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お嬢様の服選び




「お、お嬢様!未来の旦那様が今からいらっしゃるそうです!」


「え、え?出発はまだ先ですが・・・・」




昨日、兄から話を聞いた私は急いでウィリアム様とブライトさん宛に手紙を書いた。出発時間や船の名前、それから出港場所などを記した手紙は屋敷の者にその日中に届くよう指示をしたので、お二人もすぐに確認してくれたと思う。


日時などを伝える際の渋々といった表情の兄と喧嘩をしそうになったことまでは書かなかった。


その翌日、旅行の準備を一人自室で行っていると、専属使用人のケイトが慌てた様子で現れる。私もウィリアム様という名前だけで肩を跳ねさせ慌てる。だけど私が何か言ってもまるで耳を貸さないケイトはすぐに私の服へ全て剥がすと風呂場へと連行させた。


そして複数の使用人に体を洗わせている間に今日の服装を考えるらしく風呂場からケイトが消える。その間私は鍋底にこびりついた汚れのようにごしごしと洗われる。もう少し優しくしてくれてもいいと思う。


それから素っ裸のまま自室へと戻され、ローブを手渡されるとそれを羽織るよりも前にちゃっちゃと使用人たちが髪を乾かして行く。もう手慣れたものだ。早すぎて手元がよく見えない。



「うぅん、これがいいかしら。それともこれがいいかしら」


「(随分念入りだな・・・・)」



私に許可を得ないままケイトがクローゼットの中を物色する。私よりもクローゼットの中身を把握しているケイトはごそごそ棚を開けたり、かけておいたワンピースをぽいぽい取り出すとそれを私の体に当てて行く。



「これかしら・・・・でもこれだと去年の流行色だし・・・」


「ケイト、なんでもいいですよ」


「だめですよぉ!未来の旦那様が今日も私の奥さんは可愛いなぁって思う瞬間なんですから!」


「・・・・・・」


「お嬢様の可愛らしいお洋服を見て、それが自分のためなんだと幸せを噛み締めるんです。もうとびっきりに可愛くしないと!」


「・・・・今までだって十分ウィリアム様はケイトの腕を褒めていらっしゃいましたよ」


「何を言っているんですか!今までとこれからじゃ大きく違います!」



そう言いながらケイトが可愛らしい顔を膨らませて歩み寄ってくる。そのまま私をドレッサーの前へと連れて行くと、鏡越しにワンピースをあてる。その表情は真剣そのものである。


今までとこれからじゃ大きく違います。


その言葉の意味がなんとなく分かり、私の顔が鏡越しに赤くなっていく。ケイトは昨日、リビングでウィリアム様が「好き合っている」と言った瞬間を聞いている。つまり私がウィリアム様を好きだと知っている。


それを口にしないのは屋敷の者と結託して何か企んでいるのかもしれないが、その理由を聞けるだけの勇気がない。すでに屋敷の者には周知のことなのだろうが、昨日屋敷に戻ってきても皆が騒ぎ出さなかったのが逆に怖かった。


実は、その理由はウィリアム様が以前『大事な子なので、大事にしたい』と私との関係をじっくり深めたいと意思を伝えたことから、母やケイトも無駄に騒がず、じっくり私のウィリアム様に対する愛情を温めようと考えたかららしいのだが、もちろん知らない。


とにかく、ケイトのささやかな応援を私はむず痒く感じながら受け入れる。今までだったら『そんなこと考えないでいい』と伝えていたが、自分の気持ちに気づいたので受け入れたいと自分から思うようになった。


好きって、不思議な感情である。



「これかしらねぇ・・・夏だしもっと肌露出させようかしら・・・・」


「露出は控えめにしてください」


「首元はすっきりさせた方がいいわよね・・・よし!これに決めた!」


「(全く聞いてない・・・・)」



そう言って私の体に当てたのは、夏の空に似合うような水色のワンピースだった。このワンピースも亜麻布で作られているようで、とても軽い。ワンポイントでレースが襟元につけられており、それがふわふわと揺れ、まるで連なった雲のように見えた。さすがケイトである。


しかし、胸に当てられたワンピースが私から離れて行く際、背中の部分がいつもよりがっぽり開いていることに気付きぎょっとする。昨日の黄緑色のワンピースは背中全体を覆っていたのに、これは肩甲骨が少しだけ見えるくらいがっぽり開いている。


私は目を見張ったままぷるぷると固まる。こ、こんな露出の多いワンピースなんて着たことがない。



「よくウィリアム様はお嬢様の背中に手を添えますからね、確実にチェックしますよ。そしてこの日焼け知らずの瑞々しい肌に触れたいと思われるはずです」


「・・・・ケ、ケイト・・・・」


「正面も鎖骨が見えるだけ開いていますから、前方に落としたものを拾う際は胸元を押さえてくださいね」


「ケイト・・・・!」


「うふふ・・・遠くから見ると夏らしい可憐なお洋服ですけど、近づけば近づくほどお嬢様の肌を近くに感じるという戦法です!ウィリアム様もきっと気に入ってくださるわっ」



ただ私を言葉でからかうのではなく、服で攻めることにしたらしいケイトの緻密な計画に私は言葉を失う。使用人たちもケイトの優れた采配にぱちぱちと拍手をしている。だけど私がキッと睨むとそそくさ部屋を出て行った。


新しく購入したらしい下着を手渡される。それはコルセットのような形をしているが、なぜか肩の部分がない。今まではコルセットがずり落ちないように肩から下げるものばかりを着ていた。なのにこれにはそれがない。



