No.5:ロマンチスト・ガール
「淳也?確か二十三講義室に行くって言ってた」
「わかった」
「でも今行かない方がいいかも」
「何で?」
「いやぁ何つーか……」
いやでも大分時間たったしもういないかもしれないし、うん大丈夫だろう!と言って自己解決している男子クラスメートにお礼を言って鞄を持って教室を出た。手には袋が握られていてその中にはラッピングされた小さな箱がある。
らしくないな、と苦笑したがこの前ユーフォーキャッチャーで人形をとってくれたお礼なのだから別に問題はない。中には箱詰めされた一口サイズのクッキーが入っていた。手作りではない勿論市販の。作ったものより市販の物の方が美味しいんだからわざわざ作るよりも買う方が妥当だ。
教室で渡してもよかったんだけれども何だか人前でそうゆうことをするのは抵抗がある。変にはやしたてられるのは好きではない。
放課後の帰るときでいいか、と思って先延ばししていたもののいざ放課後になると当の本人はどこにもいなかった。二十三講義室…あまり人の出入りしな特別教室だ。一体何しにそんなところにいるのかまぁ人それぞれ事情があるんだろうから深く追及はしないけど。
放課後の校舎には人は少ない。帰る人もいれば、部活をしに部室や体育館、グラウンドに向かう人もいる。数人の生徒や教師とすれ違いながら二十三講義室へと確実に近付いていく私の歩みはいつものスピードとさして変わはりない。ゆっくりと一歩一歩を確かめるように歩いて、二十三講義室の扉の前に立った。
閉まっている扉の窓にはフィルターがかかっていて中の様子はしっかり見えないけれど人がいるような影は見えた。あ、いるな、と何に対してそう確信したのかわからないが私は扉に手をかけて横に開いた。
「あ」
目的の人物はいた。やっぱりいた。けれど予想を反していたのはその他にも人がいることだった。これが男子生徒なら話しでもしていたのだろうと納得がいくがそこには昨日私に豪快に平手をくらわしてくれた人がいた。しかも彼女は世間体、私の彼氏である小原淳也の腰に強く両腕を回して抱きついているという。
それだけならば一方的に抱きついたんだろうと思いもするが、それだけではなかった。抱きつかれた本人も彼女の背中に腕を回していた。同意のもとで、と言うことなのだろう。誰もいない講義室でいちゃこらしていたのか空気も読めずに扉を開けた自分が果てしなく場違いに見えて仕方なかった。
二人が扉の開いた音と同時にこちらを向いて目が合う。こう言う場合どう対応していいのかわからないわたしは口を半開きにしたまま昨日、彼女が言ったことを思い出した。
『邪魔しないって言ったのに!』
鮮明にその光景がフラッシュバックされて、今度こそ邪魔しちゃったんだなと場にそぐわない呑気なことを考えていた。彼と目が合い、彼は咄嗟に鈴音という女子生徒の肩を掴んで己から引き離した。こっちを見ている彼の瞳が揺らぐ。何故。
「お邪魔、しました…」
講義室に一歩だけ踏み出していた足を廊下に引っ込めて開かれた扉を閉めようとする。
「これは…っ」
「いや、あの……別にかまわないので、続けてて」
手のひらを前に突き出して静止をかけた。続けてて、はちょっとおかしかったかな。
でもこれで踏ん切りがついたというか、諦めができたというか、どこかほっとしている自分がいることが悲しくなった。本当はこんな中途半端な関係、駄目だったんだよね。
そう思えば思うほど胃がずんと重くなるのは気のせいでありたい。私は俯き加減だった顔を上げると口を開いた。
