怪物狩りのユーヴェ
最終話
ユーヴェは柱の陰から身を乗り出すと巨大な蛞蝓の正面だった。とぐろを巻いて鎮座する怪物から流れ出した体液が至る所にへばりつき、ユーヴェの光を受けて輝いた。ユーヴェは腰にぶら下がった三丁の射出機から一丁引き抜いて濡れていない地面に置くと、右手の親指を怪物に合わせた。怪物の前には人間が幾人も横一列に横たわり、彼等はユーヴェの親指の四分の一程度の大きさだった。天井を眺めたユーヴェは射出を拾って柱に隠れながら慎重に怪物との距離を詰める。更に近づくと怪物の身体がはっきりと見えた。体表は金属光沢を持った鱗で覆われ、鱗は尾の先端から顔までを覆い頭部から伸びた二本の触角は体液で濡れて光っていた。怪物の口は円筒形の筒が三つで構成されており筒には鱗が等間隔に掘削機の刃ように並び人間の肉がこびり付いていた。流暢な言葉は怪物の腹部左右に空いた穴から発せられ、大きな背中の最も太い箇所には横切るような火傷と大きく抉れた傷が残っている。
「君。名前、年齢、誕生日は?」
平坦な声が横たわった憲兵に投げかけられた。憲兵の左隣は粉砕された肉塊が八つ並んでいた。怯える彼は震えて咳き込んだ。生き残っている憲兵達は彼を含めて四人だった。
「君を知りたい。俺は味のある人間が大好きだ。君の中身は血肉と骨だけじゃ無いだろう。気に入ったら助けてやっても良い。」
ユーヴェはポーチから水平器を取り出して地面に起き、話し続ける怪物の背中へ手を水平に伸ばした後、射出機を斜めに構える。天井を見上げユーヴェは水平器を拾い上げて更に怪物へ近づいた。
「フォルビノスです。十八歳、誕生日は春期の二十日です。」
憲兵は失禁しつつ答えた。
「良い名前だね、感心した。君からは小便の他に花か、違うな香ばしい穀物中に近いがコクも感じる。銀ボタンの匂い、髪は蠟で固めているのか。どちらも新品。下着はすっきりしたミントが香る。きっとご両親は憲兵になった君を祝福しただろう。面白みは無いが、君の夢は何だった?」
平坦な声を崩して味わうように語った怪物は憲兵に尋ねた。憲兵は震える口を開いた。
「いつもの見回りで、一日が終わったと思ったらそれは夢でした。」
「夢に色は付いていた?」
「覚えていないです。ただ、いつもの光景でした。」
「面白いが、小便を漏らしたお前は食いたくないな。」
太い鱗で覆われた尾が憲兵を叩き潰した。
湿った打撃音と血飛沫が舞い散り、怪物が腹の呼吸口から溜息を吐き出した。
「魔術師、何処かに居るんだろう。良ければお前の夢も教えてくれないか。」
うねる触角は規則的かつ機械的に回りユーヴェを探す。ユーヴェは柱から半身を出して射出機を構えた。
「ほら、ほらどんどん死んでいくぞ。」
怪物は尾で憲兵達の下半身を叩き潰す。彼らの絶叫を聞きながらユーヴェは引き金を引いた山なりに撃ち出された爆弾は怪物の背の傷に直撃した。爆弾衝撃からユーヴェの居場所に見当を付けた怪物は憲兵達の上を通り抜けてユーヴェへ一直線に走る。怪物の移動跡には粘液溜りが形成され憲兵達の身体はその粘液で丸く溶けた。皮膚が破れて赤く粘液が染まり、喉仏が露出する。指は強ばって曲がり、痩せた肉からは爪が剥がれ落ちた。ユーヴェは腰の射出機を引き抜き怪物へ向けて爆弾を打ち出した。飛来する爆弾を前方に集中した怪物は感じ取り、柱へ回り込んだ。爆弾は地面へ炸裂し燃えさかる液体が飛び散る。その液体は怪物の尾に少量付着したのみであった。ユーヴェは走って怪物から離れながら射出機を投げ捨てて最期の射出機を手に取った。
