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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
リキュアの怪物
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憑依した守護霊

 真っ暗な天幕でウラテュスは仮設ベッドに横たわり、風に揺れる布の壁を見つめていた。誰も天幕に近づかない為か、天幕無いは静まり帰っていた。静寂に取り囲まれたウラテュスはどれ程そのまま出過ごしたのか彼にもわからなくなった。ベッドから起き上がったウラテュスは静かな天幕を見渡す。虫の声すら無い空間は彼のひたすら勉強机と向かい合っていた生家を思い起こさせる。ベッドに腰掛けたまま虚ろな目を木製の柱へ向けたウラテュスは両拳を握りしめた。

「俺はどうすれば良い。どうしてこんなことに。リキュア語なんて勉強するべきじゃ無かった。」

ウラテュスの焦点が定まるにつれて静寂に憎たらしいほど正確に揺れる胸が彼をうんざりさせた。両耳を押さえても立ち上がってもそれからは逃れることが出来なかった。しかしながら外を見る勇気も湧かず棒立ちのまま足下の草地を見つめる。すると、ウラテュスの胸の内に苛立ちが握りしめるように募ってきた。

「俺は人間だ、人間なんだ。あの共食いの怪物擬き、ウジ虫共がよぉ。何処に行けば俺は」

悪態をつく彼の声は小さく二つの目玉は世話しなく周囲を伺っている。ウラテュスがそうしていると、外からリキュア語による雑談が漏れ聞こえてきた。ウラテュスは這うように布の壁に耳を当ててみると会話が聞こえる。くぐもった声だが彼には何とか聞き取れた。

「ユーヴェって知ってるか?」

「べストールが呼んだ化け物剣士の事だろ。」

「お前は知らないと思ったぜ、兄弟。あいつは魔術師らしい。バスへイスが言ってた。」

「それで、カードゲームをやらないのか?お前、今日は波に乗ってるだろ。」

大きな鼻を啜り、ひどく絡まった痰を吐く音が聞こえた。

「ユーヴェがここに来るらしい。俺とお前は此処で警備任務だ。」

「酒が抜けてない。」

どちらかが放屁した。

「小便でも飲んで酒を抜いてこい、兄弟。サボったら俺達が焼き豚だぜ。」

「焼き魚だろう。腹減ってきちまった。何か持ってくる。」

酔いが回った方からげっぷする音が聞こえる。

「水を飲めよ、かかし野郎。」

ウラテュスはそっと耳を壁から離し視界が滲む。彼は無気力に両膝を地面に打ち付けてその場に崩れ落ちた。


 二人の衛兵の酔いが冷める前にユーヴェはバスへイスの先導を受けて駐屯地を進んでいた。区画整理された駐屯地は機能的で絵と文字による表示や貝殻の粉で作られた仕切り線がリキュア語がわからないユーヴェであっても迷わない程だった。周囲の衛兵達は遠巻きにユーヴェを見ており、全身に装備を身に着けた彼の姿に息をのんでいた。淀みなく一行は駐屯地内を歩むと遂にウラテュスの天幕に辿り着いた。天幕を前にしたバスへイスはユーヴェへ振り返る。

「こちらがウラテュスの天幕です。お一人で大丈夫でしょうか。」

「お任せください。」

答えたユーヴェが天幕の入り口に手をかけるとバスへイスが彼を呼び止める。

「私は駐屯地の中央、大きな士官部屋に居ります。御武運をお祈りしますよ。ヤツーン、魔術師殿の案内を命じる。出発の際は誘導し、墓地の前で待機だ。」

ヤツーンは片足を引いて礼を取り「承知しました」と答え、彼は不安げな目をユーヴェに向けた。

「誰かが同行されないと扉の鍵もつっかえとなる重しを乗せた荷車も移動できません。よろしくお願いします。」

穏やかに話すユーヴェに対して、ヤツーンは笑みを浮かべて礼を取るだけだった。薄い垂れ幕を引き上げてユーヴェが中に入ると土に汚れるのも厭わずあぐらを掻いて座り込んだウラテュスが目に入った。ユーヴェはうつむいていたウラテュスが顔を上げる前に口を開く

