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怪物狩りのユーヴェ  作者: 栗鼠
トエラケイの怪物(完結)
30/30

焼ける青い脳

 アンテロペロースはユーヴェの言葉に悩んでいた。彼は腕を組み屋敷の倉庫の棚へ収納された住人達、憲兵達、家畜の体を眺めていた。

「私にされた気分はどうだ。悔しいか、虫けら共。」

当然返事は無い。

「それが私に負けたということだ。さて、私はトエラケイから脱出させて貰おう。」

アンテロペロースは満足げに頷き屋敷の厩へ向かう。道中には結婚記念で植えられた若木が見える。

「とんだ結婚生活になったな。お前の名前は解らないが、俺を運んで来てくれて有難う。」

「お前のせいだ。俺を不幸にしやがって。国の名前を返せ。」

アンテロペロースは自身の呟きに口を窄め、声を太く変えて答えた。言葉に合わせて左手の人差し指から小指までの四指を揃えて親指とこすり合わせる。

「何だと生意気なこの雑魚が。黙って俺の言うことを馬鹿のように聞いていれば良いんだ。これは負けたということだ。」

アンテロペロースは左手の親指の第二関節を食い千切った。親指を飲み込んだ彼は顎下から滴る赤い血液を口を鳴らして血液を啜った。

「私は幸福だからそれでいいだろう。特別な体に傷がついてしまったじゃないか。お前の責任だぞ。」

怒り狂った彼は馬を走らせて屋敷の前へ出ると、ユーヴェの馬車は何処にも無かった。

「何処へ行った。私を殺しに来たのでは無かったのか。」

アンテロペロースは馬から飛び降りると屋敷の自室へ駆け込んだ。机には未開封の木箱と魔術書が置かれていた。

「白紙なのが気付かれたか、しかしあいつが私を殺さないはずが無い。」

渇きを覚えたアンテロペロースは水差しへ手を伸ばそうと腕を伸ばすが、肩が上がらず指先は服の裾を触れるばかりだった。やがて、指が強ばり視界が霞む。渇きは増すばかりだがアンテロペロースは金縛りにあったように動きを止める。

「熱い、熱い。何が起きている。」

指先を見下ろした視界が一瞬にして炎で埋まった。アンテロペロースは一歩も歩けずその場に倒れる。彼の全ての視界が炎上していた。アンテロペロースは目の前も見えず、芋虫のように這って部屋を進む。机に体が当たり落下した瓶が床へ落下して割れ、その音に彼は怯えて仰向けに転がった。痛みは感じないが、何千万と感じる炎の熱さ、巻き上げられた空気、周囲で怯える人間の声がアンテロペロースに確実な死を感じさせた。

「私は・・をこえ・・」

蟲は部屋を出られずに息絶え、街の井戸からは炎が噴き出し、伝播した火炎は街を伝ってトエラケイは灰燼に帰した。


 王宮の豪華絢爛な一室、見事な化粧台に立派なベッド。その高い家具の間に炎がいくつもの叫び声と共に上った。

「姫殿下ご無事ですか。ただ今城内で火災が起こっております。」

扉を開いて中を確認した近衛は慌てて燃え上がる従僕を押しのけて手近な毛布を振りかぶり。

「御免。」

何度も燃える姫を叩いた。しかしながら炎は一向に収まらず姫はもがき苦しんだ。登城中の豪族や娯楽室で寛いでいる従僕達の幾人かは姫と同様に燃え、謁見の間においても挨拶中の豪族が燃え上がった。王は王宮魔術師に連れられて城から避難した。王は燃え上がる城を眺めていたが屋形の窓から街中を見て驚愕した。王の白い顔が橙黄色に照らされ、口を震わせる。頭部が燃え上がった人間が水を張った堀へ飛び降りても尚、頭部を包む炎は消えず更に全身へ炎が燃え移る。

「魔術の炎か。教えて欲しいのだが、これ程大勢の頭部を同時に焼くことが可能なのか。」

王の手には輝く水盆が水を湛え、水面には正装をした王宮魔術師次長エレディウスが写っていた。揺れる水面に写る彼は口を開いた。

「陛下、私がお答えしましょう。金と膨大な準備さえあれば可能です。火炎魔術は個人にのみかけられる術であり、更に触媒は非常に高価であるため。敵対国家の魔術師によるものでしょう。」

