第十五話 禁忌の力
「『Unicorn』が、街にいる…だと!?」
私達は、サクの怪我が治った事と『Elf』のくれた情報を、叔父もとい司令に伝えていた。
「はい。本当に見たという訳では無いのですが…、『Elf』はあの後言っていました。強い魔力を感じると。」
「信憑性は微妙と言ったところか…。だが、本当に魔力を感じるというならば、せめて方角だけでも分かればいいんだが。」
「それに関しては、大丈夫です。確か…このホテルを中心として、北東から…らしいです。」
「北東か…。成程、分かった。調査隊を派遣しよう。調査隊が行動している間、お前達は一旦ロビーで待機。動きがあればまた連絡する。」
そう言って、叔父はすぐに電話をいじった。私達は言う通りにしようと、ロビーへと向かった。
ロビーは、昼間だというのにガランとしていた。不気味な程静かな空気に包まれている。
(嵐の前の静けさ…かな。)
私の思った事だ。こういう時にロクな事が起きないのは何回も経験している。
「ん? 何かドタバタしているみたいですね。」
「多分、調査隊だろ。迅速な対応、って言えばいいのか?」
サクはすっかり元に戻り、いつもの流暢な喋りもバンバンと出ていた。良かった。これならば実戦でもいつも通りにしていてくれる事だろう。
「しっかし、何か叔父さんの反応、変じゃなかったか?」
唐突にサクの口から漏れ出た言葉だった。「何が言いたい?」と問うと、サクは長々しい位に話してくれた。
「何かよお、『Elf』と『Ghost』の時は報告しても、そんなに慌てた素振りを見せなかったような気がするんだ。でもな、姉ちゃんが『Unicorn』の話をし始めた途端に、血相変えてあんな対応したんだ。『Unicorn』ってそんなに重要な奴なのか?」
『ええ、重要極まりないでしょうね。特に、あなた達人間にとっては…。』
突然、サクでもショウでも、もちろん私でもない声がした。この声は…『Ghost』?
「どういう事だ?」
『あの時にも、『Elf』が言っていたのですが、彼の全身は万能薬なのですよ。さっきあなたも見ていたでしょう?彼の身体から採取したものは、あらゆるものを癒すのです。』
「そうか。確かに『Unicorn』がいれば、治療も簡易化できるな。」
『ええ。ですが、一つ問題が。』
『Ghost』はその直後、何故か黙り込んでしまった。いや、というよりは、ためらっている。私達に言えない事なのだろうか。問題点は確かに気になるが、私は別に聴いたからといってあんまり気にはしない。
「おい、何だよ『Ghost』。自分から言っておいてそりゃねーだろ。」
サクが、急かすように愚痴を吐く。私はサクの頭を軽く小突いた。わざとらしく頭を抱えたサクは、私の事を軽く睨み付けてくる。
その時、『Ghost』の「ハァ。」というため息が聴こえてきた。どうやら腹が決まったらしい。
『話します。その前に…一ついいですか?』
「何だ?」
『私がこれから話す事は、誰にも話さないで下さい。例え、親しい者であったとしてもです。』
「…分かった。いいぞ。」
そして、『Ghost』は長々と話してくれた。
『実は、あの時『Elf』が話してくれた事の中で、ある一つの事を思い出したのです。不死身の話…、あなた達も聴いたはずです。』
「ああ、それか。確か、途中で終わってしまったが。」
「しょーがねえだろ。話どころじゃなかったんだからな。」
この声はサクだ。『Ghost』は話を続ける。
『あの時、『Elf』はこう言ったはずです。『なる事が出来ない』のではなく、『なってはいけない』と。』
「『なってはいけない』…何を意味している?」
『簡単に言えば、生死の輪廻の摂理に逆らってしまうのです。どういう訳か、このルールは遥か昔からの決まり事でしてね、人間は転生と死を繰り返し成り立つと、我々の世界では考えられているのです。』
いきなり難しい話になったが、着いてはいける。要は、人間としてのルールを破る事になってしまうから…らしい。そんな時、ショウが質問をした。
「…もし、本当に人間が不死身になったら、どうなるんですか?」
