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お嬢様と否定





研究室へと入ったウィリアム様は珍しそうにテーブルに並んだビーカーやフラスコを眺める。テーブルにはそれらだけでなく私が乱雑に結果を書き記したノートもあり、それに長い指を添わせながら読む横顔はただそれだけのことなのにお美しい。


私は自分の字の汚さと共に、したためたポエムを読まれる時のような恥ずかしさに身動ぎをする。別におもしろいことなど書いていないからあまりじっと読まないで欲しい。


ここに執事長のジョージさんが残っていれば話をそらすこともできたのだけど、気を使ったのか研究室にはウィリアム様と私しかいない。


そんな私の様子に気づいているのかいないのか、にこりと微笑んだウィリアム様はこちらを振り返ると私の耳に未だかかったままだった花に触れる。




「実験は順調かな」


「・・・正直に申し上げますと、まだ何も結果が出ていません。パンメガス草を使用したものの、眼鏡を大きくするだけで度が強くなったことは、まだ一度も」


「そうか・・・・・・これがその結果かい」


「はい」




使用済みボックスに放り込まれた眼鏡へ視線を向けるウィリアム様。その一つを手にとると、人の顔ほどの大きさに肥大したレンズ越しに私を見た。


あまりにも求めた結果に至らない状況に眉を顰めた私がレンズに映る。ケイトには花が咲き誇るような笑顔を、と言われたが今正反対の表情を浮かべている。


決して成功するとは言わなかったものの、ブライトさんの期待に応えられるかいささか不安だ。このままだとブライトさんだけでなく、話を持ちかけたウィリアム様にも恥をかかせてしまうかもしれない。


気を悪くしないだろうか、とウィリアム様を見上げる。頭二つ分背の高いウィリアム様は、男性とは思えないほど瑞々しい肌に浮かぶ薄い唇を少し上げると、その長い腕を私へと伸ばす。



「すぐに結果が出るとは思っていないよ、そう気に病む必要はない」


「・・・・ウィリアム様」


「この眼鏡はお人形さんが購入したの?」


「はい」



まだ使用前眼鏡が入っている箱を眺めながらウィリアム様が言う。残り三十くらいとなった眼鏡ではあるが、すでにレンズを取り出してしまっているので今更返却もできない状況だ。


その一つを手に取り、何を思ったかウィリアム様は徐にその眼鏡を私の顔にかけた。片方レンズのない眼鏡をかけると、左側だけ視界がぼやける。それが気持ち悪くて左目をしぼませると、ウィリアム様は無邪気な笑顔を見せた。



「追加で買う予定があるなら、私も払うから」


「・・・・それは、・・・・・いえ、私が」


「うん?」


「・・・・あ、ありがとうございます」




有無を言わせない表情に、私は頭を下げることしかできない。


なんとなくウィリアム様には敵わないと思ってしまう。公爵家のご子息だから敵うはずもないと思うが、それ以上にウィリアム様の佇まいがそうさせる気がする。


決して言葉の多くない人だけれど、だからこそ一言一言に重みがある。無駄な言葉など呟かない。きっとこの方は私が思う以上に聡明で、計算高い人なのだろう。


人の上に立つお人。カリスマ性のあるウィリアム様を前に、私は自分がちっぽけな存在だと感じる。




「ああ、今日はブライトも来る予定だったんだけどね、仕事の都合が合わなかったらしい」


「そうなんですね」


「君にも会いたがっていたよ」


「ふふ、ブライトさんによろしくお伝えください」


「そうする」




ウィリアム様が贔屓にする硝子細工職人なら、仕事も多いことだろう。あまり目を酷使しないでほしいところだけど、そうなるためには新しい眼鏡が必要で、その眼鏡が出来上がるには私の結果が重要だ。


だけど思うような結果が出ない。詰んだ状態に手も足も出ない。


なにが足りないのだろうか。いや、そもそも探究すべき場所が間違っているのか。私は顔に片方レンズの入っていない眼鏡をかけたままテーブルの上に広げられたノートを見下ろす。


パンメガス草の使用量、煮汁を眼鏡に滴下した回数、土属性や火属性魔術の内容。状況を変え、バリエーションを増やし行っても眼鏡の大きさが変化するだけ。


もっと魔力の量を増やせば違うだろうか。だけどこれ以上使用すると私の体が先に悲鳴を上げてしまう。最近毎日使っているからか、体が多少怠く感じる。


どうして私の魔力は少ないのだろう。国一番の魔力があれば、使える魔術もその分増える。そうなればきっと女性とか男性という枠を超えて、国からも声がかかり好きなだけ魔術を使えるのに。


