腐食の王
「はあああああ!」
「……。」
金属がぶつかり火花が散る。
“攻撃”を移動に使う事により激しく砂埃が舞う。
そして音。
声。
色々なあれこれが場を満たしていく。
「く!」
「……。」
そして小休止。
再びの鍔ぜり合いだ。
「確かに気合いを入れるという意味で言えば張り上げるのは間違いではないわ。でも思うのよ。剣道じゃあるまいし、別にそんなに声を出さなくてもいいんじゃないかしらって。」
「出すなら必殺技の時だけってか?確かにそれも悪くない。でも、現実の戦いならこんな風に鍔ぜり合いながら会話なんて有り得ない。だったら、そういう事をするなら、せめてそこだけでも現実っぽく行きたくてな。大体な、無言だと間が持たせられないんだよ!」
足元の影に潜ませておいた“影の手”を刃状にしてセナリアへと放つ。
「危ないわね。」
彼女は鍔ぜり合いを止めて難無くそれを避けたが、それでいい。
後ろに重心が行った今だ。
「くらえ!」
「……それもそれで現実では言いそうにないわね。」
「ち!」
“影の王冠”による横薙ぎの一閃を、セナリアは大きくバク宙する事で躱す。
スカートの中が―――
「もう。」
「あだっ!?」
顔面に靴が飛んできた。
「戦ってる最中になーに考えてるのかしら?」
「いや、最中が食べたいなーっと。」
「はいはい。」
取りあえず地面に落ちた靴を拾ってセナリアに向けて投げる。
「あらあら。靴を投げるなんて行儀が悪いわね。」
「飛ばした奴に言われたくないな。」
“影の王冠”を地面に突き刺し振る。
大量の砂と小石がセナリア目掛けて突進していく。
それらは鎧に触れた時点でその存在を消失したので威嚇にも何にもならないだろう。
が、確認は出来た。
「本当に触れた物全てを腐らせるんだな。」
「ええ。腐って死、略して腐死とでも言う所かしらね。」
腐死の鎧か。
同音異義語の不死の鎧とは本当に真逆の存在だ。
今更だが、“影の王冠”が“千からなる死因の共鳴”に触れたら一体どうなる?
[弾かれるか、若しくは“影の王冠”が砕けるか、はたまた“千からなる死因の共鳴”が斬られるかのどれかだ。腐る事はないだろう。]
それだけ知れれば上々。
「確認は済んだかしら?なら再開ね。」
セナリアが切っ先をこちらに向けてくる。
……いや、何だ?
それだけではなく、何かがこっちに向かっ……!
「ち!」
眼前まで迫っていた一匹のそれをしゃがんで避ける。
屈伸させた脚を生かして左に飛び退く事でそれの下から離脱。
「あら、爬虫類は嫌いだった?」
「別に嫌いではないが、噛まれるのは嫌だな。」
見えていなかったから忘れていた。
“多角鋭式六頭霊影刃”、その名の由来である六頭霊影について。
「腐食を司る六頭の蛇。見せてくれないから逃げ出したのかと思っていた。」
「そんな事ないわよ。ほら。」
先程までただの刀であった“多角鋭式六頭霊影刃”に六頭の蛇が絡み付いている。
いや、さっきから、最初からいたんだろうが、単に不可視だったんだと思う。
「透明のまま攻撃されていたら危なかったよ。」
「あらそんな便利な事は出来ないわ。」
「え?そうなのか。」
「不可視ではなく存在の解除。蛇達はついさっきまで此処にはいても透明だった。FADE-outと違って完全にね。その状態で物理的に何かに干渉させるなんて、流石に都合が良すぎるでしょ?」
それは確かにそうだ。
そこに有るけど無い物として処理された物が、確かに有る物に干渉などしてはいけない。
「今なら完全に此処にあるから触れてもいいわよ?腐るけど。」
「お断りしとく。」
蛇か……。一匹ならまだしも六ってのは中々に面倒だ。
一固体がそれぞれとして独立している辺りが非常に面倒臭い。
「仕方ない、“影の手”。」
面倒臭いなら相殺すればいい。
“影の手”を六本“影の王冠”から垂らす。
[これで数だけは同じだが、蛇と違って“影の手”は貴様が操作しなければならない。こちらの方が不利だ。]
……何言ってんだ。
常に対等の力、条件で戦える訳じゃない。
そうだろ?
