世界的避難勧告
<ああ。では予定通り始めてくれ。作戦終了後5分程で出宮真が迎えに行く手筈になっている。……いや大した事じゃない。俺と芽部、生き残った方と戦うってだけさ。芽部にとっては鬱陶しい取引きだろうが、俺には一等良い物だ。じゃあまた後で。ああ楽しもう。人類が消えるまでな。>
ライノセンスは口元に笑みを浮かべる。
C.D.Cの動き方のせいで少しばかり計画は早まったが、まあ問題ないだろう。
世界が終わり始めるまであと4時間。
非常に楽しみだ。
「ユーラシア大陸をネフィリム。アフリカをセナリア。TASCを毬。掛かる時間はおよそ3時間程といった所だな。いやあ楽しみ楽しみ。」
そしてライノセンスは街に出る。
「……不味いです。」
「ふああ……ん?」
時刻は朝8時54分。
場所はC.D.C本部。
いつもの面々にプラスで頼子ちゃん。
どうしてこんな朝早くからいるかと言えば、まあ非常事態だからだ。
いつライノセンスが動くか分からないので、という訳だ。
そんな訳だから俺は欠伸をしている。
頼子ちゃんは何やら深刻そうな顔で不味いとか言ったな。
「何が不味いんだ?この林檎結構美味いと思うんだけど。」
「林檎は美味しいよ。私が言ったのはそれじゃなくて、ライノセンス勢の事だよ。」
「何か動きがあったのですか?」
室内に緊張が走る。
そしてジェイカーさんは頼子ちゃんに尋ねる。
「今世界を『検索』したんだけど、大陸毎に一人ずつ配置されてる。TASCに大城毬、アフリカにセナリア・ベイグラント、ユーラシアにネフィリムだって。」
一人ずつ配置……。
何をする気だ。
[さあな。頼子の言う通り美味しい事ではなさそうだ。]
昨日頼子ちゃんが検索した時は全員HAJACKにいた。
それが今は各大陸にいるとはどういう事だ。
「何かをするのは確かですね。問題はその何かだが、分かりますか中代さん。」
「ううん分かんない。」
「ですよね。」
「私達も行きますかジェイク。」
聖書を読んでいた紳さんがそこで顔を上げて話に入ってきた。
「悪くない案ではありま―――」
そこでジェイカーさんの言葉が途切れた。
壁にかけてある、電源の切れたFtvが映像を表示したからだ。
映像の中には無表情な女性アナウンサー。
『臨時ニュースのため全世界のFtv並びに映像機器に転送しています。現在時刻午前九時一分四十四秒、HAJACKを除く四つの大陸で広範囲に渡る破壊行動が行われています。ユーラシア大陸では魔術師が召喚したと思われる巨人が、アフリカ大陸では触れると体が壊死を起こす靄の様な物が発生、TASCでは一般人とイヴと魔術師が武装蜂起して建物を破壊しています。これを受け世界安全協定委員会会長は、全世界の一般人に世界的避難勧告を発令しました。速やかに各国地下シェルターに避難して下さい。魔術師、イヴ、並びにワレラにつきましては事態の収集に当たられたし。繰り返します。魔術師、イヴ、並びにワレラは事態の収集に当たられたし。』
そこまで言った所で映像は途切れ、Ftvは沈黙した。
「成る程。こういう事でしたか。」
苦笑いを浮かべるジェイカー。
「神にでもなったつもりですかね彼等は。此処まで来ると人災ではなく天災の域です。決して人間が行っていい物ではありません。」
赦すまじといった具合で怒りを示す紳。
「中々面白い事をやってくれるな。」
ニヤニヤ笑う爽。
「TASCと言えば国際協議会館。アフリカと言えば強族鎮圧対策委員会館。ユーラシアと言えばセブンリッジラビリンス……。これらを造るのに幾ら掛かったか計算しなくては。」
出資者でも無いのに掛かった費用の心配をする金石。
「……ユーラシアで暴れているのはネフィリムの術式兵装“天より堕ちた集合体”。TASCの武装蜂起は毬が操っているんだ。アフリカの靄は、セナリアの仕業なんだろうけどどうやっているかは分からない。纏めると、非常に不味い事態だって事だ。」
冷静に分析する俺。
「あ。今セブンリッジラビリンスが一部破壊されました。」
実況をする頼子ちゃん。
皆、感情を顕わにしている人もいるが、落ち着いている様に見える。
しかし違うだろう。
動揺が心を満たしている筈だ。
有り得ないだろ、と。
ネフィリムは言っていた。
単純な破壊は好きではないと。
殲滅などはルーチンワークになるから嫌いだと。
……あいつに矜持って物は無いのか。
[いやそうでもない。神杉紳も言っていたが、此処までいくと最早これは天災の域だ。それに、奴は人を殺さない様にしている。]
何で分かる。
[頼子が実況しているからだ。]
あ、そういえば。
「ユーラシア大陸の内訳ですが、負傷者三億二千五百四十四万十四人。内軽傷者三億二千四百三十四万十四人。重傷者百十万人。でも早急に治療が必要な方はいません。」
[という訳だ。加減をしっかり弁えている。]
……みたいだな。
「次にTASCなんだけど、操られた側とそれ以外のイヴ、魔術師、ワレラ連合軍の衝突で、死傷者一億八千七百九十七万六千五百三人。内軽傷者一億三千万。重傷者五千七百万。重篤者九十七万。死者六千五百三人。」
「死者まで出たなんて……。」
いや、普通に考えればそれが当然だ。
大規模な、言わばクーデターの様な物が起きれば死人だってでる。
人外である魔術師、イヴ、ワレラまでいるのだから尚更。
毬は操った奴に戦えとしか命令していないのだろう。
それは死人が出て当然。
[貴様は相変わらず甘いな。そんな物は言い訳にもならない。これは大城毬のせいで起きた事だ。]
……確かに甘いな。
どうして毬についてはこんなにも甘いのか。
俺にもよく分からない。
「アフリカは……。殆ど“絶滅”です。」
「……は?」
絶滅?
