獣の絶地での休息
祭事まで、一同は客人として遇される事となった。
ショウはダインと、汀はサンカと、セシウスはヴィントとそれぞれ、獣の王の屋敷に一室ずつを貸し与えられることとなり。
しばしの休息を取るべく、ショウは汀と都を散策する事にしたのだった。
「木造の建物ばかりですね」
「そうですね。太母様の加護が遍くこの地を護っているのでしょう」
「国許とは建て方も違いますが…。火群様が長く滞在したのも分かる気がします」
火群は闘神に成る前は獣の絶地で修行を重ねたという。
修行の最中に当時の獣の王と知り合って、その妹を娶ったと聞いている。
詳しい馴れ初めを聞いた訳ではなかったが、当時もこの都はこういった雰囲気だったのだろうな、と思わせる街並だ。
ある種ののどかさを感じさせる雰囲気は都と呼ぶには違和感がある。しかし、亜人の楽園であると思って見ればこれ程適した景色もないだろう。
エゼン・レ・ボルの側近たちは見た目通りに血の気の多い様子だったが、街中を歩く亜人達からは特に粗暴さや荒々しさを感じる事はない。
「畑はないのですね」
「牧場はあるようですが。…ああ、周りの森から調達しているようですね」
物珍しげに見回した目に、森の中から戻ってくる子供達の姿が留まる。
巨大な押し車に大量に積まれているのは木の実や野草の類だ。
どうやら森での食料の調達は子供達の仕事なのだろう。獣の王が治めているだけあって、獣が住人を襲う恐れはないらしい。
ひょろりと背丈の高い少年が引率しているようだ。決して大人には見えないから、彼がどうやら集団で一番の年長者であるらしい。
子供達が蔵であろう建物に向かうのを見送り、再び足を進める。
クァーッ、と牧場の一つから家禽の鳴き声が聞こえる。
そこで飼われているのは巨大な鳥だ。飛ぶ事は出来ないようで、足が長く太い。羽は小さいが、跳ねる時にばたばたと動かしている一羽が居るから、何の役割もない訳ではないようだ。
「あの鳥は何でしょうか?」
「何度かイセリウスで見かけましたが…。群れで駆けていましたね」
「―あれは草駆鳥と言います、お客人」
「「!」」
突然差し込まれた声に、ショウと汀は驚いて振り返った。
先程まで子供達を引率していた少年だ。それなりに距離はあったが、見間違えではないだろう。
ぼさぼさの茶けた髪が目を隠すようにかかっているが、顔立ちは整っているのが分かる。
目つきと目の色までは見えなかったが、笑顔である。
「卵をよく産む鳥なんですよ」
「ほ、ほう。…気配を隠すのが上手なのだね」
「ええ、ありがとうございます。獣は気配に敏感ですから。僕、気配を隠すのは得意なんです」
「そうですか。驚きました」
その言葉にあは、と悪戯が上手く行った事を喜ぶ少年。
少なくとも敵意は感じない。毒気を抜かれて、ショウは取り敢えず名前を聞いてみる事にした。
「君の名前は?」
「ウェイルといいます」
「俺はショウ=シグレ。こちらは神性の汀どの。媛様と呼んで差し上げて欲しい」
「分かりました。シグレさん、媛様」
礼儀正しい少年だ。何より笑顔に裏表がない。
だが、底知れない何かを感じさせる。ショウは思わず彼を観察する。
背丈はショウより僅かに低く、体つきはほっそりとしている。素肌が見えている部分は傷一つない。よく鍛えられた肉食獣を彷彿とさせるが、威圧感はまったくと言っていい程ない。
自然体だ。獣の絶地も都となると、少年でもこれ程の雰囲気を持っているものなのか。
と、そう言えばと思い至る。ウェイルと言えばセシウスの名前にも含まれている。
「ウェイルと言うと、セシウスと何か関連があるのかな?」
「はい。セシウス王子の母君はウェイル氏族の出身です。僕もウェイル氏族の出身なので、その名前を」
「という事は、君はエゼン・レ・ボル殿の…」
「息子の一人です。ウェイル氏族は古エルフの氏族で、目立つと嫌なので髪で隠しているんです」
「本当に、可愛らしいですね」
成程、長い髪は目ではなく、耳を隠す目的であるのか。
汀がその工夫にくすりと笑みを漏らし、ウェイル少年は照れたように頬を掻く。
「汀どの。少年とは言え可愛らしいというのは褒め言葉ではありませんよ」
「あら、そうでしたね。ごめんなさい」
「い、いえ。氏族のお姉様達からは言われ慣れていますので…」
「本当にごめんなさいね。旦那様も可愛らしいと言うと複雑な顔をなさるのに、思わず」
にこにこと微笑む汀にも邪気はない。
ほんわかとした空気が周囲を包む。
「ウェイル。君はこの後仕事はないのか?」
「あ、はい。僕の仕事はあの子達の引率ですから。この後は何も」
「ならばこの都の案内を願えるかな。火群様ゆかりの場所など案内してもらえると嬉しい」
「え、良いんですか?」
「ええ、勿論。そうしてもらえると助かります」
「分かりました!ご案内させてもらいますね」
ショウと汀の言葉に、少しだけ遠慮がちに、だが心底楽しそうに。
ウェイルは請け負ってくれたのである。