「ケイト・・・これ肩のところがないのですが・・・」


「はい、そうですよ?ワンピースから見えちゃいますからね」


「・・・・・・」


「今日はきつめにコルセットを巻きますからずり落ちるなんてことになりませんよっ」


「ゔっ・・・・!」



バスローブをひょい、と取ったケイトが私の腹部にコルセットを回し、ぎゅっと紐をしばっていく。その強さに呻き声を上げながら必死に堪える。こ、こんなものを一日中つけていたら息ができなくて酸欠になる。


私はばしばしとケイトの肩を叩いて苦しいと伝える。だけどケイトは手を止めることなく全て紐を閉め終えると頭からワンピースをばさっと被せた。



「さぁ髪を整えましょっ、今日は首元をすっきり見せますよ」


「お、・・・・お願いします・・・」


「前髪はカールをかけましょうかね」


「・・・・・」



そう言ってドレッサーの引き出しからごそっと大きなハサミのような形のカーラーを取り出す。持ち手のところ以外は鉄でできているカーラーは見た目通り重たいようで、ケイトが左手に力を入れながらそれを持つ。器用に前髪をくるくるとカーラーに巻きながら、火と風属性の魔力を放出して温かい風を髪に送って行く。そうすると前髪がくるんっと額に向かって巻かれた。


まだ熱いのでそのままに、と言いながらケイトが後ろの髪を整えていく。側頭部から髪を捻って後ろに持って行く。それを反対側も行うといつもより髪にボリュームが出る。一つにまとめ、器用に最後は三つ編みをしてお団子にする。



「はいっ、ちょっとお姉さんになりましたよっ」


「おぉ・・・・」



まさに匠の技だ。私一人ではこんなに上手にヘアセットを行えないだろう。横を向いて後ろの状態を確認するが、綺麗に整えられている。きっとケイトは来世そういう仕事を専門にする女性にでもなるのだろう、と他所で思った。


その間に化粧道具を並べたケイトが普段通りに顔を飾って行く。いそいそと口紅を塗って私に紙を加えさせると、ケイトが口をすぼめる。



「んーまっ、としてください!」


「・・・・んーま・・・」


「・・・・ちゃんとやらないとウィリアム様が色鮮やかな唇ばかり気にしてキッスしちゃいますよ!」


「んーまっ!」


「はい!お上手です!」


「・・・・・・・」


「(しくじった・・・そのままキスさせればよかった・・・・)」



やっぱり言うんじゃなかったわ。と言いながらケイトが私を立たせる。そしてクローゼットから網目の大きい白いカーディガンを取り出すと、それを肩にかけた。



「いいですかお嬢様、馬車に乗り込む前にカーディガンをさりげなく外すんですよ。そうしたら嫌でもウィリアム様が背中を見ます。そしてそのまま馬車に放り込んで押し倒しーーーー」


「ケイト・・・・!」


「あらやだ私ったら妄想が声に出ちゃったわっ!オホホホ!」


「・・・・・」


「ささっエントランスに行きましょっ」



気持ちが上がらないままケイトと共に自室を出て廊下を歩く。


うきうきするケイトの横で私は今からウィリアム様に会うんだと緊張し始める。会えるのは嬉しいが、会うと会うで息ができなくなるから困る。


そうこうしている間にエントランスへとついた私を執事長のジョージさんが見る。今日も皺くちゃな顔をさらに皺くちゃにして微笑むと、そっとドアノブを開いた。


ケイトに背中を押されて外に出る。するとすぐに夏の日差しが肌に当たる。あまりにも強い日差しに私は手を翳しながら空を見上げる。ちょうど真上に入道雲が漂っていた。まるで白い王宮のようだ。



「ほらお嬢様っ、ウィリアム様をお出迎えしてくださいっ」


「わ、分かってます」



とりあえず落ち着こう。落ち着けばきっと大丈夫。と何度か深呼吸をして馬車のドアが開くのを待つ。


私が出てきたことに気づいたウィリアム様が長い足を伸ばして馬車から降りる。今日はグレーのスーツのようで、長い足にぴったりとくっついている。だからだろうか、すらりとした足の線が見えて美しかった。上半身は水色のシャツの上から、とても薄い生地でつくられている上着を羽織っている。


その上着を夏の風を受けて揺らしながら爽やかな美青年が笑顔を振りまいて歩いてくる。


今日は整髪剤で前髪を上げているようで、額が露わになる姿に私だけでなくケイトまでもがぷるぷると震えて『か、格好いい』と呟いていた。もはやウィリアム様の美しさは凶器を通り越して物騒な兵器である。



「ジェニファー」


「ウィ、ウィリアム様・・・ご、ごきげんよう」



以前の反省点を活かし、しっかりとワンピースの裾を掴み膝を曲げて会釈をする。恥ずかしいからって挨拶をしないのは貴族として無礼だから。


だけど顔が見られない。私は会釈をしたまま地面を見つめる。するとその視線にウィリアム様の傷一つない革靴が見える。め、目の前にいる。顔を上げないと。でも上げたらきっと私は固まる。


どうしよう、と裾を掴んだまま固まっていると、その手にウィリアム様が触れる。そしてなぜか私の固まった手を私自身の頬へと当てる。その手にウィリアム様が手を重ね、ぐっと持ち上げる。そうされると嫌でも上を向いてしまう。


夏の日差しを受けてきらきらと輝くウィリアム様の深緑の瞳を見てしまう。



「ふふ・・・ジェニファー、会いたかったよ」


「・・・・ご、ごきげんよう」


「うん、ごきげんよう」



そう言ってウィリアム様が私を抱きしめる。ウィリアム様のおかげで太陽の光が肌に当たらなくはなったけど、その分ウィリアム様の体温を感じて結局暑かった。


こちらの瞳を覗くウィリアム様がにこりと微笑む。その表情にわなわなと唇を震わせて顔を赤くする。ウィリアム様は私の真っ赤な顔を見るとくすくすと微笑み、くるんとカールされた前髪にキスを落とす。そしてその前髪を指で遊ばせた。


