☆目立ちたいのか隠れたいのか
穏やかな潮風が、ホームに錆びついた鉄の匂いを運んでくる。
私の背後には、瀬戸内海の視覚的暴力が広がっていた。
誰かがラピスラズリの瓶をひっくり返したかの如く、絵師なら画材が勿体ないとゲボ吐いて取り乱すほどに鮮烈に蒼く、蒼く、蒼く。
空との境界線すら曖昧な瑠璃色が、寒色にあるまじき熱量でこちらの視神経をじりじりと焼く昼下がり。
私のいた世界であれば海賊の有無を心配し、必死こいて重火器の整備を行うシチュエーションですが、こちらの海は驚くほど腑抜けている。
「うわっ、キモッ!何あのスマホ!?業者?業者なの!?」
「スマホいっぱい付けてバカじゃねーの!一台貸してよ!チャンネル登録してやるからさぁ!…あっ、もう自分でやってるか!やーいやーい水増し自演マン!」
「ねえ、このおじさん腐ってない?汗くさ!溶けて死ぬんじゃね?早く脱げよ変質者!」
無害な潮騒に対して、私の足元には、地元の小学生と思しき子供たちの群れがわらわらと集まり、鼓膜を逆撫でする騒音を上げていた。
「パン食うかな?ほら、食えよ!あ、湿気たビスケットのほうがいい?」
彼らの手にあるのは、ちぎられた食パンの耳や、砂利と見分けのつかないビスケットの残骸。
なぜかと言えば、私の肩に留まる相棒――特注の三つ揃えスーツを着こなしたハトソンが、彼らの幼稚な好奇心を刺激してしまったからだ。
「ねーねー、おじさん!なんでスマホそんなに巻いてんの!?YouTuber!?」
私は、たすき掛けにした七台のスマートフォンのうちの一台を操作し、外界の低俗な音を意識の外へと追いやる。
「おじさん、なんでこんな暑いのに長いコート着てんの?バカなの?下着てる?露出狂なの?衣替えしないと先生に怒られるんだからクールビズしなよ!」
そんなことよりも、この“JRおでかけネット”のUI設計について思考を巡らせる方が、有意義というものです。
路線図の視認性、乗り換え案内のアルゴリズム。実に合理的で美しい、何処かに誤記やリンクミスがないかと粗探しする指が止まらない。
「あ、外した。おっさん、その鳩貸せよ!」
パラッ、と。
私の磨き上げられた革靴の上に、子供が投げ損ねたビスケットの欠片が降りかかりました。
「服とか着せられてるから飛べねーんだろ?かわいそー
ほーぅら、メシだぞ!こっちおいで!キャッチしたげる!」
無邪気で可愛らしい笑顔、キラキラ輝く純粋な瞳。
――これが、自分が悪だと気づいていない、最もドス黒い悪というものでしょうか。
「ねえ見て、このパンの耳、笛になんだよ!ピィーッ!
ほら、おじさんもやってみて!食べかけだけどあげる!」
マウス・トゥ・マウスより汚らしい提案をするな。
鳴らしているのはその指だ、涎塗れのそれを近づけないでいただきたい。
「おじさんの顔、なんかツルツルしてて面白ーい!
油でも塗ってるの?触ってみていい?うわ、なんか冷たっ!魚みたい!」
爪の間に詰まったビスケット粉と、糸を引く唾液が視界を占拠する。
それだけで、私の胃壁は裏返りそうなほどの拒絶反応を示した
「おっさんの服、お葬式でじいちゃんが着てたのと同じ色だ!
ねー、死んだの?おじさんもう死んじゃってるの?」
訂正しましょう、私は彼らを高評価しすぎていたらしい。
彼らは悪なんかじゃない、ひたすら無神経なジャリだった。
「あはは!鳩がスマホ踏んだ!画面、鳩の足の跡でベタベタじゃん!これ拭かないの?おじさん、掃除できない人?」
「あ、わかった!これ全部おもちゃのスマホなんだ!100円ショップのパチもんだ!貧乏なんだね!かわいそー!」
私はカラス頭の楽園たる“日本”を訪れるにあたり、この国の平和主義を尊重しております。
「だからさ!一個よこせよ!ギガあるよね?マグロがドーンってするやつ見せろよ!無視すんなケチケチ星人!電池死ね!」
使い慣れた仕込み杖も、防弾のコートも、あらゆる殺しの道具をあちらの世界に置いてきた。
文明国で武装など、野蛮人のすることですからね。
「うわっ、鼻くそ出た。おじさんの服で拭いていい?
