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乗車定員二名

【二十三時〇〇分】


 北の避難所の、小学校の校庭は、明るかった。

 投光器が、何台も、立っていた。

 救急車が、並んでいた。

 テレビ局の、中継車が、二台、止まっていた。

 校庭の端に、軽バンが、並んでいた。

 白。銀。紺。黒。屋根に、屋号を、手書きで書いた車。

 百台は、なかった。

 まだ、区域の中を、走っている車も、あった。

 それでも、何十台も、ハザードランプを、点滅させていた。

 その間を、ゆっくり、抜けた。

 どの運転席からも、年寄りや、同業者や、知らない顔が、こちらを、見ていた。

 フロントガラスが、ひびだらけで、窓が一枚なくて、屋根がへこんで、左のミラーがない、俺の車を。

 誰かが、窓から、片手を、上げた。

 別の誰かも、上げた。

 ハザードランプの列の、あちこちで、手が、上がった。

 声は、なかった。

 ただ、手だけが。


 体育館の前で、止めた。

 止まる三秒前から、ブレーキを、踏んで。

 荷台の扉を、開けた。

 四人が、降りた。

 男子生徒が、最後に、振り返った。

「……ありがとうございました」

「はい」

「俺、北陵の、二年です。早坂の、クラスの」

「そうですか」

「早坂、名簿、作ってたんです。昼から、ずっと」

「知っています」

「自分の名前、一番、最後に」

「知っています」

 男子生徒は、少し、迷ってから、言った。

「……さっき、体重、測られてましたよね。早坂が、すげえ、怒ってました」

「測っていません」

「測ってましたよ」

 男子生徒は、笑って、体育館に、走っていった。


【二十三時〇九分】


 凛は、救急隊員に、連れていかれた。

 体育館の、隅の、簡易の処置台だった。

 脇腹のガーゼを、剥がされて、顔を、しかめていた。

「縫います。麻酔は、少しだけ」

「少しでいい」

「入院を、おすすめします」

「明日、行く」

「今日は」

「今日は、乗る車が、ある」

 救急隊員は、俺のほうを、見た。

 俺は、黙って、うなずいた。

 隊員は、ため息をついて、針を、手に取った。


 体育館の、入口に、黄色い腕章が、見えた。

 美緒だった。

 俺を見て、走ってきた。

 走ってきて、止まらずに、ぶつかってきた。

 胸に、額が、当たった。

 両腕が、背中に、回った。

 俺は、どうしていいか、分からなかった。

 分からないまま、背中に、手を、置いた。

 十七年で、何度目なのか、思い出せなかった。

「……帰ってきた」

「約束した」

「凛さんは」

「中で、縫ってもらっている」

「よかった」

 美緒は、顔を、上げなかった。

 しばらく、そのままでいた。

 それから、離れた。

 目が、真っ赤だった。

「お母さんが、迎えに来る。あと、三十分で」