『Ghost』は、「フム」と言ってから、口を開く。
『罰を下されますね。』
「罰…?」
『違反者とみなされ、この世界ではない、異世界へと引きずり込まれるのです。異世界に行っても不死身は変わりませんから…、死よりも残酷な仕打ちをされるでしょう。…恐らく、…永遠に。』
異常な寒気が、私達を襲った。死よりも残酷と聴かされただけでもうダメだった。想像はもってのほかだろう。まさしく、禁忌の力と言ったところか。
…また、『Ghost』が話し始めた。
『そして本題ですが、先程の話と『Unicorn』の関連です。実は…『Unicorn』の全身を混ぜ合わせると、ある薬が出来るのです。…もう、分かりましたね?』
「…不死身になる薬か。」
「ご名答。しかし正確には、不老不死の薬ですね。」
不老不死…人間にとっては夢のような能力だろう、恐らく。しかしそれは、決して許される事なき罪を背負う力だと言う事、今回の話でよく分かった。
話が終わると同時に、通信機が繋がった。どうやら、動きがあったようだ。
「はい、咲子です。」
『ついさっき、調査隊から連絡が入った。どうやらお前の話は本当だったみたいだ。』
「!! 見つかったんですか!?」
『ああ、額から角の生えた馬がいたってな。間違いなくそいつだ。今のところは、あっちから襲ってきていない。咲子、咲夜にも伝えてくれ。モンスターを迎撃しつつ、その場所に向かえとな。外に出たら、調査隊との通信を繋ぐ。』
そう言って、叔父との連絡が切れた。私はサクにそれを伝える。するとサクは、何故かため息をついた。
「どうした?」
「いや…ちと腕がな…。俺、今回はあんまりなぁ…。」
「…らしくないぞ。お前が前に出なくてどうする。」
サクがこんなにも弱気になっているのは、もしかしたら始めて見るかもしれない。記憶を失う前も入れてだ。言葉にするのが上手く出来なかったが、それでも念を押す位の事はした。これで良かったのかどうかは、正直分からない。
「…行こう。」
私とサクは、ショウに見送られながら、外に出た。
「しっかし、何なんだ?不死身になるってそこまでの大事なのか?」
「さあな。私達には関係のない話だろう。」
私とサクは、案の定モンスターと出くわし、たった二人で交戦していた。先程の言葉は、サクがこんな中で、唐突に言った事である。
私は、この前手に入れた、紫の歯車の変形体である双剣を使い、何とか敵を殲滅していた。サクの方も順調である。ついさっきまでの怪我なんか忘れたかの様に、豪快に戦っていた。
数十分後、モンスターは跡形も無く消し去られた。
「よーし、終わったな。」
「ああ。終わった。サク、動きがだいぶ良くなってきたな。」
「あーそうか?てゆうか、姉ちゃんも凄いよな。一気にいろんな武器使えるんだからよ。」
…内心まんざらでも無かったような気がした。ましてや、サクにこんな事を言われるのはあまり経験として無かったのだから。まあ、しょうがないか。
「不老不死か…。何だかなぁ…。」
サクのつぶやきが、聴こえてきた。サクはあの時から、不老不死に異常な程の興味を示していた。
(まさか…本当に?)
ありえないような不安が、私に襲い掛かる。私は、私なりの考えを、サクに伝えた。
「サク、不老不死になる覚悟は、思うよりも生半可なものではないと思うぞ。」
「というと?」
「思い浮かべてみろ。家族や友人とかをな。もしも自分だけが不老不死になったとして、周りの人達が年を取り亡くなっていくというのに、自分だけ年も取らず、周りの死を見ていく事になるんだぞ。それを生半可な覚悟しかない奴が、繰り返せると思うか?」
「…まあ、言われてみりゃそうだけど。」
「だろう?私が言いたいのは…そういう事だ。」
話をしているうちに、いつの間にか目的地に近づいていた。調査隊の「こっちだーっ。」と言う声が聴こえる。
そして着いた時、目の前にいたのは、優美な姿をした白馬。だが、その額には、鋭い角が生えている。
「お前が…『Unicorn』か?」
私は問う。そして、『Unicorn』は…声を発した。
「はい、僕がそうです。」
それは、あまりにも優しい少年の声だった。