「今晩はウラテュスさん。具合は如何ですか。」

「砂を食っているみたいだ。」

弱々しく答えるウラテュスは憔悴した様子だった。唇が割れ顔は土気色である。腰のランタンを掲げたユーヴェは暫く黙り込みウラテュスの目を見つめる。ランタンに照らされたウラテュスの影が蠢き、影は無数の腕が炎のように揺れていた。

「貴方はご自身に特別な力が有ると思いますか?」

「何を馬鹿な。あんたこそ、そうだろう。」

「害したい相手を消す力です。心当たり有りますよね。」

ウラテュスは黄ばんだ白目を目一杯に広げて挑むようにユーヴェを睨み付けた。

「俺を殺す気か?」

「ウラテュスという男を殺す事が目的ではありません。むしろ、私の行動は貴方の命を助けるでしょう。」

「つまりあんたは俺の状態がわかるって、治すつもりか。確かに異常に喉が渇くし頭痛もひどい、しかし断るとも。」

立ち上がろうとしたウラテュスを腰の銃を指差して制止したユーヴェはベッドへ腰掛けサイドテーブルに置かれた水差しの隣にランタンを置いた。ユーヴェの爪先は蠢く影に向けられている。突然ちらつかされた暴力の恐怖に震えたウラテュスは冷や汗をかいて唾を飲み込み、ユーヴェの足音にビクつく。

「何故ですか?理由を教えてください。」

「知らないの・・ですか。俺はこの街に来る前から訳のわからない奴等に襲われて。もしこの力を失ったら殺されます。」

怯えたウラテュスはゆっくりとシャツの裾で掌に溜まった汗を拭い、人中から垂れた汗は上唇を伝って口内へ入り塩味を感じさせた。

「そうですか。では、二つ目の目的を話しましょう。ここから先の墓地で王国からの移住者を集めております。自由都市中を流れる川を通って海に一度出て、西方諸国へ向かう予定です。紛争地帯を通ることになりますが、ここに居るよりは可能性がある。そうでしょう、ウラテュスさん。」

無言のウラテュスにユーヴェは続ける。

「同じ劇団員へ殺意を向けた理由は?コイネーとの関係はありますか。」

その言葉を聞いたウラテュスは立ち上がり怒鳴る。泥棒を前にした番犬のように彼は興奮しており左の小鼻から血が滴り落ちた。

「お前、何だ!おま、あれは俺の物で。そうだ、契約書は王宮に残ってるはずだ。俺には権利が、そうだ法的かつ暴力などでは無い文明的な権利がある。あれは金も払った俺の物だ。」

つばをまき散らしてまくし立てたウラテュスの身体は震えその場にしゃがみ込む。ユーヴェはポーチから取り出し、文字塗れの手記に鉛筆を添えてゆっくりとウラテュスに尋ねる。

「取引相手は?」

「そんな目で見るなよ。買ってたのは俺だけじゃ無い。」

居心地悪そうに口をすぼめたウラテュスは一息付くと語り出した。

「仲買は王都劇団で製品説明は王宮魔術師がしてた。持ってるだけで箔が付くって。王太子殿下が推奨していた。」

「魚人の売買ですか?それとも、魚人を使った製品ですか?」

「さあな、だがあれは魚人だったのかもな。春の終わりに王都で魚人の摘発が始まったんだ。俺達はバラバラに逃げた。でも、俺は間に合わなくて憲兵達に捕まった。ゴツい手が俺の肩を掴んで髪を焼いた。生きた心地がしなかった。」

ウラテュスは震える右手で左肩をさすり溜息をついた。過去を思い浮かべる彼は一層恐怖に震え、目には僅かな悲しみが浮かんでいた。

「解放された後、俺はあいつの鞄を抱えている事しか出来なくて・・でもあいつは俺を見て無くて。ああ、製品の話しだったよな。説明の殆どはわからなかったが、何やら掛け合わせを超えた精密な生きた人形を作ると。鼻、口、眉を含めたパーツと身長、脂肪量等の身体的特徴を人相書きやら三面図に記入してから、翌日に髪と爪と血それから精子を提供して百日待つと手に入る。俺は口利きがあって半額で譲ってもらえたよ。ほら、俺は劇団員だろ?八年前アリオンで働いていてそこで紹介してもらったんだ。それで、書き終わったか?」

