喜びの色
アーランメネスは背後の無言でついて来るユーヴェとオーグを盗み見た。周囲の憲兵達も興味を引かれたのか彼らを見つめていた。居心地が悪くなったアーランメネスは笑みをユーヴェとオーグへ向けて尋ねた。
「お二人は何故此処へ?やはり他の街も燃えましたか?オーグ殿は顔の前に特殊な物を付けられているようですが、それは一体?」
「観光ですよ。水馬を探してね。・・さて、より詳しい状況説明をお願いできますか?特に魔術師アストス殿の分析についても聞けると大変助かります。」
「私も出来ればお伝えしたいのですが、何分魔術師殿とは折り合いが悪くて情報共有等を行っておりませんでした。」
「・・。」
詰め所から出た一行は砂利を踏みしめて別棟へ入る。建物の中には冷気が立ち込めていた。
「地下に氷室が有ります。検分室前で専用の使い捨て前掛けを着用して下さい。」
入口の憲兵へ耳打ちを済ませたアーランメネスは満面の笑みでユーヴェへ伝え、ユーヴェは軽く頷いた。一行は地下へ降りる。階段を下る中、アーランメネスは背後ユーヴェへ振り返り気の抜けた声で告げた。
「この時期に発見された死体はどうも足が速くて。何か得る物があれば良いのですが。死体は全て右腕を下に横たわっておりました。体に付着した体液は既に失活していると聞いております。」
「直近で見つかった死体をお願いします。」
前室へ到着した一行は前掛けを着て検分室へ入った。アーランメネスは前掛けに加えて幅広いマスクを顔に巻いていた。検分室には三台の車輪付き寝台が並べて置かれ、天井には洋灯が五つ下げられていた。ぼんやりと照らされた室内は暗く、床の石畳の隙間に生じた陰は揺れる炎によって生き物のように蠢いていた。
検分室には幾つも引き出しが壁へ備え付けられおり、アーランメネスはその内の端から3番目の引き出しを引いた。オーグの手助けを借りたアーランメネスは引き出された死体を車輪が付いた寝台へ乗せて部屋の中央へ運ぶ。
「この死体は最初の被害者である単色版画の彫り師ラエストスの妻アイネーです。」
「他に家族はいらっしゃいますか?」
「彼女は妊婦でした。」
ユーヴェは身を屈めて破られた腹を見る。彼女の腹は下腹部から乳の下までの内臓がごっそりと無くなり内臓の胆汁や糞がこびりつき真っ黒に染まっていた、まるで下手な下処理を行った魚のようだった。次に、オーグに死体を横倒しにさせて死体の背を確認した。両肩から腰に掛けて痣が広がり、四本の太い線上の痣が背から胸側へ伸びていた。後頭部の頭皮は丸く剥げ、真っ白な頭蓋骨が四角く割れ、赤黒い筋繊維に骨の欠片が混ざっていた。顔面には濡れた木くず、煤、糞がこびりつき、鼻の鼻腔からは右耳側に鼻血がたれていた。耳たぶには耳飾りの穴は空いていたが、何も垂れ下がっていなかった。
「この死体は裸で見つかりましたか?」
「ええ、全裸でした。」
「・・。ありがとうございます。」
ユーヴェの使い捨て手袋をはめたの右手が裂けた腹部へ伸ばされ肉の隙間から何かをつかみ取った。
「これは、版画絵か何かの紙。表面にはパン。・・皮膚の破れ方と体内の汚れから何度か噛みついており、歯形の大きさから亜成体と言ったところか。紙はその時に付いたか地面へ横たわっている時に入り込んだ物かもしれない。強く握りしめられたこと、更には地面へ投げつけられた影響で頭部、背面の損傷それから胸の皮膚が寄って白い筋が入っている。可食部の多くは残っている。」
ユーヴェは肋骨辺りの皮膚をめくった。肋骨は第七から第十二肋骨まで折れ、胸骨にはひびが入っていた。
「何か違和感でも?」
手持ち無沙汰なアーランメネスはユーヴェへ尋ねた。
「・・。巨人は内臓を好みます。特に背筋と太股肉等を積極的に食う怪物です。殺しが目的だったのかもしれませんね。他に殺された人間との間に共通点はありませんでしたか?」
「同じ職場でもありませんし・・そう言えば住んでいるアパートは近いかもしれません。屋敷がある地区と彼らが住むような安いアパートが並ぶ地区の境界、街を流れるライティタ川を挟んだ位置に住んでいました。」
「その境のアパートで一家が皆殺しが起きている可能性が有りますね。死体が見つかった場所は解りますか。」
「こちらです。」
アーランメネスはユーヴェに一枚の地図を見せた。地図の所々に黒い円が書き込まれている。四十の円はどれも屋敷の有る地区を除いて満遍なくバラバラに点在し、屋敷の地区には一切円は無かった。ユーヴェは口を開く。
「怪物が外から来たのであれば、誰かが目的を持って内側の事を教えたとしても不思議ではありません。」
「はあ、怪物は話すのですか?」