「そうか」

「お父さんの車じゃ、帰れないでしょ。席、ないし」

「ないな」

「知ってる」

 美緒は、少し、笑った。


【二十三時十八分】


 校庭の、向こうから、銀色の軽バンが、来た。

 左のミラーが、なかった。

 俺の車と、同じだった。

 坂下の車だった。

 体育館の前で、止まった。

 運転席から、坂下が、降りてきた。

 顔が、くしゃくしゃだった。

「……着いたぞ」

「ああ」

「ミラー、なくした」

「俺もだ」

 坂下は、俺の車を、見た。

 それから、笑った。

「お前のほうが、ひどいな」

「ああ」

 助手席の、ドアが、開いた。

 誰かが、降りてきた。

 段ボールを、両腕で、抱えていた。

 小柄な女性だった。

 長い髪を、後ろで、一つに、まとめていた。紺のパンツスーツ。靴は、走れるように、ぺたんこだった。膝に、擦り傷が、あった。

 投光器の光の中で、こちらを、見た。

 眼鏡の奥の目が、少しだけ、見開かれた。

 知らない顔だった。

 知らないはずの、顔だった。

 女性は、段ボールを、抱えたまま、俺の前に、来た。

 一メートル、手前で、止まった。

 口を、開いた。

「……東亜マテリアル物流部、配車の、水無瀬です」

 低くて、早い声だった。

 無線の、黒い箱から、何か月も、聞いてきた声だった。

 それが、目の前の、人の口から、出ていた。

「早坂です」

 それしか、言えなかった。

「知っています」

 水無瀬さんは、言った。

「七年前から」

 段ボールを、抱えた腕が、少しだけ、震えていた。

「……顔は、運搬に、要らないと、言いました」

「はい」

「訂正します」

 水無瀬さんは、俺の顔を、まっすぐ、見た。

「要りました」


【二十三時二十六分】


 警察官が、二人、来た。

 水無瀬さんが、段ボールを、渡した。

「第四十一層の、採掘伝票の原本です。それと、本日正午の、発破の指示書の控え。四十台の搬出記録。承認者の欄に、全部、同じ印があります」

「誰の」

「東亜マテリアル、物流本部長、鷲尾」

 警察官は、箱を、受け取った。

 中継車の、カメラが、こちらを、向いていた。

 体育館の、壁に、テレビが、一台、置いてあった。

 避難してきた人たちが、それを、見ていた。

 画面には、上空からの、映像が、映っていた。

 新宿の西側の、幹線道路。

 そこに、止まったままの、大型トラック。

 荷台の扉が、開いたまま。

 道路に、崩れた、木箱。

 木箱の側面の、焼き印が、投光器の光の中で、くっきりと、映っていた。

 『第41層』

 四十台分。

 アナウンサーの、声がした。

 ――東亜マテリアルは、夕方、今回の事態を「自然の地殻変動」とする声明を出していましたが、先ほど、この声明を、撤回しました。警視庁は、同社の物流本部長から、任意で、事情を聴く方針です。

