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My Nightmare  作者: 燕尾あんす
世界を駆ける狼
19/98

最初から

# another side



『‥クソFu〇kよ…腐れ海賊…』



巻き上がっていた埃が収まった甲板


海賊の長とベイカーの間に


床下から飛び出したミザリーが立っていた



「…ミザ……なんで…」


危険な目にあわすまいと

甲板下の床倉庫に隠れていて欲しかった


だがきっと自身の不甲斐なさが

ミザリーを駆り立ててしまったと知っているベイカーは力なくこぼした



『…ムカついたからよ…』



ベイカーはこれほどまでの怒気を滾らせたミザリーを見たことがなかった

だが、幼き頃の記憶が

どちみち止められないとベイカーに確信もさせていた



「おいおい!なんだ、いるじゃねえか!上玉が!」


空気も読まず声を荒らげたのは

海賊の長だ


突然ベイカーとの間に割り込んできたことに驚きこそしたようだが


ミザリーの容姿を見て

急に上機嫌になったようだった


「珍しいじゃねえか!金髪とは!それに顔も良い…ん?手は義手か?」


ミザリーの鋼の手は剥き出しになっている

本当は全身が鋼なのだが

衣服を着用している状態ではっきりと分かる鋼の部位は

海賊が見てとった手の部分だけだ


『…』


ミザリーは海賊の長を睨んでなにも喋らなかった


「義手でも構いやしねぇ、こりゃ良い掘り出し物をみっけたってもんだ、なあ!?」


後ろに控える海賊たちに目配せすると

全員がミザリーに視線を向けたままニヤついている


今現在、立ち位置的には

海賊の長とその背後の海賊たちと


ミザリーもそのすぐ後ろにベイカー

そしてその少し後方に貨物船の船長や船乗り、男性の乗客と


完全に向かい合う状態になっていた


だがその海賊たちの内一人に

行商人の孫娘が捕らわれている


その孫娘をとにかく

こちら側に連れてこなければいけないと感じたミザリーが取った行動は



『その子は返して…代わりに私がそっちに行くわ』



人質を差し替える提案だった

その提案に、思いがけずすぐに海賊の長も乗ってきた


「ああ、いいぜ。お嬢さん一人いたらこっちは申し分ない、おい!」


背後の海賊に合図すると

海賊の一人が孫娘を率いてミザリーの方へと歩いていく


孫娘はすっかり怯えきったままで

震えているのが明らかに見て解る


海賊に促されるままに歩を進め


そして船の中央にてミザリーと孫娘を連れた海賊が接近した


その距離が1mほどになったとき


「ほら、さっさといきな」


海賊が孫娘をミザリーのほうへと突き飛ばす


ミザリーはバランスを崩した孫娘を受け止め肩を抱いた


そして耳元に口を寄せ何か呟いているのをベイカーは見た


そのすぐあと、ミザリーに促され孫娘がこちらに、なぜかベイカーの元へと駆けてきた


ボロボロのベイカーに肩を貸してくれる女の子に

ベイカーは尋ねた


「ミザは…なんて…?」


「えっと…あいつの傍に居れば大丈夫だって…」



その時、孫娘を手放した海賊が

ミザリーの肩に向かって手を伸ばしていた



「ミザッ!!」


ベイカーは叫んだ

理由は分からないが

海賊がミザリーに触れるのが

どうしようもなく嫌な気がした



だが海賊がミザリーに触れることはなかった


その海賊が伸ばした手をミザリーは払った


直後、その男の胸倉を掴んだ


そして、投げた



言葉にすると非常に簡潔的な言い方だが

他のどの動詞でもなく「投げた」のだ


「うあぁっ!?」


その男は自身の状況の理解も追いつかぬ内に悲鳴と共に


他の海賊たちの頭上を飛び越え、船のへりの外


つまり海へと落ちていった


〈ボチャンッ〉


水面を揺らす音が聞こえてきた



投げられた当人はもちろん

甲板の上の、他の人々の理解もいまだそれぞれの脳に追いついていなかった


外見は華奢な女の子であるミザリーが


屈強な海賊の胸倉を片手で掴み


海に投げた


誰も言葉を失ったままの静けさの空気を破ったのはベイカーだった


「ミザッ!」


ミザリーは振り返らず言葉をベイカーに返した


『なによ…この後に及んでまだおとなしくしと…』


「…全員ぶっ飛ばしちまえ!」


ミザリーの言葉を遮るように

口の中が切れているのも構わず

ベイカーが叫んだ


思いがけない台詞にミザリーが振り返ると


ベイカーは拳を突き出した



ミザリーは笑った


『ビー…最初からそう言やぁいいのよ』


海賊たちに向き直ると

ミザリーは一つ息を吐いた


本当は振り返りたくはなかった

傷だらけになったベイカーを見る度に

怒りが溢れて意識が燃えそうになる


だがこの燃えそうな意識は全て敵に向けよう


そう決めた


『素敵な人達に会ったばかりだからかしら…アンタらがどうしようもない屑に見えるわ』


「っ…ふざけやがって!お前ら!おとなしくさせろっ!」


近海を縄張りにする海賊達だ

面子のこともあるだろう

言われっぱなしでいるのは海賊にとって屈辱極まりない


長の合図で海賊たちがミザリーへと襲いかかっていった


その数は14人


それぞれが剣や小斧、鋸を持っているものや銃を持っているものもいる


それが全てミザリーへと


しかし


〈グシャュッ〉


〈ギィンッ〉


様々な音が響く中、ミザリーは目まぐるしく動き続けた


そしてその一挙手一動毎に

海賊たちが膝をつき

あるものは顎を打ち抜き脳を揺らされ

またあるものは腹部を拳で突かれ

内の数人は例に習って海に投げ飛ばされもした


数は減り、海賊たちは為す術もなく倒れ込んでいく



ベイカーたちは出来る限り

距離を取り

自身の防衛に務めていた


だがベイカーのその目がミザリーから逸れることはなかった


(踊ってるみたいだ、金色の三つ編みが獣の尾みたいに荒々しく揺れて…でも綺麗だな)


