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蒼媛一刀流武神傳  作者: 榮織タスク
大陸の章~獣の絶地訪問編
110/122

神性『太母』

『湘。貴方はここに来た頃の火群に似ていますね。強い意志と肉体を持っている』

「その様に言っていただけると何より励みになります」

『汀。私が東国で知る神性は、貴女が三柱目よ。その美しい鬼気を曇らせないようにね』

「太母様の神気も美しくございますわ」

『セシウス。貴方の父君の事は悲しく思います。よく来てくれました』

「御目通りが叶い、光栄に存じます」

『ダイン。ムハ・サザムの皇族でここに来たのは貴方が初めてよ。我が子の裔の一人に会えたこと、とても嬉しく思うわ』

「太母様に御目通り出来た事、この一事だけでも危険を冒した甲斐があるというものです」

『山霞。汀の巫女としての役目を大過なく果たしているのですね。これからも振り回されるでしょうが、励みなさいね』

「は…はい。有難うございます」

『ヴィント。草原駆ける子の裔、この森は貴方には適した環境ではないでしょうに、よく我慢して来てくれましたたね』

「は…はは、ははぁっ!」


大樹の洞の中、幾つかの隙間から陽光が射す御座に神性『太母』は在った。

流石に火群よりも旧くから在る上古の神性であるだけあって、その神気、神々しさは火群をも凌ぐと言えた。

むしろ火群や汀といった東国の神性が、神性としては過度に親しみやすいだけかもしれないが。

威圧している心算はないのだろうが、既にその存在感が威圧的だ。


「…民を無用に威圧しない為にはこれ程の壁が必要ですか」

『分かるのね』

「ええ。敵意がないので死にはしないでしょうが、力なき者は普段から負担を覚えるでしょうね」

『私もだいぶ衰えました。自らの力を抑えておくのが辛くなるくらいに』

「また、おおかかさまはそのような事を言う」


ショウの言葉に太母が応じ、その言葉にエゼン・レ・ボルが首を振る。

獣の王が獣の絶地の民にとっての絶対であるように、獣の絶地の全てにとって、太母は何より絶対なのだ。

衰えたという言葉を受け入れる事は許されないのだろう。


『本当は代替わりをしたいのだけれど、私の子が神性としての力を十分なものにする間、この森の加護が薄くなってしまうから』

「太母様、そのような事を我々に言ってはなりません」

『あら、そうね。ごめんなさいセシウス。ここに湘と汀が来てくれたから、ついね』

「師匠と媛様が?」

『ええ。この二柱ふたりは私の懸念の一つを消してくれたのだから』


懸念とは、言うまでもなく邪神の右腕だったのだろう。

あの邪神はこの大陸のみならず、世界に住む者全ての敵だからだ。その影響力の排除に為には、いがみあっている三つの国が争いを止めていたのだから。


『あの正気を喪った神性の腕を葬ってくれて有難う。もう暫く放置していれば、あの腕は大地を割っていたでしょうね』

「あれを崇拝している連中も同じような事を言っていましたが…」

『本体はまだ北の大陸に在り、大地に縫い付けられながらも今なお生きている。比較的自由に動く腕が無くなった今、体の自由を取り戻そうと早晩集中を始めるでしょう』

「つまり、再び邪神との戦いが始まるのでしょうか」

『自分の所為だと考えてはいけませんよ。変わらないものなどないのです』


邪神の右腕という脅威が無くなり、帝国と獣の絶地が和平を結んだとすれば、西のアズードが黙ってはいない。

亜人排斥を掲げる彼の国は、混血が進んだアズード以外の民にとって、邪神に次ぐ大敵だ。


『…神性とて子を為し、代を継がせる事は人と変わりません。永劫に生きる神性はなく、永劫を生きたいと願う神性もありません。太母とて、本来は七千年に一度娘を為して力を受け継いできた神性なのですから』

「…邪神とアズードの存在が懸念となり、太母様の御心を安んじる事が出来ませんか」

『そうです、ダイン。アズードとは言葉が通じますが、あの正気を喪った神性とは意志の疎通すら出来ません。私は力が尽きる前に娘を産んで、力を継がせなくてはなりません。私が滅べば、この森は制御を失い、楽園ではなくなるでしょう』

