決戦準備の理性決壊
3月20日。
高校受験が終わった中学三年生にとって、この時期は自由の楽園だ。
ボーリング、カラオケ、あとは温水プール。なんにせよ友達と春休みを謳歌しているに違いない。
そんな中、僕は一人本屋さんにいた。
場所はライトノベルの置いてある棚の手前にある参考書のコーナーだ。
今、僕はここで参考書を棚から取り出したり戻したりして、いかにも参考書を買いに来ました、という空気を出している。
なんでそんなことをしているか、といえば簡単だ。
ライトノベル、というものを買いに来たのだ。
しかし、一般の人にしかわからないであろうが、あれを買うのは気恥ずかしいのだ。
?、と思った方。あなたは慣れているか、はたまた鈍感なのかどちらかに違いない。
ボイインンの女の子がコスプレをして、キメ顔で表紙に乗っている。
もしくはどう見ても十歳くらいの少女が天衣無縫な顔でポーズを決めている。
しかも、二次元。
僕にはいくつかの表紙がそう見える。
勿論、硬派な表紙も幾つか見受けられるが、あの中に無防備に突撃するのは遠慮したい。
それに、ここは通う高校の近くの書店。どこに来年からお知り合いになる生徒がいるとも限らない。
勿論、高校で厨二デビューを果たす気ではあるが、一言も発しない内から固定観念を植えつけられるのはごめんこうむる。
というわけで今、僕は横目で周りを見ながら、すり足でライトノベルのコーナーに近づいている。
この参考書とライトノベルが同階に売っている書店にいる、同階の客の数は現在僕を入れて5名。
その内、参考書コーナーに三名。そして、ライトノベルコーナーに一名。
三名は女子の団体客らしく相談しながら参考書を選んでおり、僕の本棚の向こうにいる。
もう一人は男性客。ぐふふぐふふ、と呟きながらライトノベルをぶっしょ……選んでいる。
男性は同じムジナの穴なので無視して、女性に注意する。
一応、彼女たちは棚を挟んで向こう側なので、今行けば安全かもしれない。
が、先ほど、彼女達はライトノベルコーナの男性を見てヒソヒソ話をしていた。
……どうやら、僕が思うほどライトノベルは一般的な娯楽として浸透していないのかなぁ?
とにかく、噂話をする程度にはコーナーが目に入っている、ということだ。
僕は横目でライトノベルのコーナーを確認していく。
実はこんなこともあろうかとちゃんと買う本の目星はつけている。
確かタイトルは“僕の従姉妹がこんなに美人……なわけあるか!!”。
高校に入って再開した従姉妹と闇の世界に行って戦うファンタジーラブコメらしい。
いや、だったらなんでこんなタイトルにした、と問い詰めたいが……まあ、人気なことは確かだ。
しかも、この本からオタク道に入った、という人間は多いから買ってみるのはありだろう。
今、アニメで放送されているらしいから、本で読めなかったらDVDで借りればいい。
なんてことを考えているうちに団体客がレジへと歩き出す。
レジは参考書コーナーの反対側にあり、ライトノベルコーナーからは遠い。
戸惑っていると次の客が来てしまうかもしれない。
僕はライトノベルコーナーへ急ぐ。
男性客が物色している辺りはパスだ。
まずは不死身文庫から探して行って……ない。
どうやらヒット作らしい“僕はゾンビです”と“デート OR デス”がプッシュされて売られていたが無視。
次はメディアヴィクトリー文庫。“セロの魔術師”“BB弾のアウラ”……これも、ない。
途中、ネットから書籍化、と銘打たれたいくつかの作品を通って、更に先に進んだ先でようやく一冊の本をみつけた。
“僕の妹が三歳児なわけ……あるか!!”
……え~と?
何やらタイトルは明らかに違っている。いや、ものすごく似てはいるんだけどさ。
なぜかそこの本棚だけピンク色の表紙が並ぶ中、その本を片手にとってみる。
とてもエッチな格好をした女の子が表紙に現れた。
…………文庫名をまじまじと見てみる。するとピクチャ夢文庫、とある。
日本語になおすと二次元夢文庫、といったところであろうか。
なんとなーく、ライトノベルが一般的でない理由に納得がいき、一人うんうんと頷く。
目的の本を改めて探そうとすると、レジの側から客が歩いてくるのがみえた。
僕は慌ててその本を戻そうとして……別にこれを買えばいいか、と思い直す。
何も人気作から突入しろ、という決まりはない。むしろ、このパチったのであろうマイナータイトルから読んでみるのも一興ではないか、と。
下を向いて、急ぎ足でレジへ向かう。手のひらを内側に向けて、なるべく本を見られないようにだ。
「すみません。会計をお願いします」
「はい…………え……」
くそっ。こんなところにも罠があったなんて!
対応してくれた店員さんは若い女性の方だった。
いや、そんなことから意識していたら満足に買うこともできないけれどさ!!
店員さんは恥ずかしそうに、本の立ち読みを禁止するためのカバーを剥ぎ袋を用意する。
その対応をみていたら、自分まで目を逸らしたくなった。
「か、カバーはお付けしますか?」
「お、お願いします」
少々恥ずかしかったが顔を背けたままカバーを要求する。
これから高校で厨二デビューをするため休み時間は堂々とライトノベルを読む気なのだ。
流石にカバーなしでこれを読めるほどの度胸は、僕にはまだない。
「667円になります」
僕は無言で小銭を受け皿に入れる。それから商品をひったくるようにして家へ急いだ。
「……これってさ」
僕は帰ってベットに横たわり天井を見ながら呟く。
先ほど買った小説は壁に傷をつけた後、床に崩れている。だが、そんなものどうだっていい。
今の僕に駆け巡るのはあの小説のことばかり。
目には涙。感動とか、恐怖とか、そんなちゃちなものじゃない。
手枷、足枷、ポールギャグ、ローション……あられもない近親相姦と性倒錯したとしか思えない内容。
「官能小説やんけ……」
強いていうなら羞恥であろう。てか店員さん、止めてくれよ。
善意で買わしてくれたのかもしれないけれどさ。これ条例違反だぜ……?
少なくとも、今後僕があの本屋さんに行くことはないだろう。