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龍王様の半身  作者: 紫月 咲
2章 護られること、その意味
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『香龍』

大変お待たせいたしました。

第2章、開始です。





穏やかな朝だった。

葉が風にさざめく音が、聖樹の周りにいる『見えざる者』達の歌声と合わさるように、緩やかに響いていく。

聖樹の内部に差し込む太陽の光は、やわらかくて。

その光に促されるようにぼんやりと瞼を開けば、次第に合わさった視線の中で私を見つめる緑と黒の瞳に出会う。


その2つの瞳は、まるで慈しむように細められていて。






『——お目覚めですか、我が君』

「翠月…」

『御気分はいかがでしょうか。どこか、優れないところはありませんか?』

「うん、大丈夫…。それに、アルノディスも…」

《おはよう、我が主よ。その目覚めに立ち会えたこと、喜びに思う》

「大げさだわ…」


アルノディスの言葉になつなが笑みを零せば、その姿に安堵したのか、彼らの表情も笑みへと変わる。

そしてたゆたう身体を支えるために、翠月が手を貸せば、その手を借りながら身体を立たせたなつなが、ふと辺りの気配に顔を巡らせた。





「何だか、聖樹の雰囲気が変わったみたい…」

《主のお陰だ。聖樹が正常な力を取り戻し、本来の姿となった。…心から感謝する》


真っ直ぐに自分を見つめ、そう言ったアルノディスに首を降り、なつなはやわらかな光が差し込む入口から、聖樹の木々を見上げる。


光を反射しながら風に揺れる鮮やかな木々は、穏やかで。

輝きを失い、くすんでいた姿とは正反対の、これが本来の姿なのだと、自分の行動で取り戻せた光景が、とても大切なものに思えて。

無意識に、鎖骨に触れるネックレスの石に指先が触れていた。


まるで自らの行いの結果を噛み締めるように、一心に木々を見つめ続ける主に、それを見守る化身達の表情も、慈しむものになる。






「これで、もうこの世界が危うくなることはないのよね…?」

『はい。我が君と龍王が存在し続ける限り、この世界の安寧は保たれます。私達と見えざる者と聖獣が、我が君を支え、力を捧げ続けるのですから』

《どうか健やかに、穏やかに日々を過ごされるといい…我が主よ。我ら聖樹の化身は、託された地を護りながら…主を見守り続けよう。——さあ、ジェードムーンと共に、在るべき場所へ戻るといい》


