ぶっ倒れてみる
すみません、遅くなりました!
都は街というよりも、建物の集合体の様なものに近いな、というのが、都を外から一目見た感想だ。
ピラミッドや城を連想させる様な石壁もなければ、不思議素材のドームがあるわけでもない。
要するに、人の住む土地と、そうでない土地の境目がないのだ。
いや、申し訳程度に木の柵や堀が都を囲む形で存在はしている。
しかし、妖怪などという物騒な生物の跋扈する世界なのに、こんな簡単な設備だけでいいのか。
……まあ、大丈夫なんだろうなあ。仮にも都なんだし。
というか、大丈夫じゃないと困る。命の危険的な意味で。
と、一抹の不安を無理矢理押し込めながら、門の中からみた都の姿へ一言。
外から見たときと何も変わってねーや。
いや、当たり前の話なんだけどね。
幻影結界だなんだので、残念だったな、お前が外から見た都は偽物だー!
とか、ちょっと期待していたんだけどなあ。
……はあ。
「まあ、あなたの気持ちも分からないでもありませんが……それはそうと、早く行きますよ。こんなところにいたら体に悪いです」
そう言いながら師匠が俺の背中を叩いて急かす。
その顔……は無表情だけど、声は不機嫌そのものだ。
この世界の人にとってもここはあまり居たくない場所なのか。
その辺りの感覚は現代日本と重ねてもいいのかもしれない。……いや、でもなあ。それだったらこんなに汚くならないだろうし。師匠だけなのか?
まあいいや。
にしても、都って言ってもこんなもんなのか。
もちっと華やかな、せめて綺麗なところだと思ってたよ。
ここ、貧民街なのか?
だとしたらこの匂いもわかるけど……って、何考察してるんだ、俺。
そんな暇ないっての。
っと、どうでもいいことを考えている間に師匠に置いてけぼりを食らっていた。
慌てて走り、ずかずかと一人で歩いていた師匠に追いつく。
無表情なその顔に、迷いはない。ような気がする。
どっか行き先でもあるのか?
……あ、自宅か。
うん、普通に考えて自分の家だよな。
「いえ、先に神祇省の方へ行きます。帰還報告をしにいかないとならないので。……陰陽師は様々な特権がありますが、こういったところで行動を制限されるんですよ。門の前であった、都に入る手続きも、その一種ですね」
ふーん。
意外と面倒なんだね、陰陽師って。
「どうして他人事みたいな反応なのですか。あなたも陰陽師になるのでしょう?」
あっ。
そういえばそうだった。
すっかり忘れてた。
つか師匠。
都ってこんな汚いの?
立ってる建物は荒屋ばっかりだし、すんごい臭いし。
言っちゃあ悪いけど、浮浪者らしき人がたくさんいるし。
お腹はぽっこりしているくせに足や腕なんかはは細い。……あれ、何かの写真で見たことあるような気がする。
何だったけ。忘れたわ。
まあ、詳しいことはよーわからんけど、少なくとも良いものではないだろう。
疫病とか絶対流行るだろ、これ。
「……まあ、貧民街ですからね。仕方ありません。貴族や陰陽師、帝の住む区画はここまでひどくはありませんよ。それと、都の中では喋るようにして下さい。私だけが延々とあなたに語りかけるというのも、おかしな光景でしょうから。読心は切っておきます」
……ああ、そっか。
何も知らない人が見たら師匠、頭がおかしい人にしか見えないよね、そりゃ。
「これで、いい? 師匠」
うーん、二日ぶりくらいに声を出したからか、ちょっと詰まってしまった。
読心会話の楽さを実感したよ。
喋らなくても伝わるって凄いなあ。
……どーでもいい考えも伝わっちゃうけどね。
「神祇省では出来る限り喋らないようにしておいて下さいね。あいつに見つかると面倒臭いですから。
「よく分からんけど、分かった」
あいつって誰やねん。
「っと、そろそろ貴族区画に入りますから、歩きましょう」
小走りだったスピードを落とす師匠に合わせて、俺も歩き始める。
「貴族区画で走ると何かあるのか?」
