第五十五話:絆
後書きに大事な話があります。是非、最後まで読んで頂けたらと思います。
残されたのは、崩れかけた広間と、荒い息を吐くアレンたち三人だけだった。アレンは消えた魔王の残痕を睨みつけたまま、握りしめた魔剣アストライアを静かに鞘へと収めた。
「逃げられたか……」
「アレン……」
ディーネが心配そうに寄り添い、そっと彼の袖を引く。アレンは握りしめた拳をゆっくりと解き、一度深く息を吐き出した。
――「こちらだ! 大広間から凄まじい衝撃音がしたぞ!」
――「急げ! 王のいる城内だぞ、何が起きている!?」
悔やむ時間すら与えぬように、廊下の奥から無数の金属甲冑が擦れ合う慌ただしい足音と、衛兵たちの張りつめた怒号が重なり合って接近してくる。この城で起きた未曾有の異変を感じ取り、城内の兵が集結しつつあるのだ。
アレンは素早く広間全体へ視線を巡らせた。
クラウスの身体は魔王に呑み込まれ、存在そのものが消滅してしまった。今この広間にいるのは、アレンとエリー、ディーネ、そして胸から血を流し、ぴくりとも動かず倒れている第三騎士団長ロリックだけだった。息があるのかすら分からない姿に、緊張が走る。
客観的に見れば、この場の状況は極めて劣悪だった。
大広間は無惨に破壊され、王国屈指の騎士団長が血だらけで倒れ、生死も定かではない。そしてそこには囚われていたはずのエリーが武器を持って立っているのだ。衛兵たちが踏み込んでくれば、問答無用で反逆、襲撃と判断されるのは火を見るより明らかだった。
「エリー」
アレンはいまだ動揺に肩を揺らしているエリーの瞳をまっすぐに見つめた。
「選択肢はふたつある。この場にとどまり、やってくる衛兵たちに事の顛末をすべて説明するか……それとも、今すぐここを逃げ出すかだ。どうする?」
弁明の手順を踏めば、あるいは話を聞いてくれる者もいるかもしれない。だが、ロリックを斬ったという事実はかわらない。クラウスのように魔王の手先が場内に潜んでいる可能性も否定できない。何よりも今度はアレンやディーネも冤罪の罪で投獄され、死刑となってしまうかもしれない。
エリーは生死不明のまま倒れているロリックを一瞬だけ見つめ、それから聖剣の柄を強く握り直した。その瞳に迷いの色はなかった。
「……逃げましょう。今、私たちが捕まるわけにはいかない。私は、アレンたちと一緒に本当の決着をつけに行くわ」
「分かった。行くぞ!」
アレンが頷き、三人が衛兵の音が聞こえる逆方向へ足を踏み出そうとした、その時だった。
「――エリー団長! こちらです、早く!」
大広間の隅、崩れた調度品の影にある細い抜け道のような格子の扉から、切迫した、聞き覚えのある女性の声が響いた。驚いて振り向くと、そこには胸元に手を当てて息を荒らしているリアーナの姿があった。
「リアーナ……!? なぜここに……!?」
エリーが驚愕の声をあげる。彼女は身をかがめながら、手短に事態を説明した。
「団長がうまく逃げ出すことができたのか居ても立っても居られなくなって……城に着くと衛兵たちが大騒ぎして大広間へ向かっていくのが見えて……! 正面からは入れないと判断して、昔使われていた緊急避難用の通路から先回りしてきたのです!」
「リアーナ……助かったわ……!」
「お話しは後です! さあ、兵がなだれ込んでくる前にこちらへ!」
リアーナの手引きに従い、三人は薄暗い隠し通路へと滑り込んだ。直後、大広間の扉が開かれ、凄まじい数の衛兵たちが乱入してくる気配が背後から伝わってきたが、間一髪でその視線から逃れることができた。
複雑に入り組んだ石造りの裏通路を、リアーナは迷いのない足取りで先行する。壁の明かりが、走る四人の影を不気味に揺らしていた。
曲がり角を幾度も抜け、階段を駆け下りながら、リアーナは走りつつエリーへ問いかけた。
「エリー団長……一体、中で何があったのですか? クラウス様のお姿が見えなかったけれど……それに、ロリック団長が倒れて……」
エリーは走る速度を落とさず、苦痛に胸を締め付けられながらも、ありのままの真実を告げた。
「リアーナ……驚かないで聞いて。クラウスは……二年前から魔王エスパスと繋がっていたの」
「っ……! クラウス様が、魔王と……!?」
リアーナが息を呑み、ショックで一瞬足取りが乱れる。
「ええ。クラウス様は力を求めるあまり魔王と契約を交わし……そして、生きていた魔王エスパスの手によって、最期は……命も魂も呑み込まれ、消滅したわ」
「そんな……なんてこと……」
あまりに残酷で容赦のない現実に、歯を食いしばり、必死に正面を見つめて足を動かし続けた。
やがて、冷たい夜風が通り抜ける小さな勝手口へと辿り着いた。城の裏手に位置するそこは、厨房のゴミ捨て場や資材搬入口として使われている場所で、見張りの兵も手薄だった。物陰に身を潜めながら、四人は無事に城の外壁を抜け、静まり返った王宮の敷地外へと脱出することに成功した。
城の影になる薄暗い路地裏で、四人は足を止める。
「ここまで来れば大丈夫です」