嘘だよー、あははは!なにその顔、マジでビビってるし!」
ああ、この平和な空気に免じて我慢していますが…。
「このビスケット、ディスティニー映画みたいに踏むといい音するんだよ!ほら、おじさんもやってみて!」
「わっ、いけないんだー!それ、お母さんはダメって言ってたよ」
「ダメじゃないし!ディスティニー映画で味方が悪いことするわけないんだもん!かっこいいでしょ!」
「どこが!?その前のとこで、おじいちゃんが食べ物大事にって言ってたじゃん!
…あれ、どっちの言うことが正しいんだろ」
手元に自動小銃があれば…この無礼な小動物たちに向けて、フルオートで景気よく弾倉を空にして差し上げるのに、と。
そうすれば、今頃このホームはトマト缶よりも鮮やかな赤に染まっていたことでしょう。弾倉を空にするその瞬間の快楽を想像し、私は辛うじて理性を保っている。
「おじさん、なんでずっと黙ってるの?もしかして日本語わからない人?宇宙人?イケメンは信じちゃダメなんだけど、言い訳すんなら聞くよ?聞くだけ」
「顔がピクピクしてる!茹でたタコみたい!怒ってるの?怒ってるんでしょー!ねー、怒ってるって言いなよー!」
「この傘、変な形!杖みたい!決闘しよ、決闘!はい、これ俺のね!
えーい、イ゛ンゼンディィ゛ェア゛ア゛ア゛ーーッッ!!!」
靴にこびりつく炭水化物の粉末を見下ろし、殺意の沸点をわずかに超えかけたその時、リーダー格らしき半ズボンの少年が、私のスーツの裾をベタベタの手で引っ張りました。
「ねえ、おじさん。これからどっち行くの?」
「うん?私ですか?これから来る下り列車に乗って、あちらの方面へ向かおうかと」
「え?ホーム間違えてない?
…ぁははは!おじさんバカだ!反対だよ反対!時刻表にも書いてんのにバッカじゃあん!」
少年の指摘に、私はパチリと瞬きした。
弾帯のスマホで乗り場を確認すると、確かに彼の言う通り。
こちらの世界特有の“対向式ホーム”のトラップに見事にはまっていました。
「…おや。これは、ご親切にどうも」
私は少しだけ、彼らへの評価を改めかけました。
騒がしいだけの害獣かと思えば、案内標識程度の機能は備わっているらしい。この国の教育レベルの高さには感心しますね。
「いーよ、暇してるし!」
少年は鼻高々に笑い、後ろにいる友人たちを振り返ってから、無邪気な顔でこう抜かした。
「俺らさ、春休みの自由研究で“駅で見かけた変な人に取材して発表する”ってのやってるんだ!
で、おじさんがダントツの一位だから、もっとネタ提供してよ!ちなみにタイトルは“駅にいたスマホお化け”!めっちゃよくね?」
なんだ、その自爆特攻めいた研究は。
こめかみの血管が、小気味よい音を立てて跳ねた気がした。
ダントツの一位、変な人、自由研究。
「…そちらの探求心は結構ですがね。対象は、電車に乗る人の年代や性別の統計くらいに留めておきなさい
その“変な人”に、急に刃物で刺されたらどうするんです?」
私は極力声を抑え、大人の義務として忠告してやりました。
言いながら周囲へ視線を走らせますが、親や保護者らしき姿はどこにもない。
盗賊も滅多にいないとはいえ、見ず知らずの大人に子供だけで絡みに行けるこの環境。
護衛もつけずに幼子を放牧できるとは、この国は本当に、狂気じみた平和に毒されている。
「えー?刺さないでしょ、おじさん面白いし!悪い人じゃないんでしょ?」
悪い人です、とびきりの。
「そろそろスマホ一個ちょうだい!売るんでしょ?」
転売ヤーではありません。
「鳩!鳩触らせて!わっ、逃げた!」
ハトソンが忌々しそうに「ぷるルルルン!」と喉を鳴らし、私の肩から、頭の上へと避難しました。
それでもなお、私のスーツを引っ張り、弾帯のスマホをベタベタと触ろうとする子供たち。
「うわ、首のうしろモチョついてる!膿出るやつ!?潰していい!?汚ねぇ!」
「あーっ、スマホの隙間にパンの粉入っちゃった!
