脱落
「……痛い、わ。」
「そうだろうな。」
セナリアの体を斜め一閃、切り傷が走っている。
切り傷と言えば軽いイメージになるかもしれないが、この場合は違う
肺も、胃も、腸もかなり深く斬ったはずだ。
つまり致命傷。
……嫌な感覚だった。
肋骨を斬るときの微かな抵抗。
刃がセナリアの臓器の表面、中身までをも軽く切り裂くあの感触。
物凄く悍ましい。
吐き気がするくらいだ。
「……辛いだろ。殺してやる。」
「ちょっと、待って。“超回復”。」
「っ!」
[待ってやれ。]
いやでも!
“超回復”だぞ。
[安心しろ。何のために“真の影”を体内に仕込んだ。“回復”の邪魔をするためだろう。お嬢さんもそれを分かっている筈だ。……第一、彼女に戦闘意欲など残っていない。]
そうか?
「ああ。だから安心していい。」
「つう……。影が邪魔して完全は治らないわね。」
「……そうなる様にしたからな。」
「鬼畜ね。まあ……いいわ。どの道私は、此処で終わり。脱落よ。」
「……。」
やれやれと言いながら、セナリアは体を起こして後ろの大木に背を預け座った。
「さて、と。“超回復”したせいで……私が死ぬまで10分程時間が出来たかしら。ああ……“回復”を掛け続ければプラス20分はいけそうね。このまま逝くのは忍びないから、話に付き合ってくれる?」
「……ああ。勿論だ。」
「……さっきはね。」
「うん。」
「さっきは、先入観でなく……私の意思だって言った。でもそうじゃないのかもしれない。私は、人間に絶望している訳でもない。人間を憎んでいる訳でもない。同族嫌悪の成れの果てが殺人だけど、私は人間嫌いでもない。自然は好きだけど、不自然を愛していない訳じゃない。だって……。」
そこまで言った所でセナリアは俯いてしまった。
「……セナリア?」
「大丈夫。まだ生きてるわ。そう……まだ、ね。」
と、そこまで言った所で次は泣きはじめた。
「ぐす……。人を、アフリカの人達を皆殺しにして……更に全人類を殺そうとした私が言えた義理じゃないけど、私は……死にたくない。」
「……。」
此処で優しい言葉を掛けるのは正しい事なんだろう。
今から死ぬという人間に対して優しい言葉を掛けるのは、それを思えば寧ろ正しいというより当たり前だ。
だが、駄目だ。
今に限って言えば、それは激しく間違いと言える。
「誰かを殺せば、誰かに殺される権利を得る。セナリア、お前は人を殺した。なら、お前は殺されても文句を言えないし、死にたくないなんて事を言う権利も無い。お前が死ぬのは必然なんだよセナリア。」
「……随分辛く当たるわね。それに、私に対してだけ言ってる様には思えないわ。分かってる。分かってるわよそんな事。泣く権利だって私にも無い。でも、駄目ね。死に直面すると……そんなの度外視して生に、執着したくなる。」
そこで彼女は咳込んで血を吐いた。
10分とか20分とか言ってはいたが、実際はそんなに持つ筈がない。
表面的な傷は癒えて失血死する事はないにしても、重要な機関、生きる上で欠かすことの出来ない内臓を切り裂かれているんだ。
そんなに生きられる筈がない。
「……もう、良いかな私。誰かに殺される権利を失っても。」
「ああ。お前の分は、俺が背負っていくよ。」
「そう……。なら安心したわ。あ、そうだ……。」
ちょいちょいと、俺に向けて手招きをしてきた。
「何だ?」
「最後に、一つだけ……。私のお願い聞いてくれる?」
「……それくらいなら喜んで。」
「ありがとう。……サブナクをね、受け取ってほしいの。」
「サブナクを?」
「ええ。私が生きた最後の証を……貴方が背負って。」
「ああ。分かった。」
分かったとは言ったが、一体どうやってやるんだ?
「うふふ。どうやって同化するか分からないのね。簡単よ。キス、すればいいだけだから。」
「何だそんな重大な事かよ!?」
日本語がおかしくなってしまった。
「さあ早く。もう、辛いから。」
「……分かった。」
手招きした理由はこれかと思いながら、俺はセナリアと唇を合わせた。
「ん……。」
彼女の淫靡な吐息が漏れるのと殆ど同時に、俺の中に力が流れ込んできた。
「……はあ。これで……涼治の中にサブナクは行ったわ。本当に……ありがとう。」
そう言って彼女は笑いながら目を閉じた。
「……セナリア。君の次はきっと普通で、でも素晴らしく幸福な人生になる。だから、待っていてくれ。」
俺は、冷たくなった彼女を抱きしめた。
“そんな価値、私には無いよ。”
そんな言葉が聞こえた気がした。
セナリア・ベイグラント・サブナク死亡。
則ち脱落。




