自己満足
此処で少し、愛星芽部の生い立ちについて話してみようと思う。
別に彼女に同情した訳じゃない。
更月さんじゃないけど、私だって彼女に対して怒りを覚えているんだから、決して同情なんかじゃない。
これはただの自己満足。
人というのは、自分だけが知っている情報を話して得意がりたい生き物だ。
だから私は得意がりたいからこれを話す。
愛星芽部、元の名前は推して知るべし。
彼女が生まれたのは世界が生まれた頃と殆ど同じ時期だった。
と言っても、その頃から実は人間と呼べる様な動物はいたので特別珍しい訳ではなかったんだけど。
その頃の芽部ちゃんは今みたいに全てを嫌ってはいなかった。
何故ならその頃の人は今の人間の様に醜い考え方を持っていなかったから。
彼女は人生を謳歌していた。
風を感じたり、動物と戯れたり、ある日迷い込んで来た男に恋したり。
彼女は人生を素晴らしく思っていた。
あの男達が村に来るまでは。
それはいきなり起こった。
鈍く光る刃が、村人達を殺していった。
愛星芽部は家屋の一つに隠れていたが、乗り込んで来た男達に見付かり襲われかかった。
その時、彼女の中に所謂“人間不信”が植え付けられた。
そして、迷い込んだ彼は全人類を死滅させた。
……うん、取りあえずは此処までかな。
これより先を、この世界の人間じゃない私が語る権利は無いから。
ただ小説が好きだから、私はこれを話したんだよ更月さん。
後は貴方が終わらせてね。
頑張って。
「……。」
頼子ちゃんも死んでしまったか。
[死んだ、とは少し違うが似た様な物だ。……彼奴を許せない理由が増えた。]
ああ。
そうでなくても許せないし許さない。
「大地が逝った……いや、違うか。まぁどうでもいい事だが。」
「……あんた、ベリアルがそうだったんだな。」
[未だに私を疑っていたのか。]
いや、まあ、良いじゃないかあははは。
「あの夢に出て来た男。“自然が行う完全排他”を発動させた張本人。」
「イエス。その通り。人間なんてのは全てが醜い肉塊だ。俺はなぁ更月、自然が大好きなんだよ。」
「知っているさ。でも俺は自然も不自然も好きなんだよ。」
「相容れぬか……。ならばやはり貴様を殺して最後の不自然を消すしかない。」
……ベリアルに関する情報は?
[“哲学巨塔”という戦車の術式兵装を持っている事しか知らん。後は恐らく奴固有の光である“七ツ子の光”を使う物があるだろう。]
成る程。
それだけ分かれば取りあえず十分。
「……構えろよベリアル。俺を殺すんだろ?」
「そうだな。そうさせてもらう。切り裂く双頭の光刃。“無価値な生贄の紋章”。」
芽部、ベリアルの両手に輝く双剣……。
「って、輝き過ぎで刃が見えないじゃないか。」
「見せる物ではないからな。」
「っ!」
背後からの斬撃をギリギリで受け止める。
早い……!
いや早過ぎだろ。
人が動ける早さの限度を超えている。
「当たり前だ。このベリアルは悪魔なんだからなぁぁあ!」
「っ!?」
鍔ぜり合っていたのを弾かれて蹌踉めく。
「さっきのお返しだぁ!」
「ぐ!」
光の刃を受け止めようとした“影の王冠”が砕かれる。
「まだまだぁ!」
次いで振るわれるもう一つの刃で“腐食の王”までも砕かれた。
「そして、これだぁぁぁあ!」
ベリアルは双剣を地面に落とす。
「うげっあ!?」
腹を強く殴られ後ろに吹っ飛ばされる。
鈍い痛みが腹部に……え?
「な……おいおい有り得ないだろ。」
“千から成る死因の共鳴”に拳大の穴が空いている。
殴ってこの腐死の鎧を壊したって言うのか……!
