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20200205_コロナ_WHO

/新型肺炎 WHO事務局長 各国の相次ぐ渡航制限に懸念表明

モラルが必要な機関にビジネス感覚を持ち込むから誰も信用しなくなります。客観性とビジネスは無縁のものです。従来の役割の考え方からモラルやマナーを抜いたものがビジネスとも言えます。客観性は結局の所、突き詰めると全体の利害が一致する為の基本的な価値観とも言え、それは個々の状況で最大の利益を出す選択とは一致しない可能性があります。そして私達は食べなければ死にます。その死を避けるために食べなければならない(ここが受動的)のであれば食べるために、利益を上げる為に合法的な選択を"しなければ"ならなくなり、それが常習化すれば客観性のない選択も当然の様に行われる様になります。それがビジネスです。本来こういった公的な機関はその客観性を重んじて特定の他者に有利な判断はしません。誰に対しても同じ判断をするのが当然です。そこに見えている情報による選択の違いはありますが。しかしです。食べなければ生きていけません。そして公的な機関でも収益源が必要です。本来、国連などの機関は不特定多数の中の善意の有志が寄付をして成り立たせると言った前提があります。世界が平和である為に必要だと思うなら寄付してくださいね、という考え方です。

しかし、世界の成り立ちが歪であり、先取り特権などの、悪い言い方をすれば奪った者勝ちの考えで動くものだから合法ならば何をしても良いと見えないところで不正行為を行い、奪い合うものだから誰も他者や自身の住む環境を気遣えなくなり、また、公的な機関の信用が利益を得るのに有利な状況を作り出せる事が分かった者が寄付を交渉材料にして、都合の良い判断をさせる様になります。その根本的な部分に性善説があり、それを扱うには私達はあまりにも劣悪すぎて性善説では社会を維持出来ません。ですからこういった機関が腐敗するのは分かり切っています。公私の区別を重視出来るだけの積み重ねを世代継承しながら積み重ねたならともかく、突然近代的なルールを真似る事で始めた者にその実績はありません。なら明文化された部分だけを見て"合法的に"行動し、公的な機関に求められる公平性などを放棄します。つまりはどこかの企業か何かと勘違いする様になるという事です。自身が利益を得るために企業に就職して、その企業のトップや経営陣になる。その企業を維持しながら利益を上げようとして、他の企業と連携する、という考えで動けば、どの企業にも公平に判断をする必要があるという前提が崩れます。

元々求められていたのは、寄付が善意の有志により行われなければ健全性を保てない組織を、未知とも言える状況に対してチャレンジアンドレスポンスして維持していく事です。しかし個人の利己益などを考えるとそういった事は関係なくなります。目的意識がなくとも就職出来、就職する時にはかつての誰かの様に美辞麗句を告げてかつビジネス感覚で積み重ねた実績を提示して採用される方法を選ぶだけで良く、実際に何が求められているかなど知らなくともよいのです。そして就職してしまえば通常の企業の様に扱えばよく、そこには常習化された手法だけを考えていればよいのです。そして本来求められるものは放置されます。しかし自分達が生きるためにそこで活動しているのだからビジネス感覚でしても良いと思えるわけです。その結果として機関として機能不全を起こしてもその機関が存続するまでは収入が得られます。

現状ではもWHOが出資してくれる者を優先する、公的機関としては失格なのは公然の事実だと思います。維持する為には出資者のご機嫌を取らないとダメなのですから、公平な、公的な判断は期待できないという事です。世界全体の利益を考えられて作られた組織が、そこに属する人員の利益を優先する様になった、つまりは形骸化したという事です。

もしそこに弁護する余地があるとすれば、渡航制限で失われる経済利益を憂慮した、と解釈出来ますがそれなら発生している問題がどれだけの危険を持つのかを明確に示して方針を立てやすくする必要があります。そしてそれを提示しても信用がなければ疑って誰も従いません。ですから、公平性というのは大事であり、特定者の利益を優先したと思われる態度や発言は"普段から"避けなければなりません。その実績がいざという時の信用になり、いまだ確定していない状況を断定する発言の確度になります。それが"公"的な立場です。ビジネス感覚は"私"的な感覚だと理解してください。また、WHOを維持する為に必要な事だったと言えなくもないですが、その場合はそこまでして維持する必要があったのか、という疑問も出ます。こういった機関が存続できず潰れる、というのもメッセージの一つになります。中身が乗っ取られる形で存続すれば周囲も気づかずに事態を深刻化させかねません。その存続がそこに属する者達の生活の為だったとするなら、それは公的な機関としては好ましくない選択になります。

後、オリンピック協会も同じです。あれが国際的で有名な協会がビジネスに傾倒した分かりやすい例であり、WWW2以降で大々的に発表された例だったのはないかと。つまりは戦争をして苦しんで得た教訓も100年も持たずに無駄になった、と言えます。


そういえば肺炎のほうは致死率はかなり低めだと言われていますね。でもどうなるかわからない状況でもあるから(治療薬がまだない)判断のレバーをセーフティ側に倒すので問題ないと思います。死ななきゃよいわけではなく後遺症がないかどうかも気を付けてください。確かSARSとかはあったんでしたっけ?


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