29 激怒
「お帰りなさい、皆さん。討伐お疲れ様でした」
「まだ何も言ってないけど!?」
ディーノ達がギルドの受付へと向かうと、エルヴェーラはいつものように依頼達成を前提に挨拶をする。
すかさずソーニャもツッコんだが、ディーノにとってはいつもの事。
「これ魔核な。リノタイガーの死体はモミュール領のギルドで処理してくれるってさ」
元々モミュール領のギルドからラフロイグのギルドに依頼が出ている為、どちらで素材を処理してもそれ程変わらない。
わざわざラフロイグから素材回収に向かうよりはモミュールに任せた方がギルドとしても楽だろう。
「ではこちら報酬の大金貨六枚です。ところでディーノさん。そろそろ私を食事に誘ってくれてもいいと思うんですけど、今夜あたり誘ってみませんか?」
「……あまり敵を作りたくないからやめとくよ」
ディーノがチラリと背後に目を向ければ複数の男達の眼が光っている。
ここでエルヴェーラを誘おうものならギルド中を敵に回しそうな気さえする。
「でもディーノさんは冒険者との色恋はしないんですよね。だとしたら〜、私にはチャンスがあるのかとっ」
身を乗り出してディーノに色目を使うエルヴェーラだが。
「ほんと、やめてくれ。殺気がすごいから。このままじゃ刺されるから」
複数の男達が武器に手を掛けている。
このままでは冒険者同士で争わなくてはならなくなりそうだ。
「やめてよエルヴェーラ。ディーノはこう見えてしっかりしてるの。女を見ればすぐにイヤラしい事を考えるその辺の男と一緒にしないであげて」
アリスはディーノに迫るエルヴェーラとの間に割り込んだ。
「そうだよ!ディーノは好きな女の子以外には手を出したりしないよ!例えば……私とか!」
「誤解を招くからやめろ。まったく……そんな事よりもクエストの話をしよう。エル、良さそうなのを頼む」
このままズルズルとこの話を引きずりそうに感じたディーノは話を逸らす為にクエストの話に切り替える。
エルヴェーラも仕事の話であればそれに従うしかないのだ。
「ではこれなんてどうでしょう。BB級クエストの……」
◇◇◇
それから休みをとる事なく三度の討伐クエストを受注し、全てを問題なく達成する事ができたディーノ達臨時パーティー。
ギルドへと戻って来ると、そこには機嫌の悪そうな顔をしたマリオと渋い顔をしたジェラルド、無表情で酒を飲むレナータの姿があった。
ソーニャはブレイブから一時休暇という形で抜けている状態であり、今同じ席に着いているのはこの三人のみ。
「これは私が決めた事だから。いってくるね」
ディーノの方を振り向いて笑顔を見せるソーニャに、言葉を返さずにディーノはただ頷く。
ソーニャがブレイブの元へと歩み寄り、気が付いたレナータは作り笑顔をして見せる。
「みんな、ただいま。今日からまたブレイブに復帰するよ」
ソーニャはブレイブに戻る決心をしていた。
三月もの間、罵られ続けた日々であったとしても、自分が憧れていたオリオンのメンバーと望んでパーティーを組んだのだ。
半端なまま、何もできないまま終わりたくないと、ソーニャはブレイブに戻る事をディーノに伝えていた。
「そうか……じゃあ王都に戻るぞ。ここじゃ俺達は活動できねぇ」
そう言葉をこぼすマリオだが、実のところ臨時で入ってくれるソロの冒険者が見つからなかったのだ。
これまでアリスを除いた二人とBB級クエストに向かい、そのどちらも失敗に終わっており、その後ブレイブの悪い噂はすぐに広まり、今では誰を誘っても断られてしまう。
「お帰りソーニャ……本当にいいの?」
「うん。自分で決めたから。大丈夫」
レナータとしては複雑な気持ちだ。
ソーニャが戻って来てくれる事を喜ぶ気持ちと、今後また負担をかけてしまう事への罪悪感。
もしソーニャがブレイブを抜けたいと言えばそれを受け入れるつもりだった。
マリオが立ち上がり、荷物を背負うとジェラルドとレナータもそれに続く。
ギルド入り口の前に立つディーノとマリオの視線が重なり、目を逸らして横を通り過ぎようというマリオをディーノは引き止める。
「待てよ。話がある」
「俺にはねぇよ」
その瞬間、ディーノの拳がマリオの顔面を捉え、テーブルや椅子を巻き込んで遠く離れた壁まで殴り飛ばす。
「テメェもだ、ジェラルド」
ジェラルドの腹部にディーノの前蹴りが炸裂し、鎧を陥没させてマリオのすぐ横の壁に叩き付けられる。
マリオに歩み寄るディーノの目には怒り以外の感情を読み取れない。
誰も声をあげる事なくディーノの行動を見守る。
壁にぐったりと寄り掛かったマリオの襟を掴み、ディーノは右の拳を顔面へと打ち付ける。
「何してんだよテメェはよ」
再び顔面を殴り、一言こぼすたびにマリオの顔面を殴り続ける。
「ソーニャが泣いてたぞ……テメェが引き込んだ仲間だろ……何もしてねぇテメェが……ソーニャを役立たずだ?使えないだ?ふざけんな!どんだけ無理してきたと思ってんだ!どんだけ苦しめたと思ってんだ!テメェは仲間をなんだと思ってんだ!」
ピクリとも動かなくなったマリオだが、ディーノの怒りは収まらない。
その矛先はジェラルドへと向かう。
「おいジェラルド。何でテメェまでソーニャ傷つけてんだよ……マリオの奴が短気なのぁ知ってるけどよ……なにテメェまでマリオと一緒になって追い込んでるんだよ……なぁ、なんとか言えよ!前にも出ねぇガーディアンがよぉ……そんなもん要ると思うか?仕事してねぇのはテメェだろ!」
