誠意を形に
そんなことを話していた日から数日。
ヴォルフラート王国の王族や貴族を招いたパーティが開かれる日が迫りつつあった。
本来は貴族子息や令嬢だけを招く手筈だったが、念のため第二王子にも招待状を出したところ、ぜひ挨拶したいとの返答があり、急遽王女の顔合わせも行われることになった。
ヴォルフラート王国の第二王子はつい最近エヴァルトの貴族令嬢と結婚したばかりで、婚約パーティも開かれたのだが、以前の王女は挨拶に訪れるどころか祝いの手紙の一つも出さずにいた。つまり、王女がこの上ない非礼を働いたばかりで向こうから会いに来るという、フィユにとっては緊張どころではない一日が約束されたのだった。
「ねえリヒト、わたしは、お祝いの品もなにも贈っていないのよね……?」
「ええ、なにも」
「そんなの、なんてお詫びすればいいの……」
王族の婚姻は、その国にとっての一大イベントだ。近隣諸国にとっても同様で、今後も友好関係を結んでいくつもりでいるならそれなりの言葉やものを贈っていて当然である。だが、王女はなにもしなかった。それどころか「田舎娘なんかと結婚した無能王子」と、わざわざ社交の場で言い放ったのだ。
それを聞いて、フィユは不安を通り越して目眩を覚えた。ネルケ王女と対面した瞬間、緊張と罪悪感で倒れてしまうのではないかとすら思う。
「わたしに出来ることはあるかしら……」
「いまからでも、なにか送るというのは如何でしょう」
「いまから……そうね……なにもしないでいるよりはいいわよね」
最悪その場で贈り物を叩き落とされても、破いた手紙を投げつけられても、それだけのことをしたのだ。誠意を込めて謝罪をし、それから改めて祝福するしかない。
「そうと決まれば、お祝いの品を考えないといけないわね。いまから頼んで間に合うものなんてあるかしら」
「五日後に控えていますから、あまり凝ったものは難しいかと」
そう言われて、以前リヒトに見せてもらった珊瑚の宝石箱を思い浮かべた。箱の素材も装飾も凝っていて、数日でサッと出来るものでないことはろくにものを知らないフィユの目にも明らかだった。
「それなら、お詫びとして先にお花を贈ろうかしら。お祝いの品は後日改めて贈ることにするわ」
「そうですね。いまから探しますか」
「ええ」
フィユが頷くと、リヒトは一言「レダ」とメイドを呼んだ。
「お呼びでしょうか」
扉越しに声がかけられフィユが入室を促すと、レダが一礼して入ってきた。短い黒髪は綺麗に切り揃えられており、それが彼女の鋭利な雰囲気をより強調している。
「急なことなのだけど、ネルケ王女に婚姻のお祝いをしなかったお詫びにお花を贈ろうと思うの。城下で花束を整えてもらえないかしら」
「畏まりました。すぐにご用意致します」
「ありがとう」
恭しく一礼すると、レダは入ってきたとき同様静かに退室した。
「レダが戻る前にお手紙を書いておかないと……リヒト」
「はい、こちらをどうぞ」
言われることを予測して、リヒトは既に手紙一式をテーブルに用意していた。羽ペンにインク、滑らかな手触りの上質紙にシーリングワックスと封筒。それらを前に、フィユは姿勢を正して深くひと呼吸。
王女としての言葉に、フィユとしての想いを乗せて、真摯に文字を綴り始めた。




