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お嬢様の葛藤




それから三日が過ぎ、思うように必要な資料が集まらない状況に私は次第に苛立ちを覚えるようになる。まだ成長途中ではあるがいくらか効力のある草を使用し、眼鏡に塗布してみると確かに眼鏡自体は大きくなる。そこに魔力をこっそり使っても、やはり巨大化するだけで度を強くすることはできなかった。



「これもダメか・・・・・・」



かしゃん、と使用済みボックスに巨大化した眼鏡を放り投げる。今日も実験は失敗。草の育ちも悪く、あまり一度に使いすぎるといけないので経過を待つしかない。


ビーカーの中に残ったわずかな草の煮汁を眺めため息をつく。今日は実験よりも、草の成長を促す肥料を用意したほうがいいかもしれない。


私は重たい腰をあげると、研究室の隅に置かれた肥料袋へと手を伸ばす。肥料ということもあって独特の匂いがあるものの、私は慣れた手つきでそれを両手に抱え研究室を出た。



「お嬢様っ」


「ああ、ケイト・・・・どうしました?」


「ちょうどお茶が入りましたので・・・・って、その臭い、なんですか?」


「肥料ですよ、土を耕そうかと思いまして」


「お嬢様がすることではありません。私が代わりますっ」


「でも結構重いですよ」


「なんのこれしきっ・・・・うわ、重いですね・・・・・そしてくさい・・・」



今日も元気なケイトがブレイクタイムということで声をかけてくれた。私は商人の息子といった格好で肥料袋を抱えていたのだけど、その姿を見るや否や慌てて私から肥料袋をかっさらう。しかしその重さと匂いにドン、と地面に落としてしまった。


私はケラケラと笑うと肥料袋をケイトから奪う。そして体の前でもう一度抱え直すと、ケイトから「たくましい」と声がかかった。



「こんなにたくましいお嬢様、他にいらっしゃらないでしょうね」


「そうでしょう?力には自信があるんです」


「鼻高々に言う台詞ではありません!もっとお淑やかにしていただきませんと」


「もうケイトも諦めてください、私には籠の鳥のような麗しのお嬢様なんて役、向いていないんです」


「いいえ!ケイトは諦めませんよ!お姿だけならお人形のようにお美しいお嬢様です。木陰でお休みになりながら読書をされるお姿は、まるで妖精のようだと旦那様もおっしゃっていました。読んでいる本が魔術に関するものでお嘆きになってましたけど」


「はいはい」


「もう!」



まだ何か言いたげなケイトを残し、私はパンメガス草を育てている一画へと向かう。今日も太陽の光を受けて青々と輝くパンメガス草。まるで我が子を見るようにその葉を撫でていると、ケイトがじとっとした目を向けてくる。どうせ愛するお相手にそういう目は向けろと言いたいのだろう。


肥料袋を開き、肥料を取り出すとそれを土と混ぜていく。袋を開けたため、匂いがあたりに漂ったことでケイトが鼻をつまんだ。



「お嬢様、実験はいかがですか?」


「んー、まだ失敗続きです。おそらく今の実験方法だとただ眼鏡を巨大化させ無駄にするだけでしょう。もっと他の方法を考えなければならないのですが、アイディアが出ないもので困っています」


「他のアイディア・・・・ですか」


「はい。他の方の意見も聞きたいところですね。ジョージさんに聞いてみましょうか」


「・・・・・・あ!」



急にケイトが叫び、びくっとした私が振り返る。するとそこにはまるで花が咲かんばかりに顔を綻ばせるケイトがいた。


なんとなく嫌な予感がして、私は屈んでいた足に力を入れるとその場から離れようとする。しかしケイトにガシッと掴まれてしまいかなわなかった。



「お嬢様」


「はい・・・・・・」


「ウィリアム様にお手紙を書きましょう!」


「え・・・・・なぜ・・・・」


「ウィリアム様は魔術にも長けたお方なんですよね?きっとお嬢様のお役に立つ情報をお持ちのはずですわ!」


「・・・・依頼人に頼るのもどうかと思います」


「ウィリアム様もきっとお嬢様からのお手紙ともなればきっと読んでくださいますよ!」


「いえ、だから・・・・・」


「今すぐ!お部屋に!戻りましょう!」


「・・・・・・・・・」



ぐいぐい、と私の手を引いて庭を突き進むケイトに声は届かない。いつぞやのように噴水を睨みつけながら給仕室へと入り、そのまま廊下を進んで自室へと向かうケイトの背中は今にも鼻歌を口ずさみそうだった。


