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お嬢様と医者






「『花の守人(チュテレール)』は、花や草木を守るとされていますが、その中でも魔力を吸い上げた、いわゆる妖花や魔樹を好みます。『月見茸(つきみだけ)』も、元はただの茸ですが、土属性の魔力を長年養分として蓄えたことによる突然変異で生まれるそうです。その姿は月の光を受けたように白く光り、蛍のような点滅する胞子を撒き散らしています。月見茸の傍は、おそらく幻想的な光景が広がっているはずです」


「その胞子に花の守人は吸い寄せられるということか」


「はい。文献では花の守人の姿は蜂と人間を合わせたようなものとのことです。大きさは、だいたい男性の手首から中指の先までくらいです。可愛らしい見た目をしているもののその攻撃性は高く、危険だとみなしたものに対しては針を使って攻撃をしてきます。今はその魔力を集める方法を思いついていない状況なので、もし遭遇した場合はすぐに逃げるか、戦うかを選択してください」


「わかった」



そう、息継ぎもなくぺらぺらと話すジェニファー様の目はどこか遠い。それもそうだろう、先ほど偶然見てしまった、ウィリアム様の息を飲むほどの美しさとともに伝えられた優しいお言葉、そして貴公子のキス。


この世の女性があのような言葉とともにキスを受けたのなら、誰だって夢見心地になるというものだろう。まぁ、ジェニファー様は見惚れるというより、項垂れていたが。



「・・・・・・・」



初めてお会いした時も、不思議な雰囲気を身に纏っていた。



子爵のご令嬢に限ったことではないが、貴族とは傲慢で、高慢で、高飛車な方ばかりだと思っていた。『聖魔女総合病院』の院長も貴族だし、その病院に寄付している人間もまた貴族。貴族たちは資金を提供する代わりに、ちょっとした捻挫や他の貴族に言われた嫌味でむしゃくしゃするから診察しろと意味のわからないことを言う。


その間に、本当に治療を求める領民がいようが自分が優先とでも言うように病院内を闊歩し、病床も限られるというのに一人部屋をご所望する。今回のエギーユちゃんのお姉様であるバーバラさんとエリザベッタさんも、そういう貴族の仲間だった。



『ジェニファーと申します』



そう言って、スカートの裾を掴み丁寧に膝を曲げたお嬢様は、その髪やお洋服こそ他の貴族と同じくきらきらと美しいものであったが、不必要に笑うことを嫌うのか、口元に柔らかく笑みを浮かべただけですぐに人形のように無表情へと戻ってしまった。


その姿は、ウィリアム様がよく彼女をそう呼ぶように、お人形さんのようだった。


思わず見惚れるものがある。きっと本当に嬉しいことがあれば、花が咲いたように笑うのだろう。その魅力を誰よりも知っているウィリアム様だからこそ、手放そうとしないのではないだろうか。


ウィリアム様といえばコールマン公爵のご子息として知られている。そのお美しさは街随一、いや国随一ともいわれており、領民たちはウィリアム様のお顔を街で見かけると皆うっとりと目を細める。しかしそのお美しさとは裏腹に、あまり浮いた話を聞くこともなかった。


あれだけの美しさだ。この世に一つしかない花を、求めるお嬢様も多いことだろうに。


しかしその花は蝶を嫌って、花を閉じ蕾を見せるだけ。あの方は、鑑賞されることよりも、その花を使い誰かの役に立つことのほうが、自分の性分に合っているとお思いなのかもしれない。




「いやいや、ウィリアム様の足の長さには驚かされます。私はついていけませんよぉ」


「ああ、すみません。気持ちが急いてしまって」


「はいはい、早くお嬢様に報告したいですもんね」


「・・・・わかりますか」


「わかりますよぉ、そりゃあ。私も妻を持つ男ですからね」




ウィリアム様と、森には似合わないヒールを履いたバーバラさんとエリザベッタさんと共にヴェレーノモストロの森を歩く。あまり人の手が加えられていないのか、その森の道は険しく、所々大きな石や木々で行く手を遮られ、なかなかまっすぐ進むことができない。


しかし、足の長いウィリアム様はひょいと石を跨ぎ、木々を避けスタスタと歩いて行ってしまう。すでにバーバラさんとエリザベッタさんとの距離は程よく離れている。まぁ、ウィリアム様のことだからお二人に危険が及ぶようなことはしないだろうが、これは明らかに急いでいると思う。