「あそこが祭事の台座ですね。おおかかさまへの奉納試合を行うほか、大きな功績を挙げた者を称賛したり、新しい獣の王の戴冠の儀式も行われます」
「という事は、俺もあそこで―」
「そうですね。古くは御先祖様と初代ダル・ダ・エル・ラが本気で殴り合ったという言い伝えが」
「おぉ、それが奉納試合の起源なのかな」
「はい。あの台座にはおおかかさまの大樹から払われた古い枝が使われて組まれています」
「枝…?」
案内された場所は丸太を組み上げたようにしか見えないが、どうやらあの大樹の枝であるらしい。
「枝です。普通の樹だと幹くらいの太さはあると思いますがね」
「ううむ…」
巨木なのは見れば分かったが、枝ひとつでこの太さというのは想像だに出来なかった。
台座は太母の枝で組んだ土台の上に、巨大な獣の皮が鞣して張ってある。繕った跡もないから、一枚皮なのだろうが、それもまた大きい。
「あの皮は…?」
「あれは北の山脈に稀に出没する紅毛の巨虎の皮です」
「巨虎?」
「北の山脈には銀毛の虎が住んでいるんです。獰猛ですが誇り高く、死に際しては森に下りてきて我々の仲間と決闘を行うのです」
「ほう」
「虎を打ち倒した者は一流の戦士として認められ、その皮を戦装束とする事が認められます。銀毛の虎は山脈の主なのです…が」
「が?」
「その銀毛の虎をも餌食とするのが紅毛の巨虎です。同種ではなく別種か突然変異と思われますが、山に住むあらゆる獣を食い荒らす害獣で、現れたら王の傍流の戦士総出で狩りに赴きます」
「成程、魔獣の一種なのかもしれないな」
「現れる周期は百年から三百年に一度だそうですから、そうそう見る機会はないのですがね」
「ふむ。その皮をなめして使うのか」
「巨虎の毛皮を戦装束にすると、血に飢えて狂乱すると言われています。あれだけの皮、他に使い道がないもので」
獣の絶地も危険と無縁だとは言えないようだ。
北方の獣の王の傍流とやらにも興味が沸いたが、縁があればいつか出会う機会もあるだろう。
台座で行われた過去の名試合の話なども聞きつつ、ショウと汀は日が暮れるまで都の観光を続けたのである。
五日後。
火群ゆかりの修業場―今は都の戦士達の訓練場となっている―でセシウス、ヴィントと日課の鍛錬を終えたショウは、三日後に奉納試合が決まった事を伝えられた。
「試合はどのような決め事で行うのかな」
「はい、お客人。まず武器と相手を傷つける術の使用は禁止。おおかかさまにご照覧いただく試合ですので、拳と足、頭での打撃と締め、投げは認められていますが、噛みつきはご遠慮ください」
「俺、獣人じゃねえから噛みついたりはしないが…」
「まあ、噛みつきを効果的に使えるのは獣人でも一部ですしね」
奉納試合の説明をしてくれているのは、訓練場の管理人だ。
人狼の獣人で、全身至る所に古傷があるが、人柄はとても良い。
長生きできる戦士は心根も穏やかになる傾向でもあるのかもしれない。
「という事は業剣の使用は不可という事ですね、師匠」
「そうだなあ。他に使ってはいけない技術はあるかね?」
「術は例えば自らの傷を癒すとか、拳を硬くするとかのものは使用しても構いません。服装も自由です。鎧を着込んでも良いですよ」
「おや、鎧は良いのかね」
「奉納試合に出る程の戦士であれば、鎧などあってもなくても一緒ですから。むしろ動きが遅くなるので不利になるというのが通説ですね」
熟達した亜人の戦士は鋼の鎧をも砕くとダインに聞いてはいたが。
だが、こういった事情を説明してくるということは。
「昔そんな事があったのか?」
「ええ。獣の王に挑んだ、跳ねっ返りの獣人の男が。獣の王に勝つ為には鎧で打撃を防げば良いと、ドワーフに酒を積んで鋼よりも硬く軽い高次魔力鋼の鎧を調達して挑んだ逸話がありまして」
「ほうほう」
「高次魔力鋼の鎧を粉砕する。獣の王でなくば出来ない偉業でしょうな」
「ああ…」
「男は鎧を粉砕され、敗北した後、獣の王に婿入りしました」
「…なに?」
「当時の獣の王は女性でしてね。跳ねっ返りは獣の王に一目惚れし『勝ったら嫁に来い』と挑んだそうです」
「だが負けたので婿入りしたと?」
「まあ、素直になれない恋人同士の笑い話でありますが」
「ううむ、流石に歴史がある話だなあ」
管理人もどことなく誇らしげに話す。
この都では獣の王は彼らにとっての誇りであり、その歴史や逸話はいつまでも語り継がれていくものなのだろう。
「刃物が駄目なのは予想していたが、そうか…」
「どうするのです?師匠」
「どうすると言ってもな。拳闘術は豪公流を少しかじった程度だが、出来ない訳じゃない」
「おお」
「とは言ってももう何年も使っていないからなあ。付け焼刃にならない程度に鍛錬をしておいた方が良いかもしれないな」
手伝ってくれるか?と問えばセシウスもヴィントも勿論だ、と頷いてくれた。
せっかくの機会だ。相手が誰であれ、勝利を太母と汀に捧げたいものである。
まずは動きのおさらいだ、とショウは業剣を納めて構えを取るのであった。