「あとで貴族連中がネチネチと嫌味を言ってきます。砂埃を舞わせるなだの、自分達よりも速く移動するのは認められないだのと、ね」
「うわ、めんどくさ。移動はともかく、そんなに砂埃が舞うのが嫌なら、道路の舗装ぐらいさっさとすればいいのに」
「道を全て石で敷き詰めていたら、いくらお金と時間がかかるかなんて、分かったものじゃありませんよ。それに、本格的に貴族区画に入ればたくさん見られますが、連中の移動は基本的に牛車ですから。速く移動することをバカバカしい、とでも思っているんでしょうね」
師匠にしては珍しく、顔にも声にも不機嫌さを出している。
……珍しいかどうかが分かるほど付き合いが長いわけでもないけど。
言い方もキツイし、よっぽど貴族のこと嫌いなんだろうなあ。
俺にもキツく言うことはあったけど、そのときは声も平坦で、顔も無表情だった。
愛情は……あったのかなあ。
俺と師匠ってあんまし師弟っぽくないし。
そういう友情だなんだの感動系のアレコレは師匠、なさそうだもんなあ。
しっかし、こっちの世界で舗装っていったら石を敷き詰めることなのか。
お互いの認識にズレがあるけど、まあいいや。
わざわざアスファルトのことを教えるのもめんどくさいし、放置で。
それから、いくつか角を曲がると、やたらと立派な建物があった。
建物は赤を基本とした色で出来ていて、高くはないけれど、平屋のように横に広がっていた。
ここに来る途中で見かけた、貴族の屋敷とは比べ物にならない。
……まあ、そうは言っても、日本だったらよくある規模の大きさでしかないけどね。
「師匠。神祇省ってのは、この建物なのか?」
「ええ。ほら、あのおんぼろの門から入るんですよ」
師匠が指を差した先には、色がはげかけている門があった。
おんぼろって……。
いや、間違ってはないけどさ。
もうちょっと言い方あるだろ。
古めかしいとか、歴史のあるとか。
「ほら、早くして下さい。帰還報告と、召集内容の説明を受けたあとは、あなたの弟子入り申請もしないといけないんですから」
「……もう日が沈むまで数分無いと思うけど、それまでに間に合うのか?」
「暗くなっても、陰陽師なら十分活動可能ですよ。あなたごときに心配されるほど、落ちぶれていません」
はあ。左様で。
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「おお、ハッタリ! 何じゃ、お主も召集に応じたのか! 珍しいこともあるもんだ! しかもあのハッタリが男を連れてくるとはの! こりゃあ宴を開かねばなるまい!」
神祇省の門をくぐり、師匠がなんやかんやの手続きっぽいことをしている間に何処からともなく、そんな声が聞こえてきた。
つーか、男て。
ふつーに弟子だよ馬鹿野郎。
「師匠? 知り合い?」
「……はあ。だから嫌なんです。ここに来るのは。雨月! 省の中で術を使うなと何度言えば分かるのですか!」
うん。知り合いらしい。雨月っていうのか。
変わった名前だなあ。
師匠もだけど。
「ガッハッハッハ! そういえばそんな規則もあったな! すっかり忘れておったわ!」
なんつーか、いちいち声がでかい人だなあ。
声も野太いし、言ってる内容も結構ぶっ飛んでるし。……キャラ濃いそうだなあ。
そういえば、さっきから声は聞こえてくるだけで、姿が見えない。
いや、俺は雨月って人の見た目を知らないから、もしかしたらそこらへんを歩いている人達がそうなのかもしれないけど。
「そう思うなら早く出てきて下さい。迷惑ですよ?」
まあ、確かにうるさいよなあ。
「ふむ。まあ、それもそうか。ちょっと待っておれ。すぐ、そちらに行くからの」
そう野太い声が辺りに響いて十数秒後、廊下の奥から熊が出てきた。
じゃなくて。いや、確かに一瞬見間違えたけど。あれ? これ、見間違いだよね。何で建物の中に熊がいる……ああ、そうか。この人(?)が雨月さんか。ってんなわけあるか! 熊がクマで……は? どーゆーこっちゃなのだよ⁉ とりあえず死んだふりをしながら木に登らなくては!