それもこれも、あのお嬢様のためだと思うとおかしくて笑ってしまう。


思わずケラケラとウィリアム様に笑いかければ、ウィリアム様は少し照れたのか、足を止め、頬をぽりと一度掻いた。




「どうにも彼女のことになると、私らしくいられない時があります」


「それが恋ってやつなんでしょうなぁ、いやいやぁお熱いなぁ」


「彼女は・・・・私にとって唯一の存在ですからね」




そう呟くウィリアム様の目は優しい。きっとこの表情をジェニファー様が見たらピシッと石のように固まってしまうのではないだろうか。普通なら蕩けるところだが、確かにウィリアム様の言うようにあのお嬢様はどこか他のお嬢様と違う。


花の蜜を求めて舞う蝶と違い、ジェニファー様は空を舞う小鳥のようだ。優雅に飛び回り、花や蝶のいる草原を眺め、気ままに羽を広げて飛んでいってしまう。その小鳥を、花は蕾のまま見上げる。だから花は鳥が恋しい。羨ましい。ゆえに、求める。




「確かに、あなたほどのお美しさを前にしても平然としていたり、まるでそれを避けるようにしたりするお嬢様は珍しく感じますなぁ」


「たまにそれがもどかしくもあります。手に入りそうで、入らない」


「ふむふむ、人とは違う感性をお持ちなのでしょうねぇ」



病院で初めてジェニファー様とお会いした時、魔術に詳しいとオルトゥー君が自慢するように言った。まるで自分のことのように誇らしく言うオルトゥー君には驚いたものだ。そこには、信頼と呼ばれるものが確かにオルトゥー君とジェニファー様の間にあったから。


オルトゥー君の言葉に、少しだけ照れたように目を伏せたジェニファー様のいじらしい表情はやはり可愛いらしいものだったが、しかしそれよりも私はその時『魔術に詳しい』という言葉に驚いてしまった。


魔術はこの世で生きる人間ならば誰でも使うようなものだ。湯を沸かしたり、物を運ぶ時などに使用する。しかし使用すれば走るのと同じで体力を消耗する。お嬢様ともなれば魔術を使わずとも使用人たちがいくらでも世話をしてくれるので、あまり必要のない分野だろう。


それでもジェニファー様は魔術が本当に好きなのだ、いや、魔術や薬草などについて研究することが好きなのかもしれない。エギーユちゃんの様子をじっと見つめるその目は、研究者のものと同じだった。


そのジェニファー様のおかげもあって、こうやってエギーユちゃんの病も治療の手立てがついたわけだが。




「フィーリウスさん」


「はいはい?」


「先ほどのことですが・・・・・」


「ええと?先ほどとはどちらですか?部屋でのお熱いシーンですか?それとも洗濯場のことですか?」


「・・・・・洗濯場の話です」


「ああ、はいはい。そっちですね」



ウィリアム様と並んで森を歩く。


すると開けた場所に出る。小さな湖がそこにはあった。私とウィリアム様はそこまで来ると、後ろで歩くことさえままならないバーバラさんとエリザベッタさんの到着を待つ。


鬱蒼と茂る木々の真ん中にぽっかりと太陽の光を受ける湖は、とても美しい。私はポケットからハンカチを取り出すと額に浮き出た汗を拭う。これはそろそろ運動したほうがいいかもしれないなぁ。


そうこうしていると、ウィリアム様が私の顔を覗き込む。そのお美しさに思わず息を呑んだのは言うまでもない。




「先ほどの洗濯場でのこと、詳細を教えていただけますか?」


「いいですよぉ。えっとですね、ケイトさんの元気も出てきたのでね、みんなで洗濯をしようとなったんです。ジェニファー様も楽しそうに足で洗濯物を踏みつけていましたよ。無邪気な笑顔で可愛らしかったです」


「・・・・・・・」


「あはは、その場に居合わせたかったとでも言いたげな顔ですなぁ」


「・・・・・フィーリウスさんには嘘がつけませんね」


「これでも医者ですからね、人の感情には敏感なんです」


「そうですか、それは心強い」


「いえいえ、もしもの時はうまく私を使ってください。・・・・それでね、あちらの使用人が私たちの嫌味を言ったんですよ。私の体型を馬鹿にして、あれは腹立たしかったなぁ。気にしていたもんだから。・・・・だけど、それ以上にジェニファー様に対する嫌味は酷かった。あれは女の本性を垣間見たと思いましたね」