こうなったら意地でも手紙を書かせるつもりだろう。私は大きなため息をつきながらケイトに腕を引かれ進む。私としては、依頼人を頼るのはプライドが許さないという考えなのだけれど、ケイトとしてはウィリアム様と文通をさせ、関係を深めたいのだと思う。


だから、私はそういう感情をウィリアム様には持っていないんだって。


余計なお世話だと感じる中、それでもケイトの気持ちを考えると強く出られない自分に反吐が出る。



「ジェニファーお嬢様」



ぼんやりと、主人の前を平気で歩くケイトを眺めながら歩いていると後ろから声をかけられた。振り返るとそこには執事長のジョージさんがいた。年齢のせいで少し曲がった背中をそれでもビシッと伸ばしながら、ジョージさんが一つ会釈をしてくれる。



「ケイト、ジョージさんが呼んでます」


「え?あっ、ジョージさん」


「ケイト、そうやってお嬢様の腕を引くのはおやめなさい」


「も、申し訳ありません・・・・・」


「ジョージさん、いいんですよ。それで、私に何か用ですか?」



執事長として使用人を叱る姿を見るのは珍しい。ケイトもしょんぼりしているので、やんわりと宥めるとケイトがそっと腕を離してくれた。別にケイトに腕を引かれることくらい構わないのだけど、ここは執事長の意見に従ったほうがいいだろう。


私は話を変えるようにジョージさんに問いかける。するとジョージさんが何かを差し出した。よく見たら手紙を何通か持っていた。



「手紙、ですか」


「招待状のようですね、お茶会のお誘いかと思います」


「・・・・ケイト、いつもの如くよろしくお願いします」


「開く前から断らないでください、たまには参加なさってください!」


「今はお茶会に参加している場合ではないので」



私には大事な依頼があるのだ。今はお茶会なんてしている場合ではない。率直な意見を述べたつもりだが、ただケイトが顔を赤くしてムッとしただけだった。


さっと視線をそらすように手紙を見る。名前も知らないお嬢様からだ。どうしてこんな私のところにまで手紙を寄越すのかと中身を覗くと同じ子爵同士なので形式的に出しただけのように思える。面白みも何もない内容に、すぐにケイトへそれを渡すと次の招待状も開かず渡してしまう。


しかし、最後の手紙を手にした瞬間、私はピタリと止まった。



「これは・・・・・・」


「ん?どうしました?・・・・・え!これは!」


「・・・・・ウィリアム様のようですね」


「まぁ!以心伝心ですね!」



差出人の名前を覗き込んだケイトが手を叩いて喜び始める。それに反比例するように私の顔は暗くなっていく。


ウィリアム様も気があるようなことはしないでもらいたい、それに喜ぶのは普通のお嬢様であって私ではないのだから。


私は手紙を持ったまま開くかそうしないかを悩む。しかし隣のケイトがまだかまだかと目をキラキラさせて覗き込んでくるので、それを避けるようにジョージさんへと顔を向けた。



「ジョージさん、この手紙は今日届いたものですか?」


「はい」


「ささっ!お嬢様、お開けください!」


「・・・・・・ケイトが開いてください」


「いいから早く!ウィリアム様もそれをお望みです!」


「・・・・・・・・・・」



重たい気持ちのまま、意を決して手紙を開く。ウィリアム様も悪い人だ、私はただ依頼を受けただけにすぎないというのに、わざわざ便箋に男物の香水を垂らしたみたいでふんわりと優しい香りが漂う。こんなことをされては使用人たちが勘違いしてしまうじゃないか。