「“攻撃”星二千。拳の崩壊を伴えば、術式兵装をぶち壊すくらいどうって事はない。」
確かに芽部の右手は言うも無惨見るも無惨といった具合にぐちゃぐちゃだ。
だが、俺が見た次の瞬間にはその拳は元に戻っていた。
「……化け物かよ。」
「否定はしねえ。確かに化け物みてえな存在だよ俺も、芽部もなぁ。だからどうした?化け物最高。それで人間全てをぶち殺せたんだから感謝しねえとなぁ。なぁ?!」
双剣の内片方を左手に持ってベリアルが突っ込んで来る。
「く!」
振るわれる掌底、蹴り、斬撃を躱す。
早い。
さっきの動きで早い事なんて分かっていたが、それにしてもだ。
拳が、脚が、刃が掠める度に、鎧は段々削られていく。
「おらぁぁぁぁあ!」
「ち!影のお―――」
召喚したばかりの“影の王冠”が蹴りで粉砕される。
キラキラと舞う刃の破片に混じって光の刃が俺に迫り、そして切り裂く。
刃と俺の間にある防具なんてまるで意に介さずに。
「う……く……!」
かなり深い。
内臓も幾つか駄目になっているレベルで。
[凄まじい破壊力か……。芽部はこれをロストルケミスに望んだが、それ以上だな。]
ロストルケミスに?
どういう意味だそれは?
「ふむ。それにはこのベリアルが答えてやる。」
と、攻撃を止めてベリアルは言う。
「どういう事だ?」
「何がだ?主語をちゃんと入れて話せよ更月。このベリアルが攻撃を止めた事か?それともロストルケミスの事か?はたまた別の事か?」
「……ロストルケミスだ。」
「ならそう言えよ。ロストルケミスはな、七十二柱の悪魔じゃない。正確に言えばこのベリアルも違うがなぁ。」
七十二柱じゃない?
ソロモン七十二柱を網羅している訳ではないから何とも言えないが、召喚する名を冠す悪魔は全員がそれという訳じゃないのか。
[いや、基本的にはそうだ。だが例外とはどんな物にも付き物。この場合もそういう訳だな。]
「ロストルケミスは愛星芽部が死の間際に生み出した悪魔だ。人間にとっての象徴であり畏怖の対象として、七十二柱よりよっぽど正しい、真実と言える存在。」
「象徴……。」
「ロストルケミスは人間の意志や妄想、想像が創造した、言わば人工の悪魔なんだよ。」
創造した、された。
ロストルケミスは愛星芽部に創造された。
「そういう事だ。中々物分かりがいい。芽部は殺された時に、世界を殺してやりたいと考えちまった。」
世界を殺したい……。
「だからロストルケミスは世界を殺すための“循環”を彼女に与えた。
循環、つまり“環”。
芽部に永遠の命を与えて世界を殺すまで生き続けさせる術式兵装。
「彼女は心を凌辱された。だからロストルケミスは他者から略奪し心をずたずたにする“術”を彼女に与えた。」
術、つまり“異質なる交霊の先覚”。
相手のパートナーとも呼べる者を引きはがす事で相手を貶める術式兵装。
「彼女は身を斬られた。だからロストルケミスは圧倒的な防御力で他者からの干渉を拒める“鎧”を彼女に与えた。」
鎧、つまり“規律に纏いし堅牢なる装甲”。
人からの干渉を全て拒む事で自らが傷付く事を防ぐ術式兵装。
「彼女は殺された。だからロストルケミスは他者を殺させる“刃”を彼女に与えた。」
刃、つまり“慄然する十二の咆哮”。
その圧倒的な攻撃力で人間を切り裂く術式兵装。
「彼女は世界を失う。だからロストルケミスは不自然な世界からの干渉を遮断する自分だけの“世界”を彼女に与えた。」
世界、つまり“血塗りと血染めの螺旋階段”。
永遠に芽部だけの物、そんな世界だ。
「芽部のたった五つの願いを叶えるためだけにロストルケミスは生み出された。そして、さっきこのベリアルと同化し“自然が行う完全排他”を実行してその望みを完結させた訳だぁ。」
「成る程。」
……芽部、やっぱりあんたは化け物だよ。
人間は、願いをたった五つだけ抱くなんてちゃちな真似は出来ない。
欲望の塊だからな。
「そう、それだ。欲望が全てを狂わせた。そんな醜い望みがあるせいで人間は不自然という名の脂肪の塊を体に付けていった。だからこのベリアルは人間を滅ぼしてやったのだ。人間の歴史は此処から再スタートする。」
「……やっぱりな。」
「何?」
「あんた、人間が大好きなんじゃないか。でなければ、人間の歴史の再スタートなんて考えない。嫌いなら復活させる必要なんてまるでないからな。」
「ふん。どうとでも邪推しておけ。……所で更月、傷はもういいのかぁ?」
「俺はあんたにとってのラスボスだぜ?“修復”くらい簡単に使いこなせる。敵がべらべらと余計な事を話していれば楽に掛けられる。」
……と言ってもやはり“光”を使う上位呪文。
使っただけでかなり疲れた。
あまり何回も使いたくないが、魔力は十分にある。
芽部の体を殺すまでは持つ筈だ……多分。
「ふむ。余計な話をしたのは貴様の回復を待っていたからだ。最終決戦が呆気なく終わるのはこのベリアルも忍びないからな。」
「お優しいこって。」
「だが、そう何度も回復されたのでは締まりがない。底から奈落―――
[涼治。]
分かっている!
