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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~獣の絶地訪問編
113/122

奉納試合の前に

奉納試合。

東方より来た旅の剣士と獣の王が、どちらがより強いのかをはっきりさせる為に太母の立ち会いの下、七日七晩殴り合ったという伝承より生まれた獣の絶地最大の祭事だ。

火群は神性になる前から破天荒だったと思わせる逸話である。


「結局引き分けたそうだけどな。片方は大陸の至る所に伝承を残す闘神となり、片方は神性となった人間と殴り合って引き分けた唯一の人間になった訳さ」


酒樽を抱えてショウとダインの寝室にやって来たエゼン・レ・ボルは、自ら率先して杯を空けている。

差し向かいで呑むショウとの会話の種は、言うまでもなく火群と当時の獣の王の伝承になる。

底なしのエゼン・レ・ボルに呑まされては溜まらないとばかりに、ダイン―と何故かちゃっかり同席しているセシウスとヴィント―はショウの後ろでちびちびやりながら聞き耳を立てている。


「俺達はいつか人のまま神性を超える。その為に代を重ね、その為に研鑽を続ける。それが獣の王の夢で、目標よ」

「太母様を護る為か?」

「それもある。あとはまあ、意地だな」

「意地?」

「それなりの神性が相手ならだいぶ前の代から危なげなく勝てるさ。だがおおかかさまを護れるだけの強さとなるとな」

「ふむ…」


つまり、太母を害する事が出来る程の力の持ち主を相手に、なお勝てること。

太母の盾となるべく、獣の王は気の遠くなるほどの長い間世代を重ねてきたのだ。


「だが俺達は神性の血を入れる心算はない。血のつながりはなくとも、俺達自身はおおかかさまの子供であるからだ」

「え、でもそれですとホムラ様の血は…?」

「あン?」


うっかりとエゼン・レ・ボルの独語に疑問を投げかけてしまったのはヴィントだ。

じろりと睨み付けられて委縮するヴィントだが、エゼン・レ・ボルの方は特に苛立ちを示す事はなく、事情の説明を始めた。


「御先祖様が人間から神性に成り上がった時には、既に三人の子供が産まれていた。男女の双子と、その弟だ。そのうちの二人はこの国に骨を埋め、一人は東方で家庭を持ったと伝えられている。…三人とも、神性に成らずにその生涯を終えている」

「そうだな。その一つの系譜が蒼媛国あおひめのくにに伝わっているよ」

「そうなのですか」


その辺りは蒼媛国で火群と出会っていないヴィントには伝わっていない事情だ。

だが、ショウも火群の三子が神性ではなかった事までは知らなかった。


「火群様がこの地でどういった事を為されたのかは、俺達もよく知らない。セシウス達を送り届けた後にでも改めて教えてもらえると嬉しい」

「勿論だとも。獣の絶地に住む者にとって、御先祖様の故郷から来られた方はみな同胞の心算でいる。…ああ、そうそう、ユゼフでは手間をかけた」

「…いや、あれは俺達の不手際がそちらに迷惑をかけた形だ。こちらこそ謝罪をせねばならないところ」

「まさか俺が出張る訳にもいかないが、あの程度の輩を討ち取れないようでは一族の面汚しと言われても仕方のない事よ。事実それ以降、あの叔父の子ら孫らは面目を取り戻す為に北に詰めているからな」


本来ならば伏してシグレ殿に御礼を申し上げる所なのだが、とぼやくエゼン・レ・ボルの厚意に頭を下げる。

彼もまた、ショウが討ち取った男が東国の者だと知りつつ、それを明らかにしないと言外に告げてくれているのが分かった為だ。

少なからず悪戯好きな所はあるが、彼もまた為政者の一人としての威徳を備えているのだろう。


「まあ呑みねぇシグレ殿。万年ぶりに御先祖様に追いつこうとする奴は、俺のツレに相応しい大馬鹿よ」

「かかっ、大馬鹿かね。ツレに相応しいとは、エゼン・レ・ボル殿も大馬鹿という事で良いと思うのだが、どうか」

「おうよ。何しろエゼン・レ・ボルの名を継ぐという事は先代や周囲から大馬鹿と認められたようなものだからなぁ!」

「それはそれは。では八世エゼン・レ・ボル殿は果たしてどのような大馬鹿を為すのかね」

「そうさな、初代エゼン・レ・ボルは帝国との戦争を始めちまい、二世エゼン・レ・ボルは四十五人もガキをこさえて一部を帝国に亡命させちまった。五世に至っては事もあろうに帝国まで単独で攻め込んで討死しちまうし、七世は次の獣の王を指名したと思ったら獣の絶地を出て行っちまった。それに迫るような大馬鹿といやあそいつぁ―」