そこでふとウィリアム様を見る。公爵家のご子息ともなれば、きっと良質な魔力をお持ちのはず。私の倍以上の魔力だってあるはずだ。


お力をお貸しいただくことができれば、この実験も成功するかもしれない。



「・・・・ウィリアム様」


「ん?」


「あの、無礼を承知でうかがいますが、ウィリアム様は何属性の魔術を得意とされていますか?」


「得意な属性か・・・・あまり考えたことはないけれど、光や水が扱いやすいかな」


「(お顔に違わない属性だな・・・・光が得意な人なんて初めて見た)」



光属性は火や土、水属性の上位属性だ。太陽の光は氷を溶かし、水を産み、雨を作り出し、土に恵みを与える。光が当たれば火も生まれる。だからこそ尊いとされており、光属性を扱えるようになれば大体の魔術を覚えられるとまで言われている。


やはり持って生まれた方なのか。天は二物を与えずなんて言うけれど、例外はあるらしい。


天使のような神々しさをお持ちのウィリアム様に言葉を失う。急に黙り込んだ私が気になったのか、こてんと首を傾げる姿は私でなければ蕩けていたことだろう。ケイトなら気を失っていたはず。


私は動かない体に鞭打つように、腕を摘むとなんとか話を続けようと口を開く。



「もしよろしければ、そのお力を私にお貸しいただけないでしょうか」


「力を・・・・・?」


「はい。私の魔力は二時間連続で使える程度の微々たるもの。しかも風属性が得意なので、あまり細かい作業に向いていないのです」



風と言えば気まぐれを連想するように、その日のコンディションによって質が異なる。瞬発性や鋭さに長けている風属性は軍人に好まれ、主に身体能力をあげる時に使われることがほとんどだ。


しかし私がやろうとしていることは小さい眼鏡のレンズに魔術を施すというもの。他の属性を使うこともできるが、そうなると魔力の量が少ないので思うような結果が出ない。


ウィリアム様が光属性を得意としていることがわかった以上、その力をお借りできれば状況は変わるはず。そう思い、ウィリアム様を見上げるが、ウィリアム様は何か考えるように私から視線を逸らし、壁に備え付けつけられた本棚を見た。



「・・・・悪いけど、魔術では力になれないよ」


「・・・・ウィリアム様は魔術にも長けているとうかがっております、ウィリアム様のお力をお貸しいただければ実験にも良い兆しがーーーー」


「・・・・・・ごめんね」


「・・・・・・・」



思いも寄らない返答に、私は再び言葉を失う。ここまで協力的だったウィリアム様が突然否定的になった。私はまだ言い足りないと、なんとかウィリアム様を説得できる言葉を探す。しかし、不意に見せたウィリアム様の悲しそうなお顔に、その考えは消えた。


何か事情があるのだろうか。


ウィリアム様はそのままふらりと歩くと、本棚に置かれている祖父が遺した本を手に取る。ぱらぱらとめくっているけれど、視線が動いていないので読んでいるわけではなさそうだ。



「(だめ、か・・・・・・)」



これ以上ウィリアム様に食いかかっても、おそらく良い返事はもらえない。気を悪くされてしまっただろうか。私は何か声をかけようとするのだけど、こんな時に限って何も思い浮かばない。いつもケイトに無駄口を叩いているというのに。


ケイトなら分かりやすいから少し(おだ)てればすぐに元気になる。でも、ウィリアム様にはそれは通用しないだろう。公爵家のご子息に取り入りたい人間は多い。きっと歯の浮くような褒め言葉なんて、聞き飽きている。


では、何を伝えるべきか。こういう時、もっとお茶会や舞踏会に参加していれば気の利いた言葉の一つや二つ思い浮かぶのだろうか。


生憎、そういうスキルがない私ではウィリアム様のやけに色気ある憂い顔を変化させることができない。でも何か言わないと、何か。



「・・・・・ジェニファー?」


「え?」



今、ウィリアム様が私の名前を呼んだ。それも敬称なしで。しかも驚いた様子で。今まで父や母、それから兄以外には敬称なしで呼ばれたことがなかったので私も驚く。


思わず眉を顰めてウィリアム様を見上げれば、なぜか優しく微笑まれる。そして私の手に触れた。釣られて私はそのウィリアム様の手を見る。すると、私の手はウィリアム様の服の袖を掴んでいた。


腰のあたりを引っ張る私の手を優しく握るウィリアム様という世にも不思議な光景。意味が分からなくて私はぽかんとしたまま自分がしている行動を見つめる。


だけど次第に意識がはっきりしとしてきて、ついで勢いよく手を離すと俯く。



「(私は何をした・・・・?)」



先ほどまで、私はウィリアム様から少し離れたところに立っていたはずだ。だというのに、ウィリアム様が気を悪くしてしまったのではないかと考えた途端、無意識に近づいてしまったらしい。しかも、はしたないことに服の袖を掴むなんて不躾な真似をしてみせた。


天使の憂い顔にそうせずにはいられなかったとでも言うように、私の動きは自然だったと思われる。まさに天使の戯れに惑わされたような気分だ。



「も、申し訳ありませんウィリアム様」


「構わないよ」


「申し訳ありません・・・・・・」



ぺこぺこと頭を下げる私。きっとこの状況をケイトやジョージさんに見つかったら、よからぬことを考えて喜びの涙を流すのではないだろうか。いや、違う。今のは別にウィリアム様に惹かれているとかそういう類のものではなくて。


