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お嬢様と家族団欒





「明日、ウィリアム様とブライトさんのお店へ行くことになりました」



ウィリアム様が帰られ、早めの夕食が用意された。久しぶりに早く帰った父に合わせたのだ。


王族ともなれば長いテーブルの端に座って食事をするのかもしれないが、子爵の家は六人掛けのこじんまりとしたテーブルで食事を済ませる。


今日のメインディッシュはビーフシチューだ。シェフが丹精込めて作ったビーフシチューを口に運ぶと舌の上で肉がほぐれる。あまりの美味しさに目を細める私だけど、すぐ近くでフォークが皿にかちゃんと当たる音が聞こえ、ふと顔をあげる。


するとそこには、ピシッと固まった父と、ワイングラスを手にしたまま同じく信じられないものを見るような目でこちらを向く母がいた。



「ジ、ジェニファー・・・・・ごめんな、もう一度言ってもらえるかい」


「はい、ですから明日ウィリアム様と」


「なんと!ウィリアム様とはコールマン公爵のご子息の、あのウィリアム様か?!」


「はい」


「ロゼッタ!ああローズ!聞いたか!?」


「ええ、ええ聞きましたとも旦那様!ジェニファーの口から男性の名前が!」



父と母は食事中でありながら徐に立ち上がると、二人で手を取り合って目に涙を浮かべていた。私の前でも母の愛称を使わない父が我も忘れている様子からして、大変取り乱しているらしい。


私はその様子に喜びすぎだと思いながら、黙々とビーフシチューに手を付ける。ああ美味しい。



「(出かけるんだったら了承をもらうように、と言われてしまえば仕方ないだろ・・・・)」



本当なら、ウィリアム様の名前を出すことはやめておきたかった。


しかし、ウィリアム様はむしろ公言しておいたほうがいいと思ったようで、夕食の席で明日出かけることを伝えるようおっしゃった。



「まさか屋敷にウィリアム様がいらっしゃったなんて!」



いや、この前だって母がいる間にウィリアム様がいらっしゃったじゃないか、と思うがこの様子だと知らなかったのかもしれない。大方、執事長のジョージさんが使用人たちに口止めをしていたのだろう。


もし、母がそれを知っていたならおそらくウィリアム様を大袈裟にもてなし、会話にならなかっただろうから。母はおせっかいだから。


ジョージさんも、主人の奥様に対して娘を訪ねてきた殿方の存在を知らせないとはやりおる。


とにかく、ウィリアム様のお名前を出したことで父と母は有頂天だ。



「・・・・・・・・」



もしかして、ウィリアム様はこの状況になることを読んでわざと言うように指示したのではないだろうな。こうなったら父と母はしつこい。公爵家のご子息であるウィリアム様なら尚のこと、決して逃さないだろう。


私は依頼人と請負人という立場であると考えるけれど、私の父はコールマン公爵の副官だ。つまり、これだけ歓喜の涙を流す父は明日職場に行けば必ずコールマン公爵にお礼を伝える。


すでにコールマン公爵は認知のことかもしれないが、親同士が私とウィリアム様の関係を知れば自ずと家同士の付き合いというものが生まれるわけで、そうなるといらぬ世話を焼きたがる親によって婚約なんていう私とは縁が遠すぎて目に映らない話が巡り巡ってくるやもしれない。


そこまで考えて、ウィリアム様は伝えるよう指示したのか。いや、まだウィリアム様が私に気があるなど考えづらい。これはただの推測、悪い推測だ。


私は嫌な予感をビーフシチューと共に飲み込む。胃酸で消化してしまえば後には残らない。



「そ、それでなぜウィリアム様はジェニファーと街へ行くんだ?」


「お母様にも教えてちょうだい」


「・・・・硝子細工店を営むブライトさんに会いに行くんです。ただそれだけです、他に理由はありません」


「そうかそうか、・・・・ついに私も孫が見られるんだな」


「ええ、旦那様。今から名前を決めないと。女の子かしら、男の子かしら・・・・・」


「(話が飛躍しすぎている・・・・・・!)」



婚約するなど一言も言っていないというのに、どうしてそこまで話が膨らむのか。私は思わず噎せそうになるのをなんとか堪え、水の入ったグラスを口につける。だから言いたくなかったんだ。