「あの、実はもうそろそろ私も潮時かなと思ってたんだ。これはとても好機だから言っておくね。自分勝手で悪いんだけど……お別れだね」
そしてゆっくりとした音をたてて扉は閉まった。
私は扉に額をくっつけて深呼吸した後にそっと離れる。こんなこと言うつもりはなかった。別れなんて自分から切り出すつもりは毛頭なかった。だけど彼の顔を見たら、
(自然に口が…)
咄嗟に出てきた考えもない言葉。よくわからない感情がぐるぐると体を駆け巡る。あの状態で私が彼女だと主張できるわけもない。これでよかったのかもしれない、私が邪魔な存在だったことは確かだから。すっきりはしないけれどこれでよかったんだと思い込むことにして私はその講義室の前から立ち去った。
私まるで少女漫画に出てくる恋敵みたい。否、逆に悲劇のヒロインでもありか…。どちらも似合わないなぁと嘲笑しながら私は階段を下りて二十三講義室とは一階違いの十三講義室に入った。やっぱりそこには誰も人がいない。
肩にかけていたスクール鞄を下ろして手身近にある机に置き、鞄を開く。中からひょっこりと見えたのは私から見れば可愛いのに他人から見るとどうも趣味の悪いあの人形だった。実はキーホルダーになるらしく頭のてっぺんにチェーンがついていたのはとってもらった後、まじまじと眺めていたら見つけたものだ。
最初はこんなでかいの一体誰がどこにつけるんだと疑問に思ったけれど見ているうちに愛着が湧いて鞄につけた。それをあけっぴろにしていたら友人が「何それ」と言って爆笑されたのであまり人から見られないように鞄の中にしまっておいたのだ。
そんなに変かな…と眉間にしわを寄せて見ても私にはかわいい人形にしか見えない。やっぱり趣味おかしいのかな。
「さて…」
それを取り出してゴミ箱の前に立つ。私は彼から貰ったものを別れた後も大事にするほどのしつこい女ではない。いつか捨ててしまうことが億劫になるだろう、今捨てておいたほうが後腐れない。
ゴミ箱の上に人形を持っていく。人形のキモイと評判なその瞳が私の瞳を真っ直ぐと見据える。人形は生物ではないから感情などないけれどその時ばかりは『捨てないで』頑なにそう訴えるよう聞こえた。無表情で一文字に結ばれた私の口がふる、と震えるのが自分でもわかった。
捨てたくない、私も君を捨てたくないけど、だけど捨てないと。次第に腕が震え始めた。腕が痺れたとか、そんなことじゃなくてもっと別の。
何でこんなことになったんだろうとゴミ箱の前に立ち尽くす自分がつくづく馬鹿に見えてきた。そもそも彼に付き合おうと持ちかけたのは自分で、でも本当は彼のこと好きでも何でもなくてただ漠然と付き合おうとそう思っただけだった。付き合って今まで彼に「好き」と言ったことがない。彼も私にそう言ったことはない。
ただ偶に下校を共にしたり、レストランに入って食べたり、雑貨屋に入ったりしただけだ。それだけだ。キスをしたこともなければ手を繋いだことすらない。それでいいと思っていた。私は彼女らしいことなど何一つやってはいない。少しだけ不満を漏らされたこともあったけど、喧嘩をすることなんてなかった。
普通の友人関係と変わりのない時間を過ごした私たちのあの日々は一体なんだったのだろう。いっそ付き合わなくてもよかった。私なんかと。手に持った人形をぎゅっと握りしめて俯く。
こんなの私らしくない。全然、私らしくない。
「……ごめん」
絞り出した声とともに私は手元のものを手放そうと決意した。そのごめんは一体誰に?人形に?鈴音とかいうあの女子生徒に?それとも彼に?
