第二十三話 月明りと共に
「やっぱ寒いなー。咲子ちゃんは大丈夫?」
隣にいた夏美さんが、そう尋ねてきた。今私達は任務の為、街へと赴いていた。それも、夜遅くにである。
確かに寒いと言われれば寒い。防寒の為のグローブやマフラーを渡されたのだが、身に着けていて正解だった。少しはマシになるだろう。
だが、戦いのときに若干の支障は出るだろう。動きが遅くなる分注意を払わなければならない。
そう思いながら私が水筒の中のお茶を飲んでいた、時だった。突然背後から声をかけられた。
「あの…君、倉岡咲子だよね?」
物腰の柔らかそうな男性だった。私よりは年上だろうか…。もっと分かりやすく言えば、夏美さんと同じ年位だ。
私が変な目で見てしまったからか、その男性は少し慌てた様な感じになっていた。すると、夏美さんが来た。
「あれ、一樹?何してんの?」
「あ、この前君が話してくれた人と…。」
「ああ、咲子ちゃんの事?確かにその子がそうだけど。」
と、夏美さんはそう言った後、私の方を向いた。そして改めて、この男性の事について紹介してくれた。
霧谷一樹。夏美さんの同級生であり、同期の隊員でもあるという。
「夏美が、君の事をよく話してくれているんだ。そういえば…記憶喪失、だったっけ?」
「はい。少しずつ思い出してはきているんですが、まだ本質の様なものはつかめていないんです。」
私がそう言うと、一樹さんは「成程。」と一言言ってから、再び話し始めた。
「要は、細かい所だけが、点々と浮かんできているって事かい?」
「その通りです。」
「核心的な所をつく…か。何かショックが大きい様な出来事だったり、記憶と大いに関係のある夢を見るか…そういった事があれば、咲子の知りたいところが出てくるんじゃないかな?」
一樹さんの口から出てきたのは、そんなものだった。確かに…病院で最初に見た夢も、かなり重要性の高いものだった。あれで私は、自分が何故記憶を失ったのかを知れた…少しだけ。ならば、もう少し探ってみた方がいいのだろうか。『Succubus』辺りならば、何か知っているのかもしれない。
その時、声がした。少年の声だ。夏美さんのものではない事は確かである。だが、かといって一樹さんのものでも無かった。…ん?ということは。
私は腰に下げていたホルダーから、黄色の歯車を取り出した。どうやら声の主は彼の様だ。
「『Unicorn』か。何の用だ?」
『話の途中で本当にすいません…。でも、僕からも話が。』
何だろう。記憶を取り戻すのに効果的なものだろうか。それだったらいいんだが。
しかし、『Unicorn』が告げたのは、私の期待とは外れたものだった。
『今夜は危険です。戦闘になったら…どうか、死なない様に。』
…期待とは外れてはいたが、奇妙なものだった。私が訊く前に、夏美さんが先に口を開いた。
「どういう事なの?ゲームに出てくる、その…いわゆるボスみたいなのが出てくるって事?」
夏美さんの質問に対し、『Unicorn』は『うーん…。』と悩むような声を発した。だが直後、答えが返ってきた。それも、これまた奇妙なものが。
『あえて言うなら…今夜が、満月だからです。』
私と夏美さんと一樹さんは、全く同時に顔を見合わせた。
待機が終わり、街へと向かっている間、私は空を見た。見ようと思っていた訳ではなかったが、無意識に上を見上げていた。月が眩い光を放っている。
つい先程の『Unicorn』の言葉…アレは一体どういう意味なのだろう?訳が分からない。
そんな事を考えていた時、誰かの背中にぶつかってしまった。よく前を見ていなかったからだ。私はぶつかった人物の顔を見てギョッとした。
「う…上野隊長!?」
相手はよりにもよって、今回の作戦の隊長である、上野玄だった。気まずい。しばらく目線を合わせる事が出来なかった。口すら開かなかった。
だが、ありがたいことに、上野隊長から話しかけてきた。
「大丈夫か?」
「あ…はい…その、先程はすみませんでした。」
「いや、いいよ。俺は何ともねぇから。それよりお前、顔色悪いぞ。何かあったか?」
考えていることがまた顔に出ていたか…。思えばそんな事が多かった様な気がする。
とにかく、私は全て話した。上野隊長は表情を変えず、ただただ頷いていた。
そしてその後、口を開く。
「異界の奴が言ってるって事は…単なるはったりでもなさそうだな。」
「根本的な所がどうも分からないんです。後は…敵の様子でも見た方が…。」
と、私が言いかけた時、他の隊員の「来たぞ!!」と言う声が聴こえた。
獣が二足歩行で歩いていた。何だろう、この見た目。何処かで見たことある様な気が…。
「ぎゃあああッ!?」
突然の絶叫。振り返ると、一人の隊員が血を流して倒れていた。そしてそこには、目の前にいたはずの獣がいた。鋭く尖った爪が血で濡れている。
(そんな…馬鹿な…。あの一瞬で…!?)
と考えていた矢先、今度は別の隊員が襲われた。
私は隙を見て、発砲した。だが、全て見切ったかの様に、獣は俊敏な動きで避ける。
「全員気を抜くな!!」
上野隊長の声がこだまする。その声が終わったと同時に、全員が獣に攻撃した。
だが、獣の方も劣ってはいない。避けた直後に反撃してくる。
だが負けてはいられない。こちらも全力で戦闘した結果…数時間後にようやく討伐したのである。
隊員は全員満身創痍だった。ぐったりと、荒い呼吸を繰り返していた。
それは私も同じだった。頭がフラフラしていた。だが、その時に救いの手が出た。『Unicorn』が、あの塗り薬を出してくれたのだ。隊員の傷がどんどんと癒える。
「すまないな。また助けられた。」
『大丈夫ですよ。…って、そんな事より、もう分かりましたよね?』
「ああ、充分過ぎる位にな。」
私がそう言うと、『Unicorn』は、あの言葉の核心をついた。
『僕が言いたかったのは…月光の力によって強化されたモンスターが、出てくる可能性が高いって事なんです。』
「成程な…。で、誰の手下なんだ?」
私がそう訊いてみると、『Unicorn』は即答した。
『『Werewolf』…です。正直言うと、あの人は強いです。』
「もうこの世界に紛れ込んでいそうだな。」
その次に、私の口から出たのは、大きなため息だった。