ぐい、とショウから注がれた酒を一息に呑み干し、エゼン・レ・ボルはからりと笑った。


「帝国との戦を終えて、邪神なんぞを崇める腐れ信者どもと一戦やらかすくらいしかねえだろう」

「違いないな」


ショウもまた、杯の酒を呑み干して笑みを浮かべた。

夜はまだ始まったばかりだ。





「皆、よく集まってくれた!」


奉納試合当日。

エゼン・レ・ボルが台座の上に立ち、集まった都の住人達を前に声を上げる。


「今年もこの時期が来た。奉納試合だ!」

「「「おおおおおお!」」」


老若男女問わず、その声に歓声を上げる。


「だが喜べ!今年を迎える事が出来た同胞は、万年それを誇る事が出来るだろう!」


満面に笑みを浮かべ、エゼン・レ・ボルは声を更に張り上げる。


「奉納試合を始める前に、まずはお前達に告げておく事がある!」


ざわつく民衆に、構わず続けられる。


「おおかかさまを悩ます、邪神の右腕が討ち滅ぼされた!」

「「「おおおおお!」」」

「その指揮をとったのは帝国の皇帝だ!その功を評し、俺は獣の王の名に於いて、帝国の旧悪を許す事とした!」


台座の陰に待機していたショウは、上手いな、と内心で舌を巻いた。

物は言い様である。

戦争の原因が『帝国が悪事を為した一族を匿った』事であるとし、その悪事を許す事で帝国と和解した形を取るという訳だ。

ただ和解すると言うよりは数段受け入れられやすいだろう。


「永い、永い戦だった。この地に住まう誰もが、遡れば身内を喪っている事だろう。俺も同じだ!、そして、それは帝国も同じ事なのだ!」

「「「…」」」

「邪神の右腕がなくなり、事もあろうにかの邪神を信奉する邪悪の徒は結集しつつあるという。思い出せ、我等の爪は何のために鋭くあるか!」


エゼン・レ・ボルの問いに、暫しの無言があった。

そして静寂を斬り裂き、誰かが声を上げた。


「おおかかさまを護る為だ!」

「そうだ!帝国を斬り裂く為では断じてない、おおかかさまを脅かそうとする、あらゆる邪悪からおおかかさまを護る為だ!」

「帝国は違うのかっ!?」

「違う筈だ!帝国にも獣の王の血は流れている!事実、奴らはいつだって正々堂々と挑んできたではないか!」

「ならば帝国は敵ではないのか!」

「そうだ!互いに信義の為に道を違えたが、帝国もまた、邪悪に敵する俺達の同胞である筈だ!」


数人が上げる声に、逐一返していくエゼン・レ・ボル。

聞き覚えのある声は、おそらく彼の側近だろう。上手く民衆の思考を誘導しようとしているのが分かる。

何が大馬鹿な獣の王だ、と苦笑を浮かべる。

歴代エゼン・レ・ボルはきっと、火群の意向を何よりも理解していた賢王であったのだろう。


「俺達は今こそ、この大地から邪悪の徒を根絶やしにする!同胞よ、帝国への怒りを捨てよ!俺達の敵は邪神である!」

「「「我等の敵は邪神である!」」」

「俺達の爪をおおかかさまに捧げる!」

「「「我等の爪をおおかかさまに捧げる!」」」

「おおかかさまよ、俺達の想いを受け取られよ!」

『勿論です、愛しき私の子らよ』


熱狂が、更に大きく吹き上がる。

台座の向こうに投影されるように現れる姿は、間違いなく。


『太母はいつでもここに在ります。さあ、愛しきエゼン。此度はどのような仕合を奉じてくれるのでしょう?』

「うむ、まずは皆にも紹介せねばならぬ!邪神の右腕を打ち滅ぼして見せた方々である!」


声に促され、ショウは隣の汀の手を取り台座に登った。

こちらの姿を見た民衆がざわめく。


「東方は蒼媛国よりお出での、神性であらせられる汀様と、その御夫君であるショウ=シグレ殿だ!」

『湘、貴方の力を見せて』


今度は太母に促され、ショウは業剣を抜き放って数度振ってみせた。


『火群の弟子であるだけの事はありますね、良い太刀筋です』

「恐縮です、太母様」

「喜べ!此度の奉納試合には、御先祖様の直弟子にあたるこのシグレ殿が御参加下さる!」

「「「―!」」」


もう言葉の体を為していない程の熱狂。涙を流す者あり、足を踏み鳴らす者あり。幾人かは失神している様子すら目に留まる。


「そして!それ程の御仁の相手ならば、この地で最強の者でなくてはなるまい!」


エゼン・レ・ボルが逆側の物陰に目を向けた。

自分の胸を叩いて自ら名乗りを上げるものと思っていたショウは、目を丸くした。


「二日前、俺は敗れた―」


そこに居たのは、鼻の辺りまで伸ばした前髪が特徴的な。

つい先ごろ、見知った少年である。


「ウェイル…?」

「いえ、今は違う名を名乗っているんです」

「今、この場を以て俺、八世エゼン・レ・ボルは獣の王の座を退く!次代の王よ、名乗れ!」

「僕の名は―」


ショウは汀に業剣を預けた。ここでは業剣を使う事は出来ない。

頷いた汀は業剣を両手で預かり、台座を降りる。

少年の前髪が闘志に呼応して逆立っていく。その気配が圧となってこちらを叩く。

それだけで理解する。この男はエゼン・レ・ボルよりも強い。圧倒的に強い。


「僕の名は二世『ダル・ダ・エル・ラ』!偉大なる初代獣の王の名を継ぐ者です!」


エゼン・レ・ボルは代々策士系の獣の王という設定です。

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