その様子を見てケイトは胸の前でぐっと拳を握り『やってよかった』と思ったそうな。


だけど私は間近にあるウィリアム様の美しい顔に息を止める。そうやっていないとウィリアム様の柔らかい香水の香りを吸ってしまうから。


ぷるぷる腕の中で震える私にウィリアム様もぷるぷると震える。そして堪えきれずに吹き出すともう一度強く私を抱きしめた。そして首元に顔を埋め顔を綻ばせて呟く。



「顔を上げられなかったら今みたいに頬を持ち上げればいいよ」


「・・・・・」


「できなかったら手伝ってあげるから」


「だ、だ、大丈夫です」


「そう?じゃあ明日もちゃんと顔を見て挨拶できるかい?」


「・・・・が、頑張ります」


「うん、頑張って」



私が恥ずかしくて顔を見られないことに気づいているらしいウィリアム様が楽しそうに笑う。


それから顔を離し、一度ケイトへと顔を向ける。ケイトもウィリアム様と目があったので嬉しそうに胸の前で手を合わせながら足早に駆け寄ってくる。あなたは飼い慣らされた犬か。



「今日も髪を整えたのかい」


「はいっ!ケイトが腕によりをかけて整えました!」


「うん、上手だよ」


「あっ、ありがとうございますぅ!」


「きっとあの方も褒めてくださると思う」


「・・・・『あの方』・・・?」



ケイトと私がウィリアム様の言葉に首を傾げる。するとあまりに息があっていたのか、ウィリアム様がくすくす笑いながら私の頭に手を置く。そしてケイトへと視線を向けると、愛想の良い笑みを浮かべた。



「私が贔屓にしているデザイナーが王都にいるんだけど、今回の旅行もあるし服を新調しようと思ってね」


「(お、お抱えのデザイナーが王都に・・・さすがファッションリーダー・・・)」


「あの方の服はとても人気でね。だからジェニファーの服も用意してもらおうと思ったんだ」


「え・・・・・」



王都に店を出すようなデザイナーで、公爵家のご子息が贔屓にするほどだとしたらかなりの売れっ子デザイナーなんじゃないだろうか。そんな方が作る服は確実に高価なはず。ある程度貯金はあるけど、何着も買っていたら破産すると思う。


私は一応カバンの中にある財布を取り出して中身を確認する。いくらか入っていたので一着くらいは購入できるだろうか。そう思っていると、ウィリアム様がなぜかムッとしながら腰に手をおいて「怒ってますよ」と表情で伝える。な、なんだろう。可愛い。



「私が着せたいんだよ、私が払うから気にしないでいい」


「え、で、でもきっとお高いんじゃ・・・・」


「・・・・私を誰だと思っているのかな」


「(こ、公爵子息様です・・・・)」



きっとウィリアム様の総資産額だけでスペンサーの屋敷が建ってしまうだろう。それは分かっているが、ご自身で稼いだお金なら、ご自身で使うべきではないのだろうか。


そう思うのは私だけのようで、ウィリアム様はムッとするのを止めると嬉しそうに顔を綻ばせて私の頭にキスを落とす。



「こういう時こそ金持ちの彼氏を使うべきだろう?」


「かっ・・・・!」


「キャーッ!お金持ちの彼氏かっこいいー!!」



きゃっきゃとケイトが隣で騒ぐ。私はといえば『彼氏』という二文字に顔を真っ赤にしながら言葉を失う。そ、そうか、婚約前だしお互い好きあっているなら彼氏なのか。だったら私は彼女なのか、そうか、それってとてもーーーーー



「(は、恥ずかしい・・・・)」



なんという残酷な二文字だろうか。聞いたことがあったはずなのに、生まれて初めて聞いた言葉のように頭に響く。思わず頭を押さえて「彼氏、彼氏」と呟いているとそれに気づいたウィリアム様が片方の口角をにやりと上げる。



「私はジェニファーの彼氏だよ」


「か、・・・・・」


「ジェニファーは私の彼女だね?」


「・・・・・・」



こてん、と首と傾げるウィリアム様に胸を押さえて俯く。ウィリアム様にそう言われると腹部を殴打されたような感覚になる。も、もういい。もうそれ以上言わないで。


上限突破をしてしまいそうな私にウィリアム様がくすくすと笑う。それから幸せそうに私とウィリアム様を見ていたケイトへと視線を向ける。



「君も来るかい」


「えっ・・・私もですか?」


「うん。洋服のセンスも良いようだし、ジェニファーに似合う服を一緒に選んであげるといい」


「あ、ありがとうございます!!」


「ジェニファーもその方が安心するだろう?」


「・・・・そ、そうですね・・・・」



一流のデザイナーの前に一人で立っていたら萎縮してしまう。ケイトなら服にも詳しいし、一緒に来てくれるならとても安心する。なのでこくこくと頷けば、ケイトは顔をぱぁと明るくすると嬉しそうにその場できゃっきゃと飛び跳ねた。


ケイトの様子に私も自然と笑みが溢れる。いつも文句も言わず、いや、文句は言っているか。それでも毎日飽きもせず私に似合う服や化粧をしてくれるケイトには感謝している。きっと一流のデザイナーがつくる服を見ることができれば、彼女も喜ぶだろう。