ほら、取ってあげる…あ、ごめん、もっと奥に入っちゃった。おっさんごめん、もうすぐ壊れるよ!ゴミ箱行きだね!」
「おじさん、そんなにスマホ持ってんのに、さっきから一回も通知こないね。お友達いないの?
お仕事クビになったから、こんなとこで鳩と遊んでるの?うちのパパと負け組仲間じゃん!」
彼らを私の得意技でメキシコ辺りにでも放り出してやろうかと具体的な計算を始めようとした、その時でした。
“まもなく、二番のりばに、列車がまいります”
のどかな駅舎に、接近を知らせる自動音声が響き渡りました。
「やっべぇ!下がれ下がれ!フラフラして落ちたら電車止まって、おじさん何兆円も払わなきゃいけなくなるんだよ!!
ほら、こっち来いよ、僕の服掴んでていーから!」
「りくちゃんの言う通りだよ!駅員さんに怒られちゃう!黄色い線踏む人は“社会のゴミ”って学校で習うもん!
ほら、一列に並んで!おじさんは後ろ!鳩は…鳩もちゃんと並ばせて!」
「ああ、これはどうも…」
「おじさんのベルト、なんか変な匂いする。カブトムシ死んだときの匂い!」
一言多いな。
私は子供たちに引っ張られ、プラットホームに引かれた黄色い線の内側、乗車位置を示す印の上でヨタヨタと止まりました。
姿勢を正し、ステッキの代わりに長傘を携え、帝国紳士の完璧なシルエットで列車の到着を待ち構えます。
ガタン、ゴトン。
潮風を切り裂いて、銀色の車体がホームへと滑り込んできました。
スピードが落ち、ブレーキの軋む音が響き――プシュー、と音を立てて停車する。
そうして目の前には、列車の硬質な“壁”が立ちはだかった。
乗降用のドアは、私が立っている位置から見事に五メートルほどズレた場所に、嘲笑うように開いている。
「あ」
「おじさん、扉あっちだよ!走れ走れ!」
「逆逆!駆け込み乗車は怒られちゃう!」
「貴方達が引っ張ったんでしょうが…」
「そうだっけ?ウケる!」
「「あはははははは!」」
子供たちの無遠慮な笑い声が背中に刺さります。
私は数秒間、その銀色の壁を見つめた後、ゆっくりと踵を返し、開いている扉へと歩き出した。
「…まぁ、良いでしょう
人災もまた、旅を彩るスパイスというものですから」
私は誰に言うでもなくそう呟き、軽やかに列車へと乗り込みました。
車窓から、まだこちらを指差して笑っている子猿ども。
奴らに優雅に中指を立てそうになるのを堪えて目を見開き、舌をヒュッと下に流して、アインシュタインとやらの顔真似で手を振ってやった。
「さあハトソン、次はどの駅で降りましょうか」
選択肢はいくらでもある。
何せ、私の調査は、まだ始まったばかりなのですから。
ガタン、と軽い衝撃と共に、銀色の箱が滑らかに動き出した。
私は窓際に陣取り、ほんの少しガラス戸を開けて外を見やる。
すると、ホームに残されたお猿も動き出し、列車のスピードに合わせてキャッキャと並走してきました。
「あはははは!おっさん、またなー!」
「鳩おじさんバイバーイ!二度と来んなよー!」
無邪気に腕を振る彼らに向けて、私は車窓から軽く敬礼を返してやりました。
…ええ、心の中では“そのままホームの端から線路にダイブして、この鉄の箱の車輪に巻き込まれてしまえば、物理学の素晴らしい教材になるのに”と、極めて学術的な期待を寄せていましたが。
列車の速度が上がり、ホームが途切れる寸前。
調子に乗って一番前を走っていた少年が、自分の足にもつれて見事にすっ転んだ。
その拍子に、彼が握りしめている身の丈不相応の巨大シューズを履いたみかん・いよかんの紙パックが破裂し、見事な放物線を描いて周囲の仲間の服と顔面に、果汁を景気よくぶち撒ける。
っしゃ!