「リアーナ、本当にありがとう」
「いえ、副団長として当然のことをしたまでのこと。」
リアーナは強い意志を宿した瞳で、エリーとアレンたちを見つめた。
「私は城へ戻ります」
「えっ……大丈夫なの!? 今戻れば、あなたまで疑われてしまうかもしれないわ!」
心配するエリーに対し、リアーナは首を横に振った。
「いいえ。私が戻らなければ、あなた方は罪人として国全土に指名手配されてしまうかもしれない。私はあなたの副団長として……国王陛下にすべての真実をお伝えします。団長の無実と潔白、クラウス様が犯した罪、そして魔王エスパスが生き返ったという恐ろしい事実を、必ず陛下に届けてみせます」
「リアーナ……」
そう力強く言い残すと、リアーナは意を決したように身を翻し、警備の騒がしくなり始めた城門の方角へと引き返していった。その背中には、副団長としての確かな覚悟が満ちていた。
「もし私の任務が成功したら、また、団長として戻ってきてね。エリー。いつまでも待ってるから」
最後は幼馴染からの言葉を残し、エリー達に背を向けた。
リアーナと別れたアレンたちは、夜闇に乗じて王都の警戒網をすり抜け、街道から離れた静かな小高い丘へと辿り着いた。
遠くに見える王都の灯りが、どこか遠い出来事のように揺れている。
「クック!」
夜空の彼方から一筋の聖なる光のような影が舞い降りてくる。月光を受けて輝く白い羽を優雅に羽ばたかせながら、クックはアレンのそばに着地し、愛らしく首を擦り寄せてくる。
「主殿! 待っていたであります。どうやらお急ぎの様子。とりあえず乗るであります」
三人はクックの背に乗り、夜空へと飛び立った。
純白の翼が風を切り、眼下に広がる街並みが小さくなっていく。クックの背の上で、エリーは膝の上に置いた【聖剣ルミナス・レクティファイ】をじっと見つめていた。
「アレン……ディーネ……」
エリーがぽつりと口を開いた。風に煽られる髪を抑えながら、ふたりに向かって深く頭を下げる。
「本当に、ごめんなさい……。私が相談もなしに勝手なことをして、ふたりを深く巻き込んでしまって……」
自分の選択が二人を危険に晒したのだという罪悪感に、エリーの声は微かに震えていた。
だが、アレンとディーネは顔を見合わせると、優しく微笑んだ。
「何を謝っているのよ、エリーさん」
ディーネがエリーの隣に腰掛け、その肩を優しく抱きよせた。アレンも穏やかな、しかし力強い眼差しでエリーを見つめた。
「ディーネの言う通りだ、エリー。謝る必要なんてどこにもない。むしろ俺たちの方は、お前に感謝しているんだ」
「感謝……? 私に……?」
意外な言葉に、エリーは不審そうに顔を上げた。
「ああ。クラウスとの戦いを通して、あいつとの因縁に本当の意味で決着をつけることができた。……それに魔王エスパスが生きているという真実を、手遅れになる前に知ることができたんだ」
アレンは遠い空を見つめ、静かに拳を握りしめた。
「もしエリーが行動を起こさず、俺たちが王都に来ていなかったら……クラウスは魔王に完全に利用され、俺たちが気づいた時には世界が滅ぼされていたかもしれない」
「アレン……」
「だから、頭を上げろよエリー。俺たちはもう仲間だろ?」
アレンの言葉に、エリーの瞳から溢れ出た涙が夜風にさらわれて散っていく。だが、今度の涙は悲しみや悔しさからくるものではなかった。胸の奥をあたたかい光が満たしていくのを感じながら、エリーは強く、何度も頷いた。
「うん……! ありがとう、アレン、ディーネ……!」
夜空を翔けるクックの純白の翼に導かれ、三人は自分たちの帰るべき場所――そして新たな決戦への準備を整える場所である、レクレールの街へと向かって飛んでいく。
「魔王も完全に力を取り戻すにはまだ時間がかかりそうだった。完全に復活する前に俺たちが何とかしないとな」
二人はアレンを見つめ、頷く。
魔王との真の決着という暗雲を前にしながらも、三人と一羽の心は、絆という何よりも確かな光で強く結びついていた。
第一章 完
これまで『エレール〜店主は元最強冒険者、看板娘は……』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
第一章の区切りとなりますが、ここで一旦の完結とさせていただきます。
今後、皆様からの続きのご要望やご感想や反響を多くいただけましたら、第二章として続きを執筆するかもしれません。
最後に、ここまでお付き合いいただいた読者の皆様、ぜひ感想や評価、ブックマークなどで応援(作者へのお布施)をいただけますと大変励みになります!
感想には全て目を通し、返信させていただきたいと思います。
まだまだ未熟な身ではございますが、最後まで作品にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
何度目の転生だろうか……おっ、ちょうど100回目か♪
に関しては、まだまだ連載続きますので、宜しくお願いします。
※看板娘は……あなたは何を思い浮かべましたか?