そっちの方が面白い。
それに、俺の方が有利な条件だってちゃんとあるさ。
「さながら“多角鋭式六頭真影刃”ね。“真の影”VS“腐死の蛇”と言った所かしら。」
「正にその通りだな。」
一本の“影の手”をセナリアに向けて伸ばすと、それに呼応して蛇が伸ばされる。
ぶつかり、いや“影の手”が噛み付かれる。
毒、あらゆる物を腐らせる毒を持つその牙が食い込んでいく。
「ま、影だから効かないけど。」
噛み付かれた一本をパージして前に突っ込む。
「何甘い事してるのよ。」
そんな俺にセナリアは切っ先を向ける。
六体の蛇が直線でなく、それぞれがそれぞれに動いて俺に噛み付こうと襲い掛かる。
……甘いのはそっちだ。
「“影の手”。」
「あら。」
“影の手”を7本追加。
一人頭、いや一匹頭2本の“影の手”で縛り上げる。
そのまま“影の手”を“影の王冠”から切り離す。
“多角鋭式六頭霊影刃”の蛇と違ってこちらは着脱可能。
それが俺にとって有利な条件。
一匹ずつ縛った蛇達を、縛っている影を操作して一つに纏める。
「これで蛇は意味を成さない!」
一連の動作を、セナリアに到達するまでの10秒の間に何とか出来た。
「そう思う?」
「なに、ってげ!?」
“影の王冠”を介して両腕に鈍い衝撃。
束にされた事を利用された。
「まさか束ねた蛇をハンマーみたく使われるとはな。危うく“影の王冠”が吹っ飛ぶ所だった。」
「使える物は使えってね。一回で見切られちゃうだろうけど、まあ十分でしょう?」
「ああ。十分だった。」
「……。」
二度目の沈黙。
次は別に興奮している訳ではなさそうだが。
「セナリア?」
「そろそろけり、付けようか。」
「けり、か。随分と気の早いこって。」
「……やっぱりね。」
「やっぱり?」
「貴方、私の事を殺したくないんでしょ。」
「……。」
それは少しばかりの間違いがある。
俺は確かにセナリアを殺したくなんてない。
甘いと言われようが何だろうが、俺は殺したくなんてない。
セナリアとの仲は高々一年と其処らだが、どうだろうか。
人と人の繋がりは、それだけ短い期間でもしっかりきっちり形成される物ではないだろうか。
一方通行かもしれないが、いやこういう関係に行き着いた時点でかもしれないがではなく確実何だろうが、俺はセナリアと親しい仲になったと思っている。
それこそ青臭いが仲間だと思っていた。
確かに俺は、C.D.Cはセナリアに裏切られた。
だがそうだとしても殺したくなんてない。
でも違うんだ。
間違いがある。
「セナリア。確かに俺はお前を殺したくない。だけどそれを言うなら俺はな、誰も殺したくなんてない。ドルイトス・ポーカー・レイヴァン、センマイカ。その二人を殺した俺が言う台詞じゃない事は分かっている。でも、それでも、俺は人間を殺すなんていう“不自然”な行為をしたくない。」
「あらそう。私と一緒ね。でも詰まらないわね。貴方がそんなあまっちょろい漫画の主人公みたいな事を言うなんて。」
「何とでも言え。」
「そういう理由があるから、悪魔の術式兵装を使わないのかしら?それともただの温存?」
「後者だ。」
と、躊躇う事なく言ってやる。
……今のニュアンスだと、悪魔の術式兵装がまるで殺人のためにあるみたいで気に食わないからだ。
[それも間違いではないだろう。剣は何処まで行っても剣。剣は人を斬るために使う道具だ。殺人のためにあると言われても、当たり前過ぎて何も感じない。]
だとしても、俺は嫌なんだ。
「そ。分かったわ。」
「何がだ。」