自分で言った言葉の意味も見出せず、わからないまま手のひらの握力をふっと抜こうと、した。
「何が」
「?!」
真後ろで聞こえた声に私はどっと心臓が鳴るのが聞こえた。全身の血が一瞬にして止まった、そんな感覚がした。
落ちかけていた人形を握りしめ直してばっと後を振り返るとそこには彼こと小原淳也。まるで走り周ったのように少しだけ息を切らしながら講義室の中へと入ってくる。
私は息の根を殺し口を閉じて真っ直ぐに彼を見た。同じように彼も私を見る。こんな真剣で真面目な目で見られたのは初めてだった。いつも彼はへらへらと笑っている。
「何してんの」
「何、って」
貴方からもらった人形を捨てようとしてましただなんて言えるわけもなく私は押し黙った。だいたい聞かなくてもこの状況を見るだけで何をしようとしていたのか分かるはずなのに彼は敢えて私に聞くのか。私はため息をこぼして彼を再び見た。
「何をしてようが、関係ないでしょう」
「いや関係ある。それは俺があげたものだ」
「今は私のものだよ」
「でも俺があげたものだ」
「………捨てようと、してたんだよ」
「何で?」
何でってあんた…。察してくれとせがむように彼を見るが彼はそんな私の心情を読んでくれるわけもなくその強い眼差しを私に向ける。思わず目を背けてしまった私は無言のまま視線を足元に下ろした。気まずい。
「どうして此処にいるの?あの女の子は置いてきちゃって、よかったの?」
「いや、もう用事はすんだし」
「用事…?」
「鈴音ちゃんに返事を、ね」
返事って何の?わけがわからなくて首を傾げていると彼は後頭部を欠いて「あー…」とかいいながら近寄ってくる。私は思わず後退して「来ないで」そう呟いてしまった。それでも歩みを止めることなくこっちに向って歩いてくる。
「さっき縁切ったよね」
「それはそっちが一方的に、だろ?」
「だって、これってあれでしょ?世間体では浮気って言うんでしょ?そんなことされて、はいそうですかで終わらせられるわけないじゃん」
「浮気……ではないんだけど、まぁそう間違われてるのも無理はないかもな。お前本当最悪なタイミングで来るんだもん」
「間違う……?どういう意味?」
目の前で足を止めた彼。私はやっぱり真正面から向かうことに戸惑いがあって上を向けないまま彼の言うこ眉を顰めた。間違うってどういう意味なんだろう。
「だから…前に告白されたって言ったじゃん?俺、あの後断ったんだ。鈴音ちゃんのこと」
「断った……って、嘘」
「いやなんでそこで嘘つかないといけないの」
彼が正面で苦笑しているのが何となくわかった。でも私はそれよりも何故彼が思い人であるあの女の子を断ってしまったのかが不思議でならない。思わず上を向いてしまってそこで再び彼と視線が絡み合った。
私は今いったいどんな顔をしているのだろう、皆目見当もつかない。嬉しそう?悲しそう?きっと泣きそうなのかもしれない。何に対して泣きそうなのか、当の本人すらもわからない。
「最初は鈴音ちゃん、すっごい不満そうでさ『何でなの?わたしのこと好きじゃなかったの?』って言って詰め寄ってきて、すっごい自意識過剰だよなー。確かに昔は好きだったんだけどさ」
この時私は初めてこの前彼女が私に平手をくらわせてきた意味がわかった。きっとあの日、彼に告白を断られたからだったんだ。それで私に行き場のない怒りをぶつけに来たわけだ。
「好きじゃないの?」
「まぁ、好きか嫌いかと聞かれれば好きな方なんだろうけど、別に付き合いたいとか思ってないし。なんかキャラ崩れると余計にね」
「女の子は好きな人のことなら何だって出来ちゃうものなんでしょ、多分」
曖昧なのは、私にそんな経験がないから。でも少女漫画とか見てると毎回そんなパターンだ。
「ていうか、お前がいるし」
「は……?」
そこで私が出てくるとは思いもしなかった。思わず声が漏れて目の前の彼を凝視してしまった。
「それはつまり、私という『彼女』がいるせいで彼女の告白を断ったってことなの?」
「違うから!なんでお前はさーいっつもそうネガティブなわけ?もっとプラス思考になれないのか?」
それは性格及び癖の問題なので今の私には改善の処置がない。どうしろと言うのだと眉間に皺を寄せていると痺れを切らしたかのように彼が小さく唸って私の両肩に手を置いた。
「こう、あれだ。えっと………ぎゅってしていい?」
「え」
何をどう持ち上げたらそんな展開になるのかついていけず目を白黒させている私の両肩にある彼の手に力が入った。彼は頭を項垂れてさせているものだから身長的には私の方が低いけれど彼の顔がよく見えない。
「お前さ、鋭そうに見えて鈍い。…この馬鹿!!」
「え、え?」