時間を一方的に与えられておいて心苦しいが、それでも相手が何かしようとするのを黙って見ている程俺もお人よしじゃない。
“影の王冠”を召喚して棒立ちの芽部に切り掛かる。
そして断絶。
しようとしたが、右手で軽く止められてしまった。
「くそ!」
「―――最果てに潜む究極の苦痛。“地に伏す全て”。惜しかったな更月。」
捕まれていた“影の王冠”が軽く握り潰される。
刃を掴んで砕くなんてどういう握力だ。
後ろに飛び退いてベリアルが召喚させた術式兵装を警戒する。
「何をびくびくしている?安心しろ、既に終わった。」
「終わっただと?」
芽部の手に新たな武器が召喚された訳じゃない。
芽部の体を防具が覆った訳でもない。
瞳の色が変わった訳でもなく。
世界を移されてもいない。
「呪いだ。」
[……成る程。確かに呪いの様だ。]
どういう意味だ?
[此処から先は真剣勝負という訳だ。]
「“タルタロス”は対象の魔力を、中の者の魔力を差し引いた、つまり元々の魔力量に変える物だ。」
「つまり、俺の今の魔力は悪魔、ベレト、サブナクの分が抜かれた量って事か。……助かったよ。」
「はぁ?」
「俺は適正審査を受けた時既に悪魔と同化していたから、俺自身の魔力って分からなかったんだよ。だけどあんたのお陰で知る事が出来た。だからありがとう。」
「成る程そういう事か。ありがたがるという事は納得のいく数字だった様だな。」
ああ……納得だよ。
やっぱり俺は、普通に普通で不自然なただの人間だった。
「俺の魔力は100、W.W.Sにギリギリ入学出来るだけの魔力だ。」
「……はははははははは!それは素晴らしい。馬鹿にしているのではないぞ?本当に素晴らしい。やはり貴様はこの世界の主人公、生き残るべくして生き残った最後の人間だ。」
「お褒め頂き光栄だね。」
さて、確かに此処から先は真剣勝負らしい。
残り魔力は100。
悪魔の術式兵装はまだどれも使っていない。
“影の王冠”、“多角鋭式六頭霊影刃”元い“腐食の王”、“千からなる死因の共鳴”は全て通用しない。
中々厳しい。
「それでは改めて……!やるな。」
「さすがにそう何度も後ろは取られない!」
一瞬で背後に回ったベリアルの刃を砕けかけの“影の王冠”で受け止める。
いつの間に拾ったのか、双剣の片方もその手に戻っている。
「刃の側が砕けているので咄嗟に峰で受け止めるとは。やはりやる。」
「まあな……!」
左手に“多角鋭式六頭霊影刃”を召喚して切り付ける。
が、後ろに飛び退いたベリアルには当たらない。
だが後ろに下がったのは逃してはならない好機!
