30 反省
ギルドからマリオを引き摺って出て来たソーニャは、馬車の荷台へとマリオを転がす。
同じようにジェラルドを引き摺って来たレナータは息を切らしながら、馬車の荷台にへたり込み、ソーニャが引っ張り上げてジェラルドもマリオの隣に転がした。
二人共完全に意識を失っており、今すぐに回復をしてやりたいところだが、レナータはちょっとは反省しなさいとばかりに回復スキルを発動しない事にする。
意識を取り戻して痛みに苦しむところを回復してやればいいだろうと放置した。
ギルドの入り口に落とされたままの荷物も馬車に積み、ソーニャはレナータに馬車を任せて宿に荷物を取りに走って行く。
その間、顔の原型をとどめない程にパンパンに腫らしたマリオと、赤い泡を吹いたジェラルドを見下ろし、今後どうなるのかと心配になり溜息を漏らしていた。
馬車に戻って来たソーニャは荷物と人数分の弁当を持っており、御者席へと腰を下ろすと馬車を走らせ始めた。
これから二日程の旅路であり、話をする時間は多くある。
レナータも荷台からソーニャの隣へと移動して会話を始めた。
「ソーニャ、良かったの?ブレイブに戻って来たらまた辛い思いをするかもしれないんだよ?」
「んー、私もねー、あのままディーノと一緒にパーティー組めたら最高だな〜って思ったんだけどね。ディーノはカッコイイし、それに速さ特化のパーティーとかおもしろいでしょ?」
アリスが一緒であればまた別なのだが、あくまでも同行しているだけでありパーティーではない。
「ディーノは仲間に手を出さないって言ってたけど、私から迫る分にはまた違う話だと思うし」
「え、ソーニャは本気なの?大好きって友愛とかじゃなくて恋愛的な意味なの?」
「友愛で口にチューはしないよ〜。もう今すぐ全てを捧げたいくらいっ!にゃはっ!」
レナータはソーニャから異性の好みについても聞いた事があったのだが、少し威圧感のある男らしい方が好みであり、どちらかと言えば優男とも思えるディーノとは正反対な気もする。
しかしつい先程見たディーノの苛烈さは、これまでにも見た事がない程に迫力があり、恐怖さえ覚える程の凶暴性を見せつけられた。
これが男らしい事であるとは思えないが、普段のディーノを知るソーニャからすればまた違った見え方になるのだろう。
しばらく一緒にいなかったレナータからすれば恐怖を感じてしまうのだが。
「一応言っておくけど、ディーノはすごくモテるからね。ライバルは多いと思ってた方がいいよ」
「まさかレナも!?」
「違う違う」と否定するレナータ。
レナータはパーティー内で恋愛などするつもりは一切無い。
「違うならいいや。でね、このラフロイグでのお休み期間は毎日楽しくて〜、ディーノからはいろんな事を教えてもらったよ。もうディーノは私の師匠だね」
「ディーノは……強かった?」
レナータはステータスを自分達に分け与えた状態のディーノの戦いしか知らない。
キリングラクーンの討伐では一撃で倒したところを見たものの、以前のディーノもラクーン相手に苦戦する事はなかったのだ。
「強いと思うよ。どれだけ強いかはわかんないけどさ。BB級モンスター相手だとディーノの敵じゃないからね〜」
「そっか……元々SS級モンスターにも一人で挑んでたようなものだしね(それも攻撃力や防御力を低下させた状態で……)」
攻撃力や防御力が高ければまた違った戦い方も出来るだろう。
そのどちらも低下した状態のディーノは、SS級モンスターを相手に回避するしか戦う術がなかったのだ。
「おかげで私もアリスもBB級モンスター相手にいっぱい訓練させてもらったんだ。単体相手なら私一人でも倒せるくらいには強くなれたよ」
驚きの表情を見せるレナータ。
バランタインを出る前にもBB級モンスター相手に、一人でも戦う事は出来ていたのだが、倒せる程の強さはなかった。
戦える事と倒せる事ではその意味は大きく違い、シーフが大型のモンスターを倒すのは相当に難しい事なのだ。
ソーニャは嬉しそうにディーノからもらったダガーを愛でる。
「これからずっとディーノと一緒にいられればもっと強くなれる。そう思ったんだけどさ。それじゃディーノに頼った強さじゃん。絶対に助けてもらえるって安心感があっての強さじゃん。私の本当の強さじゃないなって思ったの。だから、私が本当の意味で強くなるとしたらブレイブだって思ったの。辛い思いもしたけど……ここは私が憧れて入ったパーティーだから。私が最強のシーフを目指すとしたらブレイブでだよ」
