77 それぞれの一日
ザック達とは別の場所に移動したエンベルトとジェラルドの二人。
聖銀には盾役は一人もおらず、誰もが前線をソロで戦えるような猛者ばかりなのだが。
ジェラルドとしても何故自分がエンベルトに預けられたのか疑問が残る。
エンベルトと言えば魔法スキルを持つ前衛のウィザードであり、防御とは対象的な存在と思うのだが。
「じゃあ俺達も始めようか。君はガーディアンでプロテクションの使い手と聞いてるからね。俺のスキルを受けて魔法スキルへの耐性を身に付けてもらおうと思う」
「冗談ですよね。人間は魔法に耐えられるようにできてませんよ」
顔を引きつらせてそう返すジェラルドに、エンベルトからは変わらず笑顔が向けられている。
その笑顔が……怖い。
やるに決まってるよね。
やるって言うならやる。
やらないって言うなら殺る。
エンベルトの笑顔にはそんな思いが込められているように見える。
そんな笑顔に恐怖したジェラルドは盾を前に構えてエンベルトの動きに備えると、それを了承の意と捉えたエンベルトはバチッという放電音の後に姿を消して、一瞬でジェラルドの目の前まで距離を詰める。
咄嗟にプロテクションを発動したジェラルドだが、盾に触れたエンベルトから全身を貫く雷撃が放たれ、そのあまりの衝撃に叫び声をあげて膝から崩れ落ちる。
「あれ?君はパーティーの盾だよね。盾が一撃で倒れたらだめだよ。はい立って。立たないと体に直接打ち込むよ」
エンベルトの脅しに痛みに耐えて立ち上がるジェラルドは、再び盾を構えてプロテクションを発動する。
プロテクションは全身の硬度を強化するだけでなく、スキルなどにもある程度の耐性を持つ事も……あるかもしれないので研究する予定だ。
これは探究心の強いエンベルトの実験が含まれており、ジェラルドのプロテクションが雷撃をどれだけ打ち消す事ができるのか、雷撃を受け続ける事でその変化がどう表れるのかを調べてみたいと、ジェラルドの担当を自分から申し出ている。
再び盾に触れたエンベルトは先程よりも出力を下げた雷撃を放ち、今度は少し長めに放電を浴びせてみる。
苦悶の表情で叫び声をあげるジェラルドは、いつものように痛みに喜びを感じる余裕はない。
意識を飛ばせば死を迎えるこの状況に、必死で耐えようとプロテクションを発動し続けた。
◇◇◇
パウルとソーニャの二人は宣言通りに隣街に向かって走っていた。
馬車で片道半日程かかる距離を、往復で三時程の時間で走り切ろうと言うのだ。
この目標が達成できなければもう一度という罰ゲームが発生する為ソーニャも必死である。
この二人の訓練はただ走るだけという事で他には何もないのだが、体力的には四人の中で最も辛い訓練かもしれない。
ただし回復薬を飲む事は許されており、自分の必要な時に飲むよう言われている。
弾む息が乱れないように注意しながら順調に走り進み、少し辛くなったところで回復薬を飲む。
体に吸収されるごとに体力も回復していく為、息を乱さない事が最も重要なのだ。
そんな中、パウルはソーニャの周りを右往左往しながら駆け回り続けるも、回復薬を飲む必要もないどころか息が弾む様子もない。
さすがは先輩シーフといったところか、無尽蔵とも思える体力の持ち主のようだ。
「なあ、ところでディーノの奴に鍛えてもらったんだろ?あいつめちゃくちゃ強くなってなかったか?」
「ほえ?はっ、はっ、急に、世間話っ?ディーノはっ、すっごく、強いけど、どれくらい、かは、わかんないっ。けどっ、評価は、102!」
ソーニャが知るディーノの強さはほんのわずかな表面上のものだけであり、実際はどれだけの実力を持つのか全くわからない。
それを簡単に知らせる事ができるのがやはり評価値であり、102と聞いてパウルも目を見開いて驚く。
「あの可愛かったディーノが……今ではそんな可愛げのない評価値までなってるとはな〜。俺より高えしっちょっとおもしれ〜」
自分よりも高い評価値と知って何故か嬉しそうなパウル。
評価値はやはりステータスを元に算出された数値であり、その者の持つ性能を表す数値である。
しかし戦いとは数値だけでは表せない不確かなものであり、自分以上のステータスを持ったディーノがどれだけ強くなっているかと考えればパウルも一度手合わせしてみたい。
全ステータスを底上げできるギフトと、エアレイドという素早さ特化のスキルによる戦い方の違いなど、色々と試してみたくなるようだ。
そんな楽しそうなパウルを見て、ソーニャはパウルの評価もやはり気になるところ。
パウルに視線を向けているとそれを察したのか聞いていないのに教えてくれた。
「俺の評価はシーフセイバーで94な。攻撃力の伸びがイマイチだから今後はそっちが課題かも。速度だけならディーノよりはあるんじゃねーかな」
速度だけでもディーノを超えるとなれば恐ろしい程の俊敏ステータスとなる事は言うまでもない。
おそらくはソーニャの二倍以上ではないかと予想する。
しかしパーティー登録時から全くステータス測定をしておらず、実力を身に付けた今のステータスであれば以前よりも大幅に数値が上昇している事だろう。
ここ最近では全てのクエストを達成している為お金にも余裕があり、王都を出る前にみんなでステータス測定を提案しようと少し楽しみになってきた。
「ステータス測定いいじゃねえか。俺もお前らのが気になるから見せてくれよ」
「心を読んだ!?」
驚くソーニャだが話の流れを考えればそれくらいは容易に想像がつくだろう。