「ジェニファーのことは何と言ったのですか」


「お嬢様が魔術好きだなんて嫁に行けない、きっとお母様の頭のネジが相当外れているんだと」


「・・・・・ああ、だから怒ったんですね」


「?・・・と、言いますと?」


「母のことを悪く言われて、頭にきたんでしょう。本人も魔術好きだから嫁にいけないということは理解というか、そうであるべきだと思っているところがあるので、そこは気にしていないはずです」


「ああ、なるほどね。そんなことはないと思いますけどねぇ、嫁にしたい人がここにいますから」


「はは・・・・とにかく、あの家族はとても仲が良い。それを悪く言われ、珍しく感情を露わにしたということか」


「そういえば、船に乗る前バーバラさんがケイトさんのことを悪く言った時も、強い口調でバーバラさんを嗜めたと船の中で嬉しそうにケイトさんから言われましたよ。なるほどなるほど、そういうことか」


「そういう子なんです」


「ええ、ええいい子ですねぇ」


「はい」



にこり、と目を細めて笑うウィリアム様は自信たっぷりだ。オルトゥー君と同じように、ジェニファー様のことを誇りに思っているのだということが表情でわかる。


随分と、彼らの間には強い絆があると見た。


それは素晴らしい経験だ、そして宝だ。強い絆は時として魔術よりも強いものとなる。まだまだ皆若いが、とても良いものをお持ちのようだ。


こちらまで笑顔になってしまう。


お互いにニコニコとしていると、後ろからやっと追いついたらしいバーバラさんとエリザベッタさんがげっそりとした顔で歩み寄ってきた。


湖があると気づいたのか、バーバラさんが畔に座り込むと、痛む足を掴んだ。こんな森にヒールで来るほうがおかしいと思うがね。




「どれどれ、お嬢様、足のご加減を診ましょうか」


「触らないで、ただ見るだけでいいから」


「・・・それでは診察のしようがないですよ」


「この身に触れていいのは心に決めた殿方だけなのっ」



そう言ってウィリアム様を見上げるバーバラさん。しかしウィリアム様は花の守人を探しているのか、全く気づいていないようだ。


それを悲しむバーバラさん。いい気味だと思っても、罰は当たらないだろう。私はヒールから少し見えた踵へと目を向ける。そこには水膨れができていた。



「はいはい、わかりましたよ。・・・・ああ、踵が擦りむけている。ハンカチでも詰めてくださいな」


「だったらあなたのハンカチを貸しなさいよ」


「おやおや、いいんですか?私のハンカチは私の汗でびっしょりですが」


「き、汚いわね!・・・・いいわ、自分のハンカチを使うから」


「ええ、ええそうしたほうがいいです」



汚いとは失敬な。これはあなたの妹さんを治療するために私が流した努力の雫だというのに。


これだけ元気があれば問題ないだろう、と立ち上がる。後ろから今にも倒れそうなほど顔を青白くしたエリザベッタさんが現れるが、ただの酸欠か貧血だ。医者だが、私は人を選ぶ医者なのでね、そこで座っていればすぐにおさまりますよ。死にそうになった時だけ声をかけなさい。



「フィーリウスさん」


「はいはい?」



そうこうしていると、何かを見つけたらしいウィリアム様が湖の先を指し示す。目を凝らしてそちらを見てみれば、ほわほわと白い光が揺れていた。あれはジェニファー様が言っていた蛍のような光ではないだろうか。


ウィリアム様に歓喜の目を向ける。その視線を受けたウィリアム様は一度コクンと頷くと、畔で座り込んでいるお二人へと声をかける。



「お二人はそこにいてください。私とフィーリウスさんで見てまいりますので」


「ええっ、私もご一緒しますわ!」


「わ、わたくしも・・・・・」


「か弱いお嬢様を危険に晒すことはできませんので」


「「 ウィリアム様・・・・・・ 」」



取ってつけたような甘い言葉にうっとりとするお二人。きっとウィリアム様なら、ジェニファー様の足に怪我がなければ疲れていようがその手を取って一緒に連れて行っただろう。それくらいのこともわからないのか。



「・・・・・おぉ」



ウィリアム様とともに湖の畔を歩き、できるだけ物音を立てないようにその光へと近づく。大樹に囲まれたそこは、小さな丘のようになっており、その丘の上に月の光を受けたような茸がいくつかあった。その光景は確かに幻想的だ。