「ケイト、おかわりを」


「はい、お嬢様」



私の様子にクスクス笑うケイトはとても楽しそうだ。ニコニコとしすぎてそのうち頬が落ちてしまうんじゃないだろうか。


口元も緩んでいる様子なので、余計なことを言い出さないか気が気でない。私はじとっとした目をケイトに向けるが、まるで気づいちゃいない。


そんな私の視線を目敏く見つけたのは母で、ジョージさんにワインのおかわりを頼むと頬を赤らめながらケイトへと声をかける。



「ケイトは知っていたの?ウィリアム様とお出かけするということは」


「はい奥様。すでに使用人一同、お嬢様の魅力を引き立たせるお洋服や装飾品の準備を始めております」


「さすがよケイト、あなたはジェニファーの良さをよくわかっているわ!社交パーティーの時のドレスもお化粧も素晴らしかったもの」


「もう奥様ったら・・・・・」


「その調子で私の娘を国一番の、いえ世界一のお嬢ちゃんに仕上げてちょうだい!」


「はい!奥様!」



聞いているだけで恥ずかしい。私は羞恥心で少々顔を赤らめながら俯く。


本来であれば使用人が食事中に会話に参加するなどおかしいのだけど、母とケイトは通じ合うものがあるらしくよく話をしている。それをにこにこと見ているのが、人が良すぎる父だ。


この二人の間に生まれたから、私はもしかしたら使用人に対しても尊敬の念を抱くようになったのかも知れない。それについては、良いものを受け継いだと思っている。


とにかく、居心地の悪さしか感じないので私はジョージさんに早くデザートを出してもらえるよう急かす。しかしお願いをした相手が悪かった。ジョージさんは老体に鞭を打ってゆっくりと歩く。いつもより歩くのが遅いような気がするが気のせいだろうか。



「そうか、ウィリアム様が・・・・・ウィリアム様は社交パーティーにも参加してくれたし、我が娘に会いに来たのは運命だったのかもしれないな」


「ええ、もう公爵家との縁談はないものと思っていましたのに」


「ウィリアム様は若い頃から賢く、またどなたにもお優しいと聞いている。ただ他人と線を引きたがるところがあるのだとか。あのお美しさだ、周りがそっとしておいてくれないんだろう」



確かに、あのお美しさなら幼い頃からとても人気者だっただろう。しかし人気者にも悩みの種があって、それを避けるように人からも距離を取れば、ミステリアスな雰囲気というステータスが加えられる。何をしても絵になる、それもそれで苦労するのだろう。



「自慢の息子なんだそうだ」


「(どうしてそこでお父様が嬉しそうな顔をするんだろう・・・・)」



自分の息子でもないのに。そう思うけれど、きっと父はウィリアム様を思い浮かべてそのような顔をしているのではなく、コールマン公爵が息子の自慢話をする時のことを思い出しているのかもしれない。


良い父を持った。私も、ウィリアム様も。そう思うべきなのか。



「ジェニファー、ウィリアム様は何時頃いらっしゃるんだ?私が仕事で出るまでにいらっしゃるか?」


「いいえ、おそらく到着はお昼すぎかと」


「ああ、残念だ。父がよろしく言っていたと伝えてくれるかい?」


「わかりました」


「ロゼッタ、うまく取り計らってくれ」


「お任せを。ケイト!食事を済ませたら私もお洋服選びに加わってもいいかしら」


「もちろんですとも奥様!」



もう付き合ってられない。私は早々に夕食を済ませると、父と母に挨拶をしてから部屋を出る。まだ話し足りないような父が私に手を伸ばしたが、気づかないふりをした。


はぁ、と大きなため息をつく。まだ何も婚約するかなんてわからないじゃないか。そもそもウィリアム様はブライトさんのために依頼をしただけかもしれない。ちょうどよく恋愛感情を持たない私が使えるかもしれないからと声をかけただけかも。