ば、馬鹿?なぜ行き成り罵声を浴びせられなきゃいけないの?今まで以上に混乱している脳みそをフル回転させてみても結局は答えにはたどり着かなかった。
変わりにぐい、と引っ張られたかと思うと何かにぶつかって、包み込まれて、感じたことのないぬくもりがそこにあった。抱きしめられているのだと、五秒後に理解した。
「お前なんか、俺と話してても全然無頓着だしあんまり近寄ってこないし期待されてないみたいだし何だか付き合ってるって雰囲気じゃないけど、でも」
背中に回される腕に力が籠った。初めてのぬくもりや感覚に心臓が波打ったような感じがした。
「なんか、たまにすっごい笑う時とか珍しくお礼言うときとか、それは俺にとっては新鮮だったんだ。お前にその人形渡して、お礼言われた時やっと気づいた、俺もよくわかんないけどお前のこと、その……好きなんだと思う」
「曖昧……」
「うるさい。でも今は大事なんだ、他の誰よりもきっと大事にしたいんだよ」
「かゆい…よくそんなことが平気で言えるね」
「何だ?お前はこの雰囲気をぶち壊したいのか?そんなに俺が嫌いか?」
冗談交じり言われて私は思わず笑ってしまった。確かにこのシチュエーションでその台詞はないだろうと思う。けど、それこそが私なのだと断固主張できる。
それにしてもまさかこんな展開になるとは思いもしなかったので私は心なしか動揺していた。いや、かなり動揺していた。どうすればいいのかわからない。彼のことが嫌いか?それもわからない。冗談交じりとは言え、なんてことを聞いてくれるのだろう、私は一瞬瞼を伏せて彼をどう思っているのか真剣に考えた。
そして呆れた顔で見下ろしてくる彼に私は顔をあげて答えた。
「好きか嫌いかと言われれば好きなほうに入るよ」
「何だそれ」
「わからない。私、人を好きになることがなかったからそれが一体どんな感情なのかまだわからないんだ」
「ふーん」
特に興味があるわけでもなさそうに彼が答える。もしかして嫌われた?そんな感情を持っていなかったのに彼に付き合おうだなんて都合のいいこと私が持ちかけたから。
でもどうしようと、だんだん不安になってきいる私の表情とは裏腹に彼はいつもの人懐っこい笑顔で応えた。
「じゃ、これから知ってけばいいんでしょ?」
思わぬ応えに、不安だった私の気持ちもあっという間に吹き飛ばされてプッと小さく噴き出してしまった。
私はそれがうれしくてうれしくて、今まで感じたことのないような感情に揺さぶられた。ああ、どうか彼に拍手と喝采を。
「うまくいくかどうだか」
こんな時まで可愛げのない反応をしてしまう私だけど、大丈夫、きっとうまくいくよ。彼は朗らかにそう言って私に顔を近づけてきた。あ、これはあれでしょ、キスでしょう。そんなこと誰だってわかるのに経験豊富ではない私は心の中で自信満々に呟いた。
本当は、彼の胸を押して防ぐこともできたのだけど別に嫌がる理由もないし、むしろ別に構わないと思う自分がいた。これって少し私が成長したってことでいいのだろうか。
重なる唇の感触を感じながら、そういえばファーストキスはレモン味、などという噂をどこからか学んだ覚えがあった。一体どこでそんな知識を持ったのかもはや記憶に残ってすらいないけれどあれは嘘だ、と今私は確信する。
ファーストキスはレモン味ではない。私が思うに、無味だ。
だってきっとそんなこと考えるほどの余裕なんて、
恋する乙女には、ない。
「そういえばさっき鈴音ちゃんと抱き合ってた理由を聞いてない。告白断ったんでしょ?」
「あぁ……実は断ったあとに、『もう一度だけよく考えて、返事をちょうだい』って言われたんだ。それで今日返事したら『これで諦めるから、最後に抱きしめて』って言われてさー、いや参ったよ」
「まんざらでもない顔してたくせに……」
「何言ってんの。今の方が断然幸せ。もう一回ちゅーしていい?」
「えー……」
「いいじゃん今まで結構我慢してたんだし」
「淳也さぁ……」
「あ、初めて下の名前で呼ばれた」
「そうだっけ?嬉しい?」
「そりゃもう。言葉にならないくらい、ね」
< シュールレアリスム・ガール 完 >
以前に何を思ったのか突拍子もなくいきなり一日ぶっ続けで書いたものです。
本当は短編にするつもりだったのですが書いてくうちに量を増し量を増し…
おまけに最終話だけ三ヶ月後に書いたっていう話。
しかも主人公の名前結局出てこないってどういうことでしょうか。
それに最後の最後にありえないくらいバカップル化してるらへんが自分なりに許せないという(じゃあ書くな
何にしろ、突発的に出来た意味不明な作品ですが最後までお付き合いいただきどうもありがとうございました……!