「ではおまえ達は何をやっていた。今すぐに対策と原因を考え、次の魔術攻撃へ備えろ。」

エレディウスは無言で礼を取り。王は拳を振るわせる。王の興奮が冷めやらない内に馬車は近隣の大砦へ到着し、王は兵の手も借りず馬車から飛び降りた。それから暫く後、砦の司令室で命令を下す王へエレディウスが兵士に案内されて入室し恭しく王国式礼を取った。王に発言を許されたエレディウスは口を開く。

「ご報告いたします。」

「ちょうど今、王宮魔術師長とやつの派閥の魔術師の処刑を命令した。これからはお前が王宮魔術師長となる。これからよろしく頼む。何をしている。新王宮魔術師長よ、早く報告の内容を話せ。」

王の催促にエレディウスは口を開いた。

「今回の魔術は異常に見えます。通常の火炎魔術は対象の全身を炎上させる魔術です。燃えた者の頭部を解剖したところ焼け焦げた蟲が発見されました。後日怪物の種類を調べますが、燃えたモノはその蟲かと推察されます。」

「つまり、同一生物が複数体存在し得ると?尚且つ人間の頭部へ潜り込んでいたのか。誰も気がつかなかったのか?我が国は馬鹿の集まりか!怪物の姿を見ておきたい、写生した絵を見せに来い。」

エレディウスは礼を取り一歩下がった。続いて王は向かいに立つ二人の老人達へ命令を下した。

「国務大臣、宮内長官は状況の把握を急げ。諸外国の状況も探りたい。」

二人は王国式礼を取り了承を示す。国務大臣がエレディウス振り返り語りかけた。

「我々は王宮魔術院へ協力します。調査用費については年間支給額の三割とします。追加費用の審議については来期の第一回進捗報告会でお願いします。」

「承知致しました。」

エレディウスは造り笑いを浮かべ部屋を退出した。


 石造りの階段を駆け下りるエレディウスは出口で彼を待っていた弟子のフリスへ言葉を掛ける。

「蟲について情報を得たい。お前には師の屋敷を訪ねて貰う。」

「セネス殿はお亡くなりになったはずですが。」

「私の弟弟子のユーヴェに会え。アリオンでの人狼討伐から帰っているだろうから入れ違いになることは無いだろう。」

エレディウスは腕組みをして砦の中庭を歩き、フリスは短い足を繰り出して彼の後を追う。

「師匠、この道は厩舎ですよ。私は王都から出たことが無いのです。他の」

「当たり前だろう。お前の兄弟子は魔術研究の発表、怪物退治、遺物調査で出払っている。今は人手が足りないのだ。お前はもう十二歳になる、そろそろ荷物持ちと勉強以外で皆の役に立て。」

「はい。・・師匠、ユーヴェ殿はどのような人物ですか?」

エレディウスはフリスの質問へ少し考えて視線を余所へ向けた後、フリスへ向き直り気を付けで言葉を待つ彼へ答えた。

「怪物退治の専門家、優れた魔術師だ。私は一度、彼と共に怪物を退治した事がある。その時は魚人が相手で、彼は私が一匹退治する間に二匹を退治し流れるように三匹目の両眼を剣で切り裂いていた。お前も会えば解るはずだ。」

エレディウスの話に肩を落としたフリスはとぼとぼと歩く。見かねたエレディウスはフリスへ言った。

「お前に荷馬車を買った。新品で綺麗な幌と毛布が付いている。御者台はバネ付きだ。食料も水もたっぷり積んでいる。王国旗を掲げる許可も得た。お前は北西の街道を真っ直ぐ進み宿で休め、それを片道二十日間繰り返せば旅は終わる。赤い屋根の屋敷が目的地だ。」

「はい。」

フリスは緊張した面持ちでエレディウスを見上げて頷いた。エレディウスはフリスへ笑顔を向けて語りかけた。

「これはお前へ目を掛けての事だ。結果によっては内容を国王陛下へご報告する仕事になる。つまり出世への近道だ。解るな。」

二人の靴が砂利を踏みしめる音が重なり、エレディウスの歩幅はフリスへ合わせられる。

「蟲の件もそうだが、ロイの件も探りを入れて欲しい。荷馬車に金と地図を含めた資料は全て積んである。行き掛けの宿で内容を確認してくれ。レイアス憲兵隊司令官の死が不可解だ。」