まだ何もわからないのに、話を早急に進めたがる皆との温度差を非常に感じる。



「お嬢様、デザートがまだ残っておりますが、お部屋にお持ちしますか?」


「あ・・・・・ジョージさん」



そういえばデザートを頼んでいたんだった。振り返るとトレーにプリンを乗せたジョージさんが立っている。私から声をかけたくせに忘れるなんて申し訳ない。


私はジョージさんに近づくと、トレーごと受け取ろうとする。だけどやんわりとそれをジョージさんが断った。



「お嬢様、どこか浮かばないお顔をされていますね」


「ああ・・・・・いえ、そんなことは」


「・・・・・よろしければ、ご一緒に給仕室でデザートを召し上がりませんか?」



奥様には内緒で、と戯けるジョージさん。なんだかその姿が可愛らしくて自然と頷いていた。トレーを持ったまま歩くジョージさんについていく。


夜ということもあり、廊下は暗い。昔はこの暗さを怖がってジョージさんに無理を言い、トイレまで連れて行ってもらったこともあった。


なんだかその頃が懐かしい。あの頃は兄もまだ屋敷にいて、もう少しだけ騒がしかったように思える。今では父も兄も仕事に出かけ、母も部屋に籠もりがちになり、私も私で研究室に入り浸るから静かなものだ。


そう思えば、今日の夕食の席は久しぶりに騒がしかったな。


ウィリアム様は、そのお姿がないところでも華やかさを作り出すことができるらしい。やはりあの人は人間ではなく精霊なのかもしれない。


ブライトさんの白雪の肌とはまた違う透き通った肌に映える艶やかな黒髪も、職人が精巧に作った石膏像から取り出したような通った鼻筋も、柔らかく微笑むとどうしても色気を感じる唇も、到底人間とは思えない。


何より、あの眠たげに見える瞼と深緑の瞳から目が離せなくて。



「・・・・・・・?」


「・・・・お嬢様、どうかされましたか」


「あ、いえ・・・・・・・」



考えていたことを放り投げる。なんだか気味の悪い感情が腑の間をぞわぞわと巡ったような気がしたが、あまりにも気持ちが悪かったのでなかったことにする。


給仕室のドアを開け、こちらへ顔を向けるジョージさんに駆け足で近づく。そうしていると先にジョージさんが部屋に入った。


続いて私も部屋に入る。屋敷の主要人物がリビングで食事を取っているので使用人は誰もおらずがらんとしている。


申し訳程度に置かれた長テーブルにトレーを乗せ、ジョージさんが私のために椅子を引く。それにお礼を言いながらゆっくり座ると、なんだか使用人になったような気がして笑えた。



「さあさ、召し上がってください」


「いただきます。あ、ジョージさんも」


「私はお嬢様が食べ終わってからにします」


「・・・今は執事とかお嬢様とかは抜きにしていいです」


「お気遣いありがとうございます。ですが最近どうも胃もたれがね、あるんですよ」


「・・・・ジョージさんが倒れたら私は生きていけません。長生きしてください」


「ええ、ありがとうございます。お嬢様」



にこにこ、と皺くちゃな顔で微笑むジョージさんに、私はどこか安堵さえ感じる。こういう時も執事長として責務を全うしようとする姿は尊敬するが、そのせいで体を壊されては困る。


ジョージさん以外に、執事長が務まる人など思い浮かばない。


本当に長生きしてほしい。そんな目でジョージさんを見ていると、あまりに悲痛な顔をしていたのかジョージさんが眉を下げて私の頭をぽんぽんと撫でた。


それからテーブルの上に置かれた新聞に手を伸ばすと、内ポケットにある老眼鏡を探し始める。


しかし、目星のものがないのか珍しく慌てた様子で内ポケットだけでなく背広のポケット、それからスーツのポケットを漁った。



「あれれ、どこにいったかな」


「・・・・老眼鏡がないんですか?」


「ええ、確かポケットに入れたはずなんですが・・・」


「・・・・・・」


「どうやら自室に置いてきてしまったみたいです」


「取りに行かれますか?」


「ああ、いえいいんですよ。今はお嬢様のお傍におります」


「(構わないのに・・・・・・)」


「確かここに・・・・ああ、あった」



徐に腰を上げたジョージさんが給仕室に申し訳程度に置かれている棚の引き出しから何かを取り出す。虫眼鏡だ。ずいぶん年季の入った虫眼鏡のようで、レンズを覆う金色の装飾は黒く変色していた。



