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森出身で世間知らずな少年の世界革命  作者: スタミナ0
六章:マコトと射手座の銃
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賢者の思惑/マコトの氣巧法



 キスリート西地域に厳然と佇む西の灯台――『賢者の塔』と呼ばれるこの建造物の中は、高位な文官や王族しか立ち入れない。許可を得るならば、それは国家の中枢と連絡を持つ官僚、或いはその走狗となる暗い生業を持つ人間だ。

 出入りする人種にも差別的な観念を持つキスリートの厳格な制限は、如何に優秀な人材、また王族であろうとも塔の主『賢者』の判断を尊重する。神の加護を受けた者のみに許された特権は、政治的な力、そして軍部まで(ほしいまま)に出来ることがある。そんな塔の中には選り抜きの部下のみが従えられ、そこに生活が営まれる。

 見上げる者を畏敬に跪かせる塔の中へ、悠揚と歩み入っていくのは黒檀の箱を片手に携える男。清潔感のある白いスーツに身を包んでいる様は、周囲から高官と思われる風体である。外見だけならば、その人物がこととする業が、世に謂われる剣呑な生業とは思われまい。何よりも、どんな人間でも今から入る場所へは、身なりを整えるのだから不自然とは言えない。

 だが別段、それを意識しての服装ではない。単に彼が衛生や人目を意識する潔癖症に過ぎないのだ。この男は、根城とする場所の納戸には同様のスーツを多量に備えている。それが塔へ入る際に人々が注意する点に都合が良いだけのこと。

 男は勝手知ったる顔で入り口まで行くと、両脇に長槍の石突きを地面に打ち立てて、粛然と立つ番兵に、スーツの懐から書状を取り出すと、紙面を展げて見えるようにする。それを検めた番兵が門を少し手で押しやって、わずかに隙間を作ると中へと催促する。形だけの黙礼を済ませると、あとは番兵に一瞥もくれずに入った。


 天に支えるような外貌の塔、その中は男が昨晩足を運んだ『勇者の塔』と差して差異がない。あるとすれば、その中に主が腰を据えているだけのこと。長期間も首都から姿を消し、今やあろうことか南方の名高き一族に魅了され、王の制止も意に介さず東国への使節団に随行している。自由奔放な『勇者』と違い、『賢者』は首都の暮らしをいたく気に入っており、塔の中で優雅に生活している。

 黒曜石の床は男の姿を映し、この世と隣接する別の世界に居る己と邂逅を果たす場所と錯覚させる。足許にいる自分と一度だけ視線を合わせると、再び面を上げて塔の壁を嘗めるように高さを稼いでいく階段を上がる。

 塔の中腹あたりに踊り場がある。そこから塔の形状に従った回廊があり、壁には楕円を切ったようなアーチ状の扉が幾つも並んでいる。男は階段から離れて少しの場所にある扉を軽く叩く。


「入れ、あまり見られたくはない」


 中からは険を含む声があった。

 それを聞いた男が慌てる様子もなく、扉を引いて開けると素早く身を滑り込ませた。

入室すると扉の前から少し横へ退いて、その場に跪いた。黒檀の箱を立てて自分の傍へ置く。

 男が頭を垂れる先に、椅子の脇息に頬杖をつきながら、眉根を寄せる青年。彼こそが国民に『賢者』と崇められ、国に優遇される神の寵愛を受ける人間。裾の長いローブ、袖は手元を隠すほどあり、杖を手繰る手は指先しか見えない。口紅をした艶のある唇に、薄く化粧をしている顔立ちは、女性に似せているがやはり男のものである。

 些か特殊な『賢者』の身なりに反応もせず、男は黙然と彼の言葉を待った。


「梟を逃したようだな」


 太く低い声は男を押し潰すようで、やはり相手を咎めるように語調は強かった。


「はい、「白き魔女」と東国の子供による妨害がありました」


「「白き魔女」……それはどんな女だった?」


 やはり、そこに食いついたか――男は目を伏せながら、口から漏れそうになった嘆息を噛み殺す。『賢者』と称えられるこの青年は、衆目が作り出す高貴な姿とは反する女遊びの激しい性格である。この塔にも幾度か女性を招いては、一夜の同衾を嗜む人品の卑しいばかり。従うべき立場とあって、嫌悪を示すのも憚られる。