私は心の中で、思わずガッツポーズをキメました。
ガラスに映る私の顔は、晴れやかでした。
金貸しをサメの泳ぐプールに突き落とした時と同等、いや、それ以上に、他人の不幸で輝いている。
これに懲りたら、次からは見知らぬ大人にみだりに絡まないことですね。人生の地獄、その一端を学べたのですから。
「ククークドゥールル!クックルッ!ココォ!」
私の肩で、一部始終を見ていたハトソンが、喉の奥を鳴らして爆笑した。
静まり返った車内に、スーツを着た鳩の腹立たしい鳴き声が響き渡り、ガラガラの座席に点在していた数人の乗客たちが「なんだあの鳩、うるさ…」「ていうか服着てない?」と、怪訝な視線を一斉にこちらへ向ける。
「ハトソン、おだまり」
私は彼らの冷ややかな視線を無視して、人差し指でハトソンの頭をツンと小突いて黙らせました。
紳士たるもの、公共の場での騒音には気を配らねばなりません。
車内は空いており、座席は選び放題でした。
しかし、私はあえて座らず、天井からぶら下がっているプラスチックの輪――“吊り革”をそっと握りしめた。
故郷の乗合馬車など、揺れれば乗客ごと振り落とされる死の揺り籠だ。
特に二階席は昼は暑くて、夜は寒い。劣悪環境が当たり前。
近年生まれた鉄蛇ですらグレード次第で地獄を見る有様なのですが、この国では乗客が体勢を保持するための親切な器具が、等間隔に配置されている。素晴らしい。
カラス頭の通勤文化というものは、これに支えられているのか。
ただそれだけの好奇心による使用でしたが、これは良い。是非ともこの発想を帝国に持ち帰らなければ。
揺れに合わせて吊り革に体重を預け、流れる海辺の景色を堪能していると、斜め後方から、微かな視線を感じました。
――カシャッ。
シャッター音を消し忘れた、マヌケな電子音。
横目で確認すると、ボックス席に座った女子高生二人組が、私とハトソンにカメラレンズを向けていました。
盗撮。
本来であれば、即座に眼球をくり抜いて野ざらしにするところですが、ここは平和な日本です。
私は咎めるどころか、くるりと彼女たちの方へ向き直り、たすき掛けにした歴代スマホ弾帯を強調するように胸を張り、ステッキ代わりの長傘を床に突いて、モデル顔負けのパーフェクトなポーズを決めてやりました。
“気づいてるぞ”という無言のアピールを込め、仕上げに右目でパチンとウインクを飛ばす。
女子高生たちは「わッ…!?」「目、合ったんだけどヤバいヤバい」と顔を見合わせてスマホを引っ込めました。
やれやれ。勝手に被写体にしておいて、ファンサービスを提供すると引かれる。アイドルの苦労が少しだけ分かった気がします。
私は再び車窓へと向き直り、ふぅ、と一息ついて、喉の奥がカラカラに乾いていることに気がつく。
「…しまった」
あの小動物どもの相手をさせられたせいで、水分の調達を忘れていた。
確かこの鉄の箱には、車内販売という素晴らしいシステムがない車両もあるのだったか。
何か冷たいものが飲みたい。
具体的に言うと、この国の自販機から出てくる、キンキンに冷えた緑茶が。
仕方ありません。私の得意技――“ワームホール”を使いましょう。
空間を繋ぎ、駅の自販機に直接手を突っ込めば済む話。
魔法というポエム強要型の奇跡に頼るのは好きではありませんが、背に腹は代えられません。
しかし、ここで問題が生じる。
隣の車両へ移動してみましたが、やはりポツポツと乗客が座っています。
突如として私のようなおじさんがブツブツと詠唱を口ずさみ、虚空に穴が開いてペットボトルを取り出す様を目撃されれば、SNSの格好の餌食だ。
いくら目立ちたがり屋の私でも、オカルト的なバズりは本意ではありません。