「今、考察を書いています・・終わりました。」

背を伸ばして伺ってくるウラテュスにユーヴェは頷いて続きを促しながら頁をはぐる。

「そうだ殺した動機だったよな。それは、あいつが生きるのに必死だったからさ。街を見たか?夏なのに外套を羽織った女達が居たろ。」

「成る程、コイネーを殺さなかった理由は?」

「言いたくない。怪物狩りの最中であんたもそんな気持ちになったことがあるんじゃ無いか。」

ユーヴェの左手は自然と握り込まれ、親指が薬指の断面に触れていた。

「勿論・・。そろそろ墓に向かいましょう。」

「コイネーも待っているかな。」

ユーヴェはウラテュスの言葉へ返す事が出来なかった。


 ユーヴェがウラテュスを連れて天幕から出ると、すっかり日は落ちていた。ヤツーンはげっそりとしたウラテュスに目を丸くするが何も言わず黙々と駐屯地の出口に向けて歩き出す。夜の墓場には蛙の引っ張るような声が所々で鳴っていた。ユーヴェは自身の馬車から一頭外してまたがり、ウラテュスとヤツーンはそれぞれ駐屯地から借りた馬を使っていた。三人が小さな霊廟群を抜けているとユーヴェに馬を並べたウラテュスが口を開いた。

「ユーヴェさん。コイネーは死んだんでしょ。」

「まだ、生きていますよ。」

ユーヴェの答えにウラテュスは口を三日月型に歪める。ヤツーンは彼らのやり取りを素知らぬ顔で聞き流していた。

「そうかぁ。先程の移動中に駐屯地の中で火炙りにしたとかを聞いたのは何だったのかな。」

「劇団員の大半はおっしゃる通りです。」

「まああいつ以外はどうでも良いので。」

当てつけのようにユーヴェに当るウラテュスは表情をころころと変え天幕の人物とは別人のようだった。しかし、ランタンとカンテラに写し出された蠢く影が彼自身であることを明確に示していた。

大霊廟の入口にはカンテラは二つ下げられ、霊廟内で焚かれた香の煙が天井を伝って外へ漏れ出していた。下馬したユーヴェはウラテュスを連れて扉の前に立って振り返った。

「ヤツーン殿、馬をお願いします。」

「承知しました。魔術師様、また明日お目にかかりましょう。」

片足を引いて礼を取ったヤツーンへユーヴェも片足を引いた礼を取り、真っ暗な霊廟へ足を踏み入れた。二人が匂いの無い湯気のような煙の中を進んでいると背後で鍵が閉まる音が鳴った。慌てたウラテュスは血相変えて背後の扉へ走り出した。ユーヴェはそんなウラテュスを放置して肩の特殊な筒が取り付けられた黒い筒を両手に持ち、早足に地下一階に向かった。一歩毎に身体に当った装備が鳴り、足音は鈍く重い。

「間に合ったか。」

地下一階のコイネーが閉じ込められている石棺前に来たユーヴェは筒を床へ置いてポーチから五本の中身が入った薬便と蓋がネジ式の蓋が付いた空の細長い瓶を取り出す。ユーヴェはその内の三本を飲み干し、残り二本を空瓶に混ぜ込んで蓋閉じてよく混ぜた。混ぜられた液体は濁った緑色に変色し、ユーヴェはその瓶を筒先端へ取り付ける。今一度装備を丁寧に確認したユーヴェは目の前の筒を持ち太い柱に隠れて石棺を伺う。暫くそうしていると急激にユーヴェの心拍が早まり、揺らめく炎が草木のように静かに揺れ始め消えた。

