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手に入れた食料を無償で差し出す・・・。
それは、『貧民街』という場所に住み、今日をどうにかして生きながらえている人間から出る発想ではない。
それは、トールの目の前で唖然としているデュランとて同じであった。
今でこそ、金銭に困らない生活をしている彼女も、受付嬢兼友人のマリアと偶に飲みに行くこと以外、余計な出費は控えようと、常日頃から心がけている。
質素倹約に日々を生きるその背景には、幼き頃の貧相な生活があった。
『貧民街』と殆ど変わらないような場所で幼少期を過ごした彼女は、生きる為にやるべきことは何でもやった。
あばら屋に父と2人で暮らしていた当時、いつの間にやら発言していたスキルを利用しては、金銭だの食料だの酒だのを掻っ払うことは日常茶飯事だった。
幼い身にも罪悪感らしきものはあった。
だが、そうしなければ明日の太陽を拝むことすら出来ない境遇・・・そして、気分が優れないときは自身に手をあげる、どうしようも無い父に、それでも尚、見捨てられたくないという心情の前に、そんな潔さは何の意味も成さなかった。
転機は急に訪れる。
ある日、何時ものようにひと仕事を終えて家に帰ると、父が見るも無惨な姿に変わり果てていたのだ。
椅子に縛り付けられた父は、原型を留めないほどに全身を痛めつけられていた。
殴打によるもの・・・刃物によるもの・・・火傷の跡まで・・・。
かつて父だったものと玄関との間には、真新しい靴跡が幾つも見られる。
掃除を楽にする為に、日頃から土足を禁じていた我が家においてはあり得ないその紋様が、ここに来たのが1人2人では無いことを如実に示していた。
そこから導き出される結論・・・
それは、彼等は私達に恨みを持っていたということ。
そして彼等は私達を殺しに来たのだということだった。
これに気付いたとき・・・デュランは急に恐ろしくなった。
彼女の戦闘センスとスキルさえあれば、仮に今度は自身が襲われたとしても、容易に返り討ちに出来ただろう。
当時のデュランも、そのような心配は一切していなかった。
また、父の亡骸を目にして、死から逃げ出そうとする本能的な恐怖が沸き起こってきたわけでもなかった。
ではデュランは一体何に恐れを感じたのか・・・
それは自らがしてきたことが、普段は温厚な人達を、ここまで残虐にさせるだなんて、露ほども思っていなかった自分自身に対してだった。
盗みが悪いことだという自覚はあった。
それを迷惑に思う人達がいることも知っていた。
だが・・・自身の些細な行動の積み重ねによって、被害に遭った人々が、まさか私たちを害そうと動き、実際に人1人を殺してしまうだけに飽き足らず、拷問紛いの行為まで平然と行うようになるとは、全く想像できてはいなかった。
それを理解したデュランは、ようやく自身の欠陥に気付くことになる。
(「私は人のことが何も分かっていない・・・私は姿は人だが、人の気持ちを持っていない」)
その後、盗みからは完全に足を洗った彼女は、幼い身1つで故郷を離れ、行く先々を転々としながら、ダンジョンを巡って腕を磨き、そして、この国で一旗揚げることになったのだった。
その過程で、決して多くは無いが、それなりに人と言葉を交わし、行動を共にして、そして友達と呼べる者も出来た今・・・
(「あの荒んだ幼少期に比べれば、幾らかは人間らしくなれた」)
と、最近ようやくそう思える様になってきたばかりだったのだ。
しかし、そんな今の彼女にも、トールの発言・・・そして彼にそう言わしめる心情は、全く理解できなかった。
(「どうして、そんなコトが出来るんだ?」)
デュランは疑問だった。
かつてトールについての情報を仕入れるため、大金を叩いて情報収集を行った際、『みんなのいえ』の建造過程についてのあらましは聞いている。
『貧民街』の住人達は、トール親子があくせく頑張っている姿を遠巻きに見るだけで、手伝うことを考えることすらしなかった。
そんな人間に対し情けを掛けることに、なんのメリットも無い・・・そう考えるのが普通では無いか!?
なのにも関わらず、そんなヤツらに惜しむこと無く食料を分け与える・・・それが私に出来るだろうか?
・・・出来るはずが無かった。
幼き頃の自身は勿論のこと・・・今の私でもそんな発想は浮かばない。
(「トールは・・・彼は、それが出来る男なんだなぁ・・・」)
そう思ったとき、デュランは改めて思った。
この人を好きになって良かった・・・と。
彼の中には真の良心がある。
貧しい境遇や周囲からの評判・・・そして自身の野望すら凌駕するほどの良心がある!
・・・だが、その感情は弱き者が持つには、いかんせん危険が伴う。
世の中は偽りで溢れている。
人を欺し・・・欺き・・・罠に掛ける、それを呼吸するように行う者達の何と多いことか!
事実、今回のクエストでは、危うく命を落としかけたのだ。
(「もう・・・トールに、あんな目にあって欲しくない!」)
そして、自身には、それを叶える術がある。
もう・・・迷う必要はなかった。
デュランは、目の前の彼にひと言・・・
「凄いな・・・トールは・・・」
と、声を掛けると、
「えっ!?」
と急に褒められ、動揺したトールの反応に間髪入れず、今度は自身の用件を済ますべく言葉を紡いだ。
「トール・・・私の弟子にならないか?」