せめて物を取り出しても怪しまれない、鞄を持ってくれば解決したものを…後悔しても仕方ありません。どこか、人目を気にせず空間をこじ開けられる死角はないか。
そう思って周囲を見渡した私の目に、先ほどの女子高生たちが座っていたのと同じ、“ボックス席”が飛び込んできた。
「おや」
背もたれが高く、向かい合わせになった座席。
深く腰を沈めれば、前後の視線を遮断できる、見事な密室空間。
「これは、実に都合が良い」
私は誰もいないボックス席を見つけ、そこにスッと滑り込みました。
背もたれに深く寄りかかり、周囲から手元が見えないことを確認。
…完璧な遮蔽です。これなら、隣のレーンで寝ているサラリーマンにもギリ気づかれない。
【完璧なサービスがないのなら、自力で調達するまでです】
隣り合う線路から対向車両が向かってくるのを確認し、私は懐から五百円玉を取り出す。
そして目の前の空中にそっと指先を滑らせれば、空間がゆらりと歪み、穴が開いた。
座標設定は、先ほど通り過ぎた駅の自販機。
車両同士がすれ違い、高速で走る有人コンテナ特有の騒音が響く中、紛れ込ますようにチャリン、チャリン、と硬貨を投入口に落とし込むと、かすかに遠くで“ガコンッ”とペットボトルが落ちる音がした。
私はもう一つボタンを押し、同様の物音を確認すると、見えない穴の奥へ手を突っ込んでいく。
…ミッション完了、ひんやりと結露した緑茶と、天然水のボトルを引っ張り出した。
お釣りは放置です、通りがかったどこぞの誰かさんが適当に消費すればよろしい。
車外の音がなくなる頃にはワームホールは跡形もなく、私は何事もなかったかのようにキャップをひねる。
「ぷはっ…やはり、冷えた茶は最高ですね」
空間移動という奇跡を、たかだか160円の飲料を買うためだけに使用する。この世界の人間が見たら卒倒するような奇術の無駄遣いですが、これが良いのです。
「さてハトソン、喉も潤いましたし、旅に集中しましょうか」
「ぷ、ゥンルー」
ガタン、ゴトンと。
規則正しい鉄の律動に身を任せているだけでこうも満たされた気分になるのは、ひとえにギャラリーのおかげと言える。
窓の外を流れる海と山のコントラスト。
その手前で爆睡し、景観を緩くするサラリーマン。
小さな板切れの画面を親の仇のように高速でタップし続け、隣で座席シートの上に仁王立ちする我が子すら見ない主婦。
くるくると天然水を開け、キャップに水を注ぐ短時間にも目に飛び込んでくる人間動物園。
ただ座ってるだけで一生楽しめそうですね、これ。
「ンっくンっく、ルルルルルル…」
ハトソンが安心して給水できるのは良いんですがね、公共の場で、誰もが弛緩しきっているのは如何なものか。
帝国の鉄蛇であれば、三分で身ぐるみ剥がれて路地裏の養分となる無防備さですよ。
「ところでハトソン、質問いいですか?」
「クルルック」
ついでにその隙だらけのお口から、伝説の氷菓“シンカンセンスゴイカタイアイス”とやらの所在も吐いてくれると嬉しいんですがね。
RPGのように、都合よく噂は飛んでこない。
「私って、何と言いますか。ネットでバズる寸前のフリー素材だと思うんですよ」
「ンるるるる…クキャー、ボボォ」
「でしょ?変でしょう。だのにどうして、この格好で通報されないんでしょう」
「ンぃ…」
これを口にするために、皇帝にあることないこと言って県を跨いでの調査許可を得たのですが…どうやら先ほどワームホール越しに検めた“無人駅”という区分には配備されていないようです…無念。
「ずっと待ってるのに…事情聴取」
「ボっプゥ」
私は小さく息を吐き、立ち上がって車両の端にあるトイレへと向かいました。