絶滅って、恐竜は絶滅したとかに使うあの絶滅か?
[さっきから言えているではないか。]
いや、まあそうなんだけど。
「絶滅とは、恐竜は絶滅したという絶滅ですか?」
ジェイカーさんが俺と寸分違わぬ例を挙げて頼子ちゃんに聞く。
そして彼女は頷く。
「……ジェイク。」
「ええ分かっています。分かっていなくても、どの道魔術師も召集されているのですから行かなければならない。いや、それを抜きにしてもこの暴挙を許す事など出来ない。……私達は正義の味方ではありません。当然悪でもない。魔術師です。魔術の行使者であり、一般人とは格が違う。故に魔術師は須く魔術を管理しなければならない。ですから彼等を、殺してでも止める。」
「分かっています。では早速反重力浮遊式高速車の手配を―――」
「んー、その必要はないかなぁ。」
「は?」「おや。」「おやおや。」「ち。」「シャリシャリ。」「芽部ちゃん。」
誰もいなかった空間から突如として発せられた声に、俺達は六者六様の声を上げた。
声の主は最後に頼子ちゃんが呼んだ通りに愛星芽部だ。
「あんた今まで何処に行っていたんだ。」
「まぁちょっとね。」
「それで、必要ないのは何故ですか芽部。」
「頼ちゃんは分かってるよね?」
「うん。出宮真が動いて全員を回収。HAJACKに集まってきてる。」
「そうなのか。」
それは都合が良い。
罪の清算を直ぐにでもしてもらう。
[ふ。気合いが入っているな。私も楽しみだ。果たして貴様等がどんな終わりを迎えるかがな。]
ハッピーエンドだよ。
必ずそれを迎えてやる。
「成る程。確かに必要ありませんね。なら、こちらも動きます。涼治君と頼子さんは毬をお願いします。紳と爽君はセナリアさんを。私はネフィリムを叩きます。芽部は、当然ライノセンスですね?」
「ええ勿論よ。」
と、心底可笑しそうに笑いながら芽部は言う。
……何か嫌な予感がする笑い方だ。
「よろしい。では行動に移す前に、円陣でも組もうか?」
「何を悠長な事を、と言いたい所ですが、良い案だと思います。」
「俺も紳に賛成。」
「シャリシャリ。俺も賛成。ま、何もやらずに待つだけだけどな。」
「私も賛成だよ。」
「じゃあ俺も。」
椅子から立ち上がり、ジェイカーさんを筆頭に皆が円になり手を重ねていく。
「……芽部はどうしますか?」
「私はパス。写真撮っといてあげるよ。」
一体何処から持ってきたのか、今は生産が中止された“一眼レフ”というカメラをこちらに向けてきた。
「では、何か一言ずつくらい言っておきますか。怨みは特に無いですが、ネフィリムを殺し、必ずExtraMaxWayの発動を食い止めます。」
「天災を神だけの所有物に戻すために戦います。」
「世界を次に繋げる。ただそれだけだ。」
「金は天下の回り者。」
「大地を守る。人間を守る。それが大地の原点使いの役目だよ。」
「……絶対に死なない。皆だ。」
俺が締めた所で重ねられた手は一度下に下がり、そして上げられた。
そして、気付くと俺の目の前にはセナリアと毬がいた。