「何時であっても最良の獲物は牙を持っている。お前もそう思うだろう。」
怪物の滑らかな腹足から鋭い棘が幾つも飛び出し、怪物は柱を伝って天井へ張り付いた。怪物は粘液をまき散らしてユーヴェの頭上を走リ始めた。ユーヴェは天井目がけて爆弾を打ち出す。爆弾は怪物を捉えられず、天井が爆ぜて汚水が地下へ瀧のように降った。止めどなく流れ始めた汚水は、爆弾を射出機に装填しつつ走っていたユーヴェの足裏を濡らす。怪物は足場を強く叩いてユーヴェ目がけて飛び降りた。ユーヴェは柱の陰へ飛び込み走り出す。頑丈な鱗に包まれた怪物の身体は容易く柱を打ち砕きユーヴェの背後に火花を散らして着地した。怪物はユーヴェへ食らいつこうと口を広げるが柱に長い口が食い込みユーヴェを逃す。距離を取って振り返ったユーヴェは立ち止まって射出器を両手で持って構え、柱をへし折った怪物の頭へ向けて爆弾を撃ち出した。爆発が怪物の頭部右側で起こり怪物の絶叫が地下空間を木霊した。壮絶な人外の絶叫は下水道を崩し、大量の下水と共に地上も一部崩落する。現れた昼の太陽が怪物の住処を照らし出す。黒色の煙を割って進み出た怪物の頭は焼けただれ、頭部右の触角がもぎ取れていた。ポーチから鏡を取り出して確認し、ユーヴェは再び走り出す。激高した怪物は腹足から飛び出た棘をしまうことも忘れてユーヴェを追う。ユーヴェは天井からたれた綱に辿り着くと空気銃の滑車を綱へ取り付けて何度か綱を引っ張った。大口を開けた怪物は腹部からあぶくを吹き出してユーヴェへ突進した。頃合いを見計らい、ユーヴェは胸の薬室を押し込む。滑車が綱を巻き取ってユーヴェを空へ引っ張り上げ、怪物からの突進を避けた。持ち上げられている中、ユーヴェは空気銃から手を離し腰からロングソードを抜いて怪物に飛びかかった。切っ先が怪物の抉れた背に突き刺さる。傷口からは緑色の血液と無色透明の体液がユーヴェにかかった。ユーヴェはマスクの中で歯を食いしばり更に刃を怪物の背中へ深く押し込んだ。視界が緑色に染まる。激痛に苦しんだ怪物は柱へ身体をぶつけてユーヴェを揺らす。しっかりとロングソードを握ったユーヴェはロングソードで怪物の背を切り開き始めた。
「俺の宝!」
刃先は怪物の胃袋を切り裂き、傷口から金の指輪や酸化した銀のネックレスが幾つも悲痛な怪物の声と共に転がり出す。汚水に落ちたそれらはオイファスや他の死体と共に防空壕の壁へ打ち付けられた。ユーヴェは左手の甲で視界を拭い、腰から銃を引き抜いた。揺れる背中から怪物の残った触角を狙う。狙いが中々定まら無い中ロングソードの刃先が腹足周りの筋肉に押され、怪物の背から抜けかけた。ユーヴェはロングソードの柄へ体当たりして刃を斜めらせ、刃を怪物の中へ押し戻した。更に広がった傷口は怪物の動きを鈍らせ、その隙にユーヴェは触角を狙って引き金を引いた。弾丸は怪物の柔らかい触角の先端を破壊した。その途端、怪物は光から逃げるように走り出した。防空壕の奥へ進む。ユーヴェは切り開かれた怪物の背中に爆弾を突っ込み、ロングソードの柄を両手で握りしめた。やがて道の幅が狭まり怪物とユーヴェは何度も壁に身体をぶつけた。ユーヴェの皮の外套は破れ、鎧が石へ擦れる度に火花が散った。狭い通路を進み怪物は地下の水溜まりへ飛び込んだ。心臓が潰れるような冷たさがユーヴェの呼吸を乱した。