 男は『賢者』の毒牙が、昨晩出会った見目麗しい少女にも向けられるとなると同情した。この青年の実力は凄まじい。国家戦力の一端であり、それこそ知識量はカルデラ一族にも匹濤する。尤も、その用途は正道を逸しているが。


「白髪に一対の獣の耳を生やしており、私の記憶でも、その面貌は美麗極まると形容しても何らおかしくありません」


「……そうかそうか、やはり噂に違わぬ娘だったか。だが、人々を操る美も、私の前には無力。すぐにその気高い姿も剥落させてやる」


 青年の下卑た笑みは、おそらく「白き魔女」を肉体で蹂躙する情景を思い描いている証拠だ。男は彼の相手に辟易しながらも、黙って待機する。


「よし、ならば梟とその子供を殺せ」


「「白き魔女」は、如何致しますか?」


「私がヤる」


「……承知しました」


 男は箱を持ち上げて立つと一礼し、流れるように踵を返して部屋を辞す。颯爽と退室した彼に機嫌を損ねず、妄想に耽りながら滾る欲望に顔を歪めて『賢者』は呟いた。


「聖女は靡かなかったし、王女も駄目だな。セラは逃げるし……なら、地位も関係ない「白き魔女」で手を打とう」






   ×       ×       ×





 早朝に目を覚ましたマコトは欠伸を一つしながら、寝台より立ち上がる。あまりの快眠に意識は覚醒していて、体のどこにも痛みはない。西の騒乱に巻き込まれ、追われる日々に柔らかいベッドの上で眠れる日が来るとは思いもよらず、この待遇に感謝した。

 氣術師とあって、睡眠時間は短くも休息としては充分だった。顔を清める為に屋敷の中にある井戸へ向かう途中、広間へ出ると中心でこちらに胡座で背を向けたままのユウタを発見した。物陰に隠れて様子を窺えば、目を閉じて瞑想しているようだ。


「おはよう。マコト、傷の具合はどう?」


 振り向きもせず、唐突にされた挨拶にマコトは萎縮した。まさか、足音だけで人を判別したのか。これが矛剴本家の血筋に一人生まれる感覚の鋭敏さ、それを見込まれて特殊な天命を授けられる宿命を持つ子供。十数年前に里で生まれ、そして一族に畏れられた裏切者によって奪われた宝。神に対する復讐の刃となる筈だった武器。

 マコトは昨晩撃たれた左肩を擦りながら笑顔で応えた。まさか表情までは見えまい。


「いや、姐さんの治癒で消えてるよ。全快だね、こりゃ」


「ベッドがあったのが幸いだったね」


「まったくだよ」


 二人は少し笑った。ユウタによる説得あって、ムスビは渋々というようにマコトに部屋を提供した。この厚遇に感激しながらも、やはり背後で不満をこぼす彼女に申し訳無かった。当然、自分は彼女の家族を根絶やしにしようと企み、そして殺戮した一族の出身。本来なら追い出されるだけでなく、命を取られても仕方なしと言える。

 邪険に扱われる事はあっても、寝首を掻かれることも無かったところは、ムスビの相棒に対する信頼だろう。


「ユウタ、今日オレに時間をくれないか?」


「もしかして、開発?」


「そう、同じ氣術師として……何よりも新たな氣巧法を編み出した人物からの意見があった方が、効率的だし良いと思うからさ」


「了解、でも宛にしないでよ?僕だって半年前くらいは氣巧法も知らなかったぐらいだし」


「それでも、だ。じゃあ、少し顔洗ってくるから」


「僕は地下で待ってるよ」


 ユウタが胡座を解いて立ち上がると、広間を去る。やはり足音もさせずに移動する彼の動きを一つ一つ注視していたが、結局その正体は突き止められない。ただ自然と歩いているようであり、そこに氣術も使われていなかった。余程特殊な教育でも受けてたのだろう。