「どの点がです?」

「全てだよ。そもそも彼が何故ロイに居たのか、怪物の体内に何があったのか。他にも謎はあるが、この辺りは全く解っていない。ユーヴェは何かを知っている可能性が高い。」

エレディウスは片手を厩舎へ停められた荷馬車を指した。彼は笑みを浮かべている。

「今日、今からですか。」

「そうだ。今は迅速な状況把握を求められている。」

フリスの背を押して業者台へ乗せるとエレディウスは砦の門を指差す。フリスは窓から覗いていた王とエレディウスへ礼を取り、馬車を走らせた。王都が燃えたこの日の夜明けにトエラケイの怪物は全滅した。


 一方、トエラケイを脱出したユーヴェは背後の燃える田園地帯を眺めていた。用水路や都市を横断する川の水からも炎が立ち上り、一面が煉獄の世界だった。

「オーグ、アルドルアスの工房へ寄ってくれ。」

肩に取りを乗せたオーグが操る馬車内でユーヴェはアルドルアスの荷馬車から拝借した書簡箱の中身を漁る。一本の鍵と開封済みの手紙を何枚か取り出したユーヴェは手紙へ目を通し始める。

「どれも王都経由の郵便印だ・・殆どはご両親からか。誕生日会、組合の挨拶、買い付け。同僚からの手紙は無いのか。」

封筒と中身を次々に確認する手が三十通目で止まった。

「これもご両親からの食事会か。これは何だ。」

ユーヴェは顔面すれすれに手紙の端を近づけた。

「薄い紙が貼り合わされて盛り上がっている。少し香水の香りもするな、解る者が嗅げば銘柄も解るかもしれない。」

紙を破ったユーヴェの黒い手袋の上へ黄ばんだ爪が転がり落ちた。爪は欠片と言えるほど小さい。断面は小刀で削られたように滑らかだった。

「魔術師への手紙か、ちょっと覗いて見るか。」

ユーヴェは馬車の上で薬液を取り出し、鏡の準備を始めた。

「オーグ、馬車を停めてくれ。」

馬車の停車を待ち、ユーヴェは鏡を荷物へ立てかけた。爪の欠片と薬液を練り込んだ粘土を鏡の下部へ取り付けると、鏡が色付き、木造の一室を写し出した。


 始めは煙だった。火の点いた使い捨てパイプをサイドベッドの小さな茣蓙の上へ乗せた視界の主はベッドから立ち上がった。視線が流れて本棚を通り過ぎ、窓へ視界が向けられた。朝日が射し込む街中が映し出され、人でごった返した通りが蠢いていた。人々の隙間からは出店の包み紙が覗き、台へ載った版画絵売りの子供が安物の鞄を片手に完売と叫んでいる。少し離れた場所には特徴的な馬留めへ馬の手綱を引っ掛ける使用人の姿も確認できた。視線はそのまま窓際の机へ落とされ一枚の版画絵が写る。今朝刷られたモノだろう、版画絵は頭部が燃え上がった人間の絵が描かれており、字面はこすれて黒字が伸びていた。紙は握りしめられたように折り目が付いている。題名は『多発する人体発火矢張りアルディ二ウムの攻撃か』と書かれており、中には社会不安と憲兵隊への賞賛が描かれていた。

視界は更に流れ衣装棚へ向かう。開かれた衣装棚の中には婦人服と正装がかけられており、白い腕が正装へ伸びたところで鏡は光を失いユーヴェを写し出した。


 ユーヴェは手記を取り出して考えを纏める。

「本棚は本で埋まり、その中にデュイデスの魔術書があったな。街は人だかり。」

ペンを握った手が紙を滑る。

「正装には特徴的なボタン飾りがあった。あの紋は王都の役場のモノだったか。しかし馬留はキュウコリスの水馬だった。・・オーグ、進路を北西キュウリコスに変えろ。」

手記を置いたユーヴェは背後の荷物箱から街道図を取り出して目の前へ広げて焦げた革ズボンに乗せ、旅路を考えた。

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