その後も世間話を続けるパウルと、そろそろ話をやめてほしいソーニャのマラソンは続くのだ。
◇◇◇
ランドと買い物に来たレナータは、属性武器を取り扱う高級武器店にて装備選び中だ。
「お客様はどのような物をお探しでしょう。当店は王都でも最大の店となりますので品揃えも豊富にございます。ご要望の品をお探し致しますよ」
「属性弓はあるか?気に入ったのがないようならリングを見せてもらう」
レナータの意思は無視して勝手に話を進めるランドだが、近い将来レナータもクレリックアーチャーとしては役に立てない日がくるかと思えばここで購入するのも悪くはない。
「属性弓もいくつかございますよ。ではこちらへどうぞ」
店員に案内されて属性弓の並ぶ棚へと案内されたレナータは、装飾による煌びやかなその美しさに圧倒される。
しかし弓矢持ちが目立ってどうするのだろうかという疑問は拭えずに、装飾過多なものは却下かなと最初のうちに切り捨てる。
装飾があってもギラギラと目立たない物をと探していくと、そこに弓の形をした闇が目についた。
派手な属性弓に囲まれる中にある唯一の闇に包まれたような弓に目を止めたレナータはそれを手に取り店員に目を向ける。
「これください」
「……え?よろしいので?」
「これがいい。これ以外は要らない」
レナータが手に持った属性弓はそこに闇があるかのような全ての光を吸収する漆黒の長弓だ。
女性としては少し背が高めなレナータであればこの長弓も扱えるとは思うのだが、属性弓を購入するのであればその属性を考える必要もあるのだ。
その属性を表す魔核さえも光を放たない闇の宝玉であり、見た目からはどのような魔法スキルが発動できるかわからない。
「すみません。店主をお呼びしますので少々お待ちください」
何故か店主を呼びにいく店員だが、この弓には何かあるのだろうか。
少し気になるところだが、ランドから「他のも見てみろよ」とすすめられてもこれがいいと首を振るレナータ。
「お客様、お待たせしました。こちらはですね、ルナヌオーヴァと名付けられた隣国ブランディエで作られた属性弓となります。呪竜と呼ばれた竜種を素材としておりましてその……少し曰く付きの武器となりますが……」
「曰く付きって何かあるの?」
さすがにそう言われてはレナータも購入を躊躇うところだが、このルナヌオーヴァ以外に欲しいと思う属性弓はない。
「魔法スキルを使用すると反動がございます。外傷こそないのですが……そうですね、体力を失う事になり使用を続けると寿命を縮める事になり兼ねません。都度回復薬を飲む事で体力を回復する必要がございますね」
「痛みとかはないの?それと属性は?」
レナータの場合はクレリックアーチャーであり、傷を負う程度の反動であれば問題ないとさえ思っていたが、体力を失うだけであれば即座に回復できてしまう。
だがもし痛みを感じるようでは戦いに支障をきたす可能性がある為聞いておく。
「痛みはないと聞いております。属性の方は少し特殊で呪竜の魔核を使用しておりまして、呪属性の弓となりますね。呪属性では呪闇と呼ばれる闇が一定範囲に広がりまして、対象の体力を奪う事が可能となるようですが、やはり反動を考えるとおすすめできません」
「私はクレリックアーチャーだから大丈夫。ルナヌオーヴァ、ルナね。いいじゃん。これ買います」
「しかし反動が大きく……」と引き留めようとする店主はクレームや返品を嫌う為だろう。
だがレナータは並みのクレリックよりも法力の値が高く、アーチャーとしての能力がそれ程高くない事から少し評価を落としていたりもする。
単純にクレリックとしての能力だけであればS級となれるのが実情なのだ。
これにまたウィザードクレリックアーチャーとすれば、魔力の低いレナータの評価はさらに下がる事になる為、今後属性武器を使用するとしてもクレリックアーチャーのままでいくつもりだ。
かなりの高額商品で白金貨九枚を支払う事になったが、レナータとしては気に入った弓を買えて満足そう。
そして矢と矢筒はサービスで長弓用の好きな物を選ばせてもらった。
ますます上機嫌に店を後にするレナータだった。
武器屋からの帰り道。
「魔法スキル用の属性弓買いに行って呪われた弓買ってくるとはな。文句はないが後悔するなよ」
「え、これすごいかっこ良くないですか?見た瞬間にビビッときましたし」
「まあレナータが良ければいいけどな。呪われてても属性弓である事には変わらないし」
ランドの予定では光属性で目眩しや、火属性、氷属性、雷属性などでダメージの上昇を狙うつもりだったのだが、予想外の反動付きの呪いダメージ付与。
しかし考えようによっては使い道としては悪くはなく、呪闇による目眩しをしながら体力を奪えるという二度美味しい能力である。
反動がどれだけのものかはわからないが、求めている能力を両方手に入れられると考えればこれが最善の選択なのかもしれない。
「あ、でも長弓使うのは初めてですから教えてくださいね。結構……難しい、かな?」
弓を引いて確認するが、これまでの弓に比べると随分と重い。
引けなくもないが連射は難しいかもしれない。
「長弓だと今までとは違って完全に遠距離戦に使うしかないだろうな。話によると近接から射殺す事もあるって聞いたが今後はできなくなると思った方がいい」
とはいえここ最近ではマリオとソーニャの攻撃が安定してきた事でレナータも近距離から矢を射る事はほとんどない。
全く問題はないだろうと判断し、またルナヌオーヴァを見つめながら嬉しそうに道を歩くレナータだった。
投稿予約忘れてましたー!




