花の香に込めた想い
いよいよ、ヴォルフラート王国の貴賓を招いたパーティの当日となった。
パーティは昼過ぎから開かれる。いまはまだ、朝食後の比較的穏やかな時間帯だ。とはいえメイドたちは相変わらず多忙を極めており、立場的にも能力的にもなにも手伝えないフィユは、せめて邪魔にならないよう部屋で待機していた。
室内にはレダが控えている。リヒトは従者の中でも立場が上のほうなので、会場で皆を纏める役割を負っているため、珍しくここにはいない。
窓辺のテーブルには花茶だけが置かれており、フィユはそれを両手で持ったまま小さく溜息を吐いた。
「王女様」
顔を上げれば、鋭利な夜の眼差しが真っ直ぐ注がれていた。
彼女の目に映る自分はきっと情けない顔をしているだろうと思うのに、気を引き締めるどころか、意識すればするほど泣きそうになる。
「私が、お側についています。王女様のご負担を共に背負うことは出来ませんが、お支えすることは出来ます」
レダの言葉にも、フィユは力なく微笑むことしか出来なかった。
城に来てからというもの、フィユは王族同士、或いは王族や貴族のあいだで交わされる言葉の重みを座学だけでなく実践でもって理解してきた。過去に王女が他国に対し行ったことがどれほど礼に欠く振る舞いであるかも、否応なく理解してしまった。だからこそ、気が重くて仕方がない。
「……時間までには、気持ちを整えておくわ。沈んだ顔で会うのは、失礼に失礼を重ねてしまうことになるもの」
「はい。そのために調合致しましたので、一口だけでもどうぞ」
レダの視線は、フィユの手の中にある花茶に向いている。
いつも食事のときに飲むそれより紅色が薄いと思えば、調合が違っていたらしい。唇をカップの縁につけて、一口含む。結晶糖を入れていないにも拘わらず、ふわりと口の中に自然な甘さが広がった。
「不思議……お花は同じものなのに、全然味が違うのね」
「花茶は飲む者の体調等に合わせて調合する、一種の薬湯です。王女様のお心が僅かでも和らぐよう、花の香りを多めに含ませております」
「そんなに気を遣って淹れるものだったなんて……ありがとう、レダ」
「勿体ないお言葉でございます」
目を伏せ、胸に手を当ててフィユの言葉を受け取るレダの凪いだ海のような声を聞いていると、フィユの気持ちも不思議と落ち着いていく。花茶の効果もあり、ざわついていた心は幾分か穏やかになっていた。
「そろそろお時間です。お召し替えを」
「ええ、お願い」
立ち上がり、鏡の前に立つとレダが新たに二人メイドを呼びつけた。ヘレナとエマだ。二人は息の合った動きでお辞儀をすると、フィユの傍について支度を始めた。
ヴォルフラートとは互いに恩がある。国同士の付き合いとしては他国より緊張感がある関係性で、僅かな齟齬でも一気に崩れかねないような、危うい糸の上に成り立っている。それなのに王女の度重なる非礼で国交が途切れなかったのは、常夜の森の魔女から進言があったからだという。
それが何であるかはフィユの知るところではないが、その魔女はネルケ王女の恩人で、彼女がそういうならと、愛する故郷への侮辱も婚姻の儀に対する無礼も、清算を後回しにしてくれているのだそうだ。
この話は、メイドたちの噂話を継ぎ合わせてフィユの中で組み立てただけに過ぎない。ヴォルフラートとの国交が途絶えなければ、真実はいずれ判明するだろう。