「必要とあれば話します。巨人同士では特殊な生体物質を脇から噴射し会話を行いますが、天井裏や橋桁に隠れて人間の会話を聞いている個体は言語能力を有します。アーランメネス殿、境界に沿って建ち並ぶ屋敷を確認お願いします。甘い匂いが漂った私は屋根を伝ってアパートを調べます。何かあれば空砲を鳴らしてください。」
「聞いている。何故です?」
「過去に仕留めた個体は、『数えていた』と。」
「それは。・・承知しました。」
駆け出したアーランメネスの背をユーヴェは呼び止めた。
「訪れた事が重要です、屋敷の中には入らないようにお願いします。もしも、甘い香りが漂ってきたら会話を切り上げて詰め所へ直ぐに引き返してください。」
「詰め所入口の右手から一番目の会議室をお貸ししましょう。必要な備品等ございましたら手近な者に伝えて下さい。」
頷いたアーランメネスはそう言い残し検分室から出て行くと彼と入れ違いに案内の憲兵達が入って来た。彼らはユーヴェ達に礼を取り、入口に控える。ユーヴェは彼らに検分を行った死体と同日に出た二体の死体を並べさせた。二つの死体はどちらも腹部がアイネーのように食い荒らされていた。ユーヴェは何度も死体の背を確認する。背には指型の痣が残されており、内一体についた痣は細く数が多かった。ユーヴェは死体に纏わり付いた痣をじっと見つめ、二匹の巨人の幼体が腸をむさぼり食っている情景を幻視した。
「・・。」
昼やや前、アーランメネスはユーヴェへ案内した会議室へ顔を覗かせると、彼は驚き部屋を見渡した。部屋の中には顔ほどの大きさの鏡が百枚程並べられ、縁には数字が書かれている。鏡の前に置かれた作業台にはユーヴェとオーグが向かい、ユーヴェは薬液を調製し続け、オーグは魔術触媒を大きな鉢ですりつぶしていた。
「ユーヴェ殿、これより屋敷の地区へ向かいます。その前に、爆発跡から魔術師アストス殿の剣が、弔い方をご存じであれば。」
アーランメネスは煤まみれの曲がったロングソードをユーヴェへ差し出した。ユーヴェは剣柄の装飾へ視線を落とし、アーランメネスの瞳を見つめた。
「ありがとうございます。預かりましょう。」
「ありがとうございます。私はこれで。」
安堵したような薄ら笑いを浮かべたアーランメネスはおざなりな礼をすると部屋を出て行った。ユーヴェの作業台の端に置かれた剣の柄には車輪が彫られていた。
準備を終えたユーヴェは鏃を取り付けた空気銃を担ぎ、川沿いのアパートの屋上にしゃがみ込んでいた。ポーチから手の平程の箱を取り出しアパートの縁へ乗せ位置を調節し、三本の釘を取り出してナイフの柄で叩き固定する。ユーヴェはこれを四角形のアパートの四隅へ行った。既に日は少し傾き、この作業は七棟目だった。ユーヴェは作業を済ませ次の八棟へ向かう。八棟の扉は朽ちかけており、扉の取手へ手を伸ばしたユーヴェは手を止めた。扉は僅かに開き、その隙間から甘い香りが漂っていた。
「オーグ。」
ユーヴェはオーグへ呼びかけると、オーグは肩へ巨銃を掛けて両肩から薬液に濡れたボルトを一本ずつ引き抜き剣のように握りしめた。空気銃のレバーを引いて蓄気を行ったユーヴェはオーグを先頭にアパートへ入る。始めは甘ったるさが漂いその後に据えた酸っぱい臭いが漂った。床には作りの悪い空き瓶、雑誌、食べかけの肉を挟んだパン等が転がりその傍らには痩せ細った年寄り、労働者、子供が座り込んでいた。内部の扉は蝶番が腐った木ごと倒れ奥の部屋まで無気力な人間で埋まっていた。ユーヴェ達を見た彼らは震えて隅に身体をこすりつけて目を伏せる。オーグは彼らを避けて進み、二人は階段を上り始めた。上階へ上がるにつれ甘い匂いは強まり、人の姿が消えた。遂に二人は最上階にたどり着いた。
「オーグ、止まれ。」
ユーヴェは肩に空気銃を掛け床に散った粉を摘まみポーチから取り出した薬瓶へ入れ軽く振り中の薬液と混ぜ込んだ。薬液は緑色に染まった
「喜びの色、此処は遊び場か。」
空気銃を構え直したユーヴェはオーグを連れて中を進み、扉を蹴り開けた。扉は中へ倒れ埃と噴霧物が巻き上がり、僅かに差し込んだ日の光が悍ましい物を映し出した。光は丸い肉体の輪郭を型取り、吊されたそれには何かが描かれていた。ユーヴェは外れ掛かったカーテンを剥ぎ取ると、それの姿がハッキリと露わになった。手足をもぎ取られた何人もの人間の胴体が縫い付けられ、中央から伸びた紐が天井へ位置付けられていた。縫い付けられた胴は半ば腐り、真っ青に膨れ真っ青な血管が浮き出ていた。その真っ白な肌の上を鮮やかな橙赤色の染料で線が三本、黒色の円が胸の辺りにいくつか描かれ、きれいに編まれた草の紐が肩に掛けられていた。下腹部には祭日用の貝紫色の小さな旗が飾られていた。ユーヴェは唇を舐め、窓から外を眺めた。階下に見える街並みは散らばった雑誌の白、灰色の木造安アパート、黒い煤で満ちていた。
「ごみ捨て場か。」