鎧で固め、プロテクションを発動していたはずのガーディアンの防御をも貫く程の威力で腹を蹴り続けるディーノ。
泡を吹いて気絶したジェラルドの鎧は、グシャグシャに潰れて二度と使い物にはならないだろう。
「ああ、胸糞悪りぃ……なぁ、レナ。こいつらに言っておけ。ソーニャがまた泣くような事があったら……次は冒険者なんてできなくなるまで叩き潰してやるってな」
「わ、わかった……ごめんねディーノ。私じゃどうにもできなくて」
ボロボロと涙を流すレナータは自分の無力さを噛み締めているのだろう。
パーティーを抜けたディーノが恨まれるのも覚悟の上で暴力を振るっているのだから。
「いいや、レナにこいつらを押し付けたオレのせいでもある。ソーニャ、悪かったな。オレがもっと早くに気付いてやるべきだった」
「ディーノが謝らないでよ……レナやディーノの気持ちなんて何も考えずにパーティーに入ったのは私なんだから……それなのにディーノに頼って……何度も助けてもらって……」
ソーニャまでもが泣き出してしまい、ディーノも言ったそばから自分が泣かせてしまった事に少し戸惑い、頭をボリボリと掻きながら今思う事を口にする。
「ソーニャ。助けられたのはオレの方だ。ラフロイグでの十日と少し、お前がいてくれたからオレは笑顔でいられたし、ここ最近は毎日が楽しかった。ソロになって自由気ままに過ごしてたのに、仲間っていいなって気付かされたよ」
「……本当?私、ディーノの為に何かできた?」
涙を流しながら問いかけるソーニャは、ディーノに迷惑を掛けているとでも思っていたのかもしれない。
「ああ。ソーニャからいっぱい色々なものをもらったよ。でも今日でお別れだろ。だから……これを餞別にやる。予備武器にでもしてくれ」
ディーノは自分がシーフとして使っていたメインのダガーをソーニャに渡す。
他に持っている予備武器とは違い、わずかではあるが装飾の施された業物だ。
「ぐすっ……いいの?これディーノの大事な物でしょ?」
「おう。最強のシーフになるんならそれくらいは持てって兄貴からもらったんだけどな、今のオレにはこいつ(ユニオン)がある。オレはこいつで最強になるからさ、だからそれはソーニャが使ってくれよ。ソーニャなら最強のシーフになれるから」
「私が……最強のシーフに?」
「ああ、なれるさ。オリオンにいた時のオレなんて目じゃないくらい。オレが目指した最強のシーフにソーニャはなれるよ」
ディーノの目指したシーフ。
それはギフトというスキルでは到底為し得ないものであり、エアレイドを持つソーニャであればこそ可能な、素早さ特化のシーフ最終形。
だからこそディーノはこのわずか十日あまりの日数を休む事なくクエストを続け、最も効率がいいと考えられる方法でソーニャを鍛えてきた。
ディーノの持つシーフとしての技の基本を徹底的に叩き込んできたのだ。
「ディーノが目指した最強のシーフに……」
「ソーニャのすごさはオレが一番誰よりも知ってるからな」
笑顔を向けるディーノに抱きつくソーニャ。
「ディーノ大好き!」と、ディーノの唇にそっと自分の唇を重ね、再びギュッと抱きついた。
騒然とするギルド内。
テーブルや椅子は壊れて壁にも大きな穴が空き、そのすぐそばにはマリオとジェラルドは血塗れで倒れている。
しばらく抱きついていたソーニャも「ありがとう」と言ってディーノの首に回した腕を解き、地面に着地すると周囲を見渡す。
「お騒がせしてすみませんでした!」
ペコリと頭を下げてマリオの足を掴んで引き摺って行く。
「レナもジェラルド引っ張って来て!」
「はいはい」とジェラルドの足を引きながら周囲に頭を下げてギルドを出て行くレナータ。
ブレイブが立ち去ると、ディーノはお金の入った皮袋を受付カウンターに置いて詫びを入れる。
「騒がせて悪かったな。これで壊れたもん弁償する。残った分はギルドにいる奴らに好きなだけ飲ませてやってくれ」
「いいんですか?」との問いにディーノが頷くと、エルヴェーラはカウンター上に登って大きな声で伝える。
「皆さん、お騒がせしたお詫びだそうです!今日はディーノさんの奢りですよー!じゃんじゃん飲んでくださいねー!」
ただ酒が飲めるとなれば、ギルドの冒険者達は嬉しそうにグラスを掲げて叫ぶ。
「冒険者ディーノに!そしてブレイブのこれからに!乾杯!」とグラスを打ち付けあって酒盛りを始めた。
そして少し気まずくなったディーノとアリス。
「悪い。怖かったか?」
「怖くないって言えば嘘になるけど……でも、自分じゃない他の誰かの為に本気で怒るのって誰にでも出来る事じゃないから。ディーノはかっこ良かったと思うわ」
普段の優しくて強い冒険者としてしか知らなかったアリスだが、この日見せたディーノの激しい感情にこれまでとは違う人間らしさを覚えていた。
「そっか、ありがとうアリス。でも今日はクエスト後の打ち上げって気分じゃなくなってさ。埋め合わせするからまた今度でもいいか?」
「美味しいお店、期待してるわね」と笑みをこぼして冒険者仲間のところへと走って行くアリス。
乾杯をしたアリスを見てディーノは静かにギルドを後にした。




