想いを花に添えて
城に来る前は、文字など書いたこともなかった。町の看板は文字が読めなくともどんな店かわかるよう絵が描かれていた上、孤児院にいた頃は読みたい絵本などがあれば養母が読み聞かせてくれていた。記憶を辿っても顔がぼやけて思い出せない、嘗ての家族たち。王女として城に馴染んでいくにつれ、あの日々が遠ざかっていくような気がした。
(願うだけでは叶わないこともあるって、わたしに教えてくれたのはナンナだったわ……あのときは、わたしには意味がわからなかったけれど)
抑々文字を書いて伝える相手などおらず、必要に迫られることもなかったのだ。なのにいまは、こうして正しい姿勢で正しい交易語を綴っている。
最後の一筆をスッと引き、ペンを紙から離す。やり直しの利かない作業は何であれ毎回息をするのも忘れるほどに緊張してしまう。
「…………ふぅ……あとは乾くのを待って、お花に添えるだけね」
「上達なさいましたね」
にこやかに褒めるリヒトを見上げ、フィユは眉を下げて微笑んだ。彼の教育がなければ二ヶ月足らずでこれほど色々なことが出来るようにはならなかっただろう。元々は何一つ出来ることのない孤児だったのだから。
インクが流れないよう紙から少し距離を取ってレースの扇子で扇ぎ、ゆっくり乾かしていく。急ぎでない場合はここまでする必要もないのだが、今回は日程が詰まっている。
レダが戻り次第手紙を送ってしまいたいので、待つあいだこうして乾かしていた。
「フィユ様、戻りました」
「入って頂戴」
扉越しの声に応えると、レダがアストという、加工品によく使われる植物の蔓で作った手提げの籠にたくさんの花を盛り付けたアレンジフラワーを手に現れた。フリルのような花びらがたくさん重なって咲いている白い花は、確か王女の名と同じネルケという花だ。それに寄り添って咲いているのは、エヴァルトの町を象徴する花のシェーンブルーメと、ヴォルフラート王国の国花アイシクルリリーで、色合いから花嫁のブーケを思わせる。
まだいくつか蕾の花もあるが、送り届けるのに日数がかかることを考えると蕾が目立つほうが丁度良いのかも知れない。
全体的に白と明るい黄色で統一された花籠を、ヴォルフラート王国の国色である緋色と濃金色のリボンで飾っているそれは、彼の国への贈り物として十分過ぎる仕上がりだ。
「素敵……このお花は、向こうに着くまでにどれくらいかかるのかしら」
「いまから送れば、明日の昼には着くでしょう。早速手配しますか?」
「ええ、お願い。せめて綺麗なうちに見て頂きたいもの」
手紙を封筒に収め国章の入ったシーリングスタンプを押すと、レダに渡した。リヒトがレダに視線を送るとレダは黙したままで一礼して踵を返し、早速手配をしに向かった。
「いま出来ることはしたわ。あとは……当日を待つだけね」
祈るような気持ちで、フィユは窓の外に広がる空を見上げた。