私は一歩ケイトへと歩み寄ると、まだ飛び跳ねている彼女の肩に手を触れる。



「ケイト」


「は、はい?なんですかっお嬢様」


「ケイトにはいつもお世話になっているので、私からも服を贈りたいです」


「え・・・・・」


「ケイトもたまには綺麗に着飾ってほしいです。せっかくの旅行ですから」


「お、お嬢様・・・・・」


「私も子爵のお嬢様ですから、いくつか買ってあげます」


「・・・・ゔぅ・・・お嬢様がお優しい・・・・・・!」



表情をころころと変えるケイトが今度は泣き出す。そのケイトの頭に手をおくと余計に泣かれたので急いで離そうとする。だけどなぜかケイトに掴まれてまた頭に戻された。ど、どうされたいんだ。


よく分からないまま頭をぽんぽんと撫でていると、ケイトはハンカチで目元を拭いながら「すぐ戻ります」と言って屋敷に戻って行った。服を着替えるのだろう。


それなら客室で待っていようかとウィリアム様へと視線を向ける。だけどウィリアム様はこのまま馬車で待つつもりらしく、私の背中に手を添えると馬車へと向かった。


馭者が私に挨拶をしてくれる。その馭者とももう一年くらいの付き合いになるので顔馴染みだ。私もぺこと頭を下げると馬車の階段に足を乗せて中へと入ろうとする。だけどやはり直射日光を受けた馬車の中は少しだけ暑い。窓が空いているので風通しは良いと言っても乗り始めたころは暑いだろう。


私は馬車の中に入るとすぐにカーディガンを脱いでぱたぱたと手で顔を扇ぐ。


すると後から涼しい顔で馬車に乗り込んだウィリアム様がぴたりと動きを止める。なんだろうか、と思って私が振り返る。そして自分のワンピースをじっと見ているウィリアム様に気付きカーディガンを脱いだことを後悔した。



「・・・・・・」


「・・・・・・」



顔を扇ぐために腕を上げたことで肩甲骨がくっきり出ているらしい私の背中をウィリアム様が見る。あまり肌を露出しない私がここまで開いた服を着ていることに驚いているようで、珍しくウィリアム様が固まっている。


だけど次の瞬間には照れたように口元を手で覆うとそっと私から顔を逸らした。



「あまり直視できないな・・・・」


「も、申し訳ありません。きき着替えてまいります」


「いや、いいよ。その服も彼女が用意したんだろう?」


「は、はい・・・・」


「それなら着てあげたほうがいい。それにあの方も良いと言いそうだ」


「そ、そうですか・・・・」



口元を隠しながらウィリアム様が私の向かいに座る。そして気まずそうに私をちら、と見ると襟元から覗く鎖骨に言葉をつまらせた。私も恥ずかしくて顔の熱が集まるので急いでカーディガンを羽織る。するといろいろ見えなくなったのかウィリアム様がため息をついて額に手を置いた。


いつだって余裕のあるウィリアム様の姿に『珍しいな』と他所で思う。それだけケイトの服のチョイスがよかったのだろうが、見事にケイトの思う壺のような気がして素直に喜べない。


ぼんやりと顔を赤くしたままウィリアム様を眺める。その視線に気づいたウィリアム様が困ったように眉を下げながら微笑んだ。



「私だって余裕のない時くらいあるよ」


「(あれ、心の中読まれた・・・・?)」


「私だって意識する」


「・・・そ、そうですか・・・・」


「はぁ・・・・でも可愛いよ、その服」


「・・・ありがとうございます」



頬をほんのりと赤らめながらウィリアム様が言うので、私まで伝染して赤くなる。ぱたぱたと顔を手で扇いで気を紛らわせようとするけど、その時つつ、と首元に汗が伝う。


私はぎょっとしてカバンに手を突っ込むとハンカチを探す。だけど焦っているからかハンカチがなかなか出て来ない。先ほど財布を出した時に奥へ入ってしまったようで、掴めない。


そうしていると汗が首から鎖骨へと落ち、胸元まで伝っていく。


これ以上汗をかいているところを見られたくない私がおろおろとしていることに気づいたウィリアム様が手伝おうと思ってくれたのか身を乗り出す。そして私の胸元に一筋の汗が伝っていることに気づくとゔ、と言葉を詰まらせた。


そして、なぜか私の手を掴む。



「ウィ、ウィリアム様・・・・」


「・・・・それ以上煽らないでくれないかな」


「あっ、煽ってなど・・・・!」


「どうして今日はそんなに可愛いの」


「ケ、・・・・ケイトが!ケイトがその、」


「・・・・せっかく我慢したのに、ジェニファーが悪いんだよ」



ずるい子だ、と言ってウィリアム様が向かいの席からこちらへと座り直す。そして私のカーディガンに手をかけするすると左肩だけ露わにする。脱がされるわけではなかったけれど、たるんだカーディガンが私の肘に集まる。


ひんやりとしたウィリアム様の指先が二の腕に触れる。それに驚いて身動ぎをするとウィリアム様がうっそりと微笑んだ。そして片方の口角だけ上げると、そのままぐっと身を寄せる。



「私の余裕のない顔を見て楽しいかい」


「そ、そんなこと断じて!断じて!」


「ふふ・・・・余裕なんてあるわけないよ、いつも必死だから」


「・・・・・・」


「お人形さんに好かれようと私が必死だとちゃんと気づいてる?」



間近でそう問いかけられ、私は真っ赤な顔のまま固まる。その様子にくすくすと微笑むと馬車の暗がりの中で生温かい深緑の瞳をぐっと近づけられる。


そしてぐら、と瞳の色を若紫へと変えていく。心臓が止まるかと思った。


以前のように、ゆっくりと若紫色に変わっていく様子をウィリアム様が私に見せつける。『私が君のものになっていくよ』と言われてもいないのにそう思ってしまう。まるでウィリアム様を侵食していくような光景に、私は眉を下げてわなわなと唇を震わせる。