「おーおー、小僧。いい感じに混乱しているみたいだな。最近は驚いてくれる奴も少なくなっちまったから、こういう反応は久々だな!」
うわあ!
クマが目の前に出てきた!
死ぬ! 死んじゃうって!
「……私の弟子に絡むのはやめて下さい。まだ、術の基本すら修めていないのですから。それと龍之介。あなたは混乱しすぎです。目の前にいるのは人間ですよ? ……まあ、確かに熊のような顔をしていますが」
師匠が俺の頭……は手が届かないから、お腹の辺りに手を添える。
何をやっているんだろう。目の前にクマがいるのに。
……ん。なにか、気分が落ち着いてきたな。なんでだろう。
つか、龍之介って誰だ。
あ、俺か。
そういえばそんな名前を名乗った気がしないでもない。
全く使ってなかったから、完全に忘れてた。
「何だ、弟子なのか。つまらんのう。……というか、ハッタリ。お主も術を使っておるではないか」
「私のは干渉系だからいいんです」
「あの、師匠? 話を切って悪いけど、目の前にクマがいるんだよ? 大丈夫なのか?」
干渉系とかなんとも気になるけど、こっちの方が重要だ。
「ほら、雨月。説明して下さい。また混乱されたら面倒ですから」
「しょうがないのう。こいつは熊。名前は特に無いが、ワシの頼れるお供だ! そしてワシは雨月。陰陽師だ。ハッタリとは腐れ縁だのう」
「グルアー」
「えっ。その、熊って飼いならせるもんなんですか?」
熊の鳴き声にちょっとビビってしまった。
多分、熊的には何気無く出した声なんだろうけど、怖いっす。
「いいや。こいつはワシとの勝負に負けて、ワシのお供になったから、飼いならしてはいないのう」
熊と勝負って。金太郎かよ。
まあ、なんとなく納得はできるけどね。
雨月は筋肉モリモリのマッチョだ。体格もいい。多分、身長は百八十か九十ぐらいだろう。顔は……ほらアレだ。本人の名誉のために言わないけど。熊を見た直後にこのマッチョを見たら迷いなくクマと思えるぐらいの顔だ。
って、え?
雨月って陰陽師なの?
腕利きのSPと聞いても全く違和感が無いんだけど。
「……大丈夫です。みんな、この人を見て最初に思うことは同じですから」
「……師匠に慰められた」
珍しいこともあるもんだ。
「ワシはとどめを刺されたのう」
雨月はそういってまたガッハッハッハと笑う。
……どの辺りがとどめだったんだろう。
凄い平気そうだ。
「それにしても、雨月。私“も”召集に応じたと言っていましたが、他にも誰か、来ているのですか?」
「んぅ? そうじゃのう……お主でも知っているところでいえば、『水神』や『火虎』辺りかの」
で、出たーーー!
中二病の代表、二つ名!
やべえ、超かっこいいです。
「……名前持ち級が四人以上召集をかけられるとは……それだけ敵が強いということでしょうか?」
四人? 水神って人と、火虎って人と……あと誰だ?
ま、いっか。
おれにゃ多分関係の無い話だ。
「ま、それはともかくとして。その小僧の弟子入り申請をしなくてもいいのか?」
「しますよ、もちろん」
「では、するかの」
雨月が着物……いや、狩衣か? まあいいや。まあ、懐からお札を取り出す。
「ああ、今日の当番は雨月だったのですか。……持ち場から離れていて、いいのですか?」
うーん。師匠ってオカンっぽいよなあ。
この、すぐ説教するところとか。
……あれ、そういえば俺さっきからなんかハブられてない?
