顔を見られないようにと歩を早め、先に歩く
そして
来年もまたやろうと密やかに決意をした