「くらえええ!」
“多角鋭式六頭霊影刃”を“腐食の王”に換えてから投げ付ける。
弾かれると思ったが、切っ先は芽部の腹に突き刺さり、そのまま背まで突き抜けた。
「投擲とは予測していなかった。」
と、刀に触れている部分を腐らせながらベリアルは言う。
「……卑怯だな。俺からは魔力を奪っておきながら、あんたは不死身のままか。」
「持って生まれた力を使って何が悪い?」
「それは、悪くないな。」
“腐食の王”は体を腐らせきって地面に落ちた。
芽部の傷口からは血が流れ出し、内臓も少し覗いている。
「あまり気持ちの良い物じゃないからさっさと直してくれないか。」
「傷付けておきながら勝手な奴だ。」
そう言いながらもベリアルは体を元に戻した。
……殺せるのかこいつを。
「当たり前だ。殺せるに決まっている。不死身でも死ぬ時は死ぬ。殺し方を弁えておけば、不死身の敵など普通の敵より脆い。」
「それは言えてるが、矛盾し過ぎだろ。」
不死身なのに死ぬは殺し方があるわって。
「そうしておかないとバランスが崩れるからなぁ。不死身なんていう物を悪魔も天使も神も、人間に与える事はない。」
「……それなら上々。」
“腐食の王”を解除し左手に再召喚。
“影の王冠”も解除し右手に再召喚。
……悪いなベレト、サブナク。
かなりの負担になっているだろ。
[大丈夫だ。奴らは涼治が心配する程やわではない。]
そりゃ良かった。
「破壊は恩恵。受け入れて消滅。“哲学巨塔”。」
「っわ!?」
現れた戦車が軽機関銃を乱射してきた。
“千からなる死因の共鳴”に当たって腐り落ちていくが、何度も同じ所に当たっているのか、貫通してきた弾もあった。
……なんて何時までも悠長にモノローグを語っている訳にはいかない。
取りあえず傷の処置は後回し、俺は森の中に走った。
案外と、弾丸という奴は動き回っていれば当たらない物だ。
鎧を撃ち抜く弾を、木で防げるとは思えないが、とにかく森の中を逃げ……回れば?
弾丸の嵐が止んだ。
「……何だ?」
発砲が止まってから数秒。
ベリアルは追ってこないし、相変わらず弾は撃たれない。
と思っていたが、ベリアルの声だけが響いてきた。
「……考えたな更月。自然を盾にされては攻撃出来ん。」
「えーっと……そうだその通り。考えさせてもらった。」
成る程。
自然を愛しているから、傷付けたくないから攻撃してこなかったのか。
……これじゃまるで俺が悪者だ。
「分かった。分かりました。森から出て正々堂々と戦う。」
「そうこなくては。」
森から出た俺を待っていたのはこちらに向く砲身だった。
「あー……森を出る代わりにその物騒な筒を仕舞っていただく訳にはいきませんか?」
「詰まらん冗談は止めろ。放て。」
ベリアルの言葉と同時に大砲は火を噴いた。
機関銃の弾ですら“千からなる死因の共鳴”を貫いたんだ。
この大砲をくらったら木っ端微塵になるのは火を見るより明らかだ。
……仕方ない。
「単純なる鉄壁の楯。“防具”。」
悪魔の防具を召喚した瞬間、砲弾が俺に直撃し、炸裂した。
「……流石は悪魔の術式兵装。“哲学巨塔”の砲弾を防ぐとは。」
ベリアルの言う通り“防具”、鎧として召喚したそれは俺の体を完全に守り抜いた。
「当たり前だ。そして、戻す気がないなら、単純なる破壊の力。“武器”。」
悪魔の武器を大剣として召喚。
防具はブレスレットとして右手に集合。
“攻撃”星一を両脚に掛けて一気に大地を駆ける。98
「はあああああ!」
「お……更にやるなぁ。」
戦車を一閃の元に切り裂く。
術式兵装のくせに、戦車は爆発した。
「戻す気がないなら破壊するまでだ。」
「グレイト。素晴らしい。」
「そして当然戦車だけじゃない!」
両腕に“攻撃”を一ずつ掛けてベリアルに切り掛かる。96
当然の様に受け止められたが……。
「ぐ、ううおおお!」
「はあああああ!」
押しているのは俺だ。
ベリアルの方は段々と足が地面に減り込んでいっている。
「……成る程。悪魔の術式兵装は単純故に、全ての力を持つ。」
「そうだ。魔力もまた然り。一だけ使い術式兵装内で反復させて増幅。それを腕に逆流させれば、星一で星五十の“攻撃”を使える。つまり今は“攻撃”星百の攻撃だ!」
話している間も尚、ベリアルの足は地面に減り込み続けている。
……しかし、悪魔の武器を受けてもびくともしないとは。
“無価値な生贄の紋章”か……。
「流石に強いな。」
「当たり前だ。そして……このベリアルはまだ実力を出していない。」
「!」
“無価値な生贄の紋章”を包んでいた光が雲散霧消した。
そこに現れたのは、刃渡り1m強といった、およそ双剣として使うには不向きな大きさの剣だ。