「異界が来たか。」

炎が消えて真っ暗な部屋が赤みを帯び漂う煙に乗った紫色の炎がツバメのような速さで石棺にぶち当たり吸い込まれていった。その途端に石棺が激しく揺れ、六人がかりで持ち上げるような重い石蓋が微かに持ち上がる。ユーヴェはすかさず胸に取り付けた薬室を一つ押し込んだ。爆発の音が鳴り、弾けた石がユーヴェの隠れている柱にもぶつかる。その礫の中には凶暴な棘を生やした金属片も混じっていた。ユーヴェが柱から再び石棺を覗くと壊れた石棺の残骸と僅かな白い煙が残っており、それを目にした彼は這うように最も近い柱へ飛び込み背を預けた。直後、ユーヴェが飛び込んだ柱、彼が背を付けた辺りの十五寸程離れた位置に砕けるような破壊音が鳴る。ユーヴェは手に持った筒を構えながら柱を盾にコイネー変貌した体の怪物を見据えた。柱に叩きつけられた物は鈍器であり、形状としては踵のようで、それは太くねじり上がり、皮はひび割れて黒ずんでいた。怪物の股にはコイネーの無残な頭が垂れ下がって長く黒い髪が床に蜘蛛の巣のように広がっていた。垂れ下がった頭の両脇からは四本の足が生えており、その足は肥大化させた人間の腕を左右で割ったように別れ、四本の並んだ指と反対方向に伸びる特に太い親指がそれぞれに生えていた。コイネーの臀部は怪物の筋肉質な上半身に変形し盛り上がった筋肉からウラテュスの顔が生えている。顔の表面には小さな手や顔が至る所に張り付き、顔は皆無表情だった。巨大な怪物の体は見上げるほど大きく膨らんだ肩の筋肉は人間の太ももよりも大きい。ユーヴェは筒の引き金を引いた。筒の先端が開き中から緑色の薬液で濡れた網が均等に広がって怪物の胸を包み込むように打ち出された。ユーヴェは筒の先端をたたき落とし太股に下げた換えの先端を取り付ける。怪物は網など意に介さずユーヴェへ突撃する。ユーヴェは柱へ隠れようと走るが間に合わず、怪物の腕が彼の背中をかすめた。ユーヴェは跳ね上げられ幾つも立てられた柱の一つにぶつかって倒れる。その拍子に手に持った筒の引き金が引かれてしまいあらぬ方向へ網が打ち出されていた。ユーヴェを跳ね飛ばした怪物は上半身を包む網を引きちぎろうと腕を振り回すが緑色の薬液が染み込んだ網は更に絡まり、遂に緑色に濡れた怪物の皮膚がただれ始め、暴れる怪物は右眼を押さえて叫んだ。


 身を起こしたユーヴェは腰から銃を引き抜き、怪物の胴体を狙って次々に弾丸を撃ち込んだ。弾丸は怪物の腹に二発、一発は垂れ下がったコイネーの後頭部に命中した。ユーヴェは腰に差した三丁の銃を撃ち切ると、再び網を打ち出す筒の先端を取り外して最後の網を取り付けた。網に激昂した怪物はユーヴェへ突進し彼が隠れた柱を砕いた。怪物は血走った目を柱の残骸へ向けてユーヴェを探していると彼は破壊された柱の真後ろの柱から飛び出した。バネが解放される音が怪物の耳に届くと二本の右足が絡まり膝を付いて巨体が傾いた。ユーヴェは網を打ち出す筒を投げ捨てて腰から射出機を引き抜く。網に絡まった怪物は這うように上半身を振り回しユーヴェの射出機を跳ね飛ばすと、射出機は壁にぶつかった二拍後に爆発した。ユーヴェはもう一丁の射出機を怪物に向け引き金を引く。撃ち出された射出物は怪物の背中へ刺さり、怪物は歯を打ち鳴らして痙攣し始めた。血と肉の焼ける匂いが漂う。ユーヴェは射出機に爆弾を装填し怪物の二本の左足目がけて撃ち込んだ。爆弾はユーヴェの狙い通りに怪物の左前足を千切り、後ろ足の骨を折った。痛みに絶叫を上げた怪物は上半身に更に力を込めて強力に編まれた網を引き千切った。怪物は両腕をついて腹を引きずって移動を馬の速歩のような速さで地下二階に向けて走り出す。柱に隠れて身構えるユーヴェは階下へ降りる階段を見つめながら部屋の中央で座り込み、火薬袋、紙に包まれた金属弾等を取り出して銃の弾込めを始める。ユーヴェが作業を進めていると、二階へ続く階段から僅かに怪物が顔を覗かせていた。

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