そうするとただウィリアム様を煽るだけだと分かっていない私は、それでも嫌だ嫌だと顔を横に振って訴える。だけど瞳の色は若紫にどんどん変わっていく。


ずくん、と下腹部が重くなる。


全て若紫色になった瞳のまま、ウィリアム様が唇を瞼に寄せる。その時に魔力を込められたのが分かる。



「(魔力が動いてる・・・・)」


「・・・・あ、・・・」


「・・・・・」


「ジェニファーが私のものになっていく」


「・・・・っ・・・・」


「若紫色に私の深緑が混ざってる」


「ま、待っ・・・・」


「・・・綺麗だよジェニファー、この世で一番」


「(待って、待ってそれ以上言わないで)」


「・・・・好きだよ」


「・・・・・!」



虚に微笑んで頬を上気させながらウィリアム様が私の唇に触れる。その婀娜やかな雰囲気と表情に耐えきれないと足を動かす。だけどウィリアム様が私の太腿の上に手を置いてしまって動かせない。そして顔を傾けると触れるだけではなく口を覆うように食んだ。


上唇を食んだまま引っ張る。小さなリップ音を聞いてウィリアム様が若紫の瞳を細める。そして私の唇を親指で押すとそのままぐっと押し込んだ。私の逃げ惑う舌を親指の腹で捕まえると、私を馬車の壁に押し付けるように身を乗り出して唇を寄せる。


上顎を撫でられ、変な声が出そうになる。なので喉に触れるとその手をウィリアム様が掴んだ。そして代わりに私の首に手を添え、どくどくと流れる脈を感じる。


ず、と舌を吸われる。リップ音なのか水音なのかよく分からないものが馬車に響いて淫靡な雰囲気をより一層強める。太腿に置かれたままの手がすり、とそこを撫でた。なのでもじもじ動かすけど特に何の意味もなかった。


はぁ、と吐息を零してウィリアム様が私を見下ろす。私は一気に息を吐き出すと浅く呼吸を繰り返す。その様子をうっとりと眺めながら再びウィリアム様が顔を寄せる。


だけどその時、大きな音をたてて馬車のドアが開かれる。



「お待たせいたしま・・・・・・」


「・・・・・・」


「(ケ、ケイト・・・・!)」



ぽかん、としたままケイトがこちらを見ている。私は見られてしまったと恥ずかしくなってウィリアム様の肩を押す。だけどウィリアム様はゆっくりと顔を持ち上げると乱れた前髪を整えることもせず、ケイトへと振り返る。



「・・・・ちょっと待ってね」


「・・・・っ・・・」


「か、か、くかかしこまりましたぁ!」



ウィリアム様が火照った表情でケイトへと伝えた。その色気にケイトは鼻を押さえながら勢いよくドアを閉める。外で何かが落ちるような音が聞こえたが、きっとケイトが転んだか腰を抜かしたのだろう。


その様子を満足げに見た後、ウィリアム様が馬車の椅子に膝立ちをしながら上着をゆっくり脱いでいく。するすると布が擦れる音に私が死にそうになっていると、ウィリアム様がばさっと向かいの席に上着を投げた。


そして物騒な兵器のような美しいお顔で悪魔のように微笑んだあと、ご自身のシャツのボタンを一つ外す。


ほ、本領を発揮している。と身の危険を感じた私が逃げ出そうとする。だけどそれを許さないとウィリアム様が私の肩を押して馬車の壁に押し付けた。



「・・・あっつい・・・・」


「・・・・・・・・」


「ふふ・・・・せっかくカールしたのに熱で取れちゃいそうだね」


「だっ、・・・待っ・・・・」


「待たない」


「っ・・・・・」



首元に顔を埋め、唇を這わせる。そのまま歯で軽く首を噛むと、小さな痕をつけた。顔を傾けたままウィリアム様が吸い込まれるように唇に触れる。せっかくつけた口紅などとうに消えている。その唇からどちらのものとも分からない吐息が馬車に響く。


もしかしたらその声もケイトに聞かれているんじゃないだろうか。そう思えば思うほど頭が混乱していく。こんなところをケイトに見られてしまった。きっとあとで母に報告されてしまう。


ぷは、と言いながら唇を離した私をウィリアム様が悪魔のようにくすくすと微笑みながら見下ろす。頬を撫で、するりと首元へと指を移動させると先ほどつけた痕を撫でる。


そして耳に顔を寄せると疼くような声色でぼそっと呟いた。



「見られちゃったね」


「・・・・っ・・・・・!」


「・・・今も見ているかもしれないよ」


「・・・や、め・・・・」



わざと私が気にしていることをウィリアム様が言う。意地悪だ。そんなことを言われたら私が動揺すると分かっているのに。


やめてくれ、とウィリアム様を見上げる。だけどウィリアム様は生温かい若紫の瞳を向けると、くすと微笑んで再び耳に唇を寄せた。



「ねぇジェニファー」


「・・・・・・・」


「私はそっちの方が燃える」


「・・・・〜っ・・・ウィリアム様!」


「このまま、いい?」


「だっ、だっ・・・・だめです!」


「・・・・残念だなぁ」



もう今を逃したら本当に食べられると思った私が全力で伝える。すると雰囲気を変えたウィリアム様がくすくす笑って私から離れる。そして浅く息を繰り返す私の背中に手を添えると、ぽんぽんと撫でた。