「セシウスを連れて戻った後、俺と汀どのは再びこちらを通り、アズードへと向かう予定です」

『火群から聞いていますよ。おおなみを探しているのでしたね』

「ご存知でしたか」


顔を赤らめて俯く汀。彼女にとっては母の所在を探すこと、それ自体が大きな恥なのである。

だが、太母が上げた言葉は予想外のものだった。


『何やら火群から頼まれ事をしていたようでしたね。あの子は誰よりも火群を敬っていましたから、本当に嬉しかった事でしょうね』

「…え?」

『あら、知らなかったのですか?』

「母は父の魂を探してふらふらしていると、伯父が…」

『あら…。もしかして濤は兄君にも詳しく説明していないのかしら』


拙い事を言ったわ、と顔を背ける太母。

その態度に小さな疑問を抱いたショウだったが、ともあれ話を続ける事にする。


「火群様が黙っておられる以上、ここで伺う必要のない事だと存じます。ひとまずアズードの千里眼殿を頼るようにしたいと考えていまして」

『ええ、それがいいでしょう。アズードとの国境までは誰か案内をつけます。良いですね?エゼン』

「はい、おおかかさま」

『それはそれとして、二柱は御役目でここまで来たのでしょう?終わるまではゆっくりとしていらっしゃい』




太母の前から辞した後、エゼン・レ・ボルとの正式な謁見は翌日という事になった。

ショウと汀はどうという事はなかったが、他の面々が太母との会話でひどく消耗してしまったというのが理由だ。

城内に用意された寝所で、男性陣三名はぐったりと横たわっている。ショウは三人―何度も確認する事でもないが、特にダイン―の護衛役だ。

サンカの方は汀が見てくれているだろう。主に面倒を見させている事がサンカにとって更なる負担になっていないと良いが。


「それにしても…我々はほぼ一顧だにされなかったな」


ぐったりと寝台に横たわり、天井を仰ぐダインがそれとはなしにぼやいた。


「そう…なのだろうか」


誰に向けた言葉でもなかった筈だが、反応したのはセシウスだ。


「こちらから何かを言えば返答して下さったが、最初にお言葉を頂いた後には意識を向けては下さらなかっただろう?」

「そうか…そうだったな」

「…陛下もダイン殿もよくあの場で口を開けたものです。私はもう、顔を上げてご尊顔を拝する事すら出来ませんでした」


ヴィントの反応が普通なのだ。あの場に満ちた神気は濃密に過ぎた。

普通の人では神性の持つ偉大な気配に委縮し言葉を発する事はおろか、意識を保つ事すら満足に出来なくなるのだから。

太母を祖とする獣の王の血筋に連なる二人だったからこそ、言葉を発する事が出来たのだろう。


「あの場で意識を保っていられただけで上等だよ。だがまだあの方の神気を身に浴びながら会話をするには修行が足りん」

「…師匠」

「太母様は敢えてお前達から意識を切る事で、御自身の神気がお前達に悪影響を与えないように心を配って下さっていたのさ。決して眼中になかった訳ではないよ」

「むう…」


それきり黙ってしまった三人に最低限の意識を向けつつ、ショウは右の掌に視線を落とした。

変わらないものなどない。

太母の言葉が思い出される。

邪神の右腕が大陸から消えた事で、新たな争いの火種が生まれる事になる。その責任の一端は、確かに自分にもあるのだ。

汀だけにそれを背負わせる心算も、それを指示した火群の所為にする心算もショウにはなかった。


「いずれ、いざとなれば斬らねばならんと思うのだが、どうか」


何を、と限定する心算はなかった。

汀の笑顔を護る為には、何者であろうと己の業剣で斬り払う覚悟は確かにずっと心にある。

それが邪神であろうと、アズードの神性であろうと。


「武神の座まで後いったいどれ程あるのやら」


どうやらいつの間にかセシウス達は眠ってしまったらしい。

ショウの言葉に返答する者はなかった。

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