「ジェニファー様に見せたかったですねぇ・・・」


「・・・・・そうですね」


「これは美しい・・・・まるで別の世界に来てしまったようだ・・・・」


「・・・・フィーリウスさん、あそこ」


「え?・・・・おおっ、あれが花の守人・・・・・?」



ウィリアム様が指し示した先に、ふわふわと月見茸だと思われる茸の周りを浮かぶ小さな姿があった。


上半身は可憐な乙女、しかし下半身は蜂のような形をしている花の守人。小さな手を動かして、蛍のような光を集めているようだった。初めて『精霊』と呼ばれるものを目にしたが、あのように美しいのか。まるで浮世離れした美しさがある。


すぐにでも近くで観察したいが、ジェニファー様の話では攻撃性が強いとのことだった。不用意に近づけばエギーユちゃんの二の舞になりかねない。


ジェニファー様もまだ生け捕りにして魔力を手に入れる方法が思いつかないようだったし、ここは生息地を確認できたということで一度別荘に戻るべきか。


それはウィリアム様も考えるところなのか、徐に長い腕を伸ばすと近くで揺れていた蛍の光のような胞子をそっとハンカチで包む。ああ、なるほどそれをジェニファー様に見せるということか。ジェニファー様ならその胞子を見れば確実に月見茸のものだと判別できるだろうが、それ以上にこの方は美しい光景を目にすることができなかったお嬢様に少しでも様子を知らせたいのだろう。本当にお熱いねぇ。




「戻りましょう、フィーリウスさん」


「ええ、ええそうしましょう」



ウィリアム様と共に畔を戻り、バーバラさんとエリザベッタさんへと歩み寄る。休んでいたことで少し気分もよくなってきたのか、すぐにウィリアム様の両腕を掴むと一緒に森を戻る。もちろん、すぐにウィリアム様の長い足についていけなくなるのだが、滑稽で笑えた。


再びサバイバルのような長い森の道を進む。


そうしてやっと別荘に戻ってくると、洗濯の続きをしていたのか、包帯を頭に巻いたケイトさんと、椅子に座ったまま洗濯物を備え付けの紐にくくりつけて広げるジェニファー様がいた。


ウィリアム様とともにお二人へと歩み寄る。それに気づいたジェニファー様は、わかりやすく肩を震わせた。ケイトさんはうっとりとウィリアム様を見上げた。




「ジェニファー、部屋で休んでいなくていいのかい。君も、気を失ったんだろう」


「い、いえ・・・部屋にいると、落ち着かないので・・・・・」


「ケイトはお嬢様の行くところならたとえ足を失おうが手を失おうが首を撥ねられようがどこまでだって着いてまいります!」


「ケイト・・・・まだ頭の怪我も塞がっていないんですから、本当ならベッドにいてほしいです」


「いやですよぉ、ケイトがいないと洗濯物も干せないようなお嬢様を放っておけますか!」


「む・・・・私だって洗濯物くらい干せます」



そう言ってむくれるジェニファー様を前に、ケイトさんとウィリアム様がぷるぷると震えている。きっといじらしいとでも思っているのだろう。私は思わずケラケラと笑ってしまう。


するとその笑い声に気づいたのか、ジェニファー様が人形のような無表情でこてんと首を傾げる。いやぁウィリアム様が言うように本当にお人形さんのようだ。


思わずその美しさに見惚れていれば、ウィリアム様が咳払いする。いやいやぁ、お熱いですなぁ。


その視線に笑いながらも、姿勢を正してジェニファー様へと歩み寄る。



「ジェニファー様、今しがた森を歩いていましたらね、なんと」


「なんと?」


「なんと!花の守人だと思われる精霊を見つけました!」


「そっ、そうですか!姿形は文献にある通りでしたか?その大きさは?月見茸は近くにありましたか?光り輝いていましたか?花の守人は日中何をしていましたか?」


「ははは、それはウィリアム様が教えてくれますよ」



片足をひょこひょこしながら歩み寄ってくるジェニファー様の興奮した様子に笑ってしまう。ああ、こういうところが放っておけないのでしょうなぁウィリアム様は。


ケラケラとウィリアム様へと視線を向ける。大事なお嬢様の奇跡的な可愛らしいお顔を独り占めしていては、あとで叱られそうだ。



「・・・・・・・」




すると、私がウィリアム様の名前を出したところでジェニファー様がゔ、と言葉に詰まる。そうですねぇ、先ほどのこともありますから、今は顔を合わせるのはお辛いでしょうねぇ。


ジェニファー様とは打って変わって、にこにこと天使のような笑みを浮かべるウィリアム様。そっと長い腕を伸ばすと、ジェニファー様の頭に手をおいた。それだけでジェニファー様がピシッと石になる。