「術式兵装の重さは契約した者にとって無いも同然だ。」
「う……!」
押し返される。
じりじりと、だが確実にベリアルは地面から足を抜き、前進してくる。
「“攻撃”星百を使っているからな。抜け出せて当然。“テュシアー”を抜き身にすれば尚更だ。」
「今まで、鞘を付けて戦ってたのか……!嫌な奴だ。」
強がってはいるが、ベリアルを前進させ、俺は後退していく。
このままじゃ完全に押し返される。
「“攻撃”……星四!」92
二百分の“攻撃”を使う。
それでやっと互角。
ベリアルの前進は止められたが、奴の足は完全に地面から抜けてしまった。
「……うおおおお!」
「やるな……!……くくく。」
「何がおかしい!」
「やるが、あとどれだけ持つ?」
「何の話だ!」
「ふん。しらばっくれるなら言ってやる。悪態の術式兵装は使用できる時間に限りがあるんじゃないか?」
「……は。誰がそんな事言った。」
「言わずとも分かる事だ。制限がないのなら、対セナリアの時点で使っている筈だからな。」
「……。」
その通り。
強力な力に何も制限が無い訳がない。
だが、ベリアルは勘違いをしている。
「ふ。当たり前だ。このベリアルがそんな隠し事程度を見抜けんと思ったのか。」
「く……?」
何だ?
話が噛み合っていない。
いや実際は話していないが……成る程。
「こっちに制限がある様に、あんたにもあるみたいだな。」
「何だと?」
「心を読むのが芽部の力だとすれば、あんたと芽部の繋がりに綻びが出来はじめているって事だよ!」
「ぐ……!」
“武器”を振り切ってベリアルから距離を取る。
[良い所に気付いたな涼治。終わりは近い。]
ああ……。
だが、ベリアルが戦えなくなったとしても芽部がいる。
油断は出来ない。
「どうした更月。さっさと来ないか。」
「言われなくても行ってやる!」
両足に“攻撃”星一。90
「はあ!」
「ぬ……!」
何度も何度も何度も何度も斬撃を繰り出す。
とにかく手数で勝つしかない。
「星一で、よく動くな!」
「俺だって成長しているんだ!」
かつて、殆ど星を使わない“防御”で“影の王冠”を防ぎきった男を俺は知っている。
出来ない訳じゃない。
星一でもそういう事は出来るんだ。
「だから!俺だってやってやる!」
「く!?」
大きく回転してから放った渾身の斬撃。
それは“無価値な生贄の紋章”を正確に打ち、ベリアルの手から弾き飛ばした。
「そこだあああ!“影の王冠”!」
力を緩めないまま、芽部の右腕を“影の王冠”で切り裂く。85
「ぐ……。」
しかし、芽部の腕から血は噴き出さなかった。
「気付いたか貴様……!」
「ああ。」
不死身の殺し方。
それは致命傷を与えない事。
腕を切り裂く時、俺は“回復”星五を掛けた。
“影の王冠”を伝っていったそれは、芽部の傷を表面だけ癒した。
「あんた、芽部を不死身にしている術式兵装は死ぬか、致命傷を受けなきゃ使えないんだろ。だから腕を切り落とされても血が流れなきゃ使えない。」
「その、通り。だが、致命傷を与えずどうやって殺す?この芽部は“修復”を使える。それを使え……!貴様ぁぁぁぁぁあ!」
「……あんたも気付いたみたいだな。」
何故悪魔の術式兵装を使わなかったのか。
わざわざ“影の王冠”を出し、星一で済ませられる筈だった“回復”を星五も使ってしまったのか。
「そう、答えはあんたの切れちまった腕の先に付いているそれさ。」
「“真の影”……嘗めた真似をしてくれたなぁぁぁあ!」
セナリアに使った様に、“真の影”を回復したり修復したりするのを邪魔するために腕の先に付けてやった。
「それは怪我や欠損じゃないから“修復”では直せない。あんたの右腕は永遠に体とおさらばだ!」
「う……!」
ベリアルが激昂している所に追撃する。83
「はあああ!」
「ぐおあ!?」
“武器”で力を込めた峰打ちを腹にお見舞いする。
本当は左腕を切り落としたかったが、やはりベリアル、そこまでの隙はない。
一撃くらわせたら一度下がりを繰り返しダメージを蓄積させていく。73
「ぐ……!」
「はあ、はあ。」
……。
[蓄積させてはいるが、涼治も中々疲れが溜まっているな。]
ああ……。
星一で動き回るなんて慣れない事をしているからな。
「……どうした更月。終わりかぁぁぁぁあ?」
「煩い!」
“攻撃”星一を再び両足に掛けて攻撃に移る。71
「っわ!?」
「はははは!貰ったぁぁぁぁあ!」
「うげあ!?」
足が縺れて一瞬動きが止まる。
そこを正確に狙われ、俺は喉を潰された。
「げ……!ぐあ……。」66
痛みに喘ぎながらもなんとかベリアルから距離を取る。
不味い……!