 マコトの感想通り、自然とユウタは自らの挙動の一切から物音を立てない。本人もヤミビトとしての知識を得るまで、その事実に気付かなかった。最近音を潜めるべく氣術を用いたのは、聖女の声に聞き耳を立てた時のみ。氣術師が力を使って再現するものを、ヤミビトは意識せずに完成させる。

 マコトは彼を畏敬の眼差しで見ていた。あらゆる苦難を強いられ、時に理不尽な戦局や重責に堪えなくてはならない時があったにもかかわらず、それらを強靭な精神で乗り越えた強さは、同年の自分にも無い強みだ。それは生来から持つ能力の高さとは違い、自己で練磨した()()()の武器。

 周囲からの軽蔑などを受け、幾度も涙を流した自分とは違う。その受難を跳ね返すだけの柔軟性も、時に見せる頑固さもマコトでは届かない高みにある。

 氣巧法の発明は、その精神に端を発している。()()()()ではなく、彼の性質がそれを可能にしたのだ。

 そう考えれば、不安しかない。ユウタという人間を分析するほど、自分が抱える不安がいかに矮小なモノかを自覚させられ、そして諦念に己の道に蓋をしてしまいそうになる。


「やめろ、オレは頑張るんだから」


 桶の水を掬った両手で、己の頬を打つ。水が跳ねて床にも染みを作った。決意した自分の気持ちに嘘は付けない。あの銃使いに勝つ、それだけが今自分が曲げられない本願である。

 広間を出て地下へと向かう。この屋敷に設けられた異質な空間は、修練には好適であった。この屋敷を使用していた人物の意図は計り知れないが、概ね何らかの企みに用いられていたのだろう。

 地下の広さも、屋敷の広間と差異がない。林立する支柱は腐食しないよう、漆が塗られている。中心ではユウタが空身で構えていた。その体が纏う空気が鋭いのを感じて、自然とマコトは体が冷えていく。


「ゆ、ユウタ……どうした?」


「いや、一応だけどマコトの実力が知りたくて。そうじゃないと、助言も難しいからさ」


 至極当然と語るユウタに呆気に取られたマコトは逡巡したが、どうやら他に手段が無いと相手の顔から悟って拳を上げた。


 程無くして、マコトは床に仰向けで倒れていた。武術に関しては、矛剴の血筋では珍しく不得手であり、劣等感に苛まれていた。戦闘経験は浅かった彼には、ユウタは化け物も同然に映った。流麗な動き、目で追えば死角から別の攻撃が襲い掛かり、意識の外から打擲がある。

 正面に対峙しながら、あたかも背後に分身でも潜ませていたと思える攻撃。相手に死角が無ければ、自身の体を使って次手を隠し、相手に先を読ませずに襲う。

 その戦法を前に倒れたマコトは、天井を見上げながら呼吸を整えていた。見下ろすユウタの表情には侮蔑はなく、純粋に実力を推し量っている。


「うん、武術は平均……くらいかな。でも、暴漢をいなしたりとか、少し腕に覚えのある程度」


 感想が素直なだけあり、マコトは傷付いたが現実として受け止める。寧ろ、嘲弄的な態度で悪口を織り混ぜつつ人を評価する者とは断然違う。

 上体を起こして、打撃を受けた体を擦る。


「徒手空拳で「東人狩り」に参加する冒険者には挑まない方が良い。……氣巧法を使わなかった場合の話だけどね」


「氣術師として、じゃなく単純なオレの力では、それくらいなんだな」


「そうだね……。まあ、大体判ったよ。それじゃあ、始めよう」








  ×       ×        ×





「何やってんの、あんた達」


 地下に来たムスビが見た光景は、二人で座りながら談笑する姿。この広い空間を独占しながら、小さく輪を囲んで話している。彼女は呆れたように歩み寄って、ユウタの隣に腰を下ろす。