その言葉の後、アルノディスがふいにその手をかざすと、その場に両手を広げたほどのある大きな水鏡が現れる。

そしてその水鏡に映る光景に、なつなは大きく目を見開いた。






「レイ…!ライナスさん…!エドガーさん達も…!」


そこに代わる代わる映るのは、見知った姿。

焚き火を囲み、毛布にくるまり休むシェリアやシオン達。

火の番をしながら、どこか遠くを見つめているエドガー。


そして、ある一点を見つめたまま、その瞳にあらゆる感情を映して、立ち尽くすレイとライナス。


翠月の手を離し、水鏡に駆け寄ったなつなに、アルノディスが静かに告げる。





《フォルーンに知らせに行かせた後、どうやら龍王達はこの地に移動し、その場で一夜過ごしたようだ。余程、我が主の身を案じたようだな》

「野宿、したってこと…?」

《元より龍も聖獣も、自然と共に生きる者。主が気にすることはない》

「でも…」

《龍王達が望むのは、そのような無用な気遣いではないのだ、主よ。少しでも早く、主の無事な姿を確かめることこそが、何よりの望みだろう》


笑みを零しながら告げられた言葉に、なつながまた水鏡を見つめていれば、彼女を導くように翠月が歩み寄り、その手を取った。






『参りましょう、我が君。貴女を待つ者達の元へ』


その言葉に頷き、見送るアルノディスに別れを告げ、なつなは翠月と共に、聖樹アルノディスの前へと転移したのだった。






     *






その姿に最初に気づいたのは、聖樹から片時も目を離さなかったレイとライナスだった。


聖樹の下に突然現れた彼女は、姿は見えずとも、翠月に寄り添われているのだろう。

ふわりと地面に着地し、まるで波紋を描くように、その漆黒の髪が風に揺れる。


そして伏せられていた瞼が開かれた時、彼らはたまらず、その場から駆け出していた。






『なつな…!』


響いた声に驚いて顔を上げた時、耳元でふっと笑みを零す吐息を感じて。

それが翠月のものだと気づいた時には、なつなは馴染んだ腕に強く抱き寄せられ、あっという間に抱き上げられていた。





「無事で良かった…!」

「レイ…」

「どこもケガはしていないね?よく眠れた?…ああ、昨日から何も食べていないんだよね。すぐに白王宮に帰ろう、なつな。」


まくし立てるように話しかけてくるレイに、なつなが戸惑いながらも応えていれば、すぐ傍に感じる見知った気配。

視線を向ければ、それと同時に頬に触れた手。






「なつな、僕のなつな…。本当に、無事で良かった…」


両頬を包む手のひら。

交わる視線は強い熱を持っていて。

その瞳に映るのは、安堵や愛情、様々な感情がない交ぜになったもので。


そんなライナスに、なつなは自分の首に腕を回し、ずっと身につけていたそれを外す。





「ありがとう、ライナスさん。このネックレスのお陰で、心細さや不安に圧し潰されずにすみました。」

「なつな…」

「レイやライナスさん、みんなが待っていてくれてるんだって…それを忘れずにいれました。――私、ちゃんとやり遂げられましたよね?」


そう言って疲れも見せず、晴れやかな笑顔のなつなに、それを見たレイもライナスも、そしてエドガー達も、まるで泣き笑いのような表情でなつなを見つめ、何度も頷いたのだった。






     *






『――王、なつな。それからエドガー達も、聞こえるか』



アルウィンの声が響いたのは、再会を喜び合い、なつなの口から昨日の出来事の詳細が語られていた、そんな時だった。


突然聞こえた声になつなが驚けば、レイによって説明がなされ、これは遠話(フラウル)を第三者へも聞かせられるよう、アルウィンによって魔力が込められているという。


しかし、それが意味するのは…なつな達にも聞かせねばならない事態が起きたということ。

途端にその場に漂う緊張感に、エドガーが代表して、硬い声を響かせた。






「…私だ、アルウィン。何があった?」

『エドガー、先に確認したい。…なつなは無事だな?』

「勿論だよ。昨夜の内にはなつなによって、全ての聖樹が力を取り戻した。なつなも目覚めたところで、その身体を労わるためにも、これからすぐにでも白王宮に戻ろうと考えていたところだが…」