「さすがに馬車の中だと()()()()()から」


「・・・・・!」


「今度にしようね」



今度があるのが怖いが、私はこくこくと何度も頷く。その様子にご機嫌そうなウィリアム様は向かいの席に戻る。そして右手を軽く上げると、風属性だと思われる魔力を放出した。一瞬で馬車の中から熱気が消えて行った。


それからウィリアム様は外で待機しているケイトに合図を送るように馬車のドアをノックする。その音を聞いたケイトが恐る恐るドアを開くと、狭い隙間からこちらの様子を伺った。



「も、もうよろしいんですか」


「うん、いいよ」


「・・・・本当によろしいんですか?」


「いいとおっしゃってます・・・・!」



どうぞ続きを、と言いたげなケイトに私が真っ赤な顔をしながら叫ぶ。そしてこちらからドアを開くとケイトの腕を引いてさっさと乗り込ませる。


ウィリアム様はケラケラと笑いながら放り投げた上着を着直し、外したボタンを止める。その様子にケイトは心底残念そうな視線を向ける。



「行こうか、あまり遅くなるとラーク殿が心配するだろうから」


「いえ、ウィリアム様。ケイトがそこはうまく誤魔化しますのでどうぞ王都でご一泊」


「ケイト・・・・!」


「ああん!私ったらなんてタイミングで・・・!お邪魔してしまったわ!」


「・・・・ケイト!」



いつまで経っても浮かれているケイトにじとっとした目を向ける。その様子を窓枠に腕を置いて楽しそうにウィリアム様が眺める。


だけど馬車の片隅に置いていたらしい資料を取り出すと、それを見た。どうやら仕事を持ち込んでいるらしい。きっと休暇のために少しでも仕事を片付けておこうと考えているのだろう。


そのことに申し訳なく感じるが、さ、先ほどのこともあるので声がかけられない。あとで落ち着いたらお礼を伝えよう。



「はぁ・・・・私ったら空気読めない女・・・・」


「・・・・・・」



それからウィリアム様は仕事に集中し、ケイトはお仕事中のウィリアム様という貴重な光景をうっとりと眺める。私はそのケイトをじとっとした目で見つめ続ける。


結局特に会話もなかったが、今はそれが逆によかった。



「わぁ、王都なんていつぶりかしら・・・・」


「ケイト、あまり顔を乗り出すと落ちますよ」


「お嬢様じゃないんですから大丈夫ですっ」


「む・・・・私は落ちないです」



王都へと入り、街並みを眺めるケイトと同じように私も外を見る。相変わらず忙しない街だ。一流が所狭しと店を構え、街ゆく人に声をかけている。その活気ある様子に私は興味津々というような瞳を向ける。ケイトも久しぶりの王都に喜んでいるらしく、可愛らしい無邪気な笑顔を浮かべていた。



「・・・・・・」



今日は奮発してあげよう。


いつもお世話になっているし。さっきの発言は許せないが。とにかく、可愛らしい笑顔を見ていると私も何か贈りたくなる。早く到着しないかな、と思っていると馭者が手綱を引いて馬を止めた。


ウィリアム様もそれに気づくと資料を椅子に置いて窓の外を見る。



「行こうか、案内するよ」


「はい、お願いします」


「お願いしますっ」



三人で馬車を降り、王都に足をつける。中央司令部に行く際もよく王都を訪れていたが、今日は街の中でも中心部分に来ているのか、ここから司令部は見えない。


久しぶりにティミッドさんに会いたい。魔獣を見せてもらいたいが、それ以上にモディリーさんとの恋はどうなっているのか聞きたい。


そういえばウィリアム様は最近司令部に通っているようだから、あとで聞いてみようか。そんなことを考えながら歩いていると、ウィリアム様が足を止める。そして長い腕を上げると一つの店を指差した。



「ここだよ」


「まぁっ素敵なショーウィンドウですねっ」


「・・・・すごい・・・・」



一階と二階がお店になっているようで、窓から見える洋服がきらきらと輝いている。そのどれもが鮮やかな色をしており、一つとして同じものがないように見えた。


ケイトが窓に駆け寄って中を覗き込む。その様子を私とウィリアム様は優しい目で見つめる。


それからウィリアム様が私の背に手を添えると、そっとドアを開いた。


店内は風属性の魔術か魔鉱石を置いているのか、とても涼しい。ケイトもあとから入り、きょろきょろと店内を見回している。一応ここは貴族御用達のお店なのだから上品に構えた方が良いと思うのだが。


そう思い、ケイトへと声をかけようとしていると奥から男性が現れる。こちらに気づいたようで顔をぱぁと明るくさせると胸の前で手を合わせてくねくねと揺れた。


そして私を押し除けウィリアム様に身を寄せた。



「あらぁ〜!ウィリアム様じゃなぁい!」


「・・・・お久しぶりですね」


「やだぁ!つい先日お会いしたばかりよぉっ、あたしのこと忘れちゃったのぉ?」


「・・・・・・・」


「・・・・・」


「・・・・・・・」



ケイトと私がぽかんとする。ウィリアム様は男性に腰をさわさわと触られて顔を青ざめている。


どうやら、デザイナーは見た目は男性だが、心は乙女らしい。


デザイナーはウィリアム様の肩に頭を乗せると、胸元を指でぐりぐりとする。そして熱視線をウィリアム様に向けるが、ウィリアム様は頬を引きつらせたままだ。その様子にデザイナーは「いけずなんだからぁ」と言ってウィリアム様の頬に手を触れようとする。