「なんと書いてありますか?ウィリアム様はなんと?」


「・・・・・先日のお礼ですね、お花を届けてくださるとのことです。それから実験は順調かと書いてあります」


「では早速お返事を書かなければ!」


「・・・・・・・・・」


「お嬢様?」


「・・・・・お返事は必要ないと思います」


「え・・・・?どうしてそう億劫になさるんです、せっかくウィリアム様がお手紙をくださったのに!」


「いえ、そういう意味ではなく・・・・・・」



私は額に手を添えながら手紙をケイトに渡す。それを受け取るケイトは私の様子に怪訝な顔をしたけれど、その内容を見て歓喜のような、しかし戸惑うような表情を浮かべた。


手紙には、どうせなら直接花を届けに会いに行く。と書いてあった。



「ほ、本日いらっしゃるんですか?!」


「そのようです・・・・・」


「まあ!」


「それはそれは、大変喜ばしいことでございますなぁ。ジェニファーお嬢様」


「(結果も出ていないのに来てもらっても困る・・・・・・)」


「じゅ、準備を!直ちに準備をお嬢様!」


「・・・・・・・」


「ジョージは客室を整えてまいります」


「お洋服を準備しなきゃ!誰かを呼ばないと!何色にしようかしら」


「ケイト、お嬢様を頼みましたよ」


「承知しました!」



バタバタと慌て出すケイトと、素早い動きで歩いて行ったジョージさんに私はなす術もなく痛くなってきた頭をおさえることしかできない。


近いうちにまた会いに来ると言っていたけれど、早すぎやしまいか。



「そうとなれば、まずはお風呂に入りましょう!全てこちらにお任せください!」


「もうこのままでよいのでは」


「何をおっしゃいますか!どこぞの商人じゃないんですから!行きますよ!」


「・・・・・・・・」



それからあれよあれよという間に先日と同様素っ裸にされると湯船に放り込まれ、がしがし体を洗濯される。丁寧に体を拭いて、香水をつけ、瞬く間に髪を乾かし、さっさと洋服を着せる使用人たちの仕事捌きに言葉も出ない。



「お嬢様、ウィリアム様にお会いになりましたら最大級の笑顔をお見せください。もう愛が溢れんばかりの笑顔です。花が咲き誇るような笑顔をウィリアム様にお届けするんです」


「・・・・・・・」


「お返事は!」


「はい・・・・」


「私はお茶の準備をしてまいりますので、お嬢様はこちらで待機を!」


「はい・・・・・・」



綺麗に着飾った私をぐるりと一周して確認した後、ケイトと他の女性使用人たちが部屋を出ていく。ぽつんと残された私は、全身鏡の前に立ったままだが、最大級の笑顔とは程遠い暗い顔をしていた。


ウィリアム様と私の間を取り持ちたいのはわかるけれど、ここまでされるとプレッシャーに押し潰されてしまいそうだ。


今まで縁談らしい縁談話が来なかったので、私も対応に困る。まず、ウィリアム様にその気があるのかさえ疑わしい。ウィリアム様のあのご容姿からして、お相手候補などこの世に数え切れないほどいるだろう。


その中に私は入っているのか、いや入っていないだろう。社交デビューさえまともにできないようなお嬢様だ。傍に置いたところで、ウィリアム様の株を下げることしか言わないだろう。


鏡の前の自分は、ケイトたちの力を借りればお嬢様になれる。でも心はそうはなれない。きっと性別を間違えて生まれてきてしまったのだ。その証拠にウィリアム様のご容姿を前にしても、石のように固まるだけで心は動かなかった。普通ならケイトや他の女性使用人のように、うっとりとするはずなのに。


胸に手を当てて、ウィリアム様のご容姿を思い浮かべる。けれどやはり、高鳴るものはなかった。



「・・・・・・・・」


「お嬢様!失礼いたします!」


「はい」


「今、ウィリアム様の使いの者がいらっしゃいました。三十分ほどしたらお越しになるとのことです!」


「・・・・・・・・・」


「・・・・・お嬢様?」



私が鏡の前で動かないことに、ケイトが怪訝な顔を向ける。私のことを思い、支度の全てをしてくれるケイトを無下にはできない。それでも期待に応えられるか自信はない。そもそも、恋情を抱かない私を前にしてウィリアム様はそれを喜ぶだろうか。