意味もなく自分の行いに弁明をする。そんな自分が嫌で顔を顰めれば、顔をころころと変化させる私を優しい目でウィリアム様が見ていた。



「・・・・お人形さん」


「は、はい」


「魔術で協力することはできないけれど、その他のことなら惜しまずに手伝うよ」


「・・・・・・」


「手始めに、ブライトの店を訪ねてみるのはいかがかな」


「ブライトさんのお店ですか・・・・・?」


「うん。何かヒントがあるかもしれない。もし何もなくても、ジェニファーの顔が見られたらブライトも喜ぶから」


「そう、ですね・・・・・」



確かに、実際にブライトさんが仕事をする姿を見れば何か名案が思いつくかもしれない。この研究室には必要なものが備わっているが、やはり百聞は一見にしかずと言うし。詰んだ状況を打破するには、別の視点も必要ということだ。



「ぜひ、お願いしたく」


「決まりだ。明日にでも行こうと思うけど、どうだい」


「問題ありません。・・・・あ、でもよろしいのですか?」


「ん?」


「その・・・・ウィリアム様と私が共に街を歩いては、勘違いされる方もいるかと思いまして」



これだけお美しい方だ。彼女の一人や二人いてもおかしくない。そのような方と魔術好きな子爵の娘が一緒のところを見かけようものなら、いらぬ非難を浴びるのではないだろうか。


そう思い、ウィリアム様を見上げればウィリアム様はその形の整った唇を半開きにしたままポカンと固まる。だけどすぐにケラケラと笑うと、私の頭に手を乗せた。



「はは、おかしなことを言うね」


「おかしなことなど、事実を申し上げただけです」


「私は構わないよ、むしろ光栄だ」


「・・・・・・・」



ケイトがこの場にいたら両手を空に掲げて大喜びをしただろう。こんな私と街を歩くことを『光栄』だなんてウィリアム様が言ったのだから。やはりこの場に誰もいなくてよかったと改めて思う。


私はむず痒さを感じ、思わず俯く。だからそんな私の様子にウィリアム様が笑みを濃くしていたことにも気づかなかった。



「・・・・・お人形さんは不満かい?」


「そ、そんな不満など」


「ならいいだろう?もし周りの目が気になるなら、こうするよ」


「あ、」



ウィリアム様が徐にご自身の手を目に被せる。そしてその手を外すと、そこには深緑ではなく栗色の瞳があった。短い黒髪に浮かぶ栗色の瞳は、夜空に光る満月のようだった。


にこり、と悪戯っ子のような笑みを浮かべるウィリアム様。そのお姿は今まで感じた天使のお姿ではなく、年相応の可愛らしいものだった。



「ジェニファーも同じように変装すれば気づかれることもないよ。どうする?私はどちらでも構わないけど」


「・・・・・・・」



ウィリアム様が気にならないなら、それでもいいような気がする。だけど相手が悪すぎる。公爵家のご子息という尊いお立場であり、神が与えたお美しいお方の横に並ぶのが魔術好きの変人では良い噂など流れるはずがない。


私は数秒考えたあと、未だに顔にかかったままだった片方レンズのない眼鏡に触れる。そして軽く魔力を込めてからそれを外す。



「綺麗な空色だね」



微笑むウィリアム様のほうがお綺麗だ。そう言いたいのを我慢しているうちに、うまいことウィリアム様に遊ばれている気になり笑えてしまう。手を添えず笑う私をケイトが見たら、きっと「はしたない」と言うだろう。そう思えば思うほど笑えた。


クスクス、と笑うウィリアム様と私。なんだか、こんなに笑ったのは久しぶりな気がする。



「目だけでは物足りなくなってきたな、髪色も変えるかい?私は茶色に、ジェニファーは金色なんてどうだろう」


「おもしろそうですね」


「金髪のロングヘアに空色の瞳の君は本当に人形のようだろうね」


「ふふ、それならウィリアム様は異国の王子様でしょうか」


「王子なんて柄じゃないよ」



先ほどまでの暗い雰囲気などいつの間にかどこかへ消えている。それも全てウィリアム様のお気遣いのおかげ。私では気の利いた言葉を吐き出すこともできなかった。


やはり、この方はすごい。



「明日迎えに行くよ」


「はい・・・・私は見学に使えそうなものを揃えます」


「手伝うよ」


「いえ、お手間は取らせませんのでそちらにおかけになっていてください」


「・・・・なら必要になったら声をかけて」


「はい」



それからウィリアム様はお帰りになるまで私がいそいそと準備をする姿を眺めていた。



そんな私とウィリアム様の姿を研究室のドアからそっと覗き込み、互いに握手を交わすジョージさんとケイトがいたとかいなかったとか。


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