また一人


「ぐぅっ……」


海賊が倒れ込む



怒気で頭に血が上っていた海賊の長も

あまりの光景に

怒りが冷め、戸惑い始めていた


「ばかな…なんなんだ、お前…」


そういう一瞬にも


『…ふっ!』


またも最初の海賊同様、投げ飛ばした


気がつけば長以外の海賊は全員甲板にのされるか、海に放り投げられていた


『ボスが残るなんてある意味お約束ね、クソ海賊…』



ミザリーの台詞を聞いていたベイカーは

(さっきから口が悪いなぁ…ありゃぁ本気で怒ってるぞ…おっかない)


なぜだか姿勢を正していた



「海賊が女一人にやられたなんて!いい恥晒しだっ!」


背水の陣というか奮い立ったのか

腕に巻いていた布を解く


するとその腕は

形状こそ違えどミザリーの様に鋼の鎧で覆われているようだった


「本当はこんなとこでお目見えする物じゃなかったんだがな…皮膚の代わりに鋼で覆った最強の右腕よ」


余程の自信があるのか

その鋼の右腕を突き出し威嚇しているような素振りをしている


『最強…ねぇ?』


ミザリーも自身の右腕を

軽く持ち上げて眺めてみる


「はっ、お嬢さんの義手とは比べ物になんねぇよ!こいつは裏ルートでしか出回んねえ最強の金属!「ベノム鋼」だからよ!」



それを聞いたベイカーが遠巻きにまくし立ててきた

技術者特有の説明したがりの血が騒いだのだろう


「ミザ!ベノム鋼は毒素を多く含んでいるものの硬度は上級の金属だっ!毒素の摘出が困難だから正規ルートでは出回ることがない、そのせいで希少であるけど毒素の問題をクリアすれば文句なしの武器になり得る!」


早口の説明が悪いのか

そもそも理解する気がないのかいまいちピンと来てないようだ


『結論だけ簡潔に述べなさいよ機械オタク』


傷だらけということを忘れてまで説明したがるものかと呆れながらミザリーがぼやくとベイカーは結論を告げた


「でも!!ミザのウルベイル鋼の方が桁外れに強いっ!!」



聞き届けた

と同時にミザリーが踏み込んだ


対抗するかのように

長が右腕を構え、引き体重を乗せ力を溜め

そして突き出してきた



避けることも

いなすことも

防ぐこともしようとしなかった


ミザリーはただ、その振りかぶってきた長の右腕目がけ


同じように拳を突き出した



『らしいわよ?』



〈ガシャァァァッっ〉



砕けたのは


ベノム鋼を使った海賊の長の右腕だった


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!腕が…腕がぁっ…」



同じ形の金属がぶつかる


そうなれば硬度の差が明暗をわけるのは明白だった


ベノム鋼の硬度をウルベイル鋼が上回った為、この結末が訪れた


ただそれだけだった



『まぁ、まずまず気が晴れたわ』


膝を着く長の傍らで

ミザリーが自身の手を握り開きを繰り返している


その腕には微かな傷さえついていなかった


「くそ…畜生…」


戦意はもはや削がれ落ちたようだった



その数分後

海賊連中は海に落ちた者を除き、全員が縛られた


そして今度は乗客ではなく、その海賊たちが甲板下の床倉庫に押し込められ


乗客たちに安全な状態を作り出していた



ベイカーは隅で薬箱を傍らに置いた

薬学の知識があるという乗客に

なにやら様々な薬を処方されていた


ミザリーはミザリーで

船長や船乗り、乗客たちに囲まれ

賞賛されていた


たいしたもんだ


夢みたいな光景だった


ありとあらゆる賞賛の言葉でミザリーは褒めちぎられた



その取り巻きをはぐらかすと

少しバツが悪そうにミザリーは

治療を終えたベイカーの元へと歩み寄った


『どう?怪我の容態は?』


顔にも包帯や絆創膏を貼られ

もはやベイカーであることも判断しづらい


「目の腫れが一番辛いかな、体は打ち身とかぐらいだし」


『そう…』


なんとなく

落ち着いてない


ミザリーにそんな空気をベイカーは感じた


「どうかした?もしかしてどっか壊れたっ!?」


無事な片目を見開いてベイカーがハッとする


『平気だって!まぁ…アレよ、ありがとう…』


「えっ?」


ベイカーにはお礼を言われる理由は検討も付かなかった


ミザリーが感謝の意を示したのは

床倉庫で聞いたベイカーの言葉に対してだった


力がなくても大切な人を守った女の子

そして、その子は大切な者を守れたと第三者のベイカーが言ってくれたことがほんの僅かな救いを感じさせてくれたと思ったからだった


『気持ちのままに動くのが間違いじゃなかったって思えた…そんだけよ』


「…?なんのこっちゃだね」



二人の会話が一区切りついたとき

海賊たちが乗り込むために船のへりに引っ掛けた縄梯子


それを撤去しようとしていた船乗りが海を見下ろしポツリ呟いた


「…なんだ?この影?」


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