「これでも、新聞は読めますからね。・・・・ふむ、今日は王都で催し物があったようですね」


「どんな催し物ですか?」


「有名な管弦楽団が王宮のホールで演奏をしたようです」


「へぇ、それは興味深いですね」


「お嬢様は音楽がお好きですからね、次イベントがあったらその時はお知らせします」


「はい、お願いします」



魔術や薬草作りの次に好きなものは領民の痴話喧嘩の仲裁だが、その次に好きなのが音楽だった。母がピアノを弾けるので、幼い頃からよく聞かされたことがきっかけだと思う。


父や母、兄と一緒に出かけていた頃はコンサートを見に行くこともあったが、兄が家を出てからはそういう機会もめっきりなくなってしまった。



「(兄さん、元気にしてるかな・・・・・)」



手紙を書いても忙しいようでたまにしか返事はない。父はよく王宮で顔を合わせているようだけれど、私だって兄の妹だ、たまには顔を見たいと思う。


兄は私と違い勝気で物怖じもせず大胆なことを言える人だ。子爵の息子としてその責務を全うし、いずれ父の跡を継ぐ。もしかしたら父以上に領主としてその力を発揮するかもしれない。



「お嬢様、そろそろお部屋に戻ってお休みになってください。もうすっかり秋らしくなりましたから、夜は冷えますよ」


「そうですね、そうします。・・・ジョージさん、ありがとうございました」


「明日は大事なデートですからね、お肌に良い紅茶を淹れるようにケイトに伝えておきます」


「・・・・・・・はい」


「お嬢様、グッドラック」


「はは・・・・・・」



せっかく良い気分になってきていたのに、ジョージさんは意地悪だ。私は給仕室を出ると、暗い廊下を進み階段を上がって自室へと向かう。


時折風が窓を揺らす。その音がなんとなく恐怖を煽って自然と足早になる。



「(うぅ寒い・・・・本当に秋らしくなってきたな・・・・・)」



ドアを開け、自室に入ると椅子にかけておいたカーディガンを羽織る。時計を見ればまだ十時。眠るには早すぎるのでランプの中でゆらゆら揺れる炎に魔力を込め、その明るさを強める。


それから椅子に座ると、研究室から持ってきていた本を開いた。



「(明日・・・・何か良いヒントが見つかるといいな・・・・・)」



見つからなかったら無駄足になる。それでは意味がない。


結果を出したいのだ。趣味の範囲ではあるものの、自分の好きなことだから尚更結果を出したい。


私は本に書かれた陣形をそっと指でなぞる。先人たちが未来の私たちに残した陣形。円の中には精霊文字と呼ばれる特殊な文字が並び、三角や四角が幾重にも重なる。その一つ一つが意味を成し、逆に言えば不必要なものなど存在しない完璧なそれ。


先人たちは、何を思ってこの陣形を作ったのだろうか。どうやって編み出したのだろうか。


ああ、胸が躍る。ロマンがある。なんて素敵なものだろう。


いつか、旅に出てみたい。その土地その土地で新しい魔術を知り、その魔術を後世に伝える。そうして、私が遺したものが未来の子ども達の糧となる。子ども達の生活を豊かにする。



「ふふ、・・・・・」



未来はどんな世界なんだろう。魔術だけでなく、科学も進歩しているんだろうか。


手紙を使わなくとも遠くの人と会話ができるようになっているかもしれない。魔術を使わずとも空を飛べるようになるかも。


いつの間にか眠っていたらしい私が子どもと空を飛ぶ夢を見ているところに、紅茶を持ってきたケイトが部屋に現れるまで、私は幸せに包まれていた。



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