 ユウタとマコトは、新たな氣巧法の『型』について議論していた。無論、それは氣に定型を与えて武器に用いるという、氣巧法において最も重要な要素。無闇な開発よりも、初めから完成形を定めることこそ技の発明には必要なのだ。

 ユウタもその点に失念しており、作業が難航したのをよく憶えている。


「やはり銃に勝てるのは銃だよね」


「確かに、余程硬い盾じゃないと鋼鉄の弾丸は防げない」


 銃弾――その物体が銃身から射出されて帯びた威力は、魔法や砲弾と同等である。戦ったマコトによれば連射が不可能で、使用後は火薬が詰められていた弾の『脱け殻』と思しき物体を必ず排出してから、次弾を装填しなくてはならない手間が掛かる。狙撃と近距離での早撃ちに使い分けされた二種類の銃。無論、マコトが挑むのは後者だ。

 氣巧弾は指先に球体に固定化した氣を練り上げる所要時間が長く、それならば所定の位置に入れるのみの銃の方が遥かに速い。そう、マコトの敗因も時差である。敵との攻撃開始の速さ、そこで勝負は決した。


「なら、最初から指先に氣巧弾を矯めておけば良いじゃない?」


「氣巧法は氣術の応用。固定するのでさえ困難なのに、何処から現れるかも解らない敵に備えて維持するなんて至難の業だよ。特に、指先一点に小さく氣を集束させる、相当の集中力が必要だ」


 ユウタが奴隷少女セリシアの首輪を断ち斬る際も、小型の氣巧剣を作り出す時に経験した。普段の刃渡りを縮小させ、一尺を下回る程度に抑えるだけでも体力が大きく削られる程だ。その状態を数分も持ちこたえられたなら、氣術師としてはかなりの手練れ。


「でも、事前に氣を集める、ってのも確かに良いと思うけど」


 マコトの言葉に、ムスビが得意顔でユウタを見る。


「マコト、こんな奴の肩を持たなくても良いんだよ?」


「そんな積もりは無いんだけどなぁ」


 苦笑するマコトを睨みながら、ユウタは腰を上げた。氣巧弾を基盤として、より強力な弾丸を作り出す為の工夫、それを導き出す手助けになるだけの意見をユウタは持っていない。ただ、マコトの集中力は高く、即座に氣術が展開し遂せるだけの技量も兼ね備えている。その能力を使えば、間もなく完成するという期待もあった。

 ムスビの意見が何か琴線に触れたのか、黙考して床を見詰めている。


「あんたは良いの?双子の対抗策とか」


「僕は独自で進めてるよ。勿論、新しい技よりも基礎を磨いている方だけどね。そういうムスビは?」


「あたしは本番で力を発揮するタイプだから」


「戯れ言を」


「はぁ!?」


 ムスビの力を侮る積もりではない。計画性は無いが、土壇場で驚異の力を見せるのがムスビである。その点には一切の疑問も皆無であったが、それが双子にも通用するかは判じかねる。矛剴分家十二支で最強と言われるとマコト――否、矛剴の者が嘯いていたというのだ。

 これまで勝利を獲得してきた策が、術が、技が、彼らを凌駕するとは到底信じ難い。


「ムスビも一応、鍛練しときなよ」


「じゃあ、あんたを的にするわね」


「そうだね、僕は国に密告するとしよう」


「それじゃ、あんたも御陀仏よ」


「ムスビの首を献上すれば良いんでしょ?」


「どうしようもない外道ね……」


 ユウタが地下を出れば、ムスビも後に続いた。

 取り残されたマコトは、彼等の退出も気に留めず沈思している。銃を抜き放ち発動する速度……昨晩戦った銃使いの姿が脳裏に浮かび上がる。肩に炸裂した銃弾の威力が、今にも甦ってきそうだった。

 予め武装してある、氣を矯めておく、集中力や体力の消費……。


「ああ、そうか」


 朧ながらに一つの解答を見つけたマコトは、立ち上がる。


「試してみるか……」





読んで頂き、誠に有り難うございます。

次回も宜しくお願い致します。

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