百二巻目 ――下さいよ?
最初のほうは今話したとおりだ。ここまでは別に楽しく喋っていたし、彼女との会話じゃなくとも疲れをいやすことができた(その疲れというのは、ジョンを心配していた心疲れといったところだろ)
だけれどもちょっとずつ会話がずれていくんだ。本当に、俺はこいつの性格を勘違いしていることに悲しさを感じるよ。
「ノブは、いったいあそこで何をしていたんですか?」
さっきの低いトーンの続きで、ジョンはかなり落ち着いた声で俺にそんなことを言ってきた。俺としては、“あそこで何をしていたんですか?”の意味が全く分からなかったから、俺はただ無言でその言葉を聞き流した。もちろん無言といってもその言葉にはびっくりしたから「えっ?」とは言っておいた。
「ノブが驚くことじゃないですよ・・・全く」
いや、俺としてはジョンのその言葉が全く理解できないし、そんなことをいきなり言われたら誰でも驚くだろう。
心の中ではそう思っていたけれども、そんな長文とっさに口にすることはできないし、混乱している俺の頭は正常に作動することはなかった。
ジョンは俺が混乱していることは、当たり前だが知らずに話をつづけた。
「ノブ、いいですかよく聞いてください」
「・・・・・・なんだよ、もう・・・」
落ち着いた声から急に冷静な声になった。はっきり言ってちょっとした恐怖を感じた。だから俺は、その恐怖を少しでも和らげるためにちょっとだけ口答えをしてみた。だからといって不安というものは解消されることなく、ただなんかものすごい恐怖感が俺を支配していった。
なぜだろう。ジョンと久しぶりに話してうれしいはずなのに・・・うれしくはないけれども安心したはずなのに、なぜこんなにも恐怖感が俺の体を支配していくんだろうか・・・と俺は考えた。そんなことを考えても無意味だとはわかっていた。
分かっていたけれども、なんかもうどうすることも出来なかった・・・・・・。
「・・・とりあえず、近づかないで下さいよ」
全く話を聞いていなかった。聞き取れたのは最後の言葉だけで、ジョンは俺がいろいろと考えを巡らせていた間に何かを語っていたようだ。全く聞き取らなかったけれども。
でも、なぜだか最後の言葉を聞き終わった後には恐怖感はなく、いつも通りの心の状態に戻っていた。
ジョンの言葉に返す言葉は見つからないけれども、ここで無言というのも俺から見ても不愛想だ。だから何かしらの言葉を繕って返そうと思い、俺はジョンの言葉が「――下さいよ?」と疑問形で終わっていたことを思い出して、「分かった」と言って、その会話を終えた。