穏やかに差し込む昼の日差しが湖畔を照らしていた。静寂していた湖の水面は黒緑色に染まり、怪物とその背中にロングソードを突き立てたユーヴェが水を割って岸辺に飛び出した。勢いのままユーヴェはロングソードを握りしめて怪物の背から投げ飛ばされた。砂利に背中を叩き付けられた拍子にユーヴェはロングソードから手を離す。怪物は前方しか動かなくなった腹足でもがくようにユーヴェへ迫る。ユーヴェのフードは破け、マスクや石英の眼鏡は湖の底である。立ち上がってロングソードを拾い上げたユーヴェは満身創痍の怪物に向き合う。怪物の体表は湖の水で洗い流され特有の体液を失っていた。ユーヴェは胸の薬室を押し込もうとしたが魔術具が変形しており押し込めなかった。意を決した彼はロングソードを突き出すように構えて怪物との距離を測る。冷気が濡れた身体を冷やし、ユーヴェの唇が引きつって食いしばられた歯が剥き出しになる。怪物が近づく。ロングソードの切っ先がやや持ち上がった。槍のように怪物の口が突き出された。ユーヴェはロングソードの切っ先で怪物の口端を切りつけた。打ち反らされた怪物は顔を砂利に叩き付け、ユーヴェは怪物の体側へ回り込み切っ先を呼吸口へ突っ込んだ。返り血がユーヴェを緑に染めた。ユーヴェはロングソードをのこぎりのように差し込み怪物の腹を切り裂く。飛び出た腸が彼の手首に引っかかり、宝石付きの指輪が湖に攫われていく。闇雲に振るわれた怪物の頭部がユーヴェの身体を殴打した。ユーヴェは水を跳ね上げて岸辺を転がった。彼の手にはロングソードが握られ、目には意思があった。血混じりの水をしたたらせて立ち上がる魔術師を恐れた怪物は千切れかけた下半身を引きちぎり這って彼から逃げる。ユーヴェはロングソードを片手に怪物をふらつく足を叩いて鼓舞して追いかけた。緑色の血痕を追いかけているとユーヴェの視界が黒ずんで揺れ、彼は近くの木へもたれかかる。呼吸を整えて視界が回復させたユーヴェは身を起こして足を踏み出す。血痕は森の中の小屋前まで続いていた。怪物は既に木こりを食い殺し仰向けに丸太へ寝そべっていた。ユーヴェはロングソードを固く握りしめた。怪物が残った呼吸口を開いた。
「産まれたときの事をお前は覚えているか?暗く、生温い粘液が俺の世界だった。俺は愛を知りたかった。あの二人を助けて、俺の世界にも暖かい愛が有ると。雪を溶かすような・・」
怪物の首が垂れ、呼吸口から静かに風が流れ出した。ユーヴェは両手でロングソードを振り上げ怪物の首に叩き付ける。刃先は何度も叩き付けられて鱗を粉砕し、首を切断した。ロングソードを腰へ納めたユーヴェは近くの丸太へ腰掛け空を見上げ、荒れた呼吸を落ち着けた。視界には真っ青な空に一握りの雲が浮かんでいる。ポーチから鏡を取り出すと返り血で染まったユーヴェ自身の顔が写る。
「私は」
しげしげと自分の顔を見つめていたユーヴェは小さくそうつぶやくと鏡をしまって立ち上がった。ユーヴェは肩のこりをほぐすように四度回すと、一本の鉤と換え用の綱を取り出した。怪物の首へ鉤を突き刺し縄で固定する。生首を片手に提げユーヴェは森の中を歩み出す。何処までも彼は怪物を狩るために歩く。
読了ありがとうございます。
怪物退治物に挑戦してみました。
楽しんで頂けたら私は嬉しいです。