ソーニャの目には強い意志が感じられる。
レナータも気圧される程の強い意志を持ってブレイブに戻って来たのだ。
自分が心配ばかりしていては失礼だろうと、レナータは今のソーニャに自分の意思も示すべきだろう。
「ソーニャは強いね。私ももっと強くならないと!私だけじゃないな、マリオとジェラルドも!ソーニャがもっと強くなるなら私達も頑張って強くならないとだね!」
「うん!みんなで強くなろうよ!ふぉっ!?」
レナータに抱きつかれたソーニャは妙な声を発して笑い合う。
しばらくじゃれ合う二人だが、石を踏んだのかガタンと馬車が揺れるとジェラルドが呻き声をあげる。
「うーん、でも私もディーノがあんなに怒るなんて思わなかったな。ほんと、ガーンって殴るだけだと思ってたのにボコボコに……酷いなこれ。マリオの顔治るの?」
どうやらソーニャもディーノがあれ程激怒するとは思っていなかったようだ。
自分の為に怒ってくれた事は嬉しくもあるのだが、ここまでボコボコにされたマリオやジェラルドには同情してしまう。
「治るとは思うけど」
「そっか。じゃあいいや。マリオも見た目は悪くないからね」
マリオは口を開けばその粗暴さが目立つものの、黙っていればなかなかの男前ではある。
ジェラルドもまた同じく、体の大きさも相まって男らしさが際立つ。
「見た目以外が残念なんだよね……」
オリオンではマリオ、ジェラルド、ディーノの三人共見た目が良い事から目立つパーティーではあったのだが、この中で唯一モテるのがディーノだけ。
他の二人はこの事実に納得がいかないようだったが、レナータから見れば当然でもあった。
「ディーノが言ってたんだ。マリオの斬撃はすごいんだって。ジェラルドもいざと言う時しっかり守ってくれるんだって。ディーノも私もこれまで死なずに済んだのはあの二人がいたからだってさ。あ、レナの事は褒めちぎってたけどね!ちょっと悔しくなるくらいに!」
二人だけを褒めていたように話してしまい、早口でレナータの事も伝えるソーニャ。
「冒険者が本当に危機的状況に陥ったのなら、仲間を見捨てても逃げ出す覚悟はしておけって言ってたけどね。どんな状況でも逃げ出さないあの二人は冒険者としては間違っていても、仲間としては嬉しいもんだって。問題は前に出ないだけで、それ以外は頼れる仲間だってさ」
そのまま背後の荷台に振り返るソーニャ。
「マリオもジェラルドも聞いてるんでしょ!ディーノが言ってたんだよ!パーティー追い出されたのにも関わらず、あんたらを仲間って言ってたんだよ!?みんなに死んでほしくないんだって!!」
するとやはり意識を取り戻していた二人は、震える体を起こして荷台の枠に寄りかかるようにして座る。
「ほーうぁ……ふっ、ふっ…ふあああっは」
「俺……うおぇっ……ぐふっ……た、うえぇっ」
顔をパンパンに腫らしたマリオは目もまともに見えていないだろう。
顎もまともに動かずに喋るどころではない。
ジェラルドも腹をひたすら蹴られ続けたせいで血の混じった吐瀉物を外に吐き出して、こちらも喋るどころではない。
「レナ。そろそろ治してあげて?なんだか可哀想」
「私の鬱憤はまだ晴れないけどね。もっと苦しめばいいのに。ま、仕方ない」
レナータも相当ストレスが溜まっていたのか二人に対して辛辣だ。
それでも会話にならなければまたそれはそれでストレスが溜まると、二人同時にヒールで癒す事にした。
傷が癒えて荷台で正座をするマリオとジェラルド。
「ソーニャ。俺が悪かった。これから俺達はCC級からやり直そうと思う。勝手な頼みとはわかっているが……協力してくれ」
「すまない。俺達が間違っていた。今後は前衛のガーディアンとしてみんなを守ろうと思う。これまでの失言、許してくれ」
頭を下げて詫びを入れる二人に、後ろを向いてその話を聞くソーニャとレナータ。
「してくれ?なに上からモノを言ってるの?お願いしますでしょ?許して下さいでしょ?言い直して」
「反省してるのはわかるけど……レナちょっと怖い」
辛辣な言葉を発するレナータにソーニャも若干引き気味だ。
「協力して……下さい。お願いします」
「許して下さい!レナ様!」
(あれ?なんか間違った?)と思う程にジェラルドが嬉しそうだ。
マリオは少し悔しそうな表情をしているが、素直に謝れるところが見捨てられない彼の良さでもある。