『そうか…。戻ってきたら、なつなを十分に労ってやらないとな』

「…用件は、別のことだろう?アルウィン。こうしてまでなつなの無事を確認したことと、何か関わりがあるのかい?」

『…ああ、白王宮に珍客だ。——香龍(こうりゅう)達が、聖域に帰ってきた。なつなに会わせろと言っている』


アルウィンが口にした『香龍(こうりゅう)』という言葉に、反応出来なかったのはなつなだけだった。

その事実を、なつな以外の全員は来るべき時を予期していたかのような表情で、受け入れていて。





「そうか、香龍達が…」

『なつなに起こった異変を、敏感に感じ取ったようだぞ。全員揃って、鬼気迫る勢いで白王宮に押し掛けてきた。…今は、ひとまず俺の執務室に通してある』

「…分かった、すぐに戻ろう。ただし、なつなに食事や湯浴みをさせるのが先だからね。その旨、『セラフィナ殿』に伝えておいて欲しい。」

『ああ、分かってる。――早く無事な姿を見せてくれ、なつな。俺もレックス達も、待ってるからな』


その言葉を最後に、遠話(フラウル)は途切れ、辺りはまた静寂に包まれた。

その中でただ1人、なつなだけは耳にした話の内容を問うように、エドガーを見つめていて。


その視線を受け止めたエドガーは、優しく笑いかけてから、その躯を龍体へと変えた。





『説明は戻りながらの道中にしよう、なつな。今は、白王宮に戻らなければ』






     *




半身は、生まれ変わる度に性別が違う。

龍王が必ず雄であるのに対し、その半身は男性の場合もあれば、女性の場合もあった。


そして半身が女性であった時だけ、この世界に生を受ける存在があった。

それが雌の龍――『香龍(こうりゅう)』である。



香龍は、雄龍と根本的に違う。

まず始めに、『六属龍』と同じように『六龍』しか生まれて来ない。

故に六属龍と区別するべく『六香龍』と呼ばれ、そしてあまり表舞台には出て来ない。

まるで、自分達の存在を出来る限り秘匿するように。


その次に大きな違いは、(つがい)という存在を持たないこと。

龍のことわりから著しく外れている、その性質。

それは龍の頂点であり、龍にとって絶対的な存在が龍王なのに対し、香龍にとっての絶対的な存在は――『半身』なのだということ。


何故ならば香龍が存在する理由はただ1つ、悪しき存在から半身を護るため。

人の身である半身、それが女性ともなれば、その力を悪用し、利用しようとする者は少なくない。


そして、女性であった初代の半身が、その身を(けが)される危機に遭った時、当時の大神は愛する娘を失うことを、魂が穢されることを恐れ…その身を護る存在を生んだ。


それが『香龍』であり、生まれた香龍は生涯、半身の守護を務めるのだ。

そして彼女達は、魔術の才だけではなく、己の魔力を物質化することが出来る性質を持っていた。

物質化させた魔力を、『武』として活かすこと。

それこそが、香龍達の強み。


全ては、主たる半身のために。








『——半身を護るための存在は、多いに越したことはない。半身自らが危機を脱するために出来ることは、あまりにも少ない。だからこそその護りは、同じ女性であればより万全に出来る』

「その存在が、香龍なのね…」


白王宮へと戻る道すがら、説明を受けたなつなが呟けば、その隣りで複雑な表情をしていたレイが、詫びるような声色で言葉を紡いだ。





「…なつなが行方知れずだった23年間、香龍達は自ら国を回り、なつなを探し続けていた。今になって思えば僕を始め、香龍達のその姿はいっそ狂気とも言えるものだっただろう。だからこそ、戻ったばかりのなつなには、彼女達の存在が負担になるかもしれないと…すぐに明かせなかったんだ。」

「レイ…」

「なつながこの世界に還ってきた翌日、香龍達はまるでそれを感じ取ったかのように…白王宮へと現れた。…泣き叫びそうな表情で、会わせて欲しいと懇願されたけれど。でも、なつなに起きていた出来事を話し…暫く猶予を貰っていたんだよ。」

「だから、あの日突然…部屋を出て行ったのね。」



シオンとコハクに名を与えた後、お茶をしていた場に現れた眷族と暫く話をしていたレイは、急な執務が出来たと言って、ライナスと2人、慌ただしく部屋を出て行った。


きっとあの時に、香龍達が現れていたのだ。






「決まった猶予を告げたわけじゃないけれど…香龍達は、なつなに会える日のために、己の武を更に鍛える旅に出ていた。僕にはそれが…様々な感情や衝動を発散させるためにも思えたんだ。」

「武を鍛える…?」

「香龍は、自らの魔力を物質化させる力を持っています。彼女達は、魔力を剣や盾へと変化させ…それを用いて闘うのです。」

「私を護る力とするために…?」


その言葉に頷いたライナスに、なつなが息をのめば、まるでなつなの心情を感じ取ったように、エドガーが言葉をかけた。






『なつな、あまり考えすぎてはいけないよ。まずは会ってみるといい。全てを決め、受け入れるのかは——君次第なのだから』


エドガーの気遣う言葉になつなは頷き、風に髪を揺らしながら、前を見据えたのだった。

まだ見ぬ香龍達に、会うために。







いよいよ始まりました、香龍篇。

漸く雌の龍を登場させることが出来ます。

今回の裏テーマは、“なつなの本質”となっております。

新たな登場人物、そして色々と巻き起こります。


お楽しみいただければ幸いです。

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