()()()()()でも、ウィリアム様はいいのだろうか。



「・・・・・・・」


「・・・・・・お嬢様、ご気分でも悪いのですか?」


「いいえ、気分は変わりません」


「では何か不安なことでも?」


「・・・・・・そうですね、」



子爵の娘として、父や母のために、そして世話をしてくれるケイトたちのためにも何かしたいと思う。そこに大事な感情がないとしても、やるべきなのだろう。


このまま遠ざけていても、ウィリアム様の依頼が終わるまでは嫌でも顔を合わせる。その間だけでも屋敷の人たちを喜ばせることができれば、役目を全うできたと皆は思ってくれるだろうか。


しかしそれは、()ではない。



「・・・・・・ケイト」


「はい」


「ウィリアム様がいらっしゃったら、そのまま研究室へお連れしてください」


「・・・・・・え・・・・・?」


「私は先に研究室で待っています」


「ちょ、お嬢様」


「あと、脱いだ服は持っていきますね」


「え?なぜ?それは男物の服です」


「いいんですよ」



ケイトの返事を待たずして、私は先ほどまで着ていた商人の息子のような服を手にして自室を出る。


歩くたびに香水の香りが鼻をかすめる。ひらひらと舞うワンピースが視界の端に見える。


皆のために、できることはする。でもできないものはできない、ないものはない。だったらいつまでも幻想の私をウィリアム様にお見せするわけにはいかない。ウィリアム様からしたらいらぬ世話だと思われるかもしれないが、下手に期待を持たせるようなことはしたくない。


私は庭に出ると、そのまま研究室へと向かう。



「(私が私らしくいられる場所でお会いするべきだ)」



それこそがフェアである。ケイトたちに強くでられない、私なりのささやかな抵抗である。



「お嬢様、ウィリアム様をお連れしました」



ジョージさんの声が研究室の外から聞こえる。私はグッと拳を握ると、そっとそのドアを開いた。


その先にいたのは、手に綺麗な花を抱えているウィリアム様。眠たげに見える瞼の下に美しい深緑の瞳をのぞかせながら、ふんわりと微笑むウィリアム様は先日お会いした時と変わらず天使のようだった。


しかし、その天使の瞳が見開かれる。ジョージさんも、鷹のような目を鋭く光らせる。


それもそうだろう、綺麗に着飾ったお嬢様がいるはずだと思っていたのに、そこにいたのは商人の息子のような格好をし、髪を一つに束ねた私だったのだから。



「ごきげんよう、ウィリアム様」


「・・・・・ごきげんよう、ジェニファーお嬢様」


「ジェニファーお嬢様、そのお洋服はどうされたのですか」



ジョージさんが驚いたように声をかけるが、にこりと笑いかけてやんわりと止めた。


ウィリアム様、私は普通のお嬢様ではない。魔術を好み、薬草を育て、時には蛙を使って実験もする。お茶会にも参加せず、来る日も来る日も研究室に籠るような私を前にしても、今までどおりの笑顔を向けてくださいますか?



「(向けなくていい。そうすれば、きっとケイトたちも諦めてくれるから)」



毎度、ウィリアム様がいらっしゃるたびにケイトたちが気を使う必要はなくなる。私も、できないことをしないで済む。


お願いですから、幻滅してください。



「花を受け取ってくれるかな、お人形さん」


「・・・・・・・・・」


けれど、ウィリアム様はほんの一瞬驚いた顔をしただけで、やわらかく微笑まれた。その姿に私の表情は曇る。どうやら私の賭けは失敗したらしい。


ぽん、と手に乗せられた鮮やかな花々たち。その一つをウィリアム様は引き抜くと、そっと私の耳にかけた。



「また会えて嬉しい」


「・・・・・・・・・」



誰もが息を飲む笑顔がそこにある。まるで絵画の聖魔女のような、慈愛に満ち溢れた微笑みを前に私は固まる。ジョージが感嘆の声を漏らした。いや、あれは歓喜の声だろうか。


こうなっては、執事長も使用人たちも今まで以上に私とウィリアム様の間を取り持ちたいと躍起になるだろう。裏目に出てしまった状況に、私は少しだけウィリアム様を恨んだ。


ウィリアム様はそんな恨めしい私の視線に気付きながらも、ただ目を細めて柔らかく微笑んだ。



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