 体育館の中が、ざわついた。

 坂下が、画面を見たまま、言った。

「……隠す気、なかったな。あの焼き印」

「隠せると、思っていたんだと、思います」

 水無瀬さんが、言った。

「大型で、まとめて、運べば。誰にも、見られずに」

「大型は、入れなかった」

「はい」

 水無瀬さんは、俺の車を、見た。

 ひびだらけの、軽バンを。

「狭い道しか、残っていませんでした」


【二十三時三十五分】


 凛が、体育館から、出てきた。

 脇腹に、新しい包帯が、巻いてあった。

 上着は、着ていなかった。救急隊員に、切られたらしい。

 かわりに、毛布を、肩に、かけていた。

 凛は、水無瀬さんを、見た。

 水無瀬さんも、凛を、見た。

 しばらく、二人とも、黙っていた。

「……あんたが」

「はい」

「ちっちゃいね」

「顔と背は、運搬に、要りません」

「声のほうが、でかい」

「よく、言われます」

「……思ってたより、普通の人」

「思っていたより、背が、高いですね」

「よく、言われる」

 二人は、また、黙った。

 それから、凛が、片手を、出した。

 水無瀬さんが、それを、見た。

 握った。

「……蜘蛛の日。ありがと」

「止血剤を、一本、使った日ですね」

「うん」

「誤差です」

「そっか」

 凛が、笑った。

 水無瀬さんも、少しだけ、口元を、動かした。

 美緒が、横で、二人を、見ていた。

「……あの」

 水無瀬さんが、美緒を、見た。

「お嬢さん、ですね」

「はい。……面会の日に、無線で」

「シートベルトを、お締めください、と」

「声、かっこいい、って、言いました」

「恐れ入ります」

 美緒は、水無瀬さんを、上から下まで、見た。

 それから、凛を、見た。

 それから、俺を、見た。

「……お父さん」

「ん」

「大変だね」

「何がだ」

「何でもない」


【二十三時四十一分】


 元の妻の車が、校庭に、入ってきた。

 美緒は、車のほうへ、歩いていった。

 途中で、振り返った。

「お父さん。来月の、第一土曜」

「ああ」

「同じ店で、いいよ」

「分かった」

「それと」

 美緒は、凛と、水無瀬さんを、見た。

「次は、あの店、四人席に、して」

 返事をする前に、美緒は、車に乗った。

 車は、校庭を、出ていった。

 テールランプが、門の向こうに、消えた。


 水無瀬さんが、腕時計を、見た。

「早坂さん」

「はい」

「十九時〇〇分から、十九時四十一分まで、南の中学校の前で、止まっていました。百台の経路を、出している間です。あれは、休憩として、記録しました」

「……はい」

「そこから、四時間です。今、ちょうど」

 凛が、俺のほうを、見た。

「……休むの」

「休みます」

「ここで?」

「三十分」

 凛は、笑い出した。

 脇腹を押さえて、痛そうに、笑った。

「あんた、本当に、変だよ」

「規則ですので」


【二十三時四十二分】


 軽バンの、運転席に、座った。

 背もたれを、少しだけ、倒した。

 助手席に、凛が、座った。

 座席は、一番、後ろまで、下がっていた。

 凛は、何も言わずに、目を、閉じた。

 水無瀬さんは、荷台の、扉を、開けた。

 縁に、腰を、下ろした。

 止まっている車の、荷台に、座るだけなら、法律は、何も、言わない。

 三人とも、黙っていた。

 校庭の、ハザードランプが、一台、また一台と、消えていった。

 百台の、軽バンが、それぞれの、家へ、帰っていく。

 大野さんの白い車が、横を、通り過ぎた。

 窓から、片手が、出た。

 久保田の紺の車が、続いた。

 窓から、片手が、出た。

 坂下の銀色の車が、続いた。

 坂下は、手を、出さなかった。

 かわりに、短く、クラクションを、一度、鳴らした。

 軽い、高い音だった。


【二十三時五十九分】


 十八分、たった。

 二十六分。

 三十分。

「……時間です」

 水無瀬さんが、荷台から、言った。

 目を、開けた。

 頭が、軽かった。

「家まで、送ります」

「三人とも?」

「三人とも」

「軽バンは、二人乗りです」

 水無瀬さんが、言った。

「知っています」

「荷台に、人は、乗せられません」

「知っています」

 水無瀬さんは、上着の、内ポケットから、一枚の紙を、出した。

 朱色の、四角い印が、押してあった。

「許可、取ってあります」

 凛が、助手席で、吹き出した。

「……いつの間に」

「さっき、警察の方に。出発地を管轄する、警察署長の、許可です。道路交通法、第五十六条、第二項」

「あんた、本当に、全部、知ってんだね」

「配車係ですので」

 水無瀬さんは、荷台の、一番前に、座った。

 壁に、背中をつけて。

 ベルトを、両手で、握った。

 俺の、積み方だった。

 運転席から、振り返った。

 荷台の、水無瀬さんを、見た。

 腕の重さで、読んだ。

「重さは」

「四十二キロです」

 水無瀬さんが、答えた。

 俺は、少しだけ、黙った。

 それから、言った。

「……三百八キロ、余りますね」

 助手席で、凛が、声を出して、笑った。

 荷台で、水無瀬さんが、小さく、笑った。

 俺は、前を、向いた。

 キーを、回した。

 エンジンが、かかった。

 ブレーキを、離した。

 アクセルを、置くように、踏んだ。

 車は、揺れずに、動き出した。


【二十四時〇〇分】


 ――完――

最後まで運んでくださって、ありがとうございました。

早坂も、凛も、千晶も、荷台に乗ってくださった皆さんのおかげで、無事に届けられました。

もし楽しんでいただけたなら、ブックマークと、ページ下の「評価」の★をいただけると、とても嬉しいです。

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