いや、俺の知らないことばっかりこの二人が話しているから、しょうがないんだけど。
「いいんだいいんだ。おい、小僧。このお札を手に持て。さっさと契約するぞ」
「はぁ。了解です」
手渡されたお札がクシャクシャにならないようにそっと片手で持つ。
「おお、そうだ。小僧、ちと強い痛みが入り込むかもしれんが、我慢しろよ」
えと、どゆこと?
「……無理でしょう。彼自身は今のところただの人間ですし。あなただって、これをしたときは痛みで気絶したでしょう?」
痛みで気絶するって。
どんだけ痛いことを俺はされるんだ⁉
つか、このマッチョが気絶するとか、そんなことあるのか⁉
……どうしよう。すごい怖くなってきた。
「ガッハッハッハ! そういえばそんなこともあったな! だが、お前は耐えただろう?」
師匠、耐えたのかよ。
凄いな。
「まあ、そろそろ始めましょうか。──■■■■■■・▲▲▲◆!」
やべえ、なんて言ってるか全くわからないったあ!
うががががっ。
痛いっ!
やっ……べっ!
継続的に来る、これ!
気の、せいじゃ……なければっ、これ、強くなってきて──あ、ダメだわこれ。
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バタリ、と張り詰めていた糸が切れるように人が倒れる。
「……むう。ダメか。あと、一歩のところだったんだがのう。まあ、気絶したものは仕方ない。ハッタリ、今日はもう遅い。ここに泊まっていけ」
倒れた人──龍之介が完全に気絶していることを確認し、雨月はそうハッタリへ声をかける。
「……そうさせてもらいますか。帰るのも面倒ですし」
答えたハッタリを雨月は少し観察し、ため息を一つつく。
「……まさか、契約をしても汗一つ無いとはな。本当に、底のしれない奴だ。ワシが前に契約をしたときには息切れを起こしたというに」
契約。一般的には陰陽師に弟子入りをする際に行われる儀式のことを指す。
これをすることで、契約を結んだ者同士へ様々な祝福が起こる。
その祝福の内容は人によって様々ではあるが、祝福の中は強力なものもある。力の無い者が力を得るとっかかりとして、契約は起こされることが多い。
だが、当然それにはメリットの分だけ、デメリットもある。
神祇省で作成方法を独占されている、特殊なお札を使わなければ、術を発動させることができない。
本来ならば、それを手に入れるのも一苦労なのだが……ハッタリの場合は、雨月という神祇省のトップへ伝手があり、なおかつ、 陰陽師として抜きん出た実力で勝ち得た、信頼があった。
さらに言えば、契約の術は一人対一人でなければ発動できない上、力の消耗が激しいのだ。
それこそ、一人前の陰陽師でも使えば霊力の過剰使用により、気絶するほどには。
超一流の陰陽師でも軽々とは行わない。
「ま、これでも大分疲れてはいるのですがね。……というか、息切れだけで済む雨月も雨月でしょう。普通なら立っているのもきついはずですよ?」
くすりと、ハッタリが少しだけ笑う。
腐れ縁故か、雨月もハッタリも普段は見せない、柔らかな態度と笑顔を見せる。
「はんっ。軽口を叩く余裕まであるくせに、よく言うわ。……小僧はワシが運んでおく。お主も早く寝ろ。場所は分かるだろう?」
一方的に話を切り上げ、雨月は誰もいない廊下をのっしのっしと歩いて行く。
──あまり、無理をさせるわけにもいかんしの。
先ほどの自身の言葉は命令に近かったし、返事も聞かず会話を切り上げた態度は自己中心的もいいところだ。
契約を終え、疲れているハッタリを休ませようと気遣ったのだが、やはり自分はこういったことが致命的に苦手らしい。
慣れないことはするもので無いな、と思いながら、軽く苦笑する。