だけどそこに女性物の口紅が小さくついていることを確認すると、バッと鬼のような形相でこちらへ顔を向けた。私とケイトは驚いて肩を大きく揺らす。



「・・・・・どっち!」


「・・・・・・」


「・・・この方です」


「(ケイトっ・・・私を売ったな・・・!)」


「ふぅん・・・あんたなの・・・・」


「・・・・・」



じっとデザイナーが私を足先から頭のうなじまで眺める。そして徐に腕を伸ばすと足首、膝、太腿、腰とぎゅうぎゅう握り締めた。あ、握力が強い。


最後に首を少しだけ握力を強めながら握りしめると、満足したのか私から離れて眉を顰めた。



「・・・・まぁまぁね」


「・・・・・・」


「でもウィリアム様はあたしのものなんだからぁ!」



ぎゅう、とウィリアム様を抱きしめる。その様子に私は目を見張り、ケイトが「あ!」と声を上げた。


デザイナーがふふん、と眉を上げて私を見る。私からではできないことをいとも簡単にやってのけるデザイナーに、私は敗北したような気持ちになった。


ウィリアム様が引きつった愛想笑いを浮かべながらデザイナーの腕を外す。そして迷える仔羊のような表情で私の横に並んだ。そして私の両肩を掴むとそっと前へ出す。あ、あなたまで私を売るつもりか!



「今日はジェニファーと服を購入しに来ました。いくつか見せていただきたいのですが」


「えぇ〜なんでこの子の服もあたしが用意しなくちゃいけないんですかぁ?この子ウィリアム様の何なんです?ちゃんとお金持って来てるのかしら。あたしの服はたっかぁいのよ?」


「・・・・・私が全て払いますので、いくらでも用意してください」


「あんらぁっ!ウィリアム様が購入してくださるなら安心ねぇっ」



そう言ってデザイナーが店の奥へと消えていく。デザイナーはウィリアム様をお気に入りにしているようだが、やはり店主ということもありしっかりとしている。


ウィリアム様がデザイナーが見えなくなった瞬間額に手を添えてため息をつく。その様子に私とケイトは「ご苦労様です」と心の中で思った。



「あの方は感性が鋭いんだ。最先端の流行色を使用するし、アレンジも上手い。だから贔屓にしているんだけど・・・・」


「ウィリアム様っ、皆まで言わなくてもケイトはお察しします」


「・・・・・・・」



そうこうしているとデザイナーがいくつか服を持って戻ってくる。左手にはウィリアム様に似合うような色の服、そして右手には私やケイトのサイズにちょうど良い服を持っている。


るんるんと羽振りの良い客を目の前にしてデザイナーが顔を綻ばせながら私とウィリアム様の背中を押し、大きな鏡がある前へと連れて行く。そして一着一着ウィリアム様の体に当てる。私たちは自分でやりなさいということらしい。



「はぁんっ!やっぱりウィリアム様には何色でも似合いますわぁ!この絹で作った黒のシャツなんて髪色によくお似合いですぅ!」


「あ、ありがとうございます・・・・」


「どちらにお出かけになるんですの?」


「エスプリに」


「まぁ!エスプリに!?あの国の独特な服の着こなしと色使いは目を見張るものがありますよねぇ」


「そ、そうですね・・・・」



楽しそうにデザイナーがウィリアム様を着せ替え人形にしている間、私とケイトはお互いに服をあてる。そしてあれでもないこれでもない、と言い合う。だいたいはケイトのチョイスに任せているが、ケイト自身は値札ばかり見ているのでお金を気にしているらしい。別に気にしなくていいのに。


なので私も自分から服を手に取ると、ケイトの体に当ててみる。だけどどの色がケイトに似合うのか分からない。



「うぅん・・・・」



眉を顰めながら真剣な表情で服を当てていると、その様子がおかしいのかケイトがくすくすと笑う。なので私も笑ってしまう。やっぱり私ではうまくいかないようだ。


女子二人が楽しそうにしている様子にウィリアム様が鏡越しに微笑む。するとそれを見ていたデザイナーも気づいたようで、くるっと腰を捻ってこちらへと歩み寄ると腕を組んで私を見下ろした。



「あなたさっきから地味な色ばっかり選びすぎなのよ。この子を見なさい!髪色が茶色なんだから、夏だったら黒より白が似合うでしょっ」


「・・・す、すみません・・・・」


「・・・・あんた、さては自分で服を選んだことがないわね?」


「・・・・・そうです」


「ははぁん・・・?どこぞの箱入り娘ってことね。その服もこの子が選んだのかしら」


「・・・そうです・・・・」


「ぜんっぜんだめね!服の良さも人を見る目も持っていないわ!」



何も言い返せない私が石のように固まる。今まで一度だって自分で服を選んで購入したことがないと、見ただけで分かってしまうデザイナーに舌を巻く。


私の様子にデザイナーがにやりと笑う。そして私へと一歩歩み寄ると、指で顎をくいと上げてくる。


突然のことにぽかん、とデザイナーを見上げる。するとその視線を受けたデザイナーがぐぐっと顔を近づけると、目の前でぼそっと呟いた。



「だっさいわねぇ」


「・・・・・・」


「ちょっとあなた!お嬢様に向かって何という口の聞き方をするんですか!」


「あ〜らぁ、私は事実を述べただけよぉ?一人で服を選べないようなお嬢様が超絶美人のウィリアム様と肩を並べて歩いているなんて信じらんなぁい」


「お嬢様は私が今後も綺麗に整えるので全く問題ありません!」


「あら、あなた自分のセンスが本当に良いと思ってるの?言っておくけど普通よ、普通」


「なっ・・・・・」



デザイナーの言葉にケイトがぐっと言葉を詰まらせる。ウィリアム様も険悪な雰囲気に服を置くとこちらへと歩み寄る。


ケイトが悔しそうに顔を赤らめて歯を食いしばる。その様子に私はひゅ、と胸に冷たい風が吹いたような気がした。私のせいでケイトが悪く言われた。いつもケイトにばかり任せているから。ケイトの服のセンスはとても良いと思う。なのにデザイナーから言わせたら普通だと思うらしい。