「貴方が私を愛している事をよ。」
「ぶ!?」
思わず吹いてしまった。
シリアスだったのに。
そんな俺を意に介さず、セナリアは“多角鋭式六頭霊影刃”を真正面に構えた。
影に縛られた蛇達が刃に同化していく。
「さて、もう一度言うわ。けりを付けましょう。」
「……ああ。」
「“腐食の王”。」
“多角鋭式六頭霊影刃”の上位互換の“腐食の王”。
初めて見た時、俺はそれに恐怖すら感じたが……。
「何でだろうな。今は怖くなんてない。寧ろ……何だろう。上手く言葉に出来ないな。」
「そう。なら無理に口にしなくていいわ。“攻撃”星千……っ。」
[千だと?何を考えているんだあのお嬢さんは。]
確かに正気の沙汰じゃない。
セナリアの限界は三十くらいだろう。
ベレト、悪魔と同化している俺でも精々百だ。
それを千だなんて。
そんな物、掛けただけでも相当辛い筈だ。
それを攻撃に使えば、それこそ死んだって誰にも文句は言えない。
「分かる、かしら?あ……はあ、はあ。私は全力。なら……っ。貴方も全力で来なさいな。」
「ああ。お前の痛みに報いるくらいの度量は持ち合わせている。“攻撃”星千。」
……っ。
これは、思っていたよりきつい。
[それでもお嬢さんよりは楽だろう。貴様は限界の十倍。お嬢さんは三十倍以上だからな。]
確かに、そうだな。
「全く、笑えないわね。まともに怪我をしていないのにどちらも辛い顔をしているなんて。」
「ははは。確かに、笑えないな。」
言葉通りとでも言う所か。
確かに二人は笑わず、真剣そのものと言った顔だ。
「……さあ、早く来なさいな。女をあまり待たせるものじゃないわ。」
「そうだな。」
“影の王冠”を頭上に構え、俺はセナリアに向かう。
両脚に思い切り力を入れて前へと地面と平行に跳躍。
変な言い方だ。
思わず笑ってしまいそうな程に。
「はああああああああああああ!」
「……。」
相変わらずセナリアは現実的じゃない。
俺の乾坤一擲の刃を真正面から受ける。
金属衝突音が響いた一瞬後、衝撃波が俺達を中心に円状に広がった。
木々がその衝撃波に煽られ、さながら叩きを振り回すかの様に葉を揺らしている。
“攻撃”星千同士、そして王を冠する術式兵装、俺とセナリアの激突は、それでもなお続く。
「く……流石に、強いな!」
「貴方も、ね。」
そんな会話をした瞬間、嫌な音が聞こえた。
不協和音、場を凍りつかせた時に脳内に響くあの音だ。
亀裂が入る音。
それは“腐食の王”と接している“影の王冠”の刃から聞こえた。
「残念……ね。私のか―――」
「ふ……。それは違う。」
俺の、勝ちだ。
「次はそっちの番なんだからな!」
「な……!」
また不協和音。
次は“腐食の王”から。
しかし、またではない。
“影の王冠”の不協和音は一瞬しか鳴らなかったが、次は継続して鳴り続けている。
つまり皹が生えている。
「く……!ああああああああ!」
「やっと戦闘、ぽくなってきたな。」
……もう、遅いけど。
「私は、勝つ!」
「それは……無理だ!」
駄目押しとばかりに、腕に力を加える。
不協和音は加速し、そして―――
「あ……。」
「終わりだセナリア!」
一種爽快な音にも似た音が鳴り響き、“腐食の王”は砕け沈黙した。
「うあああああああああ!」
砕いた勢いそのままに、俺はその場で一回転してセナリアに切り掛かる。
一閃、俺は、セナリアを、彼女の腹を、斬った。
「……ありがとう、涼治。」
そして、およそこの場に似合わない台詞で締め、セナリアは倒れた。