「く、はっはぁははははは!喉が潰されては堪らんだろう!」
「……!」
息をする度喉が痛む。
息がしにくい。
呪文を使ったりするのに支障はないが、不味いものは不味い。
何より不味いのは内部が傷付けられた事が不味い。
これを治すには“超回復”か“修復”を使うしかない。
ただの“回復”では治らない。
“超回復”を使うには魔力五十、“修復”には魔力百を消費しなければならない。
つまり、“修復”は言わずもがなだが、使える程の余裕が今の俺にはない。
……ま、やり返すだけの余裕はあったがな。
「痛かろう。このベリアルも期せずして貴様程度下等な者から痛みを受けてしまった。その報いを、ぐ……!」
「しゃ、べ……ている……。」
喉を潰されたせいで相手を馬鹿にする事も出来なくなっちまったか。
喋っている暇があるなら、後ろを気を付けるくらいはしておけよベリアル。
「“影の王冠”……!またしても貴様……!」
喉に一撃貰った時に投げておいた“影の王冠”がベリアルを背後から襲い、その左腕を切り落とした。
当然さっきと同じ要領で。
「一度ならず二度までも……!許さん、許さん、許さん!」
「……は。だっだら……はやぐ、げほ、ごほ!」
「許さん!」
「ぐ……!」
ベリアルの放つ真っ正直な蹴りを“武器”で受け止める。
相変わらず重い。
「許さん!許さん!許さん!許さん!許さん!」
早い。
これまた相変わらず早い。
……喋れないのは辛いなこれ。
[馬鹿涼治油断するな!]
な、しまっ―――
「ゆる、さん!」
「ぐ、あ……!」
双剣が俺の体を切り裂く。
柄を、腕に突き刺して……。
次いで放たれる斬撃を何とかいなしてベリアルから離れる。
……幸いというか何と言うか、今すぐ治療しなければならない程の傷ではない。
「……てもと……が、狂った、な。」
「手がないけど、と言いたいんだろう?詰まらん。なぁ更月、形勢逆転だなぁ?あっはぁはははは!」
「く……。」
確かに。
今すぐ治療する必要はないが、しなければ血が流れつづけるだけだ。
「ん?おい貴様、そう言えば悪魔の術式兵装である“防具”はどうしたぁ?あの程度の斬撃、それに喉を潰した一撃くらい防いでくれても良い筈なのになぁ?」
「……。」
そんな物はとっくに制限に引っ掛かって消えている。
「時間制限……いや、違うかぁ?殆ど同時に出した筈の“武器”は健在。種類毎に時間が違う……というのも違いそうだぁ。そうだな……例えば、全ての術式兵装が“基準”、とかかぁ?」
「……。」
正解だ。
しかし少し違う。
やはり時間制限はある。
全ての術式兵装は等しく10分間という枷を持っている。
しかし、それを振り分ける事が出来る。
つまり俺は“防具”を使える残り9分程を全て“武器”を使える時間に割り振った。
“防具”はあと11時間59分使えない。
そして“武器”は、得た9分を合わせて18分使える。
つまりはそういう事だ。
仮に“武器”が時間制限に達し解除された場合は、そこから12時間待てば再び使えるようになる。
だが、半日なんて待っていられる訳がないし、待ってもらえるとも思えない。
つまり、あと18分以内にけりをつけなければ俺は死ぬ。
「まぁ今更どうでもいい。どうやら“防具”はもう出せない様だしなぁ。」
「……。」
やっぱりだ。
ベリアルと芽部の繋がりはもうかなり薄くなっている。
ベリアルの精神が芽部のそれを飲み込む事によって。
やはり心を読めるのは芽部だけだ。
確かに“防具”はもう出せない。
12時間近くこの戦いが続かないからだ。