そんなことない。私の使用人を悪く言うな。



「・・・・お言葉ですが」


「・・・・あら、なぁに?箱入り娘ちゃん」


「ケイトはよくやってくれています。流行色や季節ごとに似合う服を用意してくれます。私が外出する際はその日その日でレパートリーを変えて、動きやすい服装や訪れる場所に適した服を選んでくれます」


「・・・・・・」


「私の使用人はよくやっています。それでも普通だと言いますか」


「お嬢様・・・・・」



無表情のままデザイナーを見上げる。すると私の睨むような視線に眉を上げてデザイナーが微笑む。


一度ケイトへと視線を向け、デザイナーがこちらへと視線を戻す。それから私の肩に手を置くと先ほどのように顔を近づけてにんまりと微笑んだ。



「あなたがそう言うならあたしも言わせてもらうけど、その流行色を世に売り出しているのは誰なのかしら。季節ごとに似合う服を売り出しているのは誰?誰よりも先に世に広めてお嬢様たちが夢中になるような服を作っているのは誰なのかしら」


「・・・・・・」


「あんたたちは所詮、デザイナーが生み出した服を着るだけのマネキンなのよ。どうあがいても二番煎じなの。私たちがいなかったらあなたたちは毎日同じような服を着ているだけだと覚えておきなさい」


「・・・・・・」



何も言い返せない。決してデザイナーを侮辱するつもりはなかったが、怒りを買ってしまったかもしれない。しかしまだケイトを悪く言われたことが頭の中を占めているから、どうにもできない。


これ以上ここにいても失礼な態度を取るだけだ。私はまだ言い返したいのを我慢すると、ぐっと拳を握りながらウィリアム様へと視線を向ける。そして会釈をすると、ケイトの腕を掴んだ。



「・・・・ウィリアム様、こちらの方に失礼な態度をとってしまったので外で待機しています。服は別で用意するのでお構いなく」


「ジェニー・・・・」


「ウィリアム様が贔屓になさっている店で無礼な態度を取り、申し訳ありませんでした」



深々と頭を下げる。私が失礼な態度を取れば、この店を紹介してくれたウィリアム様にも迷惑がかかる。伝統と品格を重んじる貴族の私としても、これ以上ウィリアム様にご迷惑はかけられない。


デザイナーにも頭を下げる。それからケイトの腕を引いて店を出ようとする。


だけどそれを止めるように、会計カウンターに手を置いたデザイナーが私に声をかけた。



「お待ちなさいよ、箱入り娘ちゃん」


「・・・・・・」


「誰が帰っていいって言ったのよ」


「・・・・・・」


「買っていきなさいよ、この王都で一番売れているのは私の店なのよ?私の店以上にあんたを綺麗に着飾ることができる店なんてないの」


「・・・・・」



そこまで言って、デザイナーが私へと歩み寄る。そしてもう一度足先から頭まで眺めると、今度はウィリアム様へと視線を向ける。



「ウィリアム様」


「・・・・・はい」


「エスプリに向かわれるのはいつなんですの?」


「・・・・明後日ですが」


「そうですの。・・・あたしもその旅行、ついて行ってもよろしいかしら」


「は・・・・・・」



ウィリアム様が驚いたように目を見張る。それは私とケイトも同じで、デザイナーの言葉にぽかんとしてしまう。だけどデザイナーはもう決めたのか、私が広げた服を掴むとその一着を遠くから私の体にあて、にんまりと微笑む。



「ウィリアム様の横にこの子がいるんだったら、誰かが綺麗にしてあげなくっちゃ。そうじゃなきゃウィリアム様が悪く言われちゃうわ」


「・・・・・」


「エスプリの人たちがあっと驚くようなコーディネートで向かわせてあげる」



そう言うデザイナーに、私は眉を顰める。今回の旅行にはケイトも同行する。その間私の服を準備するのはケイトだ。なのでケイトがいれば問題ない。だけどそれでもこのデザイナーは旅行に参加するのだろう。


これ以上ケイトを悪く言われるのは嫌だ。


だったら、私がデザイナーから服選びから色選びまで全て学ぶしかない。ケイトにこれ以上迷惑をかけないようにするには、ダサい私が変わらなければ。そうすればこのデザイナーは満足して二度と前に現れることはないだろう。



「・・・・分かりました」


「お嬢様・・・・・!」


「・・・・どうか、ご同行お願いしたく」


「ふふ、決まりね」



デザイナーが勝ち誇ったように微笑む。その笑顔に私もニッと笑う。


するとデザイナーがこちらへと歩み寄り、手を差し出してきた。どうやら握手をしようと言いたいらしい。私も負けじ、と握手をする。その大きな手に包み込まれると、なんだかやる気が満ち溢れる。



「・・・ジェニファーです」


「ヴェートマンよ、よろしく箱入り娘ちゃん」


「よろしくお願いします」



そう私が伝えると、デザイナーもといヴェートマンさんが最後にきゅっと手を握りしめてから離れる。すぐにウィリアム様へと戻ると、先ほどの続きと言わんばかりにウィリアム様を着せ替え人形にしていく。


ケイトが心配そうにこちらを見る。私はこくん、と頷くとウィリアム様たちのいる方へと向かい、再び服に触れた。



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すでに短編をお読みの方はお気づきかと思いますが、今後も本編と短編や小連載の話を合わせていく予定です。もしまだお読みでない方は、よろしければシリーズを用意しておりますのでそちらをご覧ください。

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