「ジェニファー」


「・・・・は、はい」


「これを見てごらん」


「・・・・・?・・・ハンカチ、ですか?」


「開いて」


「・・・・・・」



ウィリアム様の顔を見ないまま、ハンカチを受け取ったジェニファー様がハンカチを開く。するとそこには、先ほどより小さく萎んでしまってはいるものの、魔力が込められているからかふんわりとほのかに白く光る胞子が見えた。


それを目にするジェニファー様の表情が驚いたものに変わる。ウィリアム様と私はもうそれは溢れんばかりの笑顔でそれを見つめる。




「こ、これは・・・・・」


「月見茸の胞子だと思うよ、一応確かめてほしくて持ってきた」


「・・・・・・確かに月見茸の胞子だと思います」


「よかった。・・・君にも見せたかったよ。湖の先に小さな丘があった。その周りに漂う胞子が花や木々を照らしているんだ。花の守人はその花や草木に魔力を与えているようだった。魔力を与えられた月見茸が胞子を飛ばし、光る光景は幻想的で美しかった」


「そうですか・・・・・」


「君の足が治ったら、一緒に見に行こう。その胞子は、それまでの観賞用として持っていてほしい」


「・・・・・・」


「どう?気に入った?」


「・・・・・・」


「・・・・ジェニファー?」


「・・・・・はい、・・・・とても・・・・・」



そう言って、ジェニファー様がウィリアム様を見上げる。心から喜び、感謝を伝えたいという表情がそこにはあった。まるで恥じらい蕾を固く閉ざしていた花が、ウィリアム様の光を受け開いたような可憐な笑顔だった。思わず私やケイトさんはその笑顔に見惚れる。


間近で見つめられたウィリアム様はどうだろうか、とその顔を覗く。


すると、ウィリアム様はあまりにも可愛らしい表情に思わずといった具合に口元を手で覆う。ああ、これは『落ちたな』そう思わずにはいられなかった。



「あ、・・・・ぅ・・・・・」



しかし、その可憐な笑顔はすぐに引っ込められてしまう。おそらく先ほどのことを思い出したらしく、ジェニファー様が俯く。そうやっておろおろしても、あまり意味はないというか逆効果というか。



その証拠に、ウィリアム様の長い指がジェニファー様の頬に添えられる。ああ、口笛を吹いてもいいかな。




「ジェニファー」


「・・・わ、私は洗濯に戻ります」


「手伝うよ」


「だっ、だめです!下着もありますから!」


「ああ、そうか。忘れていた」


「ウィリアム様はどうぞ疲れているでしょうから、お部屋でお休みください」


「では君の近くで休もうかな。その方が安らげる」


「だ、だめです」


「どうして?」


「・・・・・だめなものはだめです」



そう言って洗濯物を握りしめるジェニファー様を、ぷるぷると震えながら見つめるウィリアム様とケイトさん。本当にお二人ともジェニファー様が可愛くて仕方ないんだなぁ。


でも、お似合いだと思いますよ。


ジェニファー様とウィリアム様は惹かれ合う運命なのだ。今はまだその天秤がウィリアム様に傾いているようだけれど、それが等しく吊り合うようになるのは、そこまで遠い未来ではないように思える。



「私も、何かお手伝いをしてあげたい気持ちになるから不思議ですなぁ」



今回のことで、ジェニファー様やウィリアム様に出会えたことは私に取って僥倖。ジェニファー様が言ったように、医者としての未来を考えつつ、お二人を見守っていきたい。


自宅に帰ったら、めいっぱい妻を愛してあげよう。久しぶりにキスでもしよう。昔、出会った頃のような二人に戻ろう。


そう思いながら、最近出てきた腹をおさえる。まずは、ダイエットかな。



「さっきからだめばっかりだな、何ならいいの?」


「し、知りません。ご自分でお考えください」


「君はどう思う?」


「ケイトはですね、ハグならいいと思います!」


「そうか、では」


「ケ、ケイト!」


「私はウィリアム様応援し隊です!」


「あはは!愉快な方たちですなぁ!」



別荘の庭が明るくなる。まるで別荘を訪れた時とは打って変わって、とても明るい。その光景をバーバラさんとエリザベッタさんの使用人たちも羨ましそうに見つめる。


もちろん、遅れて森から帰ってきたバーバラさんとエリザベッタさんも。



「・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」



そのお二人の目は、とても鋭かった。




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