だが、それを知っているなら皮肉の一つくらい飛ばしてくる筈。
それを抜きにしても、奴は“今更どうでもいい”と言った。
読めなかったから出た、誰に対してした訳でもない、普通の奴なら言わない、言えない“負け惜しみ”を言ったんだ。
「……ふ。あはは……。」
「……何がおかしい。」
「……。」
いや、戦いが終わるなと思っただけさ。
と言っても、もう分からないだろうがな。
恐らく、ベリアルはもう不死身の術式兵装を使えない。
あれは多分、芽部が精神内で使っていたんだ。
ベリアルは“慄然する十二の咆哮”を使えないのではなく、“規律に纏いし堅牢なる装甲”を使えわないのではなく、ただ使えないんだ。
ベリアルが持っている訳じゃないから。
[……そうとは限らないだろう。使わないだけなのかもしれない。そんな不確かな情報を根拠にけりをつけるなど……。]
珍しいな悪魔。
怖じけづいたのか?
[何でも構わない。私は―――]
そう、あんたは俺が心配で、死んでほしくない、だろ?
[……。]
あんたの優しさはよく分かっているよ。
……へへ、ガキの頃からの付き合いだからな。
[……ふ、そうだな。そして私も分かっているよ。更月涼治は此処ぞという要所要所できっちり事を完遂出来る男だとな。]
ああ。
ありがとう。
だから俺はいかせてもらう。
“攻撃”星六十六。0
……六百六十六じゃなくて良かった。
最悪の数字だからな。
「魔力を使い切るだと?自棄になったな更月ぃ!良いだろう。なら決めてやる。」
「きめ……るのは、あんたじゃない!」
大地を蹴って一気にベリアルまでの距離を詰める。
「はあああああああ!」
喉が痛いのなんて気にしない。
声帯をこれでもかと言うほど震わせ、俺は吠える。
「そんなも、何!?」
芽部の腕に刺さった“無価値な生け贄の紋章”を一撃で叩き切る。
「終わりだああああ!」
「あがぁぁぁぁあ!!!」
そして、芽部の体を切り裂く。
左肩から右腰までかけての傷。
どう考えても“致命傷”だ。
「あぐ……く、くくく。あっはぁはははは!血迷ったか更月涼治!致命傷を与えるなど……?芽部?」
今更、気付いたか。
あんたは元人間だけど人間じゃない。
人が大好きだけど、それ以上に人を憎み、殺そうとするただの、本当の悪魔だ。
そんな奴が、宿主とは言え“人間”の事を気にする訳がない。
「あんたの、敗因……は、それだよ。」
「あ……ああ……うううううぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
最後の雄叫びを上げて、ベリアルは大地に倒れた。
「おれの……かち、だ。」
緊張の糸が解けて、俺もその場に崩れ落ちた。
「貴様……貴様貴様貴様貴様ぁぁぁあ!」
「は……元気な、奴……だ。」
「ぐうううう……く、くくく。」
「何……だよ……。」
「いや……冷静になればなんて事はない。結局、げほ!この……ベリアルの勝ちだ。」
……そうだ。
“自然が行う完全排他”が唱えられた時点で、結局人間は負けたのだ。
そして俺は、自己満足のために最後に残ったもう一人の人間を殺し、自身も死にかけている。
どう考えても、俺の……負けだ。
[……なら、そんな哀れな我が友に、最後の贈り物をくれてやる。]
え……?
「な……!有り得ん!有り得んだろう!何故だぁぁぁぁぁぁあ!!!」
「こ……れは。」
死にかかっている二人。
そこに、俺の下に現れたのは一冊の古ぼけたノートだった。
続けて最